弱虫ペダル
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「きゃー!今泉くーん!」
いつものように、甲高い黄色い声援が響くなか部活が始まる。もう見慣れたお決まりの光景だ。しかし、慣れたと言っても たまに悲鳴のような恐怖じみた声も聞こえる為、未だに驚いてしまう事もしばしば。
しかしそんな中、彼らは一つも動じる事なく、今日の周回コースを走る為 愛車を押していた。
『相っ変わらず ドえらい数やな。少し減らせへんのかい』
「俺に聞くな」
『スカシより、ワイの方が100億倍 男前やのに、ホンマ見る目ない奴らやなあ〜』
やれやれと言わんばかり。鳴子は今泉と、その親衛隊の女子たちに冷ややかな視線を送っていた。
「まあ少なくとも“見る目”は確かだと思うけどな」
『ははーん。せいぜい飾りモンだけの目ェやないとええなあ』
「…」
『…』
いがみ合う二人に、私はいつも通り仲裁に入った。
「ま、まあまあ、二人とも。皆もう周回行っちゃってるから。今泉くんも、鳴子くんも早くスタートして」
「…ス」
『へーい』
私の言葉に今泉は愛車のSCOTTを走らせた。相変わらず無駄の少ない綺麗な走りをする。私は関心して、彼の背中を見送った。
今泉のスタートと共に、親衛隊の声援がより一層増し、気付けば自作の うちわで背中を見送る女子もいる。
彼女たちは、今泉の背中が見えなくなると、次の応援スポットがあるのか わいわいと楽しそうに別の場所へ走って行った。
ふと、鳴子がまだスタートしていない事に気付く。
「鳴子くんも、ほら。スタートして」
そう話しかけると、少し考える素振りを見せながら、彼は私の顔を不思議そうに覗いた。
「ん?どうしたの?」
『名前さんも、今泉の事好きなん?』
「えっ…なんでそうなるの」
唐突の質問に肯定も否定も出来ず、ただ聞き返してしまった。
『あいつの。スカシの走り、今 ずっと見とったやろ』
確かに。常に安定した無駄のない走り。冷静で、かつ計算されたシフトチェンジを使いこなす 繊細なライディングは誰が見ても息を飲んでしまう程 洗礼されている。
鳴子の目を見ると、冗談で言っているようには見えず、私も真剣に答えた。
「確かに。地形に関わらず力を発揮出来るオールラウンダーの今泉くんは間違なく総北のエースだと思う。クールだけど、入部してからもキツい練習に食らいつく意外に熱血な所も好きかな。もちろん部員としてね」
鳴子も今泉の事を心の中では認めているのもあり、そんな否定出来ない私の答えに、彼は少し面白くなさそうな顔をしていた。
私は「けど」と続ける。
「同じくらい鳴子くんが凄い事も知ってるよ。背も私より少し大きい位なのに、誰よりも迫力のあるスプリントを見せてくれる。小柄さをカバーするのにどれだけの練習が必要か…並外れた努力があっての事だと思うし」
『名前さん…』
「だから、鳴子くんも、今泉くんと同じように好き。ね、分かってくれた?」
その言葉は、あくまでも“恋愛的な意味はない”という意思表示。きっと、彼もそれを理解してくれたに違いない。
鳴子は何を思っているのか、無言で考え事をしている…が、今は部活中だ。時間を無駄には出来ない。今年も熱い夏のインターハイが刻一刻と近づいて来ているのだ。
「話は終わり。さ、鳴子くんもスタートしてね」
話を切り上げようとする私に鳴子は独り言のように呟いた。
『…名前さん。ワイらのこと、ちゃんと平等に見たってるんすね』
「それはそうよ。マネージャーだもん。誰か一人をひいき目で見たりしないよ」
『…ワイは名前さんの事、だいぶ ひいき目で見てますけど』
「え?」
良く分からず、首を傾げながら聞き返す。
『部員の奴らの体調にいち早く気づくんは いつも名前さんやし、その日のコンディションに合わせて水分と栄養食も調整してくれてる。毎日ワイらのタイム細かく記録して参考の資料作ってくれるんは名前さんだけや』
「な、鳴子くん…。恥ずかしいな。そんなに見てくれてたなんて…でも嬉しい。気付いてくれてありがとう」
はにかみながら笑う私に、鳴子は真剣な目をして答えた。
『だから、“ひいき目で見てる”って言いましたやん』
「えっ…」
ふと視線が重なる。彼からの熱い視線で、これ以上見つめられると、身体に穴が開いてしまうのではないか…そう思わせる程。
鳴子はそっと手を伸ばし、私の頬に触れる。
「…鳴子くんっ…」
『名前さんは 皆平等に見てますけど。平等な天秤 を傾ける方法は ただ一つ』
――インターハイ総合優勝。
『それしかないですやん』
「………」
『誰よりも早くゴールして、名前さんの天秤 を傾けて ワイをひいき目で見てもらいますよ』
何故だろう。触れられた彼の手から感じる熱で、私の身体も熱くなる。ジリジリと迫る夏の熱さのせいだけじゃない気がした。
鳴子は私に 優しく微笑むが、その瞳の底には闘志が垣間見える。それはまるで虎…。獲物は逃さんとするばかり。
『名前さん、見たってください』
「…え、鳴子くんッ…」
彼は頬に触れたまま私の耳元へ近づいた。髪の毛が触れ、くすぐったい。身体がピクリと反応する。後輩と言えど男の人に変わりはない。こんなに近づかれるのは初めてで、動揺を隠せず赤面していく私に、彼は耳元で囁いた。
『絶対惚れさしたります』
そう言い残すと、彼はいつもの笑顔に戻り 赤いド派手なピナレロに跨ったと思いきや、勢いよくスタートした。颯爽としていながら迫力のある力強い走りで、もう背中すら見えない。言い逃げとも思える言葉に 取り残された私は、強い日差しが照り付ける空を見上げた。
熱い熱いインターハイ。今年はそれ以外にも、私の中で熱い何かが動き出そうとしていた。
いつものように、甲高い黄色い声援が響くなか部活が始まる。もう見慣れたお決まりの光景だ。しかし、慣れたと言っても たまに悲鳴のような恐怖じみた声も聞こえる為、未だに驚いてしまう事もしばしば。
しかしそんな中、彼らは一つも動じる事なく、今日の周回コースを走る為 愛車を押していた。
『相っ変わらず ドえらい数やな。少し減らせへんのかい』
「俺に聞くな」
『スカシより、ワイの方が100億倍 男前やのに、ホンマ見る目ない奴らやなあ〜』
やれやれと言わんばかり。鳴子は今泉と、その親衛隊の女子たちに冷ややかな視線を送っていた。
「まあ少なくとも“見る目”は確かだと思うけどな」
『ははーん。せいぜい飾りモンだけの目ェやないとええなあ』
「…」
『…』
いがみ合う二人に、私はいつも通り仲裁に入った。
「ま、まあまあ、二人とも。皆もう周回行っちゃってるから。今泉くんも、鳴子くんも早くスタートして」
「…ス」
『へーい』
私の言葉に今泉は愛車のSCOTTを走らせた。相変わらず無駄の少ない綺麗な走りをする。私は関心して、彼の背中を見送った。
今泉のスタートと共に、親衛隊の声援がより一層増し、気付けば自作の うちわで背中を見送る女子もいる。
彼女たちは、今泉の背中が見えなくなると、次の応援スポットがあるのか わいわいと楽しそうに別の場所へ走って行った。
ふと、鳴子がまだスタートしていない事に気付く。
「鳴子くんも、ほら。スタートして」
そう話しかけると、少し考える素振りを見せながら、彼は私の顔を不思議そうに覗いた。
「ん?どうしたの?」
『名前さんも、今泉の事好きなん?』
「えっ…なんでそうなるの」
唐突の質問に肯定も否定も出来ず、ただ聞き返してしまった。
『あいつの。スカシの走り、今 ずっと見とったやろ』
確かに。常に安定した無駄のない走り。冷静で、かつ計算されたシフトチェンジを使いこなす 繊細なライディングは誰が見ても息を飲んでしまう程 洗礼されている。
鳴子の目を見ると、冗談で言っているようには見えず、私も真剣に答えた。
「確かに。地形に関わらず力を発揮出来るオールラウンダーの今泉くんは間違なく総北のエースだと思う。クールだけど、入部してからもキツい練習に食らいつく意外に熱血な所も好きかな。もちろん部員としてね」
鳴子も今泉の事を心の中では認めているのもあり、そんな否定出来ない私の答えに、彼は少し面白くなさそうな顔をしていた。
私は「けど」と続ける。
「同じくらい鳴子くんが凄い事も知ってるよ。背も私より少し大きい位なのに、誰よりも迫力のあるスプリントを見せてくれる。小柄さをカバーするのにどれだけの練習が必要か…並外れた努力があっての事だと思うし」
『名前さん…』
「だから、鳴子くんも、今泉くんと同じように好き。ね、分かってくれた?」
その言葉は、あくまでも“恋愛的な意味はない”という意思表示。きっと、彼もそれを理解してくれたに違いない。
鳴子は何を思っているのか、無言で考え事をしている…が、今は部活中だ。時間を無駄には出来ない。今年も熱い夏のインターハイが刻一刻と近づいて来ているのだ。
「話は終わり。さ、鳴子くんもスタートしてね」
話を切り上げようとする私に鳴子は独り言のように呟いた。
『…名前さん。ワイらのこと、ちゃんと平等に見たってるんすね』
「それはそうよ。マネージャーだもん。誰か一人をひいき目で見たりしないよ」
『…ワイは名前さんの事、だいぶ ひいき目で見てますけど』
「え?」
良く分からず、首を傾げながら聞き返す。
『部員の奴らの体調にいち早く気づくんは いつも名前さんやし、その日のコンディションに合わせて水分と栄養食も調整してくれてる。毎日ワイらのタイム細かく記録して参考の資料作ってくれるんは名前さんだけや』
「な、鳴子くん…。恥ずかしいな。そんなに見てくれてたなんて…でも嬉しい。気付いてくれてありがとう」
はにかみながら笑う私に、鳴子は真剣な目をして答えた。
『だから、“ひいき目で見てる”って言いましたやん』
「えっ…」
ふと視線が重なる。彼からの熱い視線で、これ以上見つめられると、身体に穴が開いてしまうのではないか…そう思わせる程。
鳴子はそっと手を伸ばし、私の頬に触れる。
「…鳴子くんっ…」
『名前さんは 皆平等に見てますけど。平等な
――インターハイ総合優勝。
『それしかないですやん』
「………」
『誰よりも早くゴールして、名前さんの
何故だろう。触れられた彼の手から感じる熱で、私の身体も熱くなる。ジリジリと迫る夏の熱さのせいだけじゃない気がした。
鳴子は私に 優しく微笑むが、その瞳の底には闘志が垣間見える。それはまるで虎…。獲物は逃さんとするばかり。
『名前さん、見たってください』
「…え、鳴子くんッ…」
彼は頬に触れたまま私の耳元へ近づいた。髪の毛が触れ、くすぐったい。身体がピクリと反応する。後輩と言えど男の人に変わりはない。こんなに近づかれるのは初めてで、動揺を隠せず赤面していく私に、彼は耳元で囁いた。
『絶対惚れさしたります』
そう言い残すと、彼はいつもの笑顔に戻り 赤いド派手なピナレロに跨ったと思いきや、勢いよくスタートした。颯爽としていながら迫力のある力強い走りで、もう背中すら見えない。言い逃げとも思える言葉に 取り残された私は、強い日差しが照り付ける空を見上げた。
熱い熱いインターハイ。今年はそれ以外にも、私の中で熱い何かが動き出そうとしていた。