弱虫ペダル
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ジリジリと むせ返るような高温多湿の夏。
今年も、熱い熱いインターハイが始まる。
照り付ける太陽の下、暑さとハードな練習で目の前が霞みそうになる。しかし、休んでる暇なんかない。強豪校だって同じ条件の下、日々鍛錬しているのだ。
『クソ……』
止まらない汗を拭い、水分補給をしようボトルに手を伸ばすが、それは既に空になっていた。一旦部室に戻り、ボトルに水分を補充しよう…。俺は愛車のSCOTTを停め、部室へ入った。
「あれ、今泉くん。お疲れ様」
『…ス。お疲れ様です』
部室内には、1つ上のマネージャー。名前さんが、洗濯したタオルを洗濯ハンガーに干している所だった。
「部室もムシムシして暑いけど、外はもっと暑いよね。あ、ボトル?」
『はい』
名前さんは俺のボトルを受け取り、空のボトルに水分を入れる。
『あざす』
「どういたしまして。怪我もだけど、暑いけから熱中症にも気をつけてね」
『はい。名前さんも、部室暑いんで。気をつけてください』
「ふふ。今泉くんて 案外優しいよね」
驚いたあと、クスクス笑う名前さんに、心臓が跳ねた。
『……。別に優しくないです。でも、そう言ってくれるんなら、その“案外”ってのは余計です』
「ごめん、ごめん」
コロコロと表情を変え、楽しそうにする彼女を見ていると ふ、と無意識に笑いが溢れる。疲れていても、名前さんと会話をすると癒やされる自分がいるのだ。
『じゃあ、俺 外、出るんで』
「うん、いってらっしゃい」
ふと。暑さのせいで気に留まらなかったが、今日は名前さんが 髪を1つに束ねている事に気付いた。
じっと、見ている事がバレたのか、彼女は不思議そうに俺の顔を覗いた。
「……今泉くん?どうしたの。まだ何か足りない物ある?あ、栄養食…」
『名前さん、今日。髪結んでるんですね』
そんな事、言われると思わなかったのだろう。名前さんは目を丸くしている。
『あ、いや。すいません…。何でも無いス。今のは忘れて下さい』
すると、彼女は慌てたように首を横に振った。
「ううん。気付いてくれたんだ、って思って。びっくりしちゃった。……変かな?」
『………変…じゃないと思いますけど。そもそも…変かどうか俺に聞かれても。そういうの、良く分からないですし。手嶋さんとかに聞いた方が…』
顔が熱くなっていくのを感じる。赤い顔を名前さんに見られるのが恥ずかしくて、咄嗟に背けた。
「そっか、そうだね。じゃあ、手嶋くんが外から帰ってきたら聞いてみよ」
『…え?』
――何だ。何故か急に胸がざわつき、苛立ちを覚えた。暑さのせいか。
髪を結い、露わになった彼女の白い うなじから目が離せない。部室内が蒸し暑いせいで 彼女の 首元や、うなじが しっとり汗ばんでいるのが分かる。
「…今泉くん?」
『名前さん。やっぱりそれ、変です』
「…えっ、そんなハッキリ…!」
眉を八の字にし、少しショックを受けた表情の彼女に俺は続けた。
『俺は。下ろしてた方が、好きなんで』
「……そっか」
髪の事なんて良く分からないのは本当だ。
しかし、汗ばんだ白い うなじを 手嶋さんや他の部員に見られると思ったら、夏の暑さの苛立ちだけでは説明が付かなくなっていた。こんなの ただの、子供っぽい牽制だと言う事は自分が一番良く分かってる。
面と向かって言い切ったあと、名前さんは何を考えているのか 黙ったままだった。ハッキリ変と言ってしまった事に傷付いてしまったのだろうか。
「…今泉くんが そう言うなら、下ろそうかな」
しかし、彼女は予想とは裏腹に、俺の伝えた通り 結っていた髪ゴムを外した。さらさらの髪がなびく。
『…怒らないんですか。俺が変って言った事』
「これくらいじゃ、怒らないよ。それに」
名前さんは言い辛そうに小声で呟いた。
「……今泉くん。さっきエッチな目してたから」
『…はあ!?…いいい、いつ俺がッ…!』
「意識したら、首元出してるの…何か恥ずかしくなっちゃって」
『何言ってるんですか……あ…暑さでおかしくなったんじゃないすか。俺、もう行くんで』
俺がいつそんな顔…いや、自覚はある…。これ以上悟られないよう、彼女から逃げるように外へ向かう。すると名前さんが俺を呼び止めた。
「ねえ、今泉くん」
『…なんスか?』
振り向かずに立ち止まり、答えだけ求めた。
「他の子。そんな目で見ないでね」
『――ッ…』
瞬間、背中に夏の熱さではない、人の熱さを感じた。名前さんの体温だ。何が起こったのか、のぼせた頭で考える。
『…名前さん…ちょっと…』
彼女は後から、俺に手を回し ぴたりとくっついていた。全身が熱くなり、頭がジンジンする。
「あんな目で見られたら、女子は…勘違いしちゃうよ」
困ったような小さな声が背中に響く。
背中に触れる彼女の身体と、鼓動が俺の体温を上昇させた。
『名前さん』
「ん?」
『……なら名前さんも、もう俺以外の前で髪結んで、うなじとか見せないでください。他の奴らが、変な気 起こしたら大変です』
「今泉くんの前でならいいの?」
『いいですよ。さっきの……名前さんの勘違いじゃないんで』
「…えっ」
――今泉くん。さっきエッチな目してたから。
「今泉くんて、案外、顔に出るよね…」
『…そうかもしれません』
回された細い手に、自分の手を重ねる。何故だろう。蒸し暑い部室内を 今はどうしても出たくない。