弱虫ペダル
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“行動は言葉よりも雄弁”と言うことわざがある。意は、どれだけ言葉を並べるより直接行動する方が価値がある、と言った
『食う、メロンパン』
「え、純太。お昼食べてなかったの」
『んな、まさか』
放課後、校舎端の花壇。ここは遠目で自転車競技部の部活風景がちらと覗ける穴場だ。部活も引退し、残すは受験勉強まっしぐらな日常。休日に自転車を走らせる事はあっても、毎日毎日、決まって放課後にペダルを回す事はなくなった。日々過酷な練習は、体内のカロリー消費も恐ろしい物。成長期真っ只中な
『部活引退したからってすぐ、食が落ちる訳ねえじゃん、放課後まで食わなかったら俺、死んでるよ』
「確かに」
聞けば、忘れ物をした隣のクラスの友人へ教科書を貸したらしく。それのお礼にメロンパンを貰ったとかなんとか。勿論、帰って夕食が待っている事だが、今日は受験対策の為に入会した塾の日でもある。授業のあとにまた頭を酷使するのだ、糖分補給は必要と言える。
「じゃあ、半分こしたいな」
『オッケー』
彼は、ビニールの袋を破いては、半ばむしり取るようメロンパンを千切ってみせた。途中、『あっ、手え、洗ってっかんな』と唐突な清潔アピールに、小さく笑ってしまう。そうして笑っているも束の間、彼の手により千切られたパンは 誰が見ても上手な半分ことは言えない
『こっち、名前の分な』
「…あ、いいよ、私、そっちの小さい方で」
『塾、五時からだろ、終わるまで腹減るじゃん』
いつもそうなのだ。彼自身、気を遣っているような仕草は見せずも、常、私が不便にならない方を選んでくれる。この前もそうだ、昼休みに二人で音楽を聞こうとイヤホンを取り出した時、片方の聞こえが良くなくて。その際、彼は特に迷う事なく、ぶつぶつ音が途切れる方のイヤホンを自身の耳へと充てがったり。その前だって、雨が降った帰り道。私の肩が濡れないよう、大袈裟に傘を傾けては、自分の半身は殆ど雨に濡れていたり。誕生日のお祝いも、記念日のデートコースも、細かい事まで上げだしたらキリがないが、兎にも角にも。愚痴なんて上がる訳がないのだ。
「ありがとう、塾の時間、覚えててくれたんだ」
『一回聞いたら覚えるわ。あ、帰り暗いし、七時に塾の前で待ってるよ、家まで送る』
そんな風。一度伝ただけなのに、塾の始まりと終わりの時間まで覚えてくれている。申し訳ないが、友人の輪に入った愚痴大会へは 今後も参加は難しいだろう。
「純太って、本当、完璧よね」
『はあ何だよ、メロンパン以外、やる
「そう言うんじゃないったら」
私は、友人が恋人の愚痴大会を開いている事と、その話題に参加出来ない程、彼に非の打ち所が無いがない事実を。手渡されたメロンパンを
『んな
「――…」
『俺は、名前が、好き』
どれだけ言葉を並べるより直接行動する方が価値がある、とは良く言った物だが。これだけの言葉を簡単に並べてくれるのもまた、嬉しいったらない。それが容易に出来てしまうのだ、完璧と言わずして何と言えばいいのか。
「…ああ、もう、やだ」
『おい、好き好き言わせといて、やだって何だよ、酷えな』
「違くて。たまにね、勿体ないなって思っちゃうの。純太がスパダリ過ぎて」
『ん……ええと、すぱ、すぱ、だり…とは』
無意識と溜め息を着く私の横で、彼は制服のポケットから携帯を取り出す。聞き慣れない言葉、“スパダリとは” そう検索バーに入力しているに相違ない。そうして残りのメロンパンを食べ終えた時だ。珍しく隣で慌てる物だから何かと思えば。
『いやいやいや、これ、どうやっても当てはまんねえだろ』
白い頬を少しばかり赤面させ、検索した携帯をこちらに寄越す彼。画面に映る文字には、「何でもできる完璧な男性。高学歴・高身長・高収入。性格や顔も良く、さらに家事・育児にも協力的」とある。
「どの辺が当てはまらない」
『文字読めてんのかよ、全部だろ。そもそも、俺は凡人で、何でも完璧になんて出来ねえし』
「そうかな」
『そうだろ。学歴も収入も、まだどうなるか分かんねえ、身長も別に凄え高い訳じゃないし。顔もフツーで、性格だって、まあ…正直良くはねえじゃん』
焦燥を見せる彼はレアだ。別に
『…全然。全然、当てはまらねえけどさ、それ』
「ん」
『家事と育児には、協力するっつうトコ』
「……」
『それだけは、予約制で、当てはまらしてくんね』
メロンパンを食べ終えていて良かった。きっと、手に持ってなんていたら。地面に砂糖どころか、残り全部を転がしていたに違いない。そしてやっぱり、愚痴の浮かびようがないくらい、私の恋人は完璧だ、そう自慢したい。