弱虫ペダル
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なんて可愛くないのだろう、何処を探したって 彼の恋人は私しか居ないのに。ここはただに笑って、素直に、可愛気を以て、瞳を合わせ渡すが正解。なのに、どうしてもそれが出来ないのには訳があった。
『名前、おい、名前、待てって』
「何度も呼ばれなくたって聞こえてるわよ」
『なら、止まってくれよ』
部活前の放課後。彼だって本来、こんな所で機嫌を斜めにした恋人を追いかける程 暇ではない。部室へ行ってユニフォームに着替えなくてはならないし、そもそも、愛車のcerveloで走る時間すら無くなる。いつだって心を燃やし追い駆けて来たのは、三年間を密に共にして来た自転車。しかしどうだろう、今日に限って彼が必死と追い駆けるのは、自転車では無くて。焦燥の声色を乗せた彼の呼び掛けに、私は熱くなりかけた目頭を擦って立ち止まる。
『俺、ずっと待ってたんだぜ』
他にも何か言いた気な表情で眉を八の字にしているが、私の赤く染まった瞳と視線が重なると、開きかけた厚い唇は 迷いの末閉ざされるのだった。――…頭では理解している、理解しているのに、この目で捉える光景が胸をきつく締め付けて止まない。願うならば、足を止めぬ私を その太い腕で半ば無理矢理にも引き止めて欲しい。何を言おうが塞ぐよう、逞しい胸板で抱き締め、そうやって安心を与えて欲しいのに。前述が叶わないのは、既知、彼が甘い甘いチョコレートで両腕を一杯にしている
「そんなに一杯貰ってるなら、私からのチョコなんて要らないじゃない」
『何でそうなっちまうんだよ』
「私だって、朝から何度も渡そうとした……」
休み時間ごとに教室へ集まる 学年問わない女子に呼ばれ。その度にチョコレートを受け取る彼を目して居たら、何だか心に灰色の
「でも隼人、もう沢山あるでしょう」
『それとこれとは別だろう、俺はおめさんからのチョコが欲しいんだ』
言葉に嘘はない。なのに、頭と気持ちがばらばらで 彼の真摯な声でさえ、今は耳を塞ぎたくて仕方がなくなる。
「隣のクラスの可愛い子から貰ってた」
『分かんねえよ、名前すら知らねえ女子だ』
「本命で渡した子だって絶対居る」
『俺の本命は名前だけだぜ、なあってば』
どうしよう、増々可愛気がない。これでは呆れられ、愛想を尽かされても文句は言えないだろう。しかし、心の均衡を保つのと、彼にこれ以上嫌な姿を見せない為には 少しばかり冷静になる時間が欲しい。そうでないと、自分自身を嫌いになってしまいそうでいけない。
「とにかく、隼人はこれから部活でしょう、私の事は良いから、もう行ってよ」
自身でも驚く程、大になった声は廊下全体に響いた。垂れた瞳を丸くして、唖然と唇を開けた彼を
『名前……!』
――…瞬間に背中に感じるは、熱い、熱い、体温。青いメッシュの入ったふわふわな髪の毛が、後ろから頬を
「……隼、人、………チョコは」
こんな小さな嫉妬で泣くものか、と唇を噛み締めていたのも束の間。抱き締められた
『要らねえ』
「――…」
『本命以外、全部。何だっていい』
胸に交差する腕に力が籠もると、先まで可愛気のない態度を取っていた自身が恥ずかしく思えた。これだけ必死に、真っ直ぐと想いを伝えてくれているのに。対し、嫉妬して、泣いて、半ば言わせるような形に追い込んで。嗚呼、駄目だ。これ以上、愛想を尽かされるような真似はやめよう。
「……ごめんなさい。チョコ、一緒に拾うね」
『……』
「せっかく隼人の事想って渡してくれたのに、床に落としたりしたら、きっと…私なら泣いちゃうから」
『――…そうだな』
胸からするり解けた腕は、未だ温もりあるままに。振り返った私は彼と共、充血した瞳を伏せたまま 膝を床へ落とした。カラフルに包装された可愛らしいチョコレートたちを一つずつ腕に拾い上げていく途中。
「………あれ、これ、隼人の生徒手帳」
『ああ、悪い』
きっと、沢山のチョコレートを腕から放った拍子、胸ポケットから飛び出したのだろう。すると、途端。彼の瞳は焦燥とはまた別の、羞恥の色が浮かび始めて。
『…!だ、…ちょっと待て、開くのはストップだ…!』
掛けれられたストップに妙な怪しさを覚え、奪われる寸前、指先ではらはらと
「これ………嘘、三年分…」
次々と生徒手帳のページを捲る私の手を 彼は止めはしなかった。ただ諦めと、頬に少しの紅潮を覗かせている。一枚、また一枚と視線で追えば、目まぐるしく日々が彩られた 年季の入ったプリクラたち。付き合い始めた一年の春から、三年に上がる最近の物まで。生徒手帳には既、余白すら見当たらない。そんな、三年分の想い出が、何枚も、何十枚も、張り巡らされているのだった。
『…いや…………はっず』
普段、飄々としている彼の 赤面する肌は久しい。記憶が正しければ、その紅く染まる頬を目にしたのは恐らく。以前、キスをしながら撮ったプリクラ以来である。指先でページを辿ると、前述、例のプリクラも大事に貼られていて。パステル色で描かれた落書きには 彼の文字で“大本命!”とあるのだから、胸は一層 締め付けが強くなる。
「大本命、……」
『……だからさっきも言ったろ、俺の本命は、おめさんだけだって』
そんな信用ねえかな、と未だ頬の赤が引かない彼へ、散らばったチョコと、拾い上げた生徒手帳を渡す。気まずそうとする彼には申し訳ないが、段々に晴れゆく心の
『ねえ、隼人、部活終わったら プリクラ撮りに行かない』
「……ん…ああ、いいぜ」
こうして想い出を残してくれているのだ、朝から放課後まで渡しそびれたチョコレートは、プリクラを撮る際、また。想い出が重なるよう、二人の間に映して記念に残して貰う事としよう。ふと、彼は何かを思い出したかのか、短かな声を上げる物だから 何かと聞き返せば。それは、果てない悩みに向き合う如く、静かに呟かれるのであった。
『生徒手帳の二冊目って、どうやったら貰えるんだろうな』
おかしくて、吹き出して。いつの間にか、瞳の雫は蒸発していた。今日からを彩る想い出は、まだ空きのある 私の生徒手帳を提案してみよう。