学校編
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黙々と手を動かす。室内に響くのはペンが紙の上をすべる音だけだ。
ほぼほぼ無心になりながら、中間テストの対策を練っていると、班の女の子たちが学習室に籠った私を呼びに来た。最近どうにも病弱キャラが定着しているらしく――本当に柄じゃあないのだけど――心配で顔を出してくれたようだ。なんて良い子たちなのか。すっぴん姿の垢抜けない顔も少しツボで、ニコニコと笑顔を隠せずにテキストを閉じる。
座学に至っては殆どが暗記科目なので、時間を掛ければ問題はない。「邪魔だったかな?」と控えめに問いかけたメンバーに、私はぶんぶんと首を振った。
「ぜんぜんそんなことない。ごめんね、今日当直だったよね」
「うん。今から教官に挨拶行くところ」
私より少し小柄の、人懐っこい女の子が「一緒に行こ」と笑った。彼女は顔のとおり人懐こく、友人の多い人望者だ。私の属する班の班長でもある。横にいた鈴奈がドキドキするね、と緊張した面持ちで言う。
「確かに、警察って感じだよね」
「それもそうだけど……夜の学校って、怖いじゃない」
鈴奈はそのクールな顔をやや俯かせて、憂鬱な溜息を零した。どうやら、オカルト方面に耐性がないらしい。そういうところも可愛いのである。
今日は初めての当番勤務――実際の警察の三交代制のように、次の日の朝まで施設内警備を行う日だ。班員が順番に務めることになっており、鬼塚教場では私たちがトップバッターであった。
――といっても、まあ、警察学校内の警備なので。本当に幽霊でも出ない限りは、私たちの仕事など殆どないのだ。徹夜は少し辛いが、こんな可愛い子たちと一夜を過ごせることを光栄に思っておこう。
◇
私たちは教官に挨拶を済ませると、当直部屋に向かう。一時間に一度、順番に施設内を見回りするのだが、それ以外はこの部屋のなかの花園だ。仮眠もそれに合わせて順々にとっていくシステムらしい。
鈴奈が「見回りは一人かあ」と憂鬱そうにぼやいていて、心底ついていってあげたいと思う。私行こうかなんて言ったら、悪いよと笑われたけれど。
時間はまだ就寝時間にも至っておらず、所謂〝後夜〟――先に仮眠をとり、後に当番になる者――も、眠気がやってこないらしい。全員で部屋の中、声を潜めてくだらない話に花を咲かせていた。
やはり警官と言えど皆根は女の子で、使っている化粧品、試したことのあるダイエット方法。本当に他愛ないことではあったのだが、少し浮ついていたと思う。普段は課題と就寝時間に追われて、夜に話すことなどあまりないからだ。
「高槻さん、本当肌すべすべだし睫毛長いし……羨ましい」
「え、えへへ……。でもでも、男は絶対ちょっと垢抜けないくらいが可愛いんだって」
「ほんとに? すっごい田舎者みたいじゃない?」
「ほんと、ほんと」
えくぼちゃんにニヤニヤしながら自分の願望を押しつけているうちに、気づけば話題は教場の男の話になっていた。なるほど、そういうところもしっかり女の子なのだと思う。ダントツで人気があるのは、やはりというか、なんというか、萩原だ。
「だってやっぱり優しいし、格好良いし……」
「背高いしね! 頭も良いから将来も堅いよー」
「話してみるとチャラくないしねー」
キャッキャっと皆一様に萩原を褒めるので、やはり奴はすごい男だ。羨ましいことこの上なかった。できたら私の性別が再び男として生まれた時のために、そのコツを伝授されておきたい。
「でも私は降谷くんかなあ」
「無理無理、あれは見る専門だって。伊達くんは?」
「格好良いけど、彼女いるって聞いたよー」
「え、彼女いんの!?」
だ、伊達班長~!! 私は心の中で激しく叫ぶ。確かに良い男だ。体格や能力もさることながら、気の良い男なのだ、彼は。伊達班のメンバーは教場のなかでも人気らしく、松田の名前が出てきたときには嘘だろと思った。そんなタマじゃないぞ、アイツ。知育玩具で喜ぶ子どもと同じノリで備品の数々を分解しているのを見たことがある。
「じゃあ、諸伏くん」
――その名前が出た瞬間、心がギクっと軋むのを感じた。
彼女たちは勿論そんなことは知らないので、彼の名前が出た瞬間「ああ~」と納得したように声があがる。軋んだ余韻が、まだ少し歪に心臓を鳴らしていた。
「良いよね。萩原くんとは違ったかんじ」
「いつも降谷くんといるでしょ、それが良いよね。優しそうでさ」
「でもサラっと彼女いそうじゃない?」
一人がそう言うと、皆声を合わせて「いそう~」と笑った。私も、少しだけ苦笑交じりに笑った。
すぐに話題は逸れて、彼女たちは他の話をはじめたが、私の頭の中にはそればかりが残っていた。彼女はいるのだろうか、どういう人なのだろうか。諸伏は彼女たちの言う通り優しい男だった。萩原のレディファーストとはまた違い、隔てのない優しさだ。
例えば、彼女にキスをする諸伏を想像した。あの少し深爪気味の、冷たかった指先。あの指で彼女の頬を擦る仕草。顎を引き寄せて、やや薄っぺらい唇を、初めは恥じらいながらくっつけるのだ。ふ、と緊張が解けるような可愛い笑みを、誰かに向けるのだろうか。
「……高槻さん?」
気づかうように、鈴奈が首を傾げた。私がはっと顔をあげると、どうやら眉間に深く皺が寄っていて、彼女はそれを指摘するように軽く額を突いた。
「ごめん、何か気に障ること言っちゃったかな」
「あ、違う違う! そろそろ見回りいかなきゃなって思っただけ」
「わ、本当だ。私たち、仮眠とるね」
時計を指すと、後夜の子たちは慌てたように仮眠室に入っていった。私は言いだした張本人ということもあり、最初に見回りを買って出る。帯革に懐中電灯と警棒を差し、ポケットに警笛を入れる。先夜の子たちに軽く敬礼をしてから、私は暗い廊下を歩き始めた。
一つ分の足音だけが響く廊下は妙な気持ちになる。普段はあれだけ、ばたばたと急いで渡る場所なので、たった一人で歩くだけで別の場所のように感じてしまう。部屋毎に鍵の施錠を確認し、一階の見回りを追え――ようとした時だった。
コンコン、すぐ隣の窓が無機質に鳴る。
いくらオカルトに関心がないとはいえ、こればっかりは吃驚して、無言のまま三歩ほど後ずさってしまった。しかしまあ、よく考えれば規則的なノックの音だ。懐中電灯を握りしめながら、ゆっくりとノックされた窓の外を照らす。
コンコン、今一度窓が叩かれて、目を凝らした。懐中電灯の灯りがあまりに目映く、反射してうまく捉えることができなかったからだ。窓の鍵を開けて外を覗くと、ぐっと誰かの両手がサッシを掴んだ。
「ラッキー、当直お前かよ」
「あれ、高槻さんじゃん。ウチの教場にも回ってきてたんだね」
よいしょ、と惜しみなく長い脚を縁に掛けて、彼らは廊下へと乗り込んでくる。
「何やってんの」
はぁ、と一瞬でも怯えた感情を無駄に思いながら、呆れ交じりに尋ねる。松田は欠伸をしながら気だるそうに「わすれもん」と答えた。萩原に視線を移すと、彼は長い指先で松田を指しながら「付き添いです」と笑う。付き添いってなんだ、小学生の女でもあるまいに。悪ガキたちめ。
「丁度良いわ、鍵開けて」
「開けてくださいって言え」
腰にある鍵の束を見せつけてくいっと顎をしゃくると、萩原が声を押さえながら笑った。
「高槻さん、マフィアのボスみてぇ……」
「良いね、それ。取引次第ってかんじで」
くくく、とわざと喉を鳴らして悪役っぽく笑うと、松田は不機嫌そうに口を歪める。そういえば、彼がわざわざ夜に取りに来る忘れものなのだ。テキストや課題の類ではない。それだけは断言できた。――恐らく、内容もあくどいものなのではないか。
尚更、手にしている鍵が人質じみてきた。松田はチっと一度舌を打つと、「週末分のメシ奢ってやる」と言う。これは転がり込んできた幸運だ。
「しょうがねーなあ。どこの部屋?」
「二階。今日刑法の訓練やった部屋」
はいはい、と私はゲームの先頭を立つ勇者にでもなった気分で、悪ガキ二名を引率しながら階段を登る。背後で萩原が几帳面に窓を閉めていく音がした。
ほぼほぼ無心になりながら、中間テストの対策を練っていると、班の女の子たちが学習室に籠った私を呼びに来た。最近どうにも病弱キャラが定着しているらしく――本当に柄じゃあないのだけど――心配で顔を出してくれたようだ。なんて良い子たちなのか。すっぴん姿の垢抜けない顔も少しツボで、ニコニコと笑顔を隠せずにテキストを閉じる。
座学に至っては殆どが暗記科目なので、時間を掛ければ問題はない。「邪魔だったかな?」と控えめに問いかけたメンバーに、私はぶんぶんと首を振った。
「ぜんぜんそんなことない。ごめんね、今日当直だったよね」
「うん。今から教官に挨拶行くところ」
私より少し小柄の、人懐っこい女の子が「一緒に行こ」と笑った。彼女は顔のとおり人懐こく、友人の多い人望者だ。私の属する班の班長でもある。横にいた鈴奈がドキドキするね、と緊張した面持ちで言う。
「確かに、警察って感じだよね」
「それもそうだけど……夜の学校って、怖いじゃない」
鈴奈はそのクールな顔をやや俯かせて、憂鬱な溜息を零した。どうやら、オカルト方面に耐性がないらしい。そういうところも可愛いのである。
今日は初めての当番勤務――実際の警察の三交代制のように、次の日の朝まで施設内警備を行う日だ。班員が順番に務めることになっており、鬼塚教場では私たちがトップバッターであった。
――といっても、まあ、警察学校内の警備なので。本当に幽霊でも出ない限りは、私たちの仕事など殆どないのだ。徹夜は少し辛いが、こんな可愛い子たちと一夜を過ごせることを光栄に思っておこう。
◇
私たちは教官に挨拶を済ませると、当直部屋に向かう。一時間に一度、順番に施設内を見回りするのだが、それ以外はこの部屋のなかの花園だ。仮眠もそれに合わせて順々にとっていくシステムらしい。
鈴奈が「見回りは一人かあ」と憂鬱そうにぼやいていて、心底ついていってあげたいと思う。私行こうかなんて言ったら、悪いよと笑われたけれど。
時間はまだ就寝時間にも至っておらず、所謂〝後夜〟――先に仮眠をとり、後に当番になる者――も、眠気がやってこないらしい。全員で部屋の中、声を潜めてくだらない話に花を咲かせていた。
やはり警官と言えど皆根は女の子で、使っている化粧品、試したことのあるダイエット方法。本当に他愛ないことではあったのだが、少し浮ついていたと思う。普段は課題と就寝時間に追われて、夜に話すことなどあまりないからだ。
「高槻さん、本当肌すべすべだし睫毛長いし……羨ましい」
「え、えへへ……。でもでも、男は絶対ちょっと垢抜けないくらいが可愛いんだって」
「ほんとに? すっごい田舎者みたいじゃない?」
「ほんと、ほんと」
えくぼちゃんにニヤニヤしながら自分の願望を押しつけているうちに、気づけば話題は教場の男の話になっていた。なるほど、そういうところもしっかり女の子なのだと思う。ダントツで人気があるのは、やはりというか、なんというか、萩原だ。
「だってやっぱり優しいし、格好良いし……」
「背高いしね! 頭も良いから将来も堅いよー」
「話してみるとチャラくないしねー」
キャッキャっと皆一様に萩原を褒めるので、やはり奴はすごい男だ。羨ましいことこの上なかった。できたら私の性別が再び男として生まれた時のために、そのコツを伝授されておきたい。
「でも私は降谷くんかなあ」
「無理無理、あれは見る専門だって。伊達くんは?」
「格好良いけど、彼女いるって聞いたよー」
「え、彼女いんの!?」
だ、伊達班長~!! 私は心の中で激しく叫ぶ。確かに良い男だ。体格や能力もさることながら、気の良い男なのだ、彼は。伊達班のメンバーは教場のなかでも人気らしく、松田の名前が出てきたときには嘘だろと思った。そんなタマじゃないぞ、アイツ。知育玩具で喜ぶ子どもと同じノリで備品の数々を分解しているのを見たことがある。
「じゃあ、諸伏くん」
――その名前が出た瞬間、心がギクっと軋むのを感じた。
彼女たちは勿論そんなことは知らないので、彼の名前が出た瞬間「ああ~」と納得したように声があがる。軋んだ余韻が、まだ少し歪に心臓を鳴らしていた。
「良いよね。萩原くんとは違ったかんじ」
「いつも降谷くんといるでしょ、それが良いよね。優しそうでさ」
「でもサラっと彼女いそうじゃない?」
一人がそう言うと、皆声を合わせて「いそう~」と笑った。私も、少しだけ苦笑交じりに笑った。
すぐに話題は逸れて、彼女たちは他の話をはじめたが、私の頭の中にはそればかりが残っていた。彼女はいるのだろうか、どういう人なのだろうか。諸伏は彼女たちの言う通り優しい男だった。萩原のレディファーストとはまた違い、隔てのない優しさだ。
例えば、彼女にキスをする諸伏を想像した。あの少し深爪気味の、冷たかった指先。あの指で彼女の頬を擦る仕草。顎を引き寄せて、やや薄っぺらい唇を、初めは恥じらいながらくっつけるのだ。ふ、と緊張が解けるような可愛い笑みを、誰かに向けるのだろうか。
「……高槻さん?」
気づかうように、鈴奈が首を傾げた。私がはっと顔をあげると、どうやら眉間に深く皺が寄っていて、彼女はそれを指摘するように軽く額を突いた。
「ごめん、何か気に障ること言っちゃったかな」
「あ、違う違う! そろそろ見回りいかなきゃなって思っただけ」
「わ、本当だ。私たち、仮眠とるね」
時計を指すと、後夜の子たちは慌てたように仮眠室に入っていった。私は言いだした張本人ということもあり、最初に見回りを買って出る。帯革に懐中電灯と警棒を差し、ポケットに警笛を入れる。先夜の子たちに軽く敬礼をしてから、私は暗い廊下を歩き始めた。
一つ分の足音だけが響く廊下は妙な気持ちになる。普段はあれだけ、ばたばたと急いで渡る場所なので、たった一人で歩くだけで別の場所のように感じてしまう。部屋毎に鍵の施錠を確認し、一階の見回りを追え――ようとした時だった。
コンコン、すぐ隣の窓が無機質に鳴る。
いくらオカルトに関心がないとはいえ、こればっかりは吃驚して、無言のまま三歩ほど後ずさってしまった。しかしまあ、よく考えれば規則的なノックの音だ。懐中電灯を握りしめながら、ゆっくりとノックされた窓の外を照らす。
コンコン、今一度窓が叩かれて、目を凝らした。懐中電灯の灯りがあまりに目映く、反射してうまく捉えることができなかったからだ。窓の鍵を開けて外を覗くと、ぐっと誰かの両手がサッシを掴んだ。
「ラッキー、当直お前かよ」
「あれ、高槻さんじゃん。ウチの教場にも回ってきてたんだね」
よいしょ、と惜しみなく長い脚を縁に掛けて、彼らは廊下へと乗り込んでくる。
「何やってんの」
はぁ、と一瞬でも怯えた感情を無駄に思いながら、呆れ交じりに尋ねる。松田は欠伸をしながら気だるそうに「わすれもん」と答えた。萩原に視線を移すと、彼は長い指先で松田を指しながら「付き添いです」と笑う。付き添いってなんだ、小学生の女でもあるまいに。悪ガキたちめ。
「丁度良いわ、鍵開けて」
「開けてくださいって言え」
腰にある鍵の束を見せつけてくいっと顎をしゃくると、萩原が声を押さえながら笑った。
「高槻さん、マフィアのボスみてぇ……」
「良いね、それ。取引次第ってかんじで」
くくく、とわざと喉を鳴らして悪役っぽく笑うと、松田は不機嫌そうに口を歪める。そういえば、彼がわざわざ夜に取りに来る忘れものなのだ。テキストや課題の類ではない。それだけは断言できた。――恐らく、内容もあくどいものなのではないか。
尚更、手にしている鍵が人質じみてきた。松田はチっと一度舌を打つと、「週末分のメシ奢ってやる」と言う。これは転がり込んできた幸運だ。
「しょうがねーなあ。どこの部屋?」
「二階。今日刑法の訓練やった部屋」
はいはい、と私はゲームの先頭を立つ勇者にでもなった気分で、悪ガキ二名を引率しながら階段を登る。背後で萩原が几帳面に窓を閉めていく音がした。