First
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カーテンの閉まり切った部屋に、目覚ましのアラームがけたましく鳴り響く。不明瞭に口をもごつかせながら寝返りを打ったり、宙を切るように腕を振ってみるが、勿論のことアラームが止まることはなかった。痛む頭を押さえながら、なんとか目覚ましの傍まで這いずり、ボタンを押し――私はもう一度意識を手放した。
二度目のアラームは、目覚ましとは異なるものだった。聞き覚えのある電子音に、緩く瞼が持ち上がる。ウウン、と体を引っ繰り返すと、カーテンの隙間から煌々とした白い光が零れている。
目映さに目が眩んだものの、何度か瞬きを繰り返してピントを合わせた。ピクリともしない頭上の時計を見て、私は大きく欠伸をする。
「ふあ、十時ね……十時……。十時!」
勢いよく、ぺらぺらになった布団を蹴り飛ばした。起きた拍子に頭がクラっとして、もう一度枕に倒れ込む。家から大学まで、走ったとしても四十分前後。駄目だ、もう間に合わない。幸い課題提出がある授業でもないし――ということを心の中で免罪符にしながら、私は充電器につながったスマートフォンを手に取った。
画面には、通知が一つ。不在着信――大学の同級生からだった。最近寝坊しがちな私を心配してくれたのだろう。優しい子だった。以前は近くに住んでいたユキがしつこいくらい扉を叩いてくれていたので遅刻せずに済んだが。来学期からは午前に授業を組み込むのは止めようと固く誓う。
待ち受けには、照れ臭そうにはにかむ私と、白い肌を紅潮させてパっとほほ笑むユキが表示されている。私は画面の中と同じようにほんのりはにかむと、その黒髪を指でなぞり、おはようと肩を竦めた。
◆
さて、今日は午後に授業を取っていない。
午前の授業も諦めたのだから(同級生には、しっかり謝罪をしておいた)、完全にフリーの時間ができた。大学に行くためのラフな服装に着替え軽く身支度を整えてから、私は買い物ついでに街中を周ることにした。
スーパーでの買い物を済ませ(特売製品をたっぷり、ラッキーだ)、商店街を眺める。目的はバイト探しだ。できればこの性格を直すために、接客系のものであると良いのだが。レジ袋代わりのトートバックを持ってぼんやり張り紙に目を通していると、誰かが背中にぶつかった。チリン、と金属音が鼓膜を震わす。
「あ、すみません」
「……いえ」
大柄な男だ。二メートル近くあるのではと感じさせる体格のせいで、顔はほとんど伺えなかった。大きな人だなあと思いながら踵を返すと、スニーカーのつま先がコンっと何かを弾いた。
アスファルトに似つかわしくない、上品な輝きがチカっと光った。
指先でそれを摘まむ。指輪だ。しかも、恐らくプラチナのリング。美しく彫られた花柄に、内側にはMとイニシャルだろう文字が刻まれていた。そして、サイズからして女物だろう。
「あの、これ落とし物じゃあ……」
男が向かった方を振り返る――。が、あの大柄なシルエットは見当たらなかった。ここから商店街の出口までは一直線だ。先ほどぶつかったばかりで、この道を抜けたわけでもあるまい。私は疑問に思いながら、ウィンドウ越しに店を見てまわったが――まるで煙に消えたように、大柄の男などどこにもおらず、店員の中にもそれを見たという者はいなかった。
私は指輪を眺めたまま、少し唸った。本当なら直接届けられれば良い。女物の指輪を持っているなんて、目的は一つしか思い当たらなかった。あの不愛想な声色も、もしかすると緊張していたのかもしれない。
諦めて、最寄の交番に届けようと思ったのは、男を探し始めてから少し経った後だった。
「交番かあ、いつも場所なんて意識してないから分かんないな」
暖かい気候のせいか、つい暖簾に惹かれて買ったラムネに口をつけながら地図看板を探していると、何やら頬にチクチクを刺さるものを感じた。
「うまっそ~……」
駄々洩れの欲望にチラリと視線を下げる。それはもう、キラキラとラムネ以上に輝く瞳がひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ。天気も良かったので、私が見ている小さな彼らの瞳のように、太陽に照らされていつも以上に瓶が煌めいて見えたのだろう。
「アハハ……あっちに売ってたよ」
分けてあげようか、とも思ったが、自分が口をつけたものだったので気が引けてしまった。キラキラとした視線から逃れるように、店のあった方を指さす。親御さんに見られて、アレコレ言われるのもお互いに嫌だろう。
「でもオレ、もう小遣い残ってねぇや」
「ボクもです~……」
「歩美も……。さっきいっぱいお菓子買っちゃったから」
「……アレ? 君たち」
歩美、という名前に私は視線をもう一度下ろす。
私がジィっと見つめると、子どもたちも此方をジィっと見つめ返した。
「おーい、そろそろ行くぞおめぇら」
見つめ合っているうちに、第三者の声がして、私も子どもたちもパっと顔を上げる。手を振る見覚えのある少年と、茶髪のハーフ風の少女――首の詰まったシャツを着た、すらりとした立ち姿。
最初に私を見て瞳を丸くしたのは、ハーフ風の少女、哀だった。色素の薄い瞳がぱちんと可愛らしく瞬く。
「貴女……」
「哀ちゃん……沖矢さんも」
「おや。奇遇ですね、この間ぶりで。紅茶、美味しくいただきました」
ニコ、とお決まりの笑顔を張り付けた沖矢に、私は「それは何よりで……」と頭を下げた。沖矢も、いえいえ、と頭を下げ返す。
「何やってるのよ……。ていうか、この辺に住んでるって知ってたわよね」
「まあ、送っていきましたからね。別に不都合はないでしょう」
哀が気に食わなそうにジロリと睨むと、沖矢はフっと肩を竦めていた。眼鏡の少年――確かコナンと言ったと記憶している――も、まるでシンクロするように小さな肩を竦めた。
「なあ昴の兄ちゃん、オレたちもラムネ飲みてーぜ~!」
「歩美も喉カラカラだよ~……」
子どもたちが親鳥を見つけたように、グレーのテーパードに群がる。そういえば、今日は祝日であったと、ぼんやり感じながらその姿を微笑ましく見つめた。
「駄目よ、あなた達、今日のお小遣い全部遣っちゃったんでしょう」
哀が指を立てて母親のように叱りつけると、沖矢も困ったように眉尻を下げていた。
「ううん、それが終わったら帰るという約束だったからね」
「あ、あの……」
私が声を掛けると、少年たちも一気に視線を此方へ向ける。キラキラとした視線だ。私は今一度店の方を指すと、苦笑いして告げた。
「じゃあ、ちょっと聞いてほしいことがあるので……お話代、ということで」
◆
「いただきまーす!」
店のテラスにあるテーブル席に腰を掛けて、子どもたちはラムネに飛びつく。瓶ラムネを開けるのは初めてなのか、試行錯誤しながら開けているのは実に微笑ましく思えた。ごくごくっと、喉を鳴らすと、瓶の中のビー玉もカラコロと音を立てる。
「あまーい! つめたーい!」
「あはは、良かった。あ、駄目だよ、ビー玉は避けて飲んで」
瓶を斜めにして縁に詰まらないようにしてやると、元太はオオーと大袈裟なまでに喜んでいる。哀とコナンはアイスカフェオレを頼んだので、何故か私と一緒になりながら少年たちを見守っていた。
――あれ?
沖矢の手元には何もない。注文はトイレに行っている間に任せてしまったので聞いていなかったが、遠慮したのだろうか。
「あの、喉乾きませんか?」
「ん? ああ……。そうですね、あまり水分は摂らないほうで」
ニコ、と笑って答えるが、どうにもすっきりしないのは彼の服装が暑く感じるからだろうか。せめてシャツのボタンを外せば良いのに、と思う。額には汗一滴掻いていないから、暑さに鈍いのかもしれない。そういった人ほど、熱中症になりやすいと講義で習ったばかりだったので、私はラムネの瓶を控えめに渡した。
「良かったら、一口。熱中症は怖いですよ」
「――……ありがとう。なら一口貰います」
沖矢は一瞬動きを止め私を見つめるが、すぐにほほ笑んで瓶を手に取った。
「あ、でも飲みかけは嫌ですよね。やっぱりもう一つ……」
店員を呼ぼうと、店内へ視線を向ける。
その私の言葉を聞いていたのか、聞こえなかったのか。沖矢はすでに瓶を呷っていて、比較的小さめな唇がラムネの小さな窄みに嵌った。カラン、ビー玉が転がる。気泡を含んだ透明なラムネが、青い瓶を下って口元に落ちていく。暑かったのだろう、一口、二口と喉がゴクゴク鳴った。
隠れていても分かる太い喉元を見ると、やっぱりしっかりとした体をしているなあ……、ぼうっとその姿を眺めていると、名前を呼ばれる。
「高槻さん、そういえばお話があるとか……」
「はい!? あ、そう……そうです。すみません、おっきい声だしちゃって」
驚いたように、コナンのカフェオレがごぽっと泡を立てた。私は少し気恥ずかしさを感じ、体を縮めながら、テーブルに指輪を置いた。
二度目のアラームは、目覚ましとは異なるものだった。聞き覚えのある電子音に、緩く瞼が持ち上がる。ウウン、と体を引っ繰り返すと、カーテンの隙間から煌々とした白い光が零れている。
目映さに目が眩んだものの、何度か瞬きを繰り返してピントを合わせた。ピクリともしない頭上の時計を見て、私は大きく欠伸をする。
「ふあ、十時ね……十時……。十時!」
勢いよく、ぺらぺらになった布団を蹴り飛ばした。起きた拍子に頭がクラっとして、もう一度枕に倒れ込む。家から大学まで、走ったとしても四十分前後。駄目だ、もう間に合わない。幸い課題提出がある授業でもないし――ということを心の中で免罪符にしながら、私は充電器につながったスマートフォンを手に取った。
画面には、通知が一つ。不在着信――大学の同級生からだった。最近寝坊しがちな私を心配してくれたのだろう。優しい子だった。以前は近くに住んでいたユキがしつこいくらい扉を叩いてくれていたので遅刻せずに済んだが。来学期からは午前に授業を組み込むのは止めようと固く誓う。
待ち受けには、照れ臭そうにはにかむ私と、白い肌を紅潮させてパっとほほ笑むユキが表示されている。私は画面の中と同じようにほんのりはにかむと、その黒髪を指でなぞり、おはようと肩を竦めた。
◆
さて、今日は午後に授業を取っていない。
午前の授業も諦めたのだから(同級生には、しっかり謝罪をしておいた)、完全にフリーの時間ができた。大学に行くためのラフな服装に着替え軽く身支度を整えてから、私は買い物ついでに街中を周ることにした。
スーパーでの買い物を済ませ(特売製品をたっぷり、ラッキーだ)、商店街を眺める。目的はバイト探しだ。できればこの性格を直すために、接客系のものであると良いのだが。レジ袋代わりのトートバックを持ってぼんやり張り紙に目を通していると、誰かが背中にぶつかった。チリン、と金属音が鼓膜を震わす。
「あ、すみません」
「……いえ」
大柄な男だ。二メートル近くあるのではと感じさせる体格のせいで、顔はほとんど伺えなかった。大きな人だなあと思いながら踵を返すと、スニーカーのつま先がコンっと何かを弾いた。
アスファルトに似つかわしくない、上品な輝きがチカっと光った。
指先でそれを摘まむ。指輪だ。しかも、恐らくプラチナのリング。美しく彫られた花柄に、内側にはMとイニシャルだろう文字が刻まれていた。そして、サイズからして女物だろう。
「あの、これ落とし物じゃあ……」
男が向かった方を振り返る――。が、あの大柄なシルエットは見当たらなかった。ここから商店街の出口までは一直線だ。先ほどぶつかったばかりで、この道を抜けたわけでもあるまい。私は疑問に思いながら、ウィンドウ越しに店を見てまわったが――まるで煙に消えたように、大柄の男などどこにもおらず、店員の中にもそれを見たという者はいなかった。
私は指輪を眺めたまま、少し唸った。本当なら直接届けられれば良い。女物の指輪を持っているなんて、目的は一つしか思い当たらなかった。あの不愛想な声色も、もしかすると緊張していたのかもしれない。
諦めて、最寄の交番に届けようと思ったのは、男を探し始めてから少し経った後だった。
「交番かあ、いつも場所なんて意識してないから分かんないな」
暖かい気候のせいか、つい暖簾に惹かれて買ったラムネに口をつけながら地図看板を探していると、何やら頬にチクチクを刺さるものを感じた。
「うまっそ~……」
駄々洩れの欲望にチラリと視線を下げる。それはもう、キラキラとラムネ以上に輝く瞳がひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ。天気も良かったので、私が見ている小さな彼らの瞳のように、太陽に照らされていつも以上に瓶が煌めいて見えたのだろう。
「アハハ……あっちに売ってたよ」
分けてあげようか、とも思ったが、自分が口をつけたものだったので気が引けてしまった。キラキラとした視線から逃れるように、店のあった方を指さす。親御さんに見られて、アレコレ言われるのもお互いに嫌だろう。
「でもオレ、もう小遣い残ってねぇや」
「ボクもです~……」
「歩美も……。さっきいっぱいお菓子買っちゃったから」
「……アレ? 君たち」
歩美、という名前に私は視線をもう一度下ろす。
私がジィっと見つめると、子どもたちも此方をジィっと見つめ返した。
「おーい、そろそろ行くぞおめぇら」
見つめ合っているうちに、第三者の声がして、私も子どもたちもパっと顔を上げる。手を振る見覚えのある少年と、茶髪のハーフ風の少女――首の詰まったシャツを着た、すらりとした立ち姿。
最初に私を見て瞳を丸くしたのは、ハーフ風の少女、哀だった。色素の薄い瞳がぱちんと可愛らしく瞬く。
「貴女……」
「哀ちゃん……沖矢さんも」
「おや。奇遇ですね、この間ぶりで。紅茶、美味しくいただきました」
ニコ、とお決まりの笑顔を張り付けた沖矢に、私は「それは何よりで……」と頭を下げた。沖矢も、いえいえ、と頭を下げ返す。
「何やってるのよ……。ていうか、この辺に住んでるって知ってたわよね」
「まあ、送っていきましたからね。別に不都合はないでしょう」
哀が気に食わなそうにジロリと睨むと、沖矢はフっと肩を竦めていた。眼鏡の少年――確かコナンと言ったと記憶している――も、まるでシンクロするように小さな肩を竦めた。
「なあ昴の兄ちゃん、オレたちもラムネ飲みてーぜ~!」
「歩美も喉カラカラだよ~……」
子どもたちが親鳥を見つけたように、グレーのテーパードに群がる。そういえば、今日は祝日であったと、ぼんやり感じながらその姿を微笑ましく見つめた。
「駄目よ、あなた達、今日のお小遣い全部遣っちゃったんでしょう」
哀が指を立てて母親のように叱りつけると、沖矢も困ったように眉尻を下げていた。
「ううん、それが終わったら帰るという約束だったからね」
「あ、あの……」
私が声を掛けると、少年たちも一気に視線を此方へ向ける。キラキラとした視線だ。私は今一度店の方を指すと、苦笑いして告げた。
「じゃあ、ちょっと聞いてほしいことがあるので……お話代、ということで」
◆
「いただきまーす!」
店のテラスにあるテーブル席に腰を掛けて、子どもたちはラムネに飛びつく。瓶ラムネを開けるのは初めてなのか、試行錯誤しながら開けているのは実に微笑ましく思えた。ごくごくっと、喉を鳴らすと、瓶の中のビー玉もカラコロと音を立てる。
「あまーい! つめたーい!」
「あはは、良かった。あ、駄目だよ、ビー玉は避けて飲んで」
瓶を斜めにして縁に詰まらないようにしてやると、元太はオオーと大袈裟なまでに喜んでいる。哀とコナンはアイスカフェオレを頼んだので、何故か私と一緒になりながら少年たちを見守っていた。
――あれ?
沖矢の手元には何もない。注文はトイレに行っている間に任せてしまったので聞いていなかったが、遠慮したのだろうか。
「あの、喉乾きませんか?」
「ん? ああ……。そうですね、あまり水分は摂らないほうで」
ニコ、と笑って答えるが、どうにもすっきりしないのは彼の服装が暑く感じるからだろうか。せめてシャツのボタンを外せば良いのに、と思う。額には汗一滴掻いていないから、暑さに鈍いのかもしれない。そういった人ほど、熱中症になりやすいと講義で習ったばかりだったので、私はラムネの瓶を控えめに渡した。
「良かったら、一口。熱中症は怖いですよ」
「――……ありがとう。なら一口貰います」
沖矢は一瞬動きを止め私を見つめるが、すぐにほほ笑んで瓶を手に取った。
「あ、でも飲みかけは嫌ですよね。やっぱりもう一つ……」
店員を呼ぼうと、店内へ視線を向ける。
その私の言葉を聞いていたのか、聞こえなかったのか。沖矢はすでに瓶を呷っていて、比較的小さめな唇がラムネの小さな窄みに嵌った。カラン、ビー玉が転がる。気泡を含んだ透明なラムネが、青い瓶を下って口元に落ちていく。暑かったのだろう、一口、二口と喉がゴクゴク鳴った。
隠れていても分かる太い喉元を見ると、やっぱりしっかりとした体をしているなあ……、ぼうっとその姿を眺めていると、名前を呼ばれる。
「高槻さん、そういえばお話があるとか……」
「はい!? あ、そう……そうです。すみません、おっきい声だしちゃって」
驚いたように、コナンのカフェオレがごぽっと泡を立てた。私は少し気恥ずかしさを感じ、体を縮めながら、テーブルに指輪を置いた。