日常と予兆
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「・・!」
不意にナナシが立ち止まった。
かすかに、聞き覚えのある音が聞こえたからだ。
蹄鉄が地面を叩く音。
そして、現代の田舎を思い出す懐かしいこのにおい。
ナナシは音の聞こえた方へふらふらと歩き出した。
城の敷地の片隅にある建物の陰から覗くと、現れたのは大きな厩舎だった。
そして厩舎の周りに張り巡らされた柵の向こうにいたのは、一目見てそれとわかる漆黒の巨馬。
艶やかな毛並みと豊かな鬣、悠々と揺れている立派な尾毛。
ナナシが今までに見たことのあるどんな馬よりも大きく、逞しく、美しい馬だった。
抱えていたカゴをその場に下ろすと、駆けよって思わず柵に手をかける。
「黒王号・・!」
ナナシの足音が聞こえていたからだろう。
黒王号はナナシの方を向いて佇んでいた。
優しげな黒い瞳がじっとナナシを見ている。
「・・・あの時はありがとう、助けてくれて。」
目を見つめて礼を述べると、黒王号は小さく鼻を鳴らした。
その様子はまるでナナシの言葉を理解しているかのように見えた。
先日助けてくれた時に感じた威圧感が薄れている気がするのは、たぶん気のせいではない。
ナナシの目には、黒王号はリラックスしているように見えた。
しばらく見つめていると、黒王号が徐に一歩前に踏み出した。
「!」
ナナシは驚いて、思わず柵から手を離して半歩後ずさってしまった。
後退りながらもじっと自分を見上げるナナシを追いかけるようにして、柵の上から黒王号の鼻面がゆっくりとナナシの目の前に迫る。
そのまま動きを止めた黒王号の目は変わらずとても穏やかだった。
触っても・・いいかな・・?
ゴクリと小さく喉を鳴らして、期待に胸が弾むナナシ。
ちらちらと黒王号の目を見ながら、恐る恐る手を伸ばしてみるが、黒王号は嫌がったり怒ったりするような素振りは見せなかった。
ただ、じっとナナシを見つめている。
ナナシは意を決して、そっとその大きな鼻面に触れてみた。
そのまま撫でてみると、黒王号はかすかに目を細めたように見えた。
かすかに擦り寄るような仕草もみせたことから、どうやら撫でて欲しいようだ。
撫でさせてくれる黒王号に嬉しくなったナナシは、そのまましばらく鼻面や首筋を両手で撫でていた。
時折話しかけながらそうして戯れて、洗濯物の存在を思い出したナナシはやがて名残惜しげに黒王号に別れを告げた。
挨拶をするように、はたまたお礼でも告げるかのように、首をもたげて鼻を鳴らして見送ってくれる黒王号に笑いかけながら手を振ると、ナナシは大きなカゴを抱えて洗濯房へ向かって歩き去って行った。