夢が覚めた後も


最近……いや、この世界に来てからずっとマルスは、夢が醒めた後の事を考え続けていた。
文化も歴史も何もかも違う様々な異世界からやって来たファイター達と過ごす、夢のような時間。
しかしマルスにとって、夢のような、ではなく、この世界はまさしく夢だ。

王族として守るべき物が余りに多すぎる現実。
愛すべき故郷やそこに住む人々を負担に思った事は無いし、彼らを守るのは自分としても非常に意義のある事だった。
それでもふと考える、この世界での生活の事。
もし自分が王子ではなく只の少年として生まれて来て、この世界の仲間達と出会えていたなら。
故郷の平和が数多の犠牲の上に成り立っている以上、そんな事を考える自体が罰当たりな事なのに。

一足早く、同じ王侯貴族の少年ロイがスマブラ界を去って行った。
病床の父君が容態を悪化させ、唯一の跡継ぎである彼の存在が必要不可欠になったらしい。
それを知ってからマルスは、自分もいつまでもこの世界に留まってはいられないと思うようになる。

そして、それと同時に彼の胸に浮かんで来るのは。
この世界に来て愛した一人の男の事だった。


「おーいマルス。明日の乱闘チーム戦らしいから、俺と一緒に組もう」

「リンク先輩。いいですよ、最近はチーム戦やってなかったし……」


勇者リンク。
この世界に来て惹かれ合い想いを成就させた人。
そして故郷の世界へ帰るその時に、永遠に離別しなければならない人。
マルスは愛するリンクと共に居ると、どうしようもなく幸せで、どうしようもなく辛くなる。
いつだって側に居たいのに、それが辛くて辛くてしょうがなかった。

リンクはそんなマルスの気持ちを知っていて、それでいて何も出来ない自分が歯痒くもあった。
故郷では勇者とは言え、マルスの世界では何の変哲も無い只の一般人。
世界の英雄王である彼をどうにかするなど出来よう筈も無い。


「……言っちゃいけないんだろうけどさ、お前を独り占め出来たらなあ」

「リンク先輩……」

「王として国々を治め、世継ぎを作って、そんな責務を果たさなきゃならないお前とその周りに、俺が入り込む余地なんて微塵も無いんだよな」

「……」


その通りだった。
マルスの故郷の事などリンクは全く知らない。
過酷な戦争で苦楽を共にする事もしていない。
この世界では掛け替えない仲間でも、マルスの故郷では完全なる部外者だ。
故郷で世界の中心となっているマルスと、完全な部外者であるリンク……全くもって釣り合わない。

夢なのだ、このスマブラ界での出来事は全て。
目覚めれば消えてしまい、やがては記憶も曖昧になって薄れてしまう。
愛着の湧いた世界も、楽しい出来事も、掛け替えの無い仲間達も、愛する人も、全てが夢の産物。
儚く消え去ってしまう幻影に過ぎないもの達。


「なあマルス。俺や皆の事、せめて良い思い出ぐらいにはしてくれよ」

「思い出、ですか」

「そう。夢じゃなくて、思い出。それだったら少しは報われるからさ」

「……」


リンクの要求にマルスは、柔らかな笑顔で応えた。
リンクはそれをそのまま受け取ってしまい、安心して話題を終わらせる。
だがその時マルスの心にあったのは、表面上の笑顔とは真逆の感情だった。


++++++


翌日、約束通りにリンクとマルスはチームを組んで、様々なファイター達と乱闘を繰り広げていた。
余計な事を考えずに済むこの時間はマルス達にとって有り難いもの。
休憩や食事などを挟んでこの日20戦以上の乱闘をこなした後の試合。
ペアを変えようと誰かが提案したのか、入れ替わり立ち代わりに仮想空間である乱闘ステージ間でファイター達の移動が行われた。
リンクもマルスと離れ、ペアの相手はピーチ姫。

ピーチと数戦をこなしたリンクだが、マルスと離れてから昨日の会話が思い出されて落ち着かない。
守るべきものが余りに多すぎるマルスと、そんな彼の世界で部外者の自分。
離れ離れにならなければならない二人の事を普段より強く意識してしまい、どうにも落ち着かない。
そして休憩時間に入った時、それをピーチに見抜かれてしまった。


「ねえリンク、あなた一体どうしたの?」

「え……」

「何だか調子が悪そう。いつものあなたじゃないみたいよ」

「あ、はは……。見抜かれてましたか」

「一体どうしたの、私でよければ話して? ……あ、どうせならマルスの方がいいかしら」


冗談めかして言い、クスクス笑うピーチ。
リンクとマルスの仲はファイター公認で、からかわれる事も間々あった。
しかし今回の悩みはマルス本人との事なので冗談もあまり通じない。
苦笑しながら、たまには人の意見も聞くかと相談してみる事にする。


「マルスって、王子様な訳じゃないですか。故郷へ帰れば王様だ。俺達がずっと今のままの関係で居るなんて不可能だって考えたら、辛くなって」

「えっ……」

「昨日、マルスとそんな話をしたから。俺も前々から考えてはいたんですが、何と言うか……改めて意識しちゃうと……どうにもね」

「そう言えば……そうね、あなた達はそうだわ」


ピーチは自分とマリオの事を考え、自分達とは圧倒的に違うと理解する。
マリオは同郷で、彼が世界的な英雄なのは身を以て知っている事だった。
彼と結婚した所で非難など浴びたりはしない、それは分かり切っている。

しかしリンクとマルスの間には異郷で身分違い、更に同性という決定的な障害が立ち塞がっている。
身分違いはまだ何とかなるかもしれないが、異郷と同性であるという事実は永遠に覆る事は無い。
そんな二人が平穏無事に結ばれる要素など欠片も見当たらなくて……。


「あ、いえピーチ姫。無茶苦茶な相談だとは分かってますから。聞いて貰えただけで充分です」

「そう……?」

「昨日マルスから話を聞いた時に彼に言いましたから。別れた後、夢にするんじゃなくせめて良い思い出にしてくれって」

「……リンクあなた、本当にそう言ったの?」

「え? はい、マルスも納得してくれましたし」

「それがマルスの本心だって、本気で思う?」

「……」


ピーチの言葉は、リンクが可能性として全く考えていないものだった。
いや、全く考えていなかったと言えば嘘になる。
本当は心のどこかであの笑顔が本心ではないと分かっていたのに、マルスの悲しみを受け止めきれず、目を逸らして気付かない振りをしていた。

本当は、マルスは。
そして自分だって。


「おーい! このステージは誰か居るか!?」

「ん……?」

「あら、マリオ」


突然、転送装置が出現してマリオが現れた。
休憩がてら次の挑戦者を待っていたのでこのステージにはリンクとピーチの二人しか居ない。


「姫、リンク! 二人とも無事で良かった」

「一体どうしたの、そんなに血相を変えて」

「今すぐ乱闘ステージから出ましょう、仮想空間が危険な状態です!」

「どういう事!?」


マリオの話によれば、仮想空間である乱闘ステージにバグが発生したらしく、乱闘ステージ内の様々な場所で不具合が発生しているそうだ。
アイテムや仕掛けが正常に作動しなくなる、ストックや時間等のルール関連がおかしいのは序の口、中にはダメージを受けない筈のステージの仕掛けで怪我を負った者も。
乱闘ステージで負った怪我は、仮想空間から出れば無かった事になる。
しかし今回のバグで、仮想空間で負った怪我が現実にまで影響を及ぼしてしまっているらしい。


「何人か怪我を負った仲間も居て、今は城で手当てを。特にマルスが酷い怪我を負ってしまって」

「な……!?」


それを聞いた瞬間、リンクはすぐさまメニューを開いて転送装置を出し、ステージを脱する。
嫌な想像を浮かべる事による吐き気まで伴った頭痛を感じながら、マルスの元へ急いだ。


医務室へ辿り着いたリンクは、驚くDr.マリオや手伝いのファイターには一瞥もくれず、視界に入った青い髪の見えるベッドへ一直線に駆け寄る。
心配したように魘されてはおらず静かに寝息を立てていたが、痛々しく巻かれた包帯や青白い顔色を見ては安心できない。


「ドクター、マルスの容態はどうなんだ!? マリオから酷い怪我を負ったって聞いて……!」

「落ち着けリンク、そんなに騒ぐな……! ……崩れたステージに巻き込まれたんだ。出血が多かったけど命に別状は無いから安心しろ。痛み止めも投与したし、安静にしてれば直に回復するよ」

「良かった……!」

「マルスの処置は終わってるからな。おれは他の軽傷のファイターを診るからマルスを宜しく、何かあったらすぐ呼べよ」


Dr.マリオは仕切りのカーテンを閉めて後回しにしたファイターを診に行く。
仕切られた空間は静寂に包まれたような気がして、医務室には他にも多数のファイターが居るのに2人っきりのような気がしてしまった。
リンクはベッドの横にあった椅子へ腰掛け、うなだれて両手で顔を覆う。

ホッとしたような、拭えない不安を少しでも和らげようとしているような溜め息を一つ吐いた。
自分が側に付いていれば、こんな怪我を負わせずに済んだかもしれない。
こんな事になるとは思っていなかっただろうし、仲間の入れ替えを提案したファイターを責める事など出来なかった。
ただリンクは、自分が側に居なかったせいで……と己を責め続ける。


「……リンク先輩」

「!!」


バッと顔を上げ、寝言かもしれないと考え直すより先にマルスと目が合う。
無事で良かった、俺が側に居なかったせいでこんな事に、具合はどうだ、本当にすまない……。
頭の中でぐるぐると言葉が巡るのに、喉につっかえて出て来ない。
落ち着こうと唾を飲み、小さく息を吸った所でマルスが先に口を開いた。


「よかった……リンク先輩が無事で。僕と一緒に居なくて幸いでしたね」

「……」


“それがマルスの本心だって、本気で思う?”


瞬時にピーチの言葉が思い出され、眼前のマルスの表情を確認してみる。
こんな時に柔らかな当たり障りのない笑顔をするのは、彼が本心を隠したい時だと長い付き合いの中で知っていたのに。
別れても良い思い出にしてくれとリンクが頼んだ時も、マルスは柔らかな当たり障りの無い笑顔を浮かべていたように思う。
それは決してリンクや仲間達の事を忘れたいという反抗的な意味ではなく。

常に他者を思いやるマルスは、こんな怪我を負う程の危険な場面でリンクに側に居てほしかったなどと言える訳がない。
昔から王族として自分を押し殺す事も多かったろう、異世界に来てもそれは癖になり抜けてない。
永住する訳でもない以上、抜けてはいけない癖なのだろうが……。

リンクの返事がない事を訝しんだか、マルスは笑顔を不安そうな表情に変え声音も落とした。
自己の主張ではなく、あくまでリンクの為に。


「リンク先輩……? あの、先輩もどこか怪我を……それとも具合が」

「俺にくらい、本心を言ってくれてもいいだろ」

「えっ……」


思わず責めるような口調になってしまうリンク。
そんな空気の変化を敏感に感じ取り、マルスはただ当惑しか出来ない。


「そうやって笑顔向けてれば相手は何も感じないと思ってるのか!? どうして俺にすら甘えてくれないんだよ!」

「……リンク先輩に甘えてるからじゃないですか」


激昂するリンクとは裏腹に、顔をゆっくり背けて静かに喋るマルス。
思いもよらない事を言われて呆気に取られたリンクを気にしている為か、少しどもりながら続ける。


「いつまでも一緒に居られる訳じゃないんだから別れは決まってる。別れた後に思い出すのが辛いから、記憶の中の雰囲気だけは楽しい物にしたい。だけど本当は身を切られるほど辛いって本心も分かって欲しい。リンク先輩なら僕が嘘を吐いていると分かってくれるって思って……。他の誰にも分からないよう、一緒に背負って貰おうと思ったんです」


いつだって優しくて他者を思いやるマルスの、思いがけない身勝手な部分。
二人だけの秘密にしてリンクにも一緒に苦しんで欲しかったと、そう。
確かにリンクはマルスの嘘に気付いて、思い悩んで苦しんでいた。
ピーチもマルスの嘘について指摘していたが、あくまで一般的な恋人関係を鑑みた指摘でありマルスの本心は分からない。

世界も境遇も何もかも違う二人の共通点を少しでも増やしたくて。
いつか来る絶対的な別れの後も、相手も自分と同じように傷付いているという事実が欲しくて。
でもそれを一々口に出すのは辛かったから、リンクなら自分の嘘に気付いて思い悩んでくれるだろうと信じ、直接的に伝えたりはしなかった。

甘えているからこそ相談せず何一つ伝えない。
それに気付いた時、リンクはどうしようもない胸の痛みに襲われてしまう。


「……どう足掻いても、俺達の夢は醒めるんだな」

「……」

「いや、違うか。夢だから醒めないとおかしいんだ。醒めない夢なんて悪夢以外の何物でもない」


そんなの出会った時から分かっていた事だったのに、散々目を逸らして、気付かない振りをして、痛みだけを胸の中で成長させて来た。
しかしこの痛みも二人には必要なもの。
離別の後も胸の痛みが残っていれば、それが二人が共に在った証となる。


「この痛みと絶望感……。僕にとっては心地良くさえあります。リンク先輩と過ごした証だから」

「……そうだな」


これから先も、リンクとマルスは愛し合いながら傷付け合い、お互いの首を絞め続けるのだろう。
この悪夢のように幸せな夢が醒めた後も、苦しみ続ける事が出来るように。




-END-
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