まだまだ暑いですね


突き抜けるような高い青空、輝く海と白い砂浜、夏と言われれば誰もが思い浮かべる風景の中にスマブラファイター達は居た。

そう、夏。
ファイター達に夏休みなんて言葉は不要だけれど、取り敢えず夏休み気分。
今にもヒャッホォオォオ! とでも叫び出しそうにしながら海へ駆ける彼ら(何人かは実際に叫んでいた)。

気がつけば8月も後半、このままでは夏の醍醐味を味わわないまま秋になってしまうと危惧した一部のファイター達が、海水浴に行きたいと言い出した。
突然の提案だったが反対する理由も無いので、あれよあれよと言う間に計画が実行された訳だ。
一目散に海へと向かう仲間達を尻目に、マルスは他の数名と協力してテントやパラソルを立てた後、パラソルの影に敷いたシートへ座り込んでしまった。
そこへ声を掛けるアイク。


「何やってるんだマルス」

「休憩です」

「まだ1cmも泳いでないだろ」

「だって焼けるし」

「女子か」

「じゃあ全身くまなく日焼け止め塗ってやるよ!」


割り込んだのはリンクで、誰のものか日焼け止めを片手に怪しい手つき。
アイクはリンクを睨み付けるものの、それがネックだったマルスは「お願いしようかな」と、やや気の無い態度ながら乗り気で。
慌てて割り込み、アイクはリンクの前に立ち塞がる。
それにリンクも睨み返し、一触即発の状態。


「その日焼け止めを置いて今すぐ海に沈んで来いカナヅチ」

「誰がカナヅチだよ、それ俺じゃねーよ! 深い水場に入っただけでダメージ受けたりしねーよ!」

「お前じゃなかったか?」

「他人の空似です」


その“深い水場に入っただけでダメージを受けるリンク”が先祖か子孫か平行世界の別人かは知らないが、確かにこのリンクはカナヅチではない。
その前に、その日焼け止めが誰の物か気になった。
ゼルダなど女性陣の物なら悪いし、リンクの所有物なら非常に気持ち悪い。


「はっ、俺の日焼け止めだったら気持ち悪い? 最近の紫外線を舐めるなよ、そんな偏見に満ちた事なんか言ってたら今に皮膚ガンになるんだからな!」

「それ程までに紫外線が強いのも異世界の話だろ」


アイクとリンクの詮無い口喧嘩にもマルスはろくな反応をせず、ただボーッと海を眺めていた。
……かと思うと、何かを思い出したようにテントへ。
テント番をしていたロボットにお疲れ様、と声を掛けてから中へ入り、出て来た彼はパーカー着用。
アイクとリンクは言葉を失ってマルスを見つめ、マルスはマルスで何事も無かったかのようにパラソルまで戻ると、日陰に座り込む。
そんな一連の動作を見ていたアイクとリンクは、マルスが座り込んだ後でようやく声を張り上げた。


「女子か!!」

「紫外線を舐めない方が良いって言ったの、リンク先輩じゃないですか」

「うっ」


先程自分が言った事を持ち出され、突っ込みを封じられてしまうリンク。
反撃されない位置に居るアイクも、ごく自然に佇むマルスを見ていると突っ込んでいる自分がおかしいのではという気分に。
しかしどうやら、マルスは泳ぐ気が無い様子。
テント番をしているロボットと一緒にずっと砂浜に居る気のようで、それが日焼けしたくないが為の行動だとすると何だか哀れだ。


「マルス、俺が日焼け止め塗ってやるから。せっかく海に来たんだし泳ごう!」

「うーん……。でもロボットだけに荷物番させるのも悪いから、どうせなら僕が一緒に過ごそうかと」


言いながらマルスがちらりとロボットを見やると、私にはお構い無く、とでも言いたげに手を振った。
真面目で優しいロボットだからそう言うのは分かり切っている事だが、それはマルスの方も同じ事で。
でもそうなると君が一人で貧乏くじを引くはめになるよ、とロボットを気遣い、ロボットはそれに対しても、自分はあまり泳がない方が良いですから……
とか何とか理由があるらしく、気にするなと言いたげ。


「……でも僕、日焼けすると黒くなる前に赤くなって痛いんだよね……」

「じゃあ日焼け止めを塗ればいい。そんな頑なに拒否する事じゃないと思うが」


さっと出て日焼け止めを手に突撃しようとしたリンクを押し止めながら、アイクはマルスに言う。
そんな言葉にマルスは益々沈んだ顔になり、体操座りのまま俯いてしまった。
まさか泳げない訳ではあるまいし、この拒否の仕方は一体何なのだろうか。
思い当たる節が無さすぎて、アイクとリンクはただ疑問符を浮かべるばかり。

溜め息を吐いたアイクはマルスに近寄ると、組んだ腕を掴み引っ張り上げた。
そのまま横抱きに抱え上げ、海へと歩き出す。
目を白黒させるマルス、少々唖然としていたリンクは我に返り、すぐさまアイクを掴んで引き止める。


「何だ」

「いや、何だじゃないだろ! 抜け駆けは許さないからな、俺だってマルスを抱え上げるなら朝飯前だ!」

「そう言うのが嫌なんですよ二人の馬鹿っ!!」


またも言い争いが始まり掛けた所に響くマルスの声。
驚いて固まった二人をよそに、マルスは鬱憤を晴らすかの如くほぼ八つ当たりとも思える主張を叫び始める。


「二人ともっ、筋肉がついてるからってこんな軽々と僕を持ち上げて! 僕がどんなに悔しい思いをしてるか分かりますか!? 僕だってそれなりに鍛えてるのに、二人に比べたらどうしても貧相に見えるし! 周りの視線が痛くて気になって仕方ない僕の身にもなって下さいよっ!!」

「…………」


マルスの主張が余りに予想外で、今度はアイクとリンクが固まってしまう。
つまりマルスはアイクやリンクに比べると貧相に見える自分の体がコンプレックスで、脱いだ状態で出来るだけ開放的な場所へ行きたくないと。
余りにマルスが可愛いので失念しがちだが、彼だって年頃の男なのである。
別にマルスを女だと思っていた訳では無いが。
それにマルスも決して鍛えていない訳ではない。
筋肉ゴリラ主人公とアクションジャンル主人公という相手が悪かっただけだ。


「ああもう、悔しい! 悔しい! 周りの視線も二人と僕を比べてpgrしてるような気がするしもー!」

「気にしすぎだ。それに周りの奴らがマルスを見るのは可愛いからだろう」

「また可愛いって言う! そろそろ僕だって怒りますよ、カービィ投げてやる!」


一体いつ来たのか、マルスが両手でカービィを持ち上げ今にも投げ飛ばしそうに振りかぶっている。
カービィはアイスキャンディーを美味しそうに舐め、我関せず状態。
待て、とアイク&リンクが口を開くが早いか、実際に投げられたカービィは何の威力も無くアイクの腕に収まってしまった。
それに対してカービィの言った言葉が更なる修羅場を呼ぶとも知らずに……。


「う……」

「どうしたカービィ」

「ここ、かたい。ねごこちがわるいよ。“まるす”のほうがやわらかくてキモチイイや」

「…………」


イヤイヤと身を捩ったカービィはアイクの腕から逃げ出すと、相変わらず座りっぱなしのマルスのもとへボールのように跳ね戻る。
キャッチしたマルスの腕にすっぽりと収まったカービィは居心地良さげ。


「これ、これ。“あいく”とか“りんく”とかは、かたくてイタイんだもん。やっぱり“まるす”がいい」

「マルスさーん、相手子供ですからー。多分今の状況分かってませんからー。はいイライラ仕舞ってー」


何とも言えない顔で告げるリンクの言葉が無くても、悪戯心も悪意も無く純粋にマルスが好きだという意思を込めたカービィの主張には、さすがに怒れない。
しかし行き場を無くした怒りが体から溢れ出るのだけは避けられないようだ。
マルスに筋トレでも勧めようかと思ったが、正直、ムキムキでゴツいマルスなんか絶対に見たくない。
それを言えば更に怒らせてしまうだろうからアイクもリンクも黙っているが、心は二人とも同じだ。

しかし男としてはマルスの気持ちも分かる。
もし自分がマルスの立場ならばきっと対抗心を燃やして鍛えるだろう。
彼に合わせて筋肉を落とす訳にもいかないし、そんなのはマルスも望んでいないだろう。さてどうするか。

ふとリンクは、ある事を思い付いてアイクに耳打ちで相談してみた。
目の前で繰り広げられるひそひそ話に顔を顰めるマルスだが、特に文句を言う事も無く黙ったまま。
やがてアイクもリンクの提案に乗り、リンクが海の方へ向かっている間にマルスへ話し掛けてみる。


「マルス、お前の気持ちはよく分かる。だが俺達はお前がムキムキになった姿なんて見たくないんだ」

「そんな勝手な……」

「いいか、人はそれぞれ容姿が違う。似合う似合わないも人それぞれだ。例えばほら、あいつら」


リンクが連れて来たのはピット少年とリュカ少年。
この二人がどうしたのかと疑問符を浮かべるマルスに、リンクが告げる。


「ほら、もしこの二人がムキムキになったら?」

「……嫌ですね」

「だろ、お前も同じだよ。世の中には需要ってものがあってだな、お前のステータスは爽やか王子様なんだから必要以上に筋肉なんか付けちゃ駄目なんだ!」

「えー、マルスさんムキムキになるんですかー!?」


リンクの話を聞いたピットが心底嫌そうに言う。
リュカはおどおどしているものの、ピットの意見には賛成したいようで。
(ピットは微妙だが)下心など無さそうな二人の意見にぐらついた様子のマルス。
ここでアイクが畳み掛けようと更に主張する。


「マルス、故郷の代表としてこの世界に来た事を忘れるな。そう、謂わば俺達はアイドルのようなもの、客の反応は重要だっ!」

「うえぇぇぇぇ!? ちょ、なに言ってんですかアイクさん似合わなっ!」

「そう、俺がアイドルだなんて似合わない。つまりマルス、お前がムキムキになるというのはそういう事だぞ」

「はっ、そうか……!」

「分かってくれたか」

「僕が間違ってました!」


今までの拗ね具合は何だったのか、瞬く間に意見を変えてアイクとリンクに賛同するマルス。
青春ドラマか何かかと問いたくなるような勢いで手を握り合い、握手を交わす。
完全に置いてきぼりのピットとリュカは決して熱くなる事なく三人を見ていた。


「ねえリュカ、マルスさん結局なんだったんだろ。ただの構ってちゃん?」

「さ、さあ……。でも三人とも幸せそうだし、別にいいんじゃないかな」

「……そう?」


まだ残暑を楽しむ人々が賑わう砂浜、異様な雰囲気に包まれる五人の横。
テント番をしているロボットは彼らを気にする事も無く、良い天気だな~、とでも歌い出しそうにご機嫌状態だった……。




*END*
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