箱庭の英雄たち


※スマブラの世界は、元の世界で死んだキャラ達が死後にやって来る世界という設定にしています。
 そこで、生涯で一番印象的だった(=ゲーム時の)姿になる、という設定です。
 ちなみに死後どれくらい経っているのかはキャラによってまちまちです。




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いつまでも続くと思っていた事があった。
いや、生き物はいつか死ぬと分かっていたけれど、考えると胸が苦しくなるので考えないようにして、ただ見て見ぬ振りをしていた。

この世界に来て、どれくらい経っただろうか。
特別な人生を歩んだ者はスマッシュブラザーズと呼ばれるファイターの一員にされ、死後もこうして生きている時と変わらない生活を送る事が出来ている。

ここは不思議な世界だ。
自分達は死んだのだから死後の世界だという事は分かるけれど、普通に空があり大地があり海があり、街があればそこに住人も居る。
つい、自分が生きているのではと錯覚する光景。
しかし自分の生涯は記憶にあるし、生きていた頃には出来なかった事が出来るようになっていたり……。
まあ生きていた時とは違うという事は理解できる。

ファイター達が暮らすピーチ城の最上階、小さなサロンの窓辺に座ったピカチュウが庭を見ていた。
視線の先には、庭でポケモン達と遊ぶレッド。
ポケモントレーナーの名で登録されている彼は、死んだ今でも愛するポケモン達と一緒だった。
それを悲しげに眺め、溜め息を吐いた瞬間にサロンの扉が開く。
そこにはアイクが立っていて、ピカチュウの姿を認めるなり入って来た。


「どうしたのアイク、こんな所に来るなんて珍しいね」

「それはこっちのセリフだ、俺はよくここに来るぞ。なのにお前にここで会ったのは初めてな気がするが」

「あ、そうなんだ」

「何を見ていたんだ……レッドか」


窓辺に飾ってあった花瓶を退けてまでピカチュウの横に並び、肘をつくアイク。
そのままお互いに何を話すでもなく庭とレッド達を見下ろしていたが、不意にピカチュウが話し掛けた。


「ねえアイク、キミは生きてた頃、大切な人は居た?」

「勿論だ」

「じゃあその中の一番大切な人を思い浮かべて。その人に置いて行かれた? それとも置いて来た?」

「……置いて来たな」


一瞬、アイクの瞳が揺らいだような気がしたのは、きっと見間違いではない。
ピカチュウやアイクだけではない、ファイター達の多くが大切さの差はあれど、様々な人を置いて来たに違いない。

この世界はファイター達以外は昔から住んでいる者達ばかりで、それがファイター達に自分の生を錯覚させる一因になっている。
なにせファイター達は死んでいるのに彼らは生きていて普通に接する事が出来るのだから、ファイター達が自分達も生きているのではと錯覚しても仕方ない。

……ただ、死後の世界で生きている住人達が死んだらどこへ行くのか、想像がつかなくて空恐ろしいが。

ファイター達と元々の住人達が暮らす世界。
……では自分達が生きていた世界の他の者達は、一体どこへ行ったのだろうか。


「どういう仕組みになってんだろうね。他の死者に会いたくても会えないし。誰も他の死者に会いたいって頼んだ事は無いみたいだから、頼めば会わせてくれるかもしれないけど」

「お前は大切な奴に置いて行かれた方なのか」

「まさか。完璧に置いて来たよ。事故や事件、病気にさえ遭わなきゃ彼はまだまだ生きるだろうし、そんな命を奪われる事なんて滅多に起きない世界だから」

「……そんな世界で死んだお前の死因、差し支えなければ教えてくれ」

「なんて事はない老衰だよ。ほら、僕小さいから。人間より寿命短いから」


何でもなさげに言うピカチュウだが、懐かしさに目が細まり、そのまま悲しげに瞳を伏せてしまった。
ポケモントレーナーであるレッドを見ていたという事は、ピカチュウの言う大切な人とは彼のトレーナーではないかと思うアイク。
きっと単なるポケモンとトレーナーの関係など超えた深い絆で結ばれていたのだろう事は、ピカチュウの表情から窺う事が出来た。


「アイクも置いて来た人、沢山いるよね。心配?」

「心配だな。後追いとか、他にも色々と心配事のある奴が居る。まあ俺が置いて行かれる側だったら、散々と心配されるんだろうが」

「後追いかあー……。僕の方は後追いの心配なんて無いや、きっと彼なら僕との思い出を大事にしながら、僕の分まで生きてくれるだろうし」


安心したような、それでいて少し寂しそうな、そんな複雑さを醸し出す表情。
後追いするにしても思い出と共に生きるにしても、どちらも相手を想っての事には違いないが、隣の芝生は青いと言うのか、後追いまでする程に想って貰えるのが羨ましく思えるのかもしれない。


「アイクがどうして死んだか訊いてもいい?」

「俺も老衰だ。良い人生だった、心からそう思う」

「……看取ってもらえた?」

「ああ。その一番大事な奴が看取ってくれたから不満は無い。満足だ」

「僕もだよ」


ファイター同士でこんな話題を出すのは、誰が何を言うでもなく暗黙の了解として避けていた事だった。
嘆いても懐かしんでも二度と戻れない人生。
他の死者に会えないかマスターなどに頼んでみたくても、断られるのが恐ろしいから誰も頼んだ事が無い。

そんな中、初めて生前や死に関しての話題で会話を交わしたアイクとピカチュウ。
何だかお互いの距離が近付いたような気がして、少し心が軽くなった気がする。
会話の合間には長めの沈黙があるが、嫌な感じではなく、雰囲気に浸れるような心地良い沈黙だった。

ピカチュウは相変わらず庭のレッドとポケモン達を羨ましそうに見下ろしている。
アイクと会話した事で大切な人の事を思い出したからか、その表情は先程より泣きそうになっていた。

自分達は不幸ではないかと、思った事がある。
死ねば全て消える代わりに苦しみや悲しみから解放されるかと思っていたのに、今もこうして、どうしようもない追憶に苛まれているのだから。


「僕達、何なんだろうね。どうして未だに存在してるんだろうね。もう命なんて無いのに」


どんな生き物にも等しく与えられている命。
それさえ失っているのに何故、存在しているのか。
生きていた頃に戻れる筈もなく、他の死者に会えもせず思い出にしか縋れない。
どうして自分達だけが、生き物としての特徴や権利を捨てられ、こうして存在させられ続けているのか。


「……俺達、生き物じゃないかもしれないぞ」

「そりゃあ今は死んでるんだから生き物じゃないよ」

「違う、生きていた……生きていると思い込まされていた頃から、本当は生きてなどいなかったのかもしれない」

「……どういう事?」


アイクの言う意味が分からず、ピカチュウは窓から視線を外して彼の方を見た。
アイクは苦々しい表情をして、自分が生きていた頃に体験した事を話す。

アイクが若い頃、彼の住んでいた世界で大きな戦争が起きてしまったらしい。
彼は軍を率いて戦ったが、時々、時間が巻き戻るような感覚を覚えたそうだ。

例えば、仲間が死んだ時。
例えば、作戦に失敗した時。

確かにそんな大事が起きた筈なのに、気付くとその大事が起きた戦いが始まる前に戻され、またその戦いが最初から始まったそうだ。
幸いな事に、次は誰も死なせなかったり、作戦を成功させたりしたらしいが。


「そんな、気のせいじゃないの? それか予知夢、予知夢みたいなもんだよ!」

「時間が戻ったような感覚の後にベッドに寝てたら予知夢だと思ったかもしれんが、時間が戻った感覚の後、普通に突っ立ってたりしたんだ。とても夢だったとは思えん。それに時間が戻っていたんじゃないかと思い始めたのは、死後、この世界に来てからだ」


それは、ちびっ子達が町で買ったというテレビゲームのプレイを見た時。
とあるシミュレーションRPGで、何気なく背後で画面を見ていたアイクは、仲間が倒されたり勝利条件を満たせなかった時にゲームをリセットしているのを見て、ふと例の、時間が巻き戻ったような感覚を思い出した。

ひょっとして。
あの戦時中、仲間が死んだり作戦に失敗したりした筈なのに、
時間が戻ったような感覚がして戦いが始まる前に戻されていたのは。


「まさか、僕達がテレビゲームのキャラクターだとでも言うの? だけど僕は時間が戻ったような感覚になった事なんてないよ!」

「お前はゲームじゃないとか? 例えば……そうだな、テレビアニメとか」


冗談じゃない、と思ったピカチュウだったが、確か時々、自分の意思ではなく誰かに喋らされているのではないかと思った事がある。
こうして人の言葉が話せるようになったのは死後この世界に来てからなので、生きていた頃は人間からすれば単なる鳴き声でしかなかったかもしれないが。
そう考えると、テレビアニメだなんて言うアイクの言葉が少し理解できた。
アニメは声優が声を吹き込んでいるので、それで誰かに喋らされていると……。

考えもしていなかった可能性に呆然とし、自分達が作り物で、誰かに操られていたのかもしれないと絶望を覚えてしまうピカチュウ。
しかし、アイクは。


「なあ、そう考えると希望が湧くよな。かつての仲間達や大事な奴に会えるかもしれんぞ」

「……えっ?」

「だって生きてないなら死なないだろ、俺達も、他の奴らも。きっと会わせて貰える。大事な奴と再会できれば皆が喜ぶぞ。勇気を出して頼んでみないか?」


アイクの目は希望に満ちていて、同じ内容を聞いた自分は絶望を覚えてしまったのに……と驚くピカチュウ。
決して諦めない、必ず希望を見出だす、そんなアイクに少しだけ、かつてのトレーナー……かけがえ無い親友を思い出した。


「……アイクって、何て言うか……呆れるくらい前向きなんだね、悩み無さそう」

「おいおい、失礼な奴だなお前も。俺だって悩みくらいあるさ。で、どうする。お前が嫌なら俺だけでも頼みに行ってみるが」


本当は怖かったが、アイクのように考えられる者が一緒ならどんな結果になろうが大丈夫な気がした。
それに皆を喜ばせられるきっかけに自分がなれるなら、それは嬉しい事だ。


「……行く。アイク、僕も一緒に連れてって!」

「ああ、じゃあマスターへ頼みに行ってみよう!」


例え自分達が作り物で、箱庭の人形だったとしても。
かつての人生を、そして今の自分達を誰にも否定できないし、絶対にさせない。

その後ピーチ城では、大切な者との再会に今まで以上の笑顔を溢れさせるファイター達の姿があったそうだ。




*END*
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