面会時間
許せない。復讐してやる。
止めて
全部壊してやるんだ。
止めて
僕を苦しめたもの全てに復讐してやる…!
誰か、
僕を、
止めて
+++++++
思いの外、傷はクラウスを蝕んでいたようだ。
憎しみに駆られる中、根っからの悪人などではない彼を苛む罪悪感。
気付けば記憶の中に居る優しい男性を求めていた。
今は逮捕され、裁きを待つ身であるクラウス。
記憶の中の優しい男性……レイトンを呼んで良かった、自分を止めて貰えて良かったと、今ならば素直に思う事が出来る。
苦しい時、傷付き過ぎて泣く事さえ出来なくなった時は、両親など記憶の中の存在に縋る他なかった。
そしていつしか、自分を一番に慰めてくれるのは記憶の中の男性になる。
エルシャール・レイトン……彼に出会えて本当に良かったと、勾留されている現在、そればかりをクラウスは考えていた。
そしてそれは、あの事件解決からさほど経っていないとある日に訪れる。
「やぁクラウス、久し振り……と、言うほど時間は経っていないね」
「レイトン先生……」
レイトンが面会に来た。
どうしているか様子が心配になったのだという。
相変わらずの優しさにホッとし、そして幾らかの罪悪感を持ちながら、クラウスは以前よりずっと穏やかに微笑んだ。
「まだ裁判待ちですが……寧ろ以前よりずっと安らいでいますよ。元凶の癖に、この事件が終わって一番ホッとしているのは、僕なのかもしれません」
「クラウス……」
「……違うか。僕が犯した罪を償うまでは終わらない、そして法律で与えられた罰を受けても、僕が奪ったものは戻らない」
自嘲的なものは感じられるが、思ったよりしっかりしていて自暴自棄になっていないクラウスに、レイトンは安心した。
だがクラウスが壊したロンドンの被害は甚大で負傷者多数、死者が出る可能性も……という話だ。
レイトンはある事を心配しているが、どうにも言いあぐねている内にクラウスの方から切り出す。
「……僕は、出られないかもしれません」
「……そうだね」
クラウスはルークと違う。
彼はもう大人だ。
ここは包み隠さず自分の意見に従い、彼の言葉を肯定するレイトン。
勿論クラウスは、そうなる可能性を覚悟していた。
しかしレイトンを目にしてしまえば、どうにも決意が揺らいでしまう。
「分かって、ます。自業自得なのは。逃げたりしません、きちんと罰を受けたいと思っています」
「ああ、そうするべきだ。被害を受けた人々、そして、君自身の為にもね」
「僕自身の……?」
「そう。君は根っからの悪人ではない。下手に罪を許されたりすれば、逆に罪悪感に苛まれるだろう。きちんと罪を償った方が君も楽になる筈だ」
こうして自分の事を分かってくれているレイトンを嬉しく思うクラウス。
揺らいだ決意を戻し、然るべき罰を受ける勇気を呼び戻してくれた。
そんな優しいレイトンを想えば想うだけ、クラウスはレイトンの側に居る少年を羨んでしまう。
「ルーク君は元気ですか。今日は一緒では……?」
「あぁ、一緒だったが……ここには来ないと言ってね」
やはり、と、静かに一つ息を吐くクラウス。
クラウスは彼らを散々騙した訳だし、ひょっとすると馬鹿にされていたと感じたのかもしれない。
まだ子供であるルークを酷く傷つけた可能性がある。
この結果も自業自得ではあるが、やはり寂しい。
一緒に居はじめた頃はレイトンの一番側に居る彼へ嫉妬めいた感情を持っていたりしたが、後々、何だか彼を弟のように可愛く思い始めていた。
「彼には悪い事をしました、勝手に名乗ったりして。嫌な思いをさせて悪かったと伝えてくれませんか?」
「構わないが……ルークの方からも伝言がある」
「ルーク君から?」
彼から何の伝言だろうか。
内容を思い浮かべても悪い内容しか浮かばず、仕方ないと覚悟する。
だが、そんなクラウスに伝えられたルークの言葉は意外なものだった。
「君の事を兄のように思っていたんだと。出所できたらまた仲良くして欲しいと言っていたよ」
「えっ……」
ルークの事を弟のように思い始めていたクラウス。
クラウスの事を兄のように思い始めていたルーク。
偶然かもしれないが、どこかで通じていたという証になってくれるだろうか。
「……レイトン先生、先程の伝言に追加、いいですか」
「なんだい?」
「僕も君を弟のように思っていた、君さえよければまた仲良くしよう……と」
「確かに。伝えるよ」
素直に受け取ったクラウスに、レイトンもホッとした様子を見せる。
それにしてもクラウスとルークは似ていると、レイトンは今も思っていた。
すっかり騙されていた訳だが、容姿に関しては未来のルークという言葉を簡単に信じてしまう。
それをクラウスに伝えると、彼は自嘲的な、しかし何処となく寂しそうにも見える笑みで答えた。
「最初は癪でした。目的の為とは言え、あなたに誰より近付いている少年に成りすますなんて」
「……クラウス?」
「でもいつしか……本当にルーク君になりたいと思っていたようです。このまま自分を未来のルーク君だという事にすれば、本物の彼のように先生の側に居られると思って……」
「それ、は」
レイトンが言いかけた言葉を、クラウスは首を横に振って押しとどめる。
皆まで言わなくともレイトンには伝わると思っていたし、実際伝わった。
レイトンは少し困ったような顔をしたが、お互いに大人である。
ここは受け止めた上で、流した。
「きっと成りすましても僕はルーク君にはなれない」
「そうかな。容姿も賢い所も、なかなか似ていたよ」
「彼自身になるだけでは意味が無いんです。彼のように先生の特別になれなければ。でも、それはあくまで『ルーク君』に向けられていて、僕ではない……」
そこまで言って、もうやめましょう、とクラウスはあっさり話を切った。
そろそろ面会時間の終了が近付いている。
レイトンは帰り支度をしながら、彼に告げた。
「クラウス、君はさっき自分を、事件の元凶の癖に…と言っていたが、それは違う。元凶は昔……あの事件の筈だろう?」
「……」
「安心しなさい、君の情状は酌量されるべきだ。私からも掛け合ってみる」
「……僕、は」
「君が出て来るのを、何年でも待ち続けるよ」
それを聞いた瞬間、クラウスが椅子から勢い良く立ち上がり、涙の溜まった瞳を真っ直ぐレイトンへ向けた。
そのまま自分へ向けられたレイトンの微笑みを目に焼き付けると、一歩引いて深く頭を下げる。
感謝と、謝罪と、ありったけの親愛を滲ませて。
面会時間は、終わりを告げた。
-END-
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