幸せな罰


執務が終わり自室へ戻ったエフラムは、息抜きもそこそこに部屋の奥にある大きな本棚へ向かった。
本を決まった順に並べると鈍い音と共に本棚が横に動き、通路が現れる。
隠し部屋へと続く隠し通路だ。

正直、この仕掛けに気付いた時エフラムは驚いた。
数年前に父が留守の際、イタズラ心を起こして父の部屋に忍び込み、まさしく偶然にこの仕掛けを見つけたのだ。
通路の奧には更に階段、その先には部屋があったが、中には誰も居らず埃が積もっていた。
つまり長年使っておらず、この隠し部屋を作ったのは父ではないと思われる。
内部には古い家具が生活に必要な分だけ揃っていて、おそらく何代か前のルネス王が誰かを隠す為に造ったのだろう。

大陸全土を巻き込んだ戦争が終結した後、エフラムは自室を、この隠し通路がある父の部屋へ移した。
それは……当然、この先にある隠し部屋を使う為で。
ひんやりする石造りの暗い通路と階段を進んだ先。
厳重に掛けた鍵を開けて扉を開き、エフラムは中に居る人物へ声を掛けた。


「気分はどうだ? リオン」


それは、


先の戦争の大戦犯。


「エフラム……。うん、大丈夫だよ」

「そうか。執務が終わったから来てみたんだが」


言いながらエフラムは部屋へ入って鍵を閉め、ソファーに座って本を読んでいたリオンへ歩み寄る。
テーブルを挟んだ向かいのソファーに座ったエフラムに笑顔を送ってから、特に彼が用事があって来た訳ではないと分かっているリオンは、すぐ本に視線を戻した。
綺麗に掃除され、新しく配置された調度品に囲まれた部屋。
窓は無く、ごく小さな換気用の穴があるだけの部屋ではあるが、それなりに快適な生活は可能な造りにはなっている。

先の戦争で敗戦国となった国の皇子リオン……。
魔王にその体を乗っ取られた彼を倒し、彼の体を使い復活した魔王も倒した。
そして国へ戻り復興も一段落ついた頃、ポカラの里で暮らしていたミルラがやって来たのだ。
闇の樹海が騒がしいと、穏やかではない相談を持って。
国をエイリークに任せ少数の騎士と共に闇の樹海へやって来たエフラムは、調査しているうち信じられない人物と再会した。

それが、リオン。
どんな理由があったにせよ、リオンは戦争を起こした張本人で大戦犯だ。
慌てて周りに居た騎士たちに気付かれぬよう彼らを下がらせ、2人になってから声を掛けてみた。
リオンもエフラムに気付き、驚いてバツの悪そうな顔をしている。


「リオン……? リオンだろ、俺が分かるか?」

「……」


すぐに顔を背けて立ち去ろうとするリオンを。エフラムは慌てて彼の腕を掴み引き止めた。
それでも顔は背けられたままで、こちらを見ようともしてくれない。


「俺だ、エフラムだ。忘れてしまったのか?」

「……忘れるわけ、ない。エフラムの事を……」


俯いたまま呟くように発せられた言葉。
それに嬉しくなったエフラムは、思い切りリオンを抱きしめた。
もう死んだ、自分が手を下したと思っていた親友……いや、想い人が生きていたのだ。
エフラムの真っ直ぐな喜びの表現に、リオンは驚いて叫びそうになる。
それを何とか堪え、焦って話し掛けてみた。


「エフラム、どうしてここに居るの?」

「こっちの台詞だ」


至極当然の言葉。
しかしリオンも、自分が生きている理由が分からない。


「分からない……。どうして僕は生きてるんだろう。あんな事をしてしまった僕が、どうして」

「あぁ、リオン。そんなに小難しく考えるな。お前が生きていた、俺はその事実だけで充分さ」

「……」


エフラムが笑ってそう言ってくれると、リオンも心穏やかになれた。
悩みや苦しみを取り除いてくれるような笑顔が、リオンは大好きだ。
しかし、リオンには何が何でも気になる事がある。
これを聞かねば……真の安心など有り得ない。


「エフラム、グラドは……地震が起きたよね、国民は大丈夫なの……!?」

「……地震は、起きた。被害は甚大だったが、各国の支援があったからな、今は復興している」

「……」


力が抜けたリオンは地面にへたり込む。
やはり災害は起きてしまった。
しかしもう復興していると聞き、敗戦国へ支援してくれた各国に心から感謝した。


「ありがとう……本当に……ありがとうっ……!」

「泣くな、リオン。大丈夫だから」


しゃがんでリオンを慰め、エフラムは優しく微笑む。
リオンの大好きな、安心できる笑顔で。
災害に見舞われてしまったが復興しているのならば安心できる。
戦争を起こした自分が国に戻っても、自国民・他国民共に納得しないだろう。
リオンは涙を拭って立ち上がると、精一杯の笑顔をエフラムに向けた。


「エフラム……会えて嬉しかった。もう僕は人前に姿を現せないから、今度こそ本当にさよならだね」

「待てリオン、これからどうするんだ!」


大戦犯である自分は、もう人前には出られない。
例え各国の王たちに許されたとして、国民たちが黙ってはいまい。
この闇の樹海で、ずっと過ごしていくと決めた。


「死ぬまで、独りでか?」

「……」


仕方のない事だ。
寧ろそれで済むだけ有難いだろう。

一方エフラムは、折角再会できたリオンを二度と離したくはなかった。
何とかならないかと思案した挙げ句……昔、父の部屋で見つけた隠し部屋を思い出す。


「リオン。嫌だ、俺はもう二度と、お前を離したくない」

「エフラム、でも……」

「人目に触れなければいいんだろう」


真剣なエフラムの瞳。
リオンは引き込まれ、逃れられなくなった。

幸い、ゼトなどの戦争で共に戦った騎士たちは城に置いてきた。
ミルラに事情を話すと驚きはしたが、エフラムの気持ちを汲んでくれる。


「すまないミルラ、お前だってリオンには思うところがあるだろうに……」

「いいえ、悪いのは魔王です。この方本人には、何の恨みもありません」


竜化したミルラの協力を得てルネスヘ連れ帰り、エイリーク達に見つかる前に、父の部屋にあった隠し部屋へリオンを隠したエフラム。
すぐに自室をその隠し部屋があるかつて父が使っていた部屋に移し、秘密裏に人を雇って古く汚れた隠し部屋を人が再び住めるようにした。
(人を雇った時は当然、リオンはエフラムの部屋の方に隠しておいた)
そうしてからもう、半年が過ぎようとしている。


「リオン、何かあったら遠慮せずに言え。いつも傍に居られる訳じゃないし退屈してるだろ」

「僕は大丈夫だから、エフラム。気を遣わないで」


にっこりと微笑むリオンにエフラムは、どうにも……いたたまれない気持ちになってしまう。
心優しいリオンが何故こんな事になってしまったのかと悔やまれて、立ち上がったエフラムは彼の隣へ座った。
そして、何事かと見つめて来るリオンを、思い切り抱き締める。
再会したあの日と、同じように……。


「エフラム……」

「一体どうしてだろうな、リオン。神はお前の何が気に入らなかったんだ。何故こんな事に……」

「珍しいね、エフラムがこんなに、起きてしまった過去を何度もずっと悔やみ続けるなんて」


この半年間、リオンはエフラムのこの言葉を聞き続けていた。
そしてその度に、自分のした事が今尚、彼を苦しめているのだと辛くなる。
本を置いて抱き締め返したリオンに、エフラムも更に強い抱擁で応えた。
暫くはそのままだったが……ふとエフラムが、小さく口を開く。


「本当に何も不自由はしていないのか? 何かあったら言ってくれ」


エフラムは優しい。
このままでは、本来罰を受けねばならない立場に居る筈の自分が、彼に甘え過ぎてしまう。
それをエフラムに伝えると、何故か彼は驚いたように目を見開いた。


「エフラム?」

「あ……悪い。別に甘えるのは悪い事じゃないさ。それに罰なら充分だ、お前は苦しんだだろう」

「……」


また、安心させるようなエフラムの笑顔。
いけないと思いつつも、やはり、リオンは甘えてしまう。
そして、叶わないであろう願いを口にした。


「ねぇエフラム、僕、久し振りに外に出たいよ」

「……すまないリオン、それは……出来ない」

「うん。分かって言った」


リオンを連れて来た時は荷物に紛れさせて入城させ、エイリークやゼトにも知られていない。
しかしルネス城は、先の戦争の教訓を活かし警備を強化してきた。
上手く行った事が奇跡のようなもので、出る時もそれが上手く行くとは限らない……むしろ上手く行かない可能性の方が圧倒的に高い。
妹や重臣たちが分かってくれても、噂とは思いもよらず広がるものだ。
万が一、大戦犯であるリオンが生きていると民衆に知られてしまえば……。

国王とて……いや、国王だからこそ民衆の声は無視できない。
もし民衆が、リオンの処罰を、処刑を強く望んでしまったら。
自分は再びリオンを殺さねばならなくなる……!


「無理だ。もう、俺はお前を殺したくない!」

「エフラム……」


しかしエフラムは、リオンを何とかしてやりたいとも思っていた。
このまま死ぬまで日の当たらぬ場所で暮らさせたくない。
そこでエフラムは、ふとある事を思いついた。
外へ行くのは無理でも外の景色を見せ、日の光を浴びせる事は可能だ。
自分の部屋ならば鍵を掛ければ誰にも見られる心配は無い。


「……リオン、来い」

「え……エフラム?」


半年間、エフラムはリオンをこの隠し部屋から1歩も出さなかった。
そんな彼が自分の手を引いて隠し部屋から出た事に、リオンは素直に驚く。

そのままエフラムは階段を上がり通路を抜け、自分の部屋に戻った。
真っ先に入り口の鍵が掛かっているか確認し、大丈夫だと判断した彼はリオンを窓際へ呼び寄せる。
開いた窓、吹き込んで来る爽やかな風……。
明るい日差し、突き抜けるように高く青い空と、それによく映える緑。
半年間見る事の出来なかった……いや、もう二度と見る事が出来ないと思っていた風景を見る事が出来て、リオンは感嘆の溜め息を洩らした。


「やっぱり、綺麗だね。僕はこんな美しい世界を壊しかけたんだ」

「その話はいい」

「よくないよ」


真剣な表情でリオンは、自分は赦されない罪人だと言う。


「さっきも言ったよね。エフラムが優しくしてくれるから、つい甘えちゃう。僕は本当は罪人で……罰を受けるべきなのに」

「リオン、その話だが」


突然、エフラムがリオンの言葉に割り込んだ。
何事かと思い彼を見るリオンだが……先ほど同じ事を伝えた時、彼が驚いたような反応をした事を思い出す。
何かあるのだろうと彼の言葉を待つと、エフラムは少し照れたように告げた。


「俺が優しいというのは、違うと思うぞ。本当の事を言うと、お前を俺だけのものにして閉じ込めておきたかったんだ」

「えっ……」

「勿論、お前を隠したのは誰にも見つからないようにする為。しかし、それは上手いこと建て前になってくれただけで……」


だから、優しいなどと言われて面食らった。
自分はただ、尤もらしい理由をつけてリオンを独り占めしたかっただけ。
誰の目にも触れさせず閉じ込めて自分だけにしか会わせない。
本当はただ、そうしたかっただけなのだ。


「だから、お前は既に罰を受け続けてるんだぞ。俺に監禁されるという……な」

「……」


リオンはエフラムの言葉を呆気に取られて聞いていたが、ふっと微笑んでクスクス笑い出した。
これが罰……とは。

確かに、窓もなく風もあまり入らない部屋で長く過ごすのは辛いものがあった。
太陽の光は入らないし、今がいつなのか、何時ぐらいなのか、晴れなのか曇りなのかも分からない。
一時的に過ごすなら大丈夫だが、これから先一生を過ごすには辛いだろう。

しかし部屋はそれなりの広さで、生活に必要なものや本などのちょっとした娯楽も置いてくれている。
生活に必要なものは揃い、清掃された部屋はそれなりに快適。
それに外に出るのはかなり難しいが、こうやって太陽の光を浴びて風を感じ、色鮮やかな外の世界を眺める事も出来る。

普通なら、いくら好きな相手でも監禁されたくはない筈だ。
だがリオンは罰を受けねばならない立場だし、しかもその罰は、想い人が自分を欲する余りの独占欲。
これは……。


「なんて……幸せな罰なんだろうね」

「リオン……」

「だって監禁されているとは言っても、大好きな君が傍に居て、大事にしてくれる」


こんなものを罰と呼んでいいのか。
苦笑するリオンに、エフラムも苦笑した。


「なんとか隙を見て、お前を外に連れ出せる日が来ればいいんだが」

「無理だよ。それに、いつかエフラムも妃を娶ってしまうだろ。益々、僕には構えなくなる」


妃を娶る、と聞いたエフラムは、その気はないとキッパリ否定した。
エイリークが男児を産めば跡継ぎには困らないので、期待しているらしい。
飽くまでリオンとしかそう言う関係になりたくないと主張する彼。
しかしそれでは、周りから怪しまれはしないだろうか。


「そうだな。このまま隠し通せるとは思ってない。いつかバレるだろう。だがそうなっても、俺はお前を見捨てたりしない」

「……ありがとう……」


本気で嬉しくなり、リオンはエフラムに寄り添う。
そんな彼の肩をエフラムは優しく抱き寄せた。
これから先、自分たちがどうなってしまうのかは全く分からない。
だがこれも罰の一部だと思い、リオンは何が起きても耐え抜き、立ち向かおうと決めた。

この、とても幸せな、優しい罰に誓って。




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