離別の前に
「先生には、もう素敵な人が居たんですね」
あのタイムマシンに纏わる事件を解決した後、帰って来た元のロンドンでルークがそう言った。
彼が言う素敵な人とは、かつてのレイトンの恋人であるクレアの事。
話を聞き目の当たりにした今、彼の頭の中に巡るのは敗北のふた文字だ。
レイトンに何か恋愛話でもあろうものならばすぐにでも相手へ敵意をぶつけたいのに、レイトンへ想いを寄せる女性は、アロマといいクレアといい憎めない人達ばかり。
敵意をぶつけるなんて、そんな事できる訳が無い。
ルークがクレアを前にして自信を失くしてしまったのは、レイトンにも痛いほど伝わった。
ここで調子良く慰めてあげられればいいが、レイトンは例え冗談でも、クレアとの事を卑下したり誤魔化したりしたくない。
彼女への想いを、無かった事や薄い出来事にするなど絶対に無理だ。
「あぁ。彼女はとても素敵で愛しい人だった。言葉で言い尽くせない程に」
「……」
ルークからの返答は無い。
更に拗ねて落ち込んでしまったのだろうと、彼へ声を掛けようとしたレイトンだったが……すぐにルークが顔を上げた。
そこに浮かんでいたのは意外にも、笑顔。
ただし少しだけ寂しそうな笑顔だった。
「羨ましいな……離れても先生がそこまで想い続けているだなんて。僕が居なくなっても、そんな風に想い続けてくれますか?」
「……ルーク」
本当に、まだずっとずっと子供だと思っていた。
自分を独占したくて、それを妨げる者には不機嫌を露わにするのだと。
レイトンはそう思っていたのだが、やはりルークも成長しているらしい。
だが、こんな事を言うのは決して成長だけが要因ではないだろう。
ルークは近いうちに引っ越してレイトンから離れなければならない。
死とは違うが、離別という現実をクレアと重ねているのかもしれない。
レイトンはルークの手をそっと握ると、屈んで真っ直ぐ彼を見つめた。
「当然だよルーク。君は私にとって、掛け替え無い」
「助手で友達で」
どうやらルークは、レイトンに一番肝心な部分だけを言って欲しいようだ。
やはりまだ子供のような部分もある事に、レイトンは少しだけ安心する。
「……そして、愛する人だからね」
「……はい」
比べる事など出来ない。
そもそも比べるべきものなどではない。
少々卑怯な気もするが、どちらも大切な人だから。
ルークは別れる前に、レイトンの心を形として確認したかったという。
「先生が、クレアさんの事を迷わずに想っていられる人で良かったです。居なくなっても僕を想い続けてくれそうだから」
「そんな事まで考えていたのか……。はっきりと伝えてあげられなかった私がいけなかったね」
「だ、だから子供扱いしないで下さい! 一方的に先生へ責任を押し付けるなんてしたくないんです!」
子供扱いして欲しくなくても、レイトンは大人でルークは子供だ。
何かあればレイトンが全責任を負わされると、ルークだって分かっている。
だからこそ、自分にも負える責任までレイトンに負って欲しくなかった。
一方が一方へおんぶに抱っこでは、想い合う関係など成り立たない。
「僕も、悪いんです。いつまでも先生に甘えて、先生から言い出してくれるのを待っていたから」
「……ルーク」
「言わなきゃ伝わらないって当たり前なのに、甘えすぎていたからそんな事も気付けなくて。気付いたら不安になって……!」
ルークがそこまで言った所で、急にレイトンが手を離し立ち上がった。
ぱっと見上げたルークの両頬へ手を添え、顔を近づけて軽く唇を重ねる。
頬を染めて呆然とするルークに微笑んで、レイトンはゆったり口を開いた。
「落ち着いて、ルーク。何も心配しなくていいし不安になる必要も無い」
「……あ」
「周りには誰も居ないし、泣いても構わないよ」
「まだ、泣きません。ちゃんと……伝えたい……から」
言いながらも涙声になっているが、何とか堪え目元を乱暴に拭うルーク。
そして再び、今度は満面の笑顔を浮かべると、レイトンの手を握り彼を見上げた。
「伝えたいこと、たくさんあるんです。先生、付き合ってくれますか?」
「あぁ。私もあるからね、ルークも付き合ってくれ」
はい、といつも通りに元気良く返事をし、レイトンと歩むルーク。
レイトンの気持ちをはっきり確認出来て自信も戻って来たようだ。
離別の前に、あと少しだけ……面と向かい合い、伝え合う時間を2人に。
*END*
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