5章:異界のセネリオ


セネリオがアルフォードと共に暮らすきっかけとなった石像、それを作ったのは獣牙族の戦士ライと瓜二つな容姿の芸術家ランディ。
魔族、という魔法を操る種族らしい彼の家に滞在してから五日が過ぎた。
アルフォードは何かをしているようで一人で部屋に籠る事も多く、その間セネリオは専らランディと魔法について色々と語っている。

魔法がお伽話であるこの大陸での数少ない理解者とあって、セネリオも自分で意外に思う程よく喋った。
ランディが、すこぶる不得意な攻撃魔法の代わりに鍛えた防御魔法に、セネリオは目を輝かせて聞き入る。

魔道を行く者として、未知の魔法は心底興味深い。
テリウスでは、ここまで守りに特化した魔法など存在していなかった。
用途によっては攻撃魔法より遥かに有用な物になる筈だ。


「……この通り、防御魔法は殆どが入念な準備が必要でな、攻撃魔法みたいに詠唱一つで出来る物は少ない」

「詠唱一つで出来るような防御魔法は、せいぜい攻撃魔法に対する防御壁ぐらいしかありませんね……。でもこの防御壁を応用すれば、姿を消すような魔法や以前に使った盗聴防止魔法も使えるのでは?」

「そうだな、とっさに式と陣を組めるかどうかが勝負になるが不可能じゃない。紙とかに予め魔力を込めながら書いておいて、それを携帯するのが良いかな」


何だか魔道書のようだ。
そう言えばこの大陸では、テリウスで普通に使えていた魔法が使えない。

宛てが無い上に部隊や軍としての安定も無い旅へ出るに当たり、セネリオは魔道書の自作に挑戦している。
未経験の分野で、初めは魔力不足で倒れてしまう程ありったけの力を使ってもロクな物が出来なかった。
それを数回繰り返した後に最下級の魔道書を完成させられた時は、アイクと手を取り合って喜んだものだ。

そして今は、各属性の三段階目ぐらいの魔道書ならば自作出来るように。
勿論作るには相当な魔力を消費する上それなりの手間と時間がかかるので、有事が起きる前に作成しておかなければ間に合わないが。
その気になれば魔道書が無くても魔法は使えるものの、構成や構築が遅れてしまい、とてもじゃないが実用に耐えうるものではない。
それに結局魔道書があったって、この大陸でセネリオは魔法が使えないのだが。

……ふと、ランディに見て貰おうと思い立ち、荷物入れからウィンドの魔道書を取り出して見せた。


「ランディ、これは魔道書と言って、僕の故郷で魔道士が魔法を使う時に使用する物なんですが。この大陸に来てから、全く使えなくなったんです」

「こういう物があるのか。ちょっと貸りていいか?」

「どうぞ」


ランディは魔道書を受け取ると、記された詠唱文や魔法式等を眺める。
が、割とすぐに顔を上げると不思議そうな表情。


「これ、この大陸で使われている詠唱文や魔法式と全く違うぞ。だから使えないんじゃないか?」

「えっ……? そ、そんな単純な理由で……」


単純な理由、との言葉通り、セネリオ自身も魔法を使えない理由として少しはそれを考えている。
だがテリウスでは基本かつ究極として確立されていた魔法式が全く使えないほど違うとは想像すらしておらず、この世の摂理が複数あるとは信じ難かった。
何かの間違いでは、と訊ねるも、ランディの方もセネリオの魔道書を何かの間違いだと思っていて。
魔法がお伽話であり、まるで異世界に来たような感覚に陥っていたセネリオにとって、ようやく掴んだ現実の一端だったのに……それまで全く違うだなんて。


「ようやく現実を掴んだと思ったのに……」

「現実?」

「僕の故郷では珍しくもない魔法がお伽話扱いで、歴史も認識も全てが違う大陸ですからね、ここは。未だに夢でも見ているような気分なんですよ」

「ああ……その、なんだ。言葉や文字だけでも分かって良かったな」


笑い話にしようとしてくれているランディの言葉に、セネリオは根っからの笑顔ではなく苦笑で返す。
正直、この大陸に来た時の事を全く思い出せないセネリオは、一体どうやってテリウスと違う言語や文字を会得したのか分からない。
そういう事は得意なので勉強すればさして難しくもなかっただろうが、思い出せないのでは勉強したのかどうかすらも不明。

自分の異質さが決定的なものとなり、セネリオは柔らかなソファーの背凭れに身を預けて天井を仰いだ。
ふぅ、と一つ溜め息を吐けば更に気を使ったランディが紅茶のお代わりを勧めて来るが、断った。

そこでリビングの扉が開き、アルフォードが入室。
何となく不機嫌そうで、つかつかと歩み寄るとセネリオの隣に座る。


「よ、お疲れアルフォード。首尾はどうだ」

「まあまあ。それより腹が減ったんだけど飯はまだか」

「……呼んだのはオレだけどさ、一応ここの家主なんだから家政婦扱いするなよ……」


苦笑しながらそれでも席を立ってキッチンに向かうランディを見送りながら、そう言えばアルフォードはこの家で何をしているのかとぼんやり考えるセネリオ。
恐らくランディが呼びつけた件と何か関係があるのだろうが、アルフォードが部屋に閉じ籠ってする事など想像がつかない。

何となくいけない気がして、彼が閉じ籠っている時は決して部屋に入らなかった。
部屋に近付いた事ならあるが、魔力を感じたため扉の前まですら行かなかった。
恐らくランディが防壁でも張っているのだろう、入ろうとした所で入れまい。


「……なあ、セネリオさん」

「はい」

「ランディと随分仲良くなったみたいだな、やっぱり魔法を使える同士だと違うか?」


それは至って普通の世間話である筈なのに、セネリオはぎくりとした。
ランディがアルフォードはセネリオに好意を持っていると言っていたし、もしかしたら嫉妬かもしれない。

無理も無い、セネリオだって自分がこんなに楽しく会話するとは思わなかった。
アルフォードとホームタウンに居た時、セネリオは誰とも親しく接していない。
ただ一人、アルフォードだけが親しい人。

それなのにランディの家に来てからはアルフォードが用事とやらで部屋に閉じ籠っていた為、ランディとずっと交流していた。
セネリオ自身も、ランディとこんなに親しく会話するのは正直予想外。

……あまり認めたくないが、ランディの見た目も大きな要因かもしれない。
アイクの友人、獣牙族のライと瓜二つな容姿と声。

アイクとテリウスに居た頃、彼以外は“その他大勢”だったセネリオにとって、ライは“その他大勢”の中でも突出した人物だった。
そんなに会話した訳ではないが、アイク以外の有象無象な者達の中にあって、ライは特別に親しいと言える程の人物だったと思う。

今なら。
今なら、ライともっと話せるかもしれない。
今ならアイク以外とも親しくなれるかもしれない。
そう思った所で手遅れな訳だが。

こういった心境の変化は、全てアイクが死んでからもたらされたもの。
それ程までにアイクが自分の心を埋め尽くしていたのだと思うと、分かり切っていた事とはいえセネリオは途方もない気持ちに陥る。


「ランディの奴、たった数日で仲良くなったのか。やっぱり共通の話題があると盛り上がるよな」

「アルフォードだって、この大陸で魔法の存在を知っているじゃないですか。それは充分に共通点と言えるし、敵視しているオリジンを除けば僕達だけのような気がするんですが……」

「……ああ、まあそうか。魔法が使える使えないの差はあるが」


何となく釈然としないような、そんな態度ではあったのだが、ひとまずアルフォードは気を収めてくれる。

果たして今のは本当に嫉妬なのだろうか、嫉妬だとしても恋愛感情的な嫉妬なのか友情的な嫉妬なのか分からないので、うかつに訊ねる事が出来ない。
恋愛感情的なものだと思っていたら単なる友情だった、では余りにも惨めだ。
アルフォードが自分に好意を持っているなどランディの言い分なのだし、セネリオは黙っている事にした。


「……俺も魔法使おうかな」

「えっ? 使えるんですか、アルフォード。それとも今から習得を?」

「ん、まあランディにでも習おうかと。俺だけ部外者なのもいけ好かんしな」

「お前……それだけの理由で魔法使うのか……。オリジンみたいな奴らが居る以上、魔力を持ったら面倒な事になるからやめとけよ」


呆れた声音のランディが、トレーに三人分の昼食を乗せてリビングへ戻って来た。
最近買い物行ってないから昨日の残り物だぞー、と言いながら食器を並べ、むくれた様子で続ける。


「大体お前、何の為に呼んだと思ってんだよ。お前が魔法習得したらオレの苦労が水の泡じゃないか」

「気が変わった」

「早ぇよ!」

「……まさかこの大陸、魔法が知られていないだけで、習得しようと思えば誰でも出来るんですか?」


テリウスでも、実を言えば厳しい鍛練を積むと誰でも魔法が使えるようになる。
ただし相当な苦労が必要だし、それで習得した所で結局は生まれつきの資質を持った者には敵わない。
そうするくらいなら、生まれ持っての資質が無い者は魔法をすっぱり諦め、武器に専念した方が良い。
だから結局、“魔法は誰でも使えるものではない”という認識なのだが。

しかし、誰でも魔法が使えるのかというセネリオの疑問を、アルフォードとランディは否定する。
やはりこちらでも生まれ持っての資質が無ければ、とてもじゃないが操れるようなものではないらしい。
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