最後の反抗


あなたは、とても強い人でした。

大剣を手に戦場を行く勇姿は鬼神のようでもあり、あなたの前にはどんな敵も立っていられなかった。
例えあなたが化け物のように恐れられても、僕はあなたから離れません。
いつも僕の傍に居て、共に戦って。
あなたのお手伝いが出来る事は、幸せでした。
僕が危ない時は、必ず助けに来て下さいましたね。
とても嬉しかったんです、本当に。
あなたと共に在る事が出来るのならば、それが戦場でも構わない。
護り護られて、共に果てても構わない。
……いえ、あなたが無事ならば、僕だけが果てても構いません。
あなたが負けるなんて、きっと有り得ない話でしょうが。

あなたは、とても強い人でした。



あなたは、とても逞しい人でした。

鋼のような肉体で、どんな重い武器も振り回して……。
その大きな体が、力強い腕が大好きで、あなたに抱きしめてもらえる時間は幸せでした。
あなたは内面も逞しい人でしたね。
どんな逆境も臆する事なく突き進み、試練の壁も叩き崩してしまいました。
そんなあなただからこそ沢山の人がついて来たのでしょう。
あなたはどんな場面にも負けず、全てを良い方向へ持って行きました。
そんなあなたと共に在る事が出来て、どんなに幸せだったか。

あなたは、とても逞しい人でした。



そんなあなたの強さ、逞しさは、年を重ねても衰えを知らず、年老いてからも健在でした。
だから僕も寂しさを紛らわす事が出来たんです。
年老いても、あなたは何も変わっていない……。
衰えを知らないあなたの肉体と心は、僕をそんな風に安心させて下さいました。

……でも、年齢を重ねていくのを止める事など、不可能なんですよね。
僕は、認めたくなかったのかもしれません。
あなただけがどんどん年老いていくのを見るのはとても辛くて。
どんなに願っても僕は、あなたと同じ時間を過ごす事など不可能なのに。



あなたは、とても愛しい人でした。

あなたの事が好きで、好きで、愛しくて……あなたさえ居て下されば、僕は他に何も望みません。
あなたも、僕を愛して下さいました。
何度も何度も抱きしめて、その温もりを僕に分けて下さいました。
あなたと共に在る、愛し合う時間は、頭も身体もどうにかなってしまいそうで、本当に至福でした。
これ以上の幸せなんて僕には無いんです。
そんなもの絶対に有り得ません。
だから、全てをあなたと共にしたい。
……そんな叶わない願いを、ずっと抱いていました。

あなたは、とても愛しい人でした。



年老いても衰えを知らなかったあなた。
でもさすがに、死期が近付くと穏やかになって……弱っていきましたね。
僕はそんなあなたを見るのが寂しくてよく泣いていましたが、あなたはいつも、そんな僕の涙をそっと拭って微笑みました。


「泣くな」


……そう、言って。

死期が近付き、あなたは日に日に弱っていきました。
静かに佇むようになり、僕を常に傍に置いて、ただ……じっと、この世の全てに想いを馳せているようでした。
あれが、今まで生きてきた、この世界との別れだったのでしょうか。


「……セネリオ」

「はい」

「お前は、幸せだったか?」

「はい……」

「そうか……」


……ご自分の死期を、悟ってらしたんですね。
あなたはそれきり黙って、また静かに佇んでいました。
でもまたゆっくりと口を開くと、僕にとても幸せな言葉を下さいました。


「俺も、幸せだった。何より……お前と出会えて、お前と共に在る事が出来て」
「……」


……嬉しかったです。
本当に、心の底から。


「僕も……っ、僕が幸せだったのは、あなたが居て下さったからです! だから……アイク……」


どうか僕を置いて行かないで下さい。
あなたと共に逝かせて下さい。
あなたのいない世界など、もはや何の意味も無い。

でも……あなたが、僕に“下した”遺言は、
僕にとって、何よりも残酷なものでした。


「セネリオ、お前は……、俺が死んでも生きてくれ」

「えっ……」


鼓動が速まり、息をするのも苦しくなって。
でも、この程度では死ねるわけなんかない。


「どうして……そんな事を言うんですか?」

「……お前には生きてて欲しいんだ。この世界でお前が生きている。それだけで俺は、安心出来る」

「……!」


……それがあなたの望みならば、叶えて差し上げるのが僕の存在意義、喜び。
でも、僕は……。


「……いや……です……」

「……セネリオ」

「いやです、アイク! 僕を独りにしないで下さい!」


耐えられる訳がない。
あなたが存在しない世界で生きるなんて。
泣き出してしまった僕を、あなたは優しく抱きしめて下さいました。
でも言う事は変わらず。


「俺が、お前の人生を奪っていい訳がない」

「違います! 僕が望んでいるんです……!」

「まだ生きられるのに、それを放棄して死ぬ事になるんだぞ?」

「構いません! あなたが居ない世界なんて……僕には何の意味も無い!」


分かって下さい。
僕の存在意義は、あなたである事を。
僕の世界は、あなたが居るからこそ在る事を。
僕の全ては僕自身ではなく、あなたである事を。


「……分かった。俺が死んだ時は、お前に任せる」

「アイク……!」

「だが忘れるな。俺は、お前に生きていて欲しい」

「……」


……どうあっても、僕に生きていて欲しいんですね。
あなたの望みを叶えて差し上げる事は、僕にとっての喜びだから……。
やっぱり、あなたにそんな“望み”を言われたら、逆らえない。


「……ずるいです、アイク」

「……スマン」


もう、お別れですか?

怖い。
この世の何処を探してもあなたが居ない。
そんな世界に存在する事が……怖い。



そんな葛藤を抱えたまま迎えた最後の時間は、思いの外、優しくて穏やかな時間でした。
暖かな昼下がり、終の棲家として得た小さな家。
あなたは壁に寄りかかり胡床をかいて僕を抱え込むように座らせ、そのまま僕を抱きしめて、ただ黙っていました。
僕もあなたにしがみついてじっと黙っていましたが……何だか不安になって、あなたに声を掛けました。


「……アイク?」

「ん?」

「あ……いえ。何でもありません」


大丈夫だ、何ともない。
その時の僕は、あなたと過ごす時間が終わる事なんか信じられなくて。
だから……気にしないようにしながら、あなたに話し掛けました。


「天気がいいですね」

「そうだな。後で散歩にでも行くか」

「はい」


風が静かにそよいで、この世には僕とあなたしかいないようでした。
だからあなたが死んでしまえば……僕はきっと、独りになってしまう。
あなたはただ、僕を強く抱きしめて。


「……眠いな」

「そうですね……。ベッドに行きますか?」

「いや。ここでいい。お前はどうする」

「一緒に寝ます。あったかくて、眠くなりました」

「じゃあ寝るか。おやすみ、セネリオ」

「はい。おやすみなさい、アイク」


暖かな日差しが全てを包み込むように降り注ぐ中。
それが、あなたと交わした最後の言葉でした。


++++++


「……」


目覚めた時、あなたは僕を抱きしめたまま、動かなくなっていました。
状況が理解出来なくて、呑み込めなくて、震える手であなたの頬に触れました。
まだ温かい。
でも、あとは温もりも消え去って、ただ朽ち果てていくばかり……。


「……アイ……ク……」


覚悟はしていたつもりでした。
いつかはこんな日が来ると分かっていました。
でもそれは結局、“つもり”でしかなかった。

あなたはもう動かない。
喋る事も、微笑む事も、僕を抱きしめて下さる事もない。


「あ……」


認めたくない。
理解したくない。

本当は覚悟なんかしたくなくて、ずっと逃げていたんです。
こんな姿のあなたを、見たくはなかった。


「あ……アイクっ! まだ、僕……!」


いくら必死になって声を掛けても、もう、返事をして下さらない。
あなたは、僕を置いて逝ってしまった。

人は死ぬ時に走馬灯を見ると言うけれど、本当は残される者が見るんじゃないだろうか。
今、あなたと過ごした日々が浮かんでは消える、僕のように。


“忘れるな。俺は、お前に生きていて欲しい”


……許して下さい、アイク。
僕は、あなたが消えたこの世界で生きていく事なんて出来ません。
世界中どこを探してもあなたが居ないなんて……耐えられない。

みっともないぐらいに泣きじゃくってあなたを抱きしめていましたが、大好きだったあなたのぬくもりは、段々失われていきました。


「アイク……一緒に……、逝かせて下さい……」


もし僕がここで死んだら……あなたは僕を嫌いますか?
第一、死んだら一緒にいられるなんて保証はない。
でもあなたが存在しない世界で生きるより、ずっといい。


「アイク……。どうか、あなたのお傍に……」


++++++


ある、とても暖かな陽気の昼下がり。
世界を変えた1人の男と、彼を愛し、生涯を共にした男が命を落とした。
しっかりと寄り添って、まるで眠っているだけのような穏やかな臨終。
誰も葬る者が居ないアイクとセネリオの遺体はどうなるのか。
きっと醜く朽ち果てるだけだろう。
抱き合ったまま、醜く、汚く、しかし幸せに朽ち果てて行くのだろう。

アイクの存在が絶対で、彼が頑なに主張する事に対しては反抗などする事がなかったセネリオ。
そんな彼は、最後の最後でアイクの頑なな主張に反抗してしまった。
彼に依存する余りに、彼を愛する余りに。

死後どうなるのかなんて誰にも分からない。
“あの世”なんて不確かな存在でしかない。
それを承知の上で、更にアイクに反抗してまで、セネリオは死を選んだ。
もし、“あの世”があるとして……アイクと再会出来たとして、彼は自分の後を追ったセネリオをどう思うだろうか。
セネリオをよく知るアイクは許すだろうが……。

何にしても、もう、2人は生涯を終えた。
この世でアイクとセネリオが再会する事は、2度と無い。
ならばせめて、“あの世”を夢見ていたい。
“あの世”で、ずっとアイクの傍に居たい。

セネリオは最後の望みを賭けて、再び、アイクと共に旅立った。


++++++


あなたは、とても強い人でした。
あなたは、とても逞しい人でした。
あなたは、とても愛しい人でした。


ここがどこなのか、分からない。
どんな状況なのか、何が起きているのか、自分がどうなっているのかさえ分からない。
怖い。

……ふと誰かに、もう無い筈の体を強く掴まれた気がして……。

……アイク。

見える訳じゃない、見えない訳でもない。
でも、あなたは確かに、そこに居る。

僕は、思わずあなたに抱き付きました。
あなたは、強く抱きしめて下さった。

感触がある訳じゃない、感触が無い訳でもない。
でも、あなたは確かに、ここに居る。

もう、離さないで下さい。
このまま永久に、あなたの傍に居たいんです。



……しょうがない奴だな。

……すみません。

……謝るな。もう過ぎた事だ。

……じゃあ、僕は……。

……お前が選んだ事だ。覚悟は出来ているな?

……はい。

……じゃあ一緒に来い、セネリオ。離れるなよ。

……離れません。絶対に。



ずっと、あなたの傍に居させて下さい。



‐END‐



■□■□■□■□■□■□■□■□



アイクが死んだ後セネリオがどうするのか色んなパターンで想像したい。
やっぱりあの依存っぷりならば後を追うんでしょうか。
だけどもしアイクに生きて欲しいと頼まれたら、セネリオは這いつくばってでも生きるかと。

まぁ私と致しましては、悲しみに沈みながら何十年も何百年も生きた後、アイクに瓜二つな男に会って……みたいな展開が1番好みだったり。
生まれ変わりや、前世とか来世とか言う話が好きすぎる。


余談ですが、アイクって絶対歳を取っても元気ですよね。
若い頃から鍛えていたり、老後の過ごし方次第ではずっと元気ですからね。
田舎だからか? 私の周りは元気な老人が多いです。
祖父母も元気に漁に行きますよ。

ここまでお読み下さって、有難うございます!
1/1ページ