4章:招かれる心


ホームタウンを出発してから一週間以上が過ぎた。
出来る限り馬車を走らせ続け、この分ならあと数日で芸術家の家に着けるらしい。
途中とある大きな町に辿り着き、芸術家に連絡するからと町長の屋敷へ対話機を借りに行くアルフォード。
対話機がある町は住民だけでなく旅人などが使えるようにするのが鉄則だそう。

……町全体で金を貯めてようやく買えるような物を芸術家は個人所有しているのだろうか。
よほどの金持ちなのかもしれない。
アルフォードが連絡から戻り、今日中に一つ先の町へ着けるからとろくに滞在せずに出発する。
ふとセネリオは、対話機とやらがどうやって遠く離れた場所へ声を届けるのか気になった。
純粋に興味が湧いて、アルフォードへ訊ねる事に。


「アルフォード、一つ訊いても良いですか?」

「ん?」

「あの、対話機ってどういう仕組みで遠くへ声を届けているんです? 僕の住んでいた大陸には無かったから気になって……」


が、それについては何故か返事を貰えない。
特に機嫌を損ねるような事を言った覚えの無いセネリオは、謝罪や弁明すら思い付かずただ内心で焦りながら待つだけ。
ややあってアルフォードは馬車を操りつつ、進行方向を見据えたまま答えた。


「……あの対話機の中には管が通っていてな、壁の中を通って地下まで真っ直ぐ伸びてる。管の先には1メートル四方の石があって」

「はい」

「……その石で、声を」

「はっ?」


今のは果たして、説明だと言えるのだろうか。
対話機の造りは分かった、しかしセネリオが知りたいのは仕組みの方で。


「……えっと、あの、アルフォード?」

「分かってる。そういう事を訊きたいんじゃないよな。その石に含まれてるものが離れた所まで声を届けるし、対話機でダイヤルを回して対応する場所を変えられる。それだけしか説明できない。解明されてないからな」


その話を聞いたセネリオの頭に過るのは、魔力。
魔力を持つ者が体を転移させたり声だけを相手に届けたりというのは、熟練者であれば出来なくはない。
その石に含まれているものが魔力で声の転送を応用しているならば、それだけで説明がつくのだけれど。


「……あの、アルフォード。笑わないで聞いて下さいね。それって……魔法、なんじゃないですか」

「…………」


魔法がお伽噺となっている大陸で馬鹿な発言をしていると思ったセネリオだが、アルフォードは黙ったまま。
どうも馬鹿馬鹿しくて呆れたというような感じではなく、何かを悩んでいるような。
アルフォードは馬車を走らせながらただ黙っていたが、やがて静かに口を開く。


「……セネリオさんも、笑わないで聞いてくれるか? 正直な話、俺は魔法の存在を信じてるんだ。いや、知ってるというべきか」


以前に聞いた言葉とは正反対の主張に、セネリオは目を丸くした。
それより知っている、とは……まるで魔法を見た事がある、もしくは使えるとでも言っているようで。
何も言わないセネリオが呆れていると思ったのか、アルフォードは苦笑した。


「……余りに馬鹿馬鹿し過ぎるよな。悪いセネリオさん、忘れてくれ」

「ま、待って下さい、僕も魔法を知っています。使えるんです! ……いえ、使えた、と言うべきか」


その主張にアルフォードはようやく振り向き、セネリオの方を見る。
セネリオは荷台から馬車を操るアルフォードの隣へ移動し、前方を見据えた。


「……ひょっとしてセネリオさんの居た大陸って、魔法が……あったのか?」

「はい、黙っていてすみませんでした。こちらでは異質と聞いたので黙っていた方が良いかと……」


一つ支えていたものが外れ、堰を切るように魔法の事を話すセネリオ。
故郷の大陸では現存していて特に珍しくもない事、自分も使え、傭兵団ではそれを駆使して戦っていた事。

アルフォードは黙ったまま聞いていて、セネリオが話し終えても無言のまま。
ちらりと視線を隣へやっても真顔から読める感情は少なく、彼が一体何を考えているか分からない。
やがて彼が言ったのは。


「セネリオさん、これから会いに行く芸術家だがな、彼は魔法を使える」

「ランディさん、でしたか。ひょっとしてアルフォードが魔法に否定的だったのは、オリジンに感付かれないようにする為ですか?」

「まあそんな所だな。何にせよ奴等に協力する気は無い。絶対にだ」


そう告げるアルフォードの表情が、憎悪に満ちた。
その視線を向けられていないセネリオに寒気が走る程のそれは、以前オリジンと接触した時に見せたあの冷酷さと類似していて恐怖が走る。
しかしそれもほんの数秒で収まり、後はいつも通りの雰囲気に戻る……が。
ふとセネリオは、果たしてどちらが本来のアルフォードなのかと考える。
無条件に冷酷な雰囲気の方を本来と違うと決め付けてしまったが、まだ半月ほどしか共に過ごしていないので何とも言えない。

……彼が狂気を内に隠しているとして、セネリオにどうこう出来る訳ではないしそんな権利も無いだろう。
が、切欠はどうあれこうして共に過ごしていると気になってしまうのも確か。
魔法の事を話して胸の支えが少し降りたからか、どうやら気が大きくなっているらしい。


「実を言うと対話機を作ったのもランディでな、こっちで暮らすのに貯えを作るだけのつもりが随分と金持ちになったもんだ」

「じゃあ対話機も魔法なんですね。芸術家ってひょっとして、道楽で?」

「まあ実力があるのは確かだ。対話機に関しても魔法だってのを内緒にして誤魔化しておけば、大体は何とかなるもんだ」

「……それ、どうしてオリジンは気付かないんです」


対話機が魔法なら魔力を持つ者は気付く筈……。
と考えた所で、自分も気付かなかった事を思い出した。
さすがに地中深くなら気付けないのかもしれないし、アルフォードも地中にあるからだろうと見解を告げる。
オリジンも全員が魔力を保持している訳でもないだろうし、気付くのは難しいのかもしれない。
……とは言え対話機自体は普及していなくても有名なようだし、可能性を考えたりはしないのだろうか。


「ランディは住処を隠してるから見付けられない。例え知り合いだろうがな。芸術品の仕事は幾人もを経由して依頼するから、更に見付かり難くなるんだ」

「それも、魔法で?」

「ああ。ランディは攻撃は不得意だが身を守る魔法に関してはかなりの腕だ。行ってみれば分かるから楽しみにしてるといい」


笑いながら言うアルフォードに、こちらも笑顔を見せて頷くセネリオ。
魔道を行く者としてそういう技術は興味深い。
対話機などテリウスでは全く見掛けなかった物もある事だし、正直に楽しみだ。

その日のうちに次の町へ到着し、宿で宿泊する事に。
アルフォードへ魔法に関する秘密を一つ話し、何だか心が浮かれている。
やはりアルフォードをアイクに重ねてしまうのが避けられない上に離れられない以上、こうして親密になっていくのが嬉しい。

もうセネリオは、そんな自分を嫌悪しなくなった。
まるでアイクの見てくれだけが目当てだったと言えるような行動を取っているのに、マイナスの感情がアルフォードに会ったばかりの時に比べ薄まっている。
同じ顔と声を持つアルフォードとアイクを重ねる事によって、寧ろ今はアイクに対してではなく、アルフォードに対して悪いと思う。
過去の自分からは考えられない感情の移行にも、セネリオはただ驚くばかりで辛くも悲しくもない。

……これが記憶や感情の風化、なのだろうか。
アイクが生きていた頃、何より恐れていた事。
こんな風にアイクとの思い出が薄れてしまう事。

実際に訪れると、ただ驚くばかりで辛くない。悲しくない。心も痛まない。
アルフォードがアイクを追い出して行く現状にも、抵抗する気は無かった。


++++++


その日の夜、久々に気持ち良く眠ったセネリオ。
夢の中で、彼は若い頃のアイクを見付けた。

……アイクだと思う。
同じ顔のアルフォードとどちらか分からないのが正直な話だが、確かに、あの人はアイクだと確信がある。
セネリオから離れた所でこちらを見ているアイク。
迷わずそちらへ行こうとしたセネリオだが、その腕を誰かが掴み引き止めた。
驚いてそちらを見るセネリオ、彼を引き止めたのは。


……セネリオ、だった。


「……!」


驚いて飛び起きるとまだ暗く、カーテンから覗くと外はまだ星が輝いている。
見たら死ぬと言う怪談があるドッペルゲンガーを見たようで気味が悪い。
あの夢は何かを暗示しているのだろうか……自分に引き止められる意味は分からないけれど。

何だろうか、気味は悪いもののそこまで悪夢という訳ではないのに、汗が出て心臓が鎮まってくれない。
ベッドの縁に座ってゆっくり深呼吸し、何とか気を落ち着けようと努める。
ちらりと隣のベッドを見やると、アルフォードが寝息を立てて眠っていた。

ひょっとして今の夢は、アイクの懇願なのだろうか。
俺を忘れるな、俺以上の存在を作るなと、そう。
彼は狭量な人ではなかったけれど、やはり男としての独占欲や支配欲は持ち合わせていたらしく、セネリオに下心を持って近付く者には敵意を隠さなかった。
それならセネリオと自分並みに親しくなろうとしている男が現れれば気分は良くないだろうし、もしそうなら、夢の中の彼はアイクではなくアルフォードだったかもしれない。

……にしたってアイクではなく自分自身に引き止められる意味は不明だが。
ひょっとしたら過去の自分、もしくは自分の深層心理かもしれないけれど。

心臓が鎮まって気分も落ち着き、さっさと寝てしまおうとベッドに潜り込む。
以前は夢でも良いからアイクに会いたいと思っていたのに、今はもう、あんな夢は見たくないと思ってしまっていた。
隣で寝ているアルフォードに悪いと思って……。

……アイクとアルフォードが、すっかり入れ替わってしまっている事実。
会わないでいると、その間に他の者と親しくなると、こうも変わってしまうのか。
やはり驚くだけで悲しくも辛くもないが、夢のせいか今は胸の中がぽっかり空いたようで、虚しさのようなものを感じていた。
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