陽炎


暑さに揺らめく景色を見据えながら、灼熱の炎に想いを馳せる少年。彼の名はマルス。
透き通った清冽な水流を思わせる彼は自分とは正反対の、燃え盛る炎を纏った少年を……ただ、想い続けていた。

本当に、「いつの間にか消えてしまった」。
炎夏がよく似合う炎の子、彼の名はロイ。
このスマブラ界に新しい仲間がやって来た日、誰に何を告げるでもなく、ロイは姿を消した。
他にも数人の仲間が消えてしまったのだが……探しても探しても、結局見つかる事は無かった。
幾らロイの姿を思い浮かべても、それは陽炎と同じように儚く頼りない。

……違う。ロイはこんなに儚い存在じゃない。
そう何度も否定しつつ、ただマルスは、もう何処にも居ない少年を想った。
ロイが消える前日、いつものように乱闘していつものように遊んだ。

今年はバレンタインデーにチョコを作り、ロイに渡そうと前々から思っていたマルス。
その話を聞いた彼は笑っていたが、冗談だと思ったのだろうか。
しかしマルスは至って真剣。
自分と同じようでもあって、正反対のようでもある少年に、マルスは惹かれていたのだった。
いつの間にか本気で好きになって、胸が引き裂かれそうなくらいに。
しかしマルスは今、違う意味で胸を引き裂かれそうな程苦しんでいた。

ロイはもう、何処を探しても存在しない。
新しい仲間達の事は大好きなのだが、それでもロイには敵わない。

ピーチ城の庭に設置されたベンチは、木陰な為に幾らか涼しい。
マルスはただそこに座って陽炎を眺めていた。
ロイが剣を振ると炎が溢れ出し陽炎さえ目にする事が出来て、マルスは凄い凄いと喜んだものだ。
本当は力強く大剣を振るうロイに見とれていたのだけれど。

それに気付いていたのかいなかったのか、ロイはマルスが褒めると、必ず得意そうに笑ってみせる。
勿論その笑顔だって、マルスは大好きだったのだ。
それが何故、こんな事になってしまったのか。

あれは寒い冬の日、忘れもしない1月31日。
新しい仲間達の登場と引き替えるように消えてしまったロイ。
何一つ残さなかった彼が置いて行ったのは、綺麗すぎる思い出とやり場の無くなった恋心。
伝える事さえ叶わなくなった想いは誰に言う事も出来ずに、ただ燻らせる事しか出来ない。


「どうして……。何処に行っちゃったんだよ、ロイ……」


呼んでも返事など無い。
ただ、響いた声が吸い込まれていくだけ。

あれから半年以上が過ぎた今になっても、ロイの喪失はマルスの心に大きな穴を開け、広がり続けて止まらない。
揺らめく陽炎は灼熱の太陽によって消える事なく存在しているのに。


「帰って来てよ、お願いだから……。君に伝えてない事があるんだよ……!」


いつまでも一緒に居られると思っていた。
いや、いつまでもは無理だろうが、ロイと別れるのは自分もスマブラ界から去る時だと思っていた。
しかし現実はマルスだけをスマブラ界に残し、ロイを消してしまう。
何故いなくなったのか、いくら考えても理由が分からない。


「どうして、どうして彼が消えなくちゃならなかったんだよ! こんな思いをするくらいなら、僕の事も消してくれればよかったのに……!」


嘆きも悲しみも、誰に届く事も無かった。
やがて日が傾き、陽炎は消えて行く。
灼熱の炎は、地平水平の彼方へ沈んで行く。
誰に別れを告げる事も無く消えていく様はロイに似ている気がするが、最大の違いは、また明日も会える事だ。

ロイは違う。
もう、会う事は出来ない。


「ロイ……っ!」


明日も消える事は無いであろう、そして心のどこかで消えて欲しくないと願っている悲しみ。
それをいっそ心の拠にしながら、マルスはひたすらにロイを想った。




‐END‐
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