内助の功


どうしたものかと考え、レイトンは軽く溜め息をついた。
ここまで悩んだ事が未だかつてあっただろうか。
脳裏には無垢な笑顔で見上げて来る少年の姿が浮かぶ。

30とまでは行かないが、20歳半ば程は離れている、他人が見たらまず親子かと訊かれる程年下の(自称)助手。
始めのうちは、自分に息子が居たらこのような感じかと純粋な気持ちで彼と接していたのに。
いつの間にか、保護者にしては過ぎた想いを抱くようになってしまっていた。


「先生、お邪魔します!」


噂をすれば何とやら、レイトンが悩む主因である少年ルークが研究室へやって来る。


「いらっしゃい、ルーク。……今日もやる気だね」

「当然です! こんなに部屋が散らかってちゃ、研究もはかどりませんよ。スッキリ綺麗になるまで片付けますからね!」


ちゃっかり整頓や清掃の準備を整えて来たルークに苦笑を見せるレイトン。

英国紳士を座右の銘とするレイトンだが、整頓が苦手だという欠点がある。
彼の研究室はいつも散らかっていて、紳士と言うには些か目を背けたくなる現実だ。
一応、時々片付けたりしているので、足の踏み場やそれなりのスペースはあるのだが、見た目的には余り宜しくない。

テキパキと片付けを進め始めたルークに、レイトンは多少ハラハラしながら声を掛ける。


「ルーク、その辺の資料は大事なものだから、捨てられると困るんだが……」

「大丈夫ですよ、先生はゴミを放置したりしませんから。部屋にあるのは、ほぼ全部必要なものだって分かります」


そう、腐っても英国紳士。
部屋は散らかっているが、これらは決してゴミではない。
ゴミが出ればレイトンはちゃんと片付ける。
残った必要な物を片付けられずに散らかしているだけで。
自分の事を分かってくれているルークに、レイトンは思わず浮かれた気持ちになった。


「じゃあ、後をお願いしてもいいかな、ルーク」

「はい、そのつもりで来たんですから。先生はお仕事の続きを頑張って下さいね」


やるべき事は一段落つき、もう頑張る程の仕事は残っていない。
だが交わす会話に何となく夫婦のようなものを感じ、レイトンは思わず顔を綻ばせた。
先程まではルークとの関係に悩んでいたのに、いざ彼を目の前にするとコレだ。

本当に、いつの間にか。
共に行動し、分かち合い、気付けばお互いに意識していた。
一途に慕ってくれるルークと幸せな時間を過ごす一方、親子ほども年が離れていると言うのに、道徳は無いのかと己を責める事も多い。
それでも、彼と過ごす幸福な時間には勝てない。
ルークを前にすると、悩みなど消し飛んでしまいそうだ。


「先生?」

「!」


机に座り考え事をしていたレイトンは、背後から不思議そうに覗き込んだルークにハッと驚く。
間近に顔を寄せられ、まるで年若い青年のように胸を高鳴らせてしまう。
こんな気分になったのは何年振りかと、また思考がどこかへ飛んで行こうとした。


「あれ、もう終わっていたんですね。僕も一段落つきましたから、紅茶でも淹れましょうか」

「ああ、頼むよ」


ポットを手にするルークは一通りの事はこなせる。
特に家事が得意なので、研究が進むと自身の事を無精しがちなレイトンは非常に有り難い。
ルークは片付けや食事、更に体調管理まで気を配ってくれ、その様子を知る他の教授から、彼が居れば奥さんは必要ないねとからかわれた事もある。
そのからかいの言葉を嬉しいと感じてしまう自分はもう、いい加減に末期かもしれない。


「先生、お茶入りました」

「有難うルーク、君もこちらへ来て座りなさい」


湯気の立つ温かな紅茶を手にソファーへ座る2人。
先程まで散らかっていたのに、今は大方片付けられている研究室を軽く見渡し、レイトンは一人密かに苦笑した。

ルークが身の回りの世話をしてくれるようになってから、随分と彼に世話になっている。
息子のような年下の少年に頼りっぱなしなのは情けないかもしれないが、非常に助かるのが現実だ。
更にルークと関係を持ってからは、開き直って妻のようなものだという事にしている。
もうレイトンにはルーク無しの生活が考えられなかった。


「ルーク」

「何ですか、先生」

「……いや、何と言うか……」


今、思わず。
ずっと私の傍に居てくれるんだろう、と言おうとしてやめた。
そんな事を言えばルークは、必ず傍に居続けてくれると分かり切っている。
レイトンとしてはそうして貰えると非常に嬉しい。

だが、そうやって少年の可能性に溢れる道を遮断してはいけないという思いがあった。
彼が他に多数の道を選択できる以上、いつまでも内助の功に甘え続けてはいけない。


「……片付けのコツでも教えてくれないか? たまには君に頼らず、やってみようと思ってね」

「コツだなんて、そんな大げさなものじゃありませんよ。でも先生、ついに一人立ちですか」


クスクス笑って冗談を言うルークが、堪らなく愛おしい。

やっぱり、まだ暫くは内助の功に甘えていようと、レイトンはそう思うのだった。




*END*
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