走れ鉄の馬

「マルス、一緒にバイクでツーリング行かないか」

「…………」


リンクから笑顔で出された提案に、マルスは笑顔を返す事が出来なかった。
ツーリングとは何だったかと聞き慣れない単語の意味を思い出す前に、バイクという単語が頭から離れなくなってしまったのである。

え? バイク?
バイクってアレだよね。
マリオさん達が乗ってレースしてるアレだよね。
あれリンク先輩って僕と同じエンジンを使う乗り物の無い世界から来たと思ってたんだけど違うのかな。

一言も発さないままマルスがぐだぐだと考えているうちに、返事をしないマルスに怪訝な表情を向けるリンク。


「おーいマルス、聞いてるか。行かないのか?」

「え、リンク先輩ってバイク運転できたんですか? というかあれって運転するなら、試験か何か合格しないといけないんじゃ……」

「ああ免許の事か。それなら取ったぞ」

「えええ!?」

「マリオ達と一緒にレースに出る事になったからな、マスターハンドに手配してもらって」


事も無げに言われ、もう一度えええと声に出すマルス。
免許を取ったなんて初耳だし、マリオ達とレースに出るなんてのも初耳だし、そもそも手配とは何だろうか。
まさか練習も試験も無しに免許を取ったのではないかと不安になってしまった。
マルスはバイクなんて運転できないし、彼と一緒に乗って大丈夫だろうか……。
一緒に……。


「(あ、これチャンス? チャンスだ、リンク先輩と合法的かつ違和感無く密着できるじゃないか)」


途端に細かい事がどうでも良くなったマルス。
取り敢えずリンクがちゃんと乗れる事だけ確認すれば行っちゃって良いのではないかと、不安よりも数少ない機会の方を優先した。
普段は仲間達と一緒だから二人きりになど余りなれないのだし、この機会に親密になっちゃおうと。


「行きます! 僕もバイクに乗ってみたい」

「決まりだな、じゃあちょっと練習しようか。心配しなくてもすぐ乗れるようになるから」

「えっ」

「マリオ達のレースでは赤ん坊まで一緒に走ってるんだし、どうって事ないさ」


違う、マルスはそういう事を言いたいのではなく。
思い描いていた合法的な密着の機会をみすみす逃したくないのであって。
と言うかバイクに乗れない相手をバイクのツーリングに誘うなら普通は……。


「普通は一緒に乗るだろぉぉぉぉ!!」

「うわっ!」


突然マルスが頭を抱えて叫び声を上げ、驚いたリンクが一歩引いた。
そんな彼の様子に気付かず、マルスはリンクに詰め寄るようにしながら声を荒げる。


「リンク先輩あれだ優しいし強いし顔も良いからモテるけどいざ付き合ったら振られるタイプでしょう! 何でそうなるんですか普通は相乗りしますよね待ち合わせ場所に颯爽と現れてヘルメット渡しながら乗れよって笑顔で言いますよね! なのに何で2台で並走なんですか僕泣きますよ泣いて良いんですか仲間達に色々悪い想像で勘繰られても良いんですかっ!」

「悪い想像で勘繰られるのはちょっと」

「最後のどうでもいい部分にだけ反応したよこの人」


忘れていた、リンクはこういう人でもあるのだと。
マルスが毎日少しずつアピールしているのに気付く素振りを全く見せない。
なのに乱闘などで格好良いところを見せ付けてくれるのだから、罪作りも甚だしいのである。

これはきっと今まで無意識のうちに沢山の女性を泣かせて来ただろうなと考え、マルスは心配になった。
主にリンクがいつか刺されやしないかと。
何にしてもリンクとバイクでツーリングに行くなら相乗りだ、それしか認めない。
例えリンク自身の提案だろうが2台などマルスの脳内では有り得ないのである。


「相乗りでお願いします」

「別に構わないけど、バイク楽しいぞ? この機会に覚えて趣味にしてみたら良いじゃないか」


全くもって余計な気遣いである。
そんな所に気を回すなら自分の気持ちに気付いて欲しいと、マルスは鈍すぎる先輩に心中で溜め息。
なのに嫌いになどなれないのだから厄介なものだ。
どうしてこんな駄目先輩が良いのかと、自問して気落ちしてしまいそうだった。

肌が露出しない服に着替えたマルスは、リンクがマスターハンドに用意して貰ったというバイクを見て……何と言うか、予想外のかっこよさに心底驚いた。
バイクには詳しくないので車種などは分からないが、白い車体に所々入った赤いラインが、大きな車体の冷たい無骨さを和らげ、熱い印象を持たせている。


「結構大きいんですね」

「タンデムに対応してるバイクならある程度の大きさはあるぞ、二人乗りの分パワーが落ちちゃうからな。ほら、俺が先に乗るから後から乗って」


リンクが乗ってバイクを固定し、次にマルスが後ろのシートへ乗り込みマフラーに足を乗せた。
後ろのシートが前よりやや高いので、頭の位置がリンクと変わらなくなる。
リンクに言われ、彼の腹に腕を回して自分の両手を組むと、体がぴたりと密着してしまった。
ドキドキしているのを気付かれやしないかと気になって、更に胸が高鳴る。


「(いや気付いて欲しいから良いんだけど)」

「危ないからしっかり掴まってろよ。じゃ、ちょっとピーチ城の敷地内を走って練習するか」

「また練習ですかっ!」

「当たり前だろ、事故ったら自分らだけじゃなくて他人にも迷惑掛けるんだから。主に曲がり方だな」


ロマンチックの欠片も感じられないが、現実とは得てしてこんな物であるし、リンクの言う事も正論なのでマルスは反論せず頷く。
エンジンを掛け、バイクを走らせるリンク。
馬とは違う風の切り方に新鮮な気持ちになったマルスの心が浮かれ、弾む。


「わ、気持ちいい……! 道路でスピード出したら最高だろうなあ……」

「かなりいい気分だぞ。じゃあ曲がるから、曲がる方向に体を傾けろよ」

「え、同じ方に?」

「そう。逆に曲げるとバランス崩れるからな。少し恐いかもしれないけど、慣れたら大丈夫だから」


リンクがウィンカーを左に点け、車体を左へ曲がらせる。
途端に襲い掛かる、ふわりと体が浮くような感覚。
左に倒れるんじゃないかと思えたマルスは思わず体を右へ傾けかけるが、リンクの言葉を思い出して曲がる方向と同じ左に体を軽く傾ける。
スッと抵抗無く曲がったバイクに、沸き上がろうとしていた恐怖心が消えた。
リンクも前を向いたままマルスを誉める。


「上手いなマルス、さすが器用な奴は文明の違う物でも乗りこなすのが早い」

「ふふ……早くリンク先輩とツーリング行きたいですから」

「楽しみだろうなぁ、故郷に無い乗り物だし尚更」


重要なのはリンクと出掛ける事なのに、何故それに気付いてくれないのか。
体はこんなにも密着しているのに、リンクとの間にはこんなにも高くて厚い壁がある事に、マルスの心がちくりと傷んだ。


一通り乗り回し、フルフェイスのヘルメットを装着して道路へ出る二人。
この辺りはいつも閑静で、響くエンジン音は二人の乗るバイクのみである。
それが何だか、自分達は特別な事をしているのだと意識させ、沈み掛けていたマルスの心を再び浮かせた。


「道路、僕らの貸し切りですね。これからどこに行くんですか?」

「そうだな……。このまま車通りの少ない道を進んで海まで行くか。それでどこかで飯でも食べよう、俺が奢るからさ」

「やった!」


食事を奢って貰える事に対してではない、リンクと二人きりで食事が出来る事に対しての喜び。
これはもう丸っきりデートだと思うのに、リンクにその気は無いのだろう。
せいぜい、他より素直に懐く可愛い後輩ポジションにしかいないのだから。
風を切りながら山道を上ると、爽快な水平線が眼下に広がる。
煌めいた太陽の眩しさにやられた振りをして、マルスはリンクの腹に回した自分の腕に少し力を込めた。


「ん、疲れたか?」

「いいえ、ちょっと眩しかっただけです。リンク先輩と二人で出掛けて、こんな綺麗な景色を一緒に見られるなんて、夢みたいだ」

「はは、可愛い奴だなお前。他の奴らもお前みたいに慕ってくれたらなぁ……」


やはり、リンクはマルスを可愛い後輩程度にしか見ていない。
こうして二人きりの外出に誘われるのなら脈ありと思いたいが、単にお気に入りの後輩だから、という可能性の方が高いだろう。

気温はさして低くないが、バイクの速度によって当たる風が冷たい。
けれどリンクと触れ合っている部分だけが妙に暖かくて、マルスはその暖かさだけを感じようと少しだけ目を閉じた。




*END*
1/1ページ