2章:互いの秘密


翌朝、荷物を全て配り終えたかもう一度確認し、軽く朝食を済ませてから村を出発した二人。
次の町で今回の配達は終わり、今日の夕方頃にはその町に着けるそうだ。
馬車の荷台で揺られながらセネリオは、自分の手をじっと見つめている。

魔法が使えなかった……確かに自らの内に眠る魔力は消えていないのに、使う事が出来ない。
精霊が居ないのが原因かもしれないが、それも納得のいかない理由だ。
そもそも理魔法の精霊とは自然の中に居るものであって、見るからに豊かなこの大地に居ないだなんて考えられない。
精霊が居ない他に魔法を使えない理由がある筈だと考えても、答えは全く出なかった。


「……アルフォード」

「なんだ? セネリオさん」

「この大地にはいつから人が住んでいるのか分かりますか? 余所から来たので興味があります」

「そうか……。って言うか、この大陸以外に人の住む地なんてあったんだな、そっちに驚きだ」


やはりこの大陸の者達も他の大陸は全て滅んだと思っていたのだ。
セネリオもテリウス以外に人の住む大陸が残っていた事には驚いた。
アルフォードは少し考えるように空を見上げたが、やがて切り出す。


「……いつだったか聞いた話だと、今から1000年くらい前にどこかから人が集まり始めて、徐々に町や村が出来て……今の状態になったらしいな」

「1000年前、ですか?」

「ああ。そして一部の奴は、昔この大陸の人間はみんな魔法が使えて、それで発展してたとか主張してるんだ。今から600年くらい前に魔法が滅びたらしいんだけど、俺にはお伽話としか思えないな」

「そうですか……」


何にせよ、この大陸で魔法は異質だという事だ。
ならば使えなくなった事は都合が良いのかもしれないが釈然としない。
アルフォードが話してくれた事を事実だと仮定するなら、600年前に精霊が消えるような何かがあったという事なのだろう。
根絶やしにされてしまったのかどうかは分からないが。

しかしそれなら、魔法を復活させようと活動している例の【オリジン】という組織は全く無駄な事をやっている訳だ。
それを考えると、やはり魔法を使えなくなって良かったのだろうか、とセネリオは自問する。
自分の一部だったので、喜びより喪失感の方が遥かに強いのだが。

やがてアルフォードが予告した通り、日が傾く頃に今回の配達の最後である町に辿り着けた。
またアルフォードと手分けして荷物を配達するセネリオは、流れる人混みをどこか遠くから眺めるような感覚で見ていた。

この大陸に生きる人々は自分とは余りに違う存在として生きている。
ベオクだのラグズだのの次元ではない、根本的な意識と歴史が全く違う。

魔法をお伽話と言ってのける、そんな人々。
交流も何もなければ異世界と相違ないだろう。
自分は今異世界に居るのだと皮肉に自嘲を混ぜ、頭に浮かべて苦笑する。
そうして分けた荷物を配達していたセネリオだったが、ふと視線を感じた。

初めは気のせいかとも思ったが、人混みの中から確かな意識が向けられているのが分かる。
気付かれないように気付いていない振りをしながら、なぜこうもハッキリ分かるのか考えてみた。
人混みでも良く分かる、つまりこの人混みを形成する人々に無い物を視線の主は持っているのだ。
そして今、それに関しては嫌と言うほど明確な心当たりがある。


「(……魔力、ですね。成る程、自分では分からなかったけど、確かにこの感覚は余りに異質です)」


魔法がお伽話のような物だと思われているどころか精霊すら存在していないこの大陸では、魔力を保持しているだけで同じ力を持つ者には感づかれてしまうらしい。
テリウスとは違い魔法や魔力、精霊に関わる物が一般的には微塵も存在していないとされる土地柄、あまりに目立ってしまうようだ。
大多数の一般人には分からないだろうが、魔力が無くてもある程度感覚の鋭い者なら分かってしまうだろう。
そしてセネリオもアイクの役に立ちたい一心で鍛えた魔力には自信がある。
きっと視線の主はセネリオの魔力に気付いて視線を送って来たのだ。

一番厄介なのは、視線の主が【オリジン】という集団の者だった場合。
まだ直接的には活動や思想に触れた訳ではないが、警戒には値する。
この警戒を悟られてしまうのも危険、気付かない振りを徹底しなければ。

と、そこへ。


「セネリオさん」

「! アルフォード……」


アルフォードがやって来た……が、セネリオにとってこれは微妙な所。
彼と話せば警戒を更に気付かれ難く出来るが、視線の主が危険人物ならばアルフォードを巻き込んでしまう可能性がある。


「こっちは配り終わったんだけど、そっちは……まだだな。手伝おうか」

「いえ、これは僕の分の仕事ですから僕がやります。弁償のために少しでも多く働かないと」

「……そうだな。しかし本当に助かるよ、いつもよりずっと早く終わる」


笑むアルフォードに流されて本当に警戒を解いてしまいそうになり、慌てて気配を探ってももう視線は感じなかった。
気にはなったが今更どうしようもなく、諦めて配達を再開する事に。

この町はホームタウンの隣町にあたり、この配達が終われば一泊せずにすぐ帰宅する予定だ。
配達し終わったのがそれから1時間ほど後で、まだ辺りも明るい。
8時頃までには帰れるだろうと荷馬車に乗り、帰路に就く二人だった。


++++++


月明かりの強い夜、涼やかな風がそよぐ中、蹄の音と車輪の音のみを響かせて荷馬車が駆ける。
乗り込んだ二人は会話する事も無く、一人は荷馬車を操りながら真っ直ぐ前を見て、一人は荷台の中でじっとうずくまっていた。

セネリオは共に過ごす時間を重ねるにつれ、アルフォードとの間に溝が深まるのを感じている。
それでいい筈なのに、アイクと同じ顔をしたアルフォードが相手では辛さばかりが先立ってしまう。
アルフォードに言えない事が山のようにあるし、どうやら彼も自分に言えない事があるようで。
打ち明けられたら、その上で受け入れてくれたらどんなに楽だろうと、セネリオはそう思っているしアルフォードもそう思っているかもしれない。


「……セネリオさん」

「……」

「セネリオさん」

「! あ、はい」

「後ろに馬車がいる。もしそいつが賊で振り切れなかった時は戦いになるかもしれないから、荷台の中に隠れててくれ」


言われてハッと気付く。
荷台には白い幌が張られているので後ろは見えないが、確かに馬車の音が後ろから聞こえる。
心配していない訳ではないが魔法も使えない自分は足手纏いなだけ。

彼の言葉に大人しく従い、セネリオは荷台の袋や箱をかき集めて、その背後で毛布を被り隠れた。
アルフォードは経験から馬車に近付くものの距離などが分かるらしい。
出来る限り速度を上げるが、こちらが速度を上げれば背後の馬車も上げる。
賊にせよ何にせよ自分達に用があるのは確かだ。

やがて後ろの馬車が速度を更に上げたらしく、音が近くまで迫った。
振り切れないと判断したアルフォードは位置を変えつつ速度を落とし、馬車を止めて剣を取る。
すぐに背後の馬車から数人がやって来たが、鞘から抜いた剣を構えるアルフォードを見てそれを制した。


「待ってくれ、我々は賊ではない!」

「じゃあ去れ、俺は今から帰る所なんだ。仕事帰りを邪魔するなんざ賊より殺生な奴らだな」

「話を聞いてくれ。我々は【オリジン】と言う団体なんだが、聞いた事はないかい?」

「ああ、知ってる。魔法だなんてお伽話を信じ込んで無駄な事をやってる、変な集団だろ」

「手厳しいな」


お互い余裕な様子を見せながらの会話なのに、セネリオは緊張していた。
もし奴らが先程の町で感じた視線の主だったら。
まずい、魔力を持っている事がバレている。
どう考えても奴らはセネリオに用があるのだ。
いっそアルフォードに迷惑が掛からないよう自分から出て行った方がいいのかと悩んでいる間に、向こうが切り出す。


「君は大陸で配送業をやっているんだってな。仲間が夕方に近くの町で見かけていたんだ」

「ああ、確かに居たな。で、それがどうした」

「君は黒い髪の子と一緒に配達していたと思う。その子を暫く、我々に預けて貰えないだろうか」
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