1章:不安と拒絶と不安と


穏やかな日の光が降り注いでいるような、そんな幸せな暖かさがある。
そんな感覚は随分と久し振りで、ずっと浸っていたいと思ったセネリオの頭は目覚めを拒否する。
だが、それも暖かさの出どころである男によって長くは続かなかった。


「起きた起きた!」

「!?」


いきなりブランケットを剥がされ、掛けられた声にも驚いて覚醒する。
視線を向けた先には、ずっと昔に当たり前だった光景が広がっていた。


「あ……」

「お早うセネリオさん」

「……お早うございます、アルフォード」


思わず、アイク、と彼に言ってしまう所だった。
そう、違う。
彼はアルフォードで、自分は弁償の為に彼と働くのだと、セネリオは自分に言い聞かせる。

朝食を取ってから、昨日訪れた事務所へ行く。
今日の仕事は荷物の引き取りと、引き取った荷物を配達先によって整理する事の二つらしい。
リヤカーを引いて町中を歩いていると、周りから声を掛けられる。


「お早うアルフォード、今日も頼もしいね」

「アルフォード、荷物を道具屋に預けといたから、いつも通り隣町の両親までよろしくな!」


随分と信頼され、頼りにされているらしい。
そんな所もアイクと似ていて……と、どうしてもアイクとアルフォードの外見以外に似た点を探す自分に、セネリオはただ溜め息を吐くばかり。


「基本的に、荷物は道具屋を仲介して預かるんだ。後は、荷物が大きかったり足腰が弱かったりして道具屋まで運べない人の荷物を回収して回る」

「荷物はどこまで運ぶ事があるんですか?」

「この大陸の半分くらいで、遠くへの荷物は港町に預けるな。ただ、様々な条件によって自分で大陸全土を回ったりするが」


こういった職業の経験は無いが、おおよその事はセネリオにも分かった。
一応、盗賊なども居る事には居るらしいが、滅多に遭わないので大した心配は要らないらしい。
きっとアルフォードは、セネリオが戦えるとは思っていないのだろう。
心配しなくても万一の時は俺が守るからと、微笑みを見せて言い放った。

駄目だ。
どうしてもアイクが浮かんで消えてくれない。
顔と声が同じだから仕方ないとは言え、自己嫌悪に陥るセネリオ。
これではまるで、自分はアイクの見てくれだけが好きだったと言えるような……。


「セネリオさん」

「!」


話の途中で意識を別な方向に飛ばしていたセネリオは、アルフォードに肩を叩かれ我に返る。
気付けば荷物の引き取りを依頼した民家に着いていて、慌てて仕事に戻った。
荷物の引き取りを依頼したのは老人男性で、足腰が弱って荷物を運べなかったらしい。
アルフォードが率先して話をし、荷物を預かるが……。
老人がふとセネリオの方に、怪訝にものを見るような視線を向けた。

嫌いな視線だ。
何か奇異な物でも見るような、見せ物にされた気にされる視線。
ある意味客商売なので下手に顔にも出せず、出来るだけ無表情を装い無視して立ち去ろうとする。
だが老人は、待て、と重苦しい声音で引き止めた。


「お主、古代人じゃな」

「……は?」


古代人。
覚えの無い分類に、思わず素っ頓狂な声を出してしまったセネリオ。
数百年も生きているのである意味当てはまるかもしれないが、見た目はまだまだ少年で、少なくとも姿を見ただけの初対面に気付かれると思えない。
今度こそ、何を言っているんだこの人は……と表情に出し、呆れてしまう。
だがアルフォードは笑って、老人の言う事を明るく否定した。


「おいおい、何を根拠に言うんだ。第一、古代人なんて居るわけないだろ。魔法だとか、この世に存在しない物を操る種族なんて夢物語だ」


魔法が存在しない?
まさに自分の得意分野を頭から否定され、セネリオは唖然としてしまう。
魔法なら使えますがと言い難くなって、つい黙り込んでしまった。

アルフォードはそれを勘違いして、ほら、妙な事を言うからセネリオさんが困ってるだろ、と老人をたしなめる。
まだセネリオを古代人だと言って渋る老人を軽く流し、アルフォードは荷物を受け取り家を出る。
セネリオもそれに付いて行こうとして、更に老人から声を掛けられた。


「魔法を使えるんじゃろうが無闇に使うな。よいか古代人、【オリジン】に気をつけろ」

「……?」


初めて聞く単語に戸惑いを覚えるが、相手にする事もないだろう。
セネリオは返事をせず事務的に軽く頭を下げ、アルフォードを追った。
既にリヤカーに荷物を積んで待っていたアルフォードに一言謝って、次の家へ出発する。

だが、やはり気になる。
この大陸に魔法は全く存在していないのか、使っては不味いのか、そして老人の言った【オリジン】とは一体なんなのか。
魔法が存在しないのなら無闇に使わない方がいいというのは理解できるが。
アルフォードなら何か知っているかもしれないと、彼に訊ねてみた。


「あの、アルフォード」

「何だ?」

「【オリジン】とは、一体なんなのですか? 先程の老人に、それに気を付けろと言われたのですが……」


ちょっとした不安から心配そうにするセネリオに対し、ああ、と軽めに苦笑するアルフォード。
あの爺さん、本気でセネリオさんを古代人だと思い込んでるんだな、なんて言ってから説明する。


「【オリジン】って言うのは、この大陸で活動してる集団でな。文明の進化を否定してて、もう人間はこれ以上文明的に発展するべきじゃないとか抜かしてる変な奴らだ。古代人が使っていたと言われる魔法を復活させ、文明ではなく魔法によって発展するべきって……」


誰かが新しい事を始めようとすると、必ず否定的になる者が現れる。
それを大規模にした集団という所だろうか。 
しかし、魔法を“復活”させると云う事は、やはりこの地に魔法は存在していないのだろう。
しかも何だか過激そうな集団が求めているとなれば、魔法を使える事はギリギリになるまで隠した方が良いのかもしれない。

テリウス以外に人の住む地を発見しただけでも自分にとって驚きだったのに、更にはこんな所まで違っているのだとは思わなかった。
それとも三百年近く生きている間に、世間はそこまで変わってしまったのか。
どちらにしてもセネリオは呆然とするばかりだ。
世間に対しさほど興味が無くなったのがアイクが死んでからなので、実際は二百数十年程度だが……。
それだけでこんなに変わってしまうものなのか、寧ろ異世界にでも来てしまったのではないかと、少し混乱しかけていた。

何とか平静を保って仕事に付いて行き、数件を回った後で道具屋の荷物を預かり、今は事務所で仕分けしている所だ。
今回の荷物は大して多くなく、遠出はしなくても良さそうらしい。


「まあセネリオさんも初仕事だし、丁度良い距離だろうな。荷馬車で回って2、3日って所だ」

「……あの、僕がやる事は何かあるんですか?」


そもそもの目的は弁償なので、セネリオが働かなければ話にならない。
荷物に関しては積み下ろしや仕分けを手伝えたが、配達に関してセネリオは何も出来ない訳で。
荷馬車を操れなければ地理にも疎く力仕事も不得手な上に、魔法を扱うのは危険なため野盗と戦うのも難しい状況。

……いや、出来ないなら出来るように教えて貰うべきなのだろう。
誰かから与えられなければ自分からは何もしないなんて事は、アイクと出会った時から終わりにしたのだから……。


「アルフォード、この大陸の地理を教えて下さい。出来たら荷馬車の操り方も。それで少しはお手伝いが出来ます」

「ああ。じゃあ今回の配達で行く所を教えよう。大陸の地理より配達先の住所と名前を一致させる方が大変かもしれないが、覚えると楽だから」


そういった事は得意分野。
分かりました、お願いしますと頭を下げ、さっそく教わり始めた。


++++++


翌朝、前日までにすっかり準備を整えたアルフォードとセネリオは、荷馬車に乗って出発した。
一晩で今回の配達先の地理と住所を覚えてしまったセネリオに、アルフォードは感心するばかり。


「セネリオさんって頭いいんだな。頼りになりそうで助かる」

「まあ、元はと言えば僕が像を壊してしまったのですから、弁償の為に役に立たなくては」

「それもそうか。でも何にせよ俺は、頼りになるパートナーが出来て嬉しいぞ。しかも美人だし」

「か、からかわないで下さい。僕は男です」


照れくさくなって、顔を背けつつ強めに言う。
この心地良い状況は一体どうした事かと、セネリオはただ戸惑っていた。
どうにも感情を持て余してしまい、白い幌が張られた荷台へ入り込む。

楽しい、心地良い、まるでアイクと共に居るようで心が安らいで行く。
安らぐばかりか、幾分かのときめきさえ覚え始めていて、自分の情けなさに泣きたくなった。
やはりアルフォードにアイクを重ねてしまう事は避けられないようだ。

そうして荷台に隠れていたセネリオへ、アルフォードが軽めに声を掛ける。
きっと深刻な事など何も考えていないであろう、明るい声音。


「そう言えばセネリオさんは、何で旅をしていたんだ? 何か目的でも?」

「……いいえ、目的は特にありませんよ。ただ流れているだけです」

「いつから? 折角こうして一緒に過ごす事になったんだ、お互いに知り合うのも悪い事じゃない」


言ったら彼はどう思うだろうと、セネリオは不安に駆られてしまう。
(おそらく)この大陸にはいないであろう種族の血が混じっている事や、三百年近く生きている事、魔法を使える事、そしてアルフォード瓜二つの男性と恋仲だった事。

有り得ないと笑い飛ばすだろうか、嫌悪を示して離れて行くだろうか。
どちらも充分に有り得るし、こうして他人の反応を気にするという事は、心のどこかで相手に嫌われたくないと思っている証だろう。
何も言えなくなって、どうにか絞り出したのは自分からの拒絶だった。


「人には……知られたくない過去というものもあるんですよ。あまり土足で踏み込まないで下さい」

「……そうか、そうだな。すまん、今の質問は忘れてくれていい。ずかずか訊いて悪かった」


少し沈んだアルフォードの低い声。
まるでアイクを自分から拒絶したようで、セネリオは少し冷や汗を流した。

だがきっと、これでいい。
下手に彼とアイクを重ねすぎて深い感情を抱くよりも、一定の距離を保ちつつ過ごし、余計な感情を抱かないのが吉だ。
アルフォードはアイクではない、セネリオの特殊な環境を知れば離れて行くかもしれない。
もしアイクと瓜二つの彼から拒絶や侮蔑の言葉を聞いてしまったら、耐えられる自信がない。
だから決して、深い感情、取り分け愛情を覚える訳にはいかないのだ。


「(本当に僕は、アイクの見てくれにしか興味が無かったんだろうか。容姿や声が同じでも、彼はアイクではないのに……)」


油断すればすぐにでも彼に縋りそうで、泣き付いてしまいそうで、どうにも落ち着かなかった。
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