トモダチの島


※3DSのゲーム『トモダチコレクション新生活』の舞台設定ですが、知らなくても読めます※



どこかの世界、周囲を海に囲まれた小さな孤島。
その島には大きなマンション一つと幾つかの店舗、すぐ傍の離島には遊園地や喫茶店などがあり、実に様々な人達が元の世界なんて気にせず楽しく暮らしていた。
今日からこの島で暮らす事になった、ヘクトルとエリウッドの二人。
先に島で暮らしているロイ達から、必要な物は島で揃うと聞いたので、特に荷物も持たずに来てしまった。


「誰も居ないな……ロイが迎えに来てくれるって言ってたんだけど」

「取り敢えずあの嫌に目立つ建物がマンションだろ?寒いしあそこ目指そうぜ」


ヘクトルの言う通り、もう12月も目前な島の風は非常に冷たい。
船を降り、マンション目指して波止場を進む二人。
その途中、道の上から通り掛かった砂浜に誰かが居るのが見えた。
待ち合わせだろうか、一人が突っ立っていた所にもう一人が歩いてやって来る。
何気なく見ていたエリウッド達は、とんでもない現場を目撃してしまった。


「あなたの瞳は、この海より輝いています。付き合って下さい」

「………!?」


思いっ切り見てしまった、他人の告白シーン。
慌てて走り去る直前、ふわふわした薄い茶髪の少年が「ごめんなさい」と断っていたような気がしたが、ここは聞こえない振りだ。
……しかし今の、二人とも男だったような……?


「来て早々凄いものを見てしまった……」

「しかし随分……自由な島なんだな、ここ」


気を取り直し、階段を上がり坂道を登ると、マンション前にちょっとした広場。
綺麗な噴水もあって良い場所だと思っていると、その噴水の縁に見知った少年が腰掛けていた。
がっくりと項垂れ、落ち込んでいる彼はロイである。
声を掛け難い雰囲気に戸惑っていると、向こうが気付いて声を掛けて来た。
その声も元気が無く、迎えの約束をすっぽかした事を責められる雰囲気ではない。


「あれ、エリウッドにヘクトル……何でここに?」

「いや、今日来るって連絡しておいたんだけど。まさか忘れてたのか?」

「へ……。あ、そうか、今日だったっけ、うん」


まだ元気が無い。
これは相当辛い事があったと思われ、ここまで落ち込んでいると逆に声を掛けようという気になって来る。
ヘクトルが進み出て、どうしたんだよと訊ねた。あくまで軽めに、話し易いよう何でもない感じで。
ロイは少しの間、生気の抜けたような目をヘクトルに向けていたが、やがて立ち上がると急に勢いを付けてヘクトルに掴みかかり……。


「マルスに振られたァァァァァァァ!!」

「は?」

「リンクがさ、マルスに告白してさ、あっさり振られてさ、ザマァwwって思ってさ、チャンスだと思ったから僕も告白してさ、そしたらOK貰ったんだ!」

「……振られてねぇじゃん」

「破局したんだよあと一歩で結婚だったのにマルスからの気持ちが『ちょっと不満』の時にトモダチマークが出てその時にセーブしてなかったんだよセーブしてたらリセットしてやり直せたのにァァァァァァァァァァ!!」

「落ち着け、分かったから落ち着けロイ!」


興奮して意味の分からない事まで叫び始めるロイを宥めながら引き離す。
新しい生活を始めるため意気揚々と島に来たのに、他人の色恋の破局をいきなり二つも目撃してしまった。
これからの生活を思いやり、エリウッドとヘクトルは早くも気が滅入りそうである……。

やがて落ち込んでいたロイが紅茶を飲んで空の彼方へ飛んで行き(来て早々疲れるので突っ込まない)、戻って来た時にはすっかり元気になっていたので、早速案内してもらう事に。
マンションに住むには、まず役場で住民登録をしなければならないらしい。
そこでロイがアドバイスをくれると言うのだが。


「エリウッド、性別の欄は女って書いた方がいいよ」

「……は?」

「当然ヘクトルと結婚するつもりだと思うから教えておくけど、この島、同性での結婚は認められてないんだ。でも住民票上の性別が異性なら結婚できるから」

「ちょ、ちょっと待った!」


かなりおかしい事を言っている筈なのに、ロイがさも当然と言わんばかりに話すので頭が付いて行かない。
性別を偽るなんて違法じゃないのかとか、言いたい事は色々とあるが取り敢えず今は一つだけ訊きたい。


「僕とヘクトルが、何だって?」

「好き合ってるんだろ。なぁヘクトル」

「もちろんだ!」

「ちょ、ヘクトル!」


未来の息子に知られているとは、あまりの恥ずかしさに消えてしまいそうだ。
ロイにそう言ったら、マルス達も皆知ってるよと言われ、本気で人生に一つの幕を下ろした気分に。
ロイが言うには、この島ではその制度を利用してかなりの数の者が同性結婚をしているらしい。
しかも何の奇跡か、子供まで授かっていると言うのだから驚きだ。

からかうような顔のロイとニヤつくヘクトルに言ってやりたい事は山程あるが、折角元の世界では出来ない事が出来るのだから素直に性別欄を女にしておく。
手続きは無事に完了し、ヘクトルには1001号室、エリウッドには1002号室が与えられる事になった。


「壁紙や家具、服や食い物とかは、何か紙にでも書いて管理人が住んでる101号室のポストに入れとけば調達してくれるし、バイトして金貯めて自分で買いに行っても良いよ。毎日一回、島のために募金しなきゃならないからそれだけは覚えといて」

「お金は結構持って来たから余裕はあるけど、アルバイトか……。やった事ないから少し楽しみだよ」

「言っていられるのも今のうち!」

「何だそれ」


ロイに引き続き案内を頼み、マンションのエレベーターへ向かった。
……と、エレベーターの扉の前に一つの人影。
扉が開くのを待っていたのはマルスだった。
途端にロイと気付いて振り返ったマルスが硬直し、お互いに、ようとかやあとかぎこちない挨拶。
エリウッド達も来たんだ、とマルスが言った所でエレベーターが到着し、乗る気だったのに見送るのもおかしいので、ロイ達も乗り込む。
密室の箱の中、四人を気まずい沈黙が覆った。


「あ、じゃあ僕、7階だから……。エリウッドもヘクトルも、部屋に遊びに来てね」

「ああ、また」

「俺達は10階だ。お前も遊びに来いよ」


ロイの存在が見えなかったかのように振る舞い、マルスは下りて行った。
ロイだけではない、マルスも悲しさを押し殺したような顔をしていた。
マルスに一方的に振られたかのようにロイは言っていたが、実はお互いに未練があるのではと思われる。


「ロイ、彼は……」

「さ、10階に行こう。いつまでもエレベーター止めてたら迷惑だから」


何も言いたくないとばかりにエリウッドを遮り、ロイは“閉”のボタンを押す。
友達にすら戻れていない二人が関係を修復するには、まだまだかかりそうだ。

案内された部屋はかなり殺風景で、ろくな家具すら無い場所だった。
ロイが言うには誰の部屋も最初はそんな感じで、インテリアを買えば簡単に部屋ごと模様替え出来るそうだ。
カタログから選んで管理人に頼もうかと思ったが、所持金もそれなりにある上引っ越して最初の買い物なので、自分達で買う事に。

そんな訳で、エリウッド達はロイと別れてインテリア屋へ。
その途中、結婚した者がマンションと二件持ちで暮らす住宅地が見えた。
丘の上にあるインテリア屋へ向かう道すがら、視線を送ると様々な家族の姿。
……その中にとんでもない姿を見つけ、エリウッドとヘクトルはまた驚く。


「リーフとエフラム!?」

「えっ……。うわああ、エリウッドとヘクトル!」

「お前らも来たのか」


エリウッド達の知るエフラムとリーフはいつも喧嘩ばかりしていたが、結婚した夫婦にしか与えられない筈の一軒家に住んでいるという事は……。
リーフは、違う冷やかしに来ただけと焦りながら言い、エフラムはどことなく気まずそうにしている。
後でロイにでも真相を聞けば良いと、ここは挨拶だけして通り過ぎる事に。
……リーフが赤ん坊を抱いていたのは見なかった事にしよう、そうしよう。

丘の上にあるインテリア屋に着き中に入ると、そこにはまた見知った顔。
アイクが部屋の内装を眺めていて、隣には黒髪の……少女?少年?……とにかく黒髪の年若そうな人が居る。


「よおアイク久し振りだな、元気にしてたか?」

「ヘクトル、エリウッド。お前らも来たんだな」

「アイク、お知り合いですか?」


黒髪の子がエリウッドとヘクトルに視線を送る。
こことは違う異世界で知り合った俺の友人だ、とアイクがエリウッド達を紹介すると、黒髪の子は、僕はセネリオと申しますと淡々と言って頭を下げた。
弟さん? 妹さん?
いやどっちにしても逆だと失礼だから友人かどうか訊こうか、なんてエリウッドが考えていると、アイクの方から紹介して来た。


「こいつはセネリオ。俺の軍師を務めてくれててな、今は俺の妻なんだ」

「…………」


俺の妻。
何の臆面も無くそう言うアイクが、似合わない筈なのに何故かあまりにも似合い過ぎていた。
数秒だけ呆然としたエリウッドとヘクトルだが、先に我に返ったヘクトルが負けじとアイクに言い返す。


「こ、こいつはエリウッド。俺の親友でな、今は俺の妻なんだ」

「どさくさに紛れて張り合うなっ」


エリウッドはヘクトルの脇腹を小突く事を優先し、セネリオが黒いロングのいかにもなメイド服を着ている事に突っ込めなかった。
まさかアイクの趣味なのだろうか、これがまたセネリオに似合うので、どう反応して良いか分からない。
さてどうしようかとエリウッドが考えを巡らせていると、またヘクトルが余計な一言。


「なあアイク、お前ってまさかロリコン?」

「ちょ、ヘクトル!」

「違うぞ、第一セネリオは……」

「僕は男です。アイクをその辺の変態と一緒にしないで下さい」

「じゃあショタコンか? って言うか何でメイド服着てんだよ」

「俺がセネリオに頼んだ。似合うと思ってな、予想通りだ。いかにもコスプレと言いたげなミニのメイド服より、こういうシックで本格的なロングのメイド服の方がそそられる」


……アイクの言っている事は変態じみているのだが、セネリオがこちらを殺しそうな勢いで睨むので黙る。
これ以上ヘクトルがボロを出さないうちに挨拶して別れ、疲れながら部屋の内装を選ぶエリウッドだった……。

不思議な仕組みとやらで、買った内装はすぐさま自分専用にストックされ、自室に居ればいつでも一瞬で模様替えが可能らしい。
エリウッドはアンティークが随所に置かれた落ち着いた部屋、ヘクトルはまるで木の上の秘密基地のような遊び心溢れる部屋。
お互いの部屋を確認し、手荷物程度の少ない荷物を片付けて、息を吐く。


「今日から新しい生活だね。改めて宜しく、ヘクトル」

「今更改まるなよ、俺とお前の仲じゃねぇか」

「言っておきたいんだ」


ふと思い出すのは、同性だろうが構わず結婚し、子まで授かっていた先駆者達。
あの後アイクに訊いたらセリスも来ているらしく、なんとアイクとセネリオの間に出来た男子と結婚したのだとか……凄い事態だ。
子供はあっという間に成長し、その後は時が止まったかのように若いまま。
しかも他所の世界から来た人々も、ぴたりと成長や老いが止まるらしい。


「なあエリウッド、俺達も結婚しちまうか?」
「いや、まだいいよ」

「何で」

「何と言うか、この島では夢が叶い過ぎて……少し怖いんだ」



子を成して元の世界に連れて帰る夢は叶わなさそうだが、誰にも憚らず同性で結婚できるし子供も作れる。
元の世界でエリウッドが夢見ていた事が、いとも簡単に叶ってしまう世界。
急ぎ過ぎると、すぐに壊れて泡となり消えてしまいそうな気がする。

だからゆっくり歩みたい。少しもどかしい、友達から始めましょうぐらいで良い。
俺らずっと昔から友達だろと笑いながら言うヘクトルに対し、エリウッドは少し寂しそうな笑顔を見せる。


「だから、さ。ここで新しい生活を始めるんだし、また友達から始めよう。昔からの付き合いみたいに、長く一緒に居られるように」

「……分かったよ。じゃ、今日から宜しくなエリウッド」


どちらともなく手を差し出し、握手を交わす。
親友である二人にしては少しよそよそしい気もするが、これで構わない。
また新しく、最初から始めるのだから。
長く一緒に居る為に。


しかし。


「……なにこれ」


ヘクトルとエリウッドに渡された“トモダチリスト”とやらには……衝撃の事実か書き込まれていた。
エリウッドとヘクトル、どちらも……。

『誰とも関係を持っていません』


「おいエリウッド、これガチで『友達“から”始めましょう』じゃねぇか!」

「……ごめんヘクトル、初日に友達出来た」

「俺が一番目じゃねぇのかよおぉぉぉ!?」


島に住み始めて一週間、結局ヘクトルとエリウッドはシステム上、まだ友達にすらなっていないのだった……。

先が思いやられるが……時間はたっぷりある事だし、ゆっくりと仲を深めて行けば良いだろう。
初心を思い出しながらの付き合いも、悪くない。


「ヘクトル、新しく出来た友達が“トーフ”とかいう食材で作った料理を食べさせてくれるらしいから、お邪魔して来るね」

「……順調に溶け込んでるなお前……」


…………多分。




-御愁傷様END-
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