在りもしない永遠


父上が愛した人は、唯一母上だけだと思っていた。
だがら仕方の無い事だと、この想いをずっと閉じ込められていたんだ……。
でも、そうじゃないと知ってしまった。
それから僕は自分の想いを表に出したくなってしまって、そして、父上が母上以前に想いを寄せていたあの方への尊敬の感情に、確かな嫉妬と憎しみが混ざって行く。
大事な幼なじみの父親だというのに、以前は尊敬ばかりだったのに、いつの間にか憎んでいる自分が嫌になってしまう。

小さな頃、初めて僕がオスティアに行った時、父上はその方と本当に久し振りの再会だったそうだ。
オスティア候ヘクトル様……父上の幼なじみで大親友だというあの方。
仲の良さそうなお二人の様子に僕も嬉しくなった記憶は確かにあった。
あのとても仲の良さそうな様子が、笑顔が、幸せそうな雰囲気が、まさかそんな理由だったなんて。

知ったのはヘクトル様の葬儀の後。
成長するにつれ父上とヘクトル様の関係に疑問を持つようになった僕は、葬儀で涙を流す父上の様子に我慢が出来なくなってしまった。
全てが終わってフェレへ帰り着いた後、僕は思い切って父上に問う。


「……父上」

「何だい、ロイ」

「父上はヘクトル様の事、愛されていたんですか?」


成長した今なら分かってくれると思ったのか、彼が死んで力が抜けたのか。
父上は僕の質問に全く動じる様子も無く、穏やかに微笑んで答えた。


「そうだね、愛していた。もう30年も昔からずっと」

「……そんなに昔から……ずっと、ですか?」

「ずっと、だ。20年前に叶わなくなってしまったが」


フェレの跡を継ぐ事になってからだろうか。
30年も前なら父上も7歳か8歳の子供だと思うのだけど、それを正直に言ったら父上は笑った。
その当時は自覚なんて全く無かったけれど、振り返るとその時の出会いが全てのキッカケだから。
そう言って少し寂しそうに微笑む父上は、見ていると胸が高鳴ってしまう。

僕の想いを父上に告げたらどんな反応をされるか。
母上が唯一愛した人ではないのなら、僕がこの想いを告げても許されるのではないだろうか。
受け入れられる事は無いだろうけれど、伝えるだけなら問題なんて無い。
そんな結論に辿り着いた僕は、我慢が出来なくなって父上に想いを告げる。


「父上、僕も、父上を、あ……愛しています!」

「……」

「父上としてではなく、ただ1人の人として……」


どんな感情や思考が浮かんだのか、父上は一瞬だけ真顔になったけど、すぐに先程までの優しい笑みに表情を戻した。

相手にされていない。
瞬時に、そう直感した。

父上は僕を息子として十二分に愛して下さっているけれど、1人の男として愛して下さるつもりは欠片も無いみたいだ。
優しい笑顔、優雅な動作……いつもと変わらないそれは平常心だと示す。


「有難う、ロイ。だけど私にとって君は息子だ。とても愛しい、自慢のね」

「……喜びませんよ」

「子供だな」


褒め言葉に喜ばない事で子供扱いを避けようと思ったけど、どうやら父上には逆効果だったらしい。
あまりにあっさりと終わってしまった積年の恋は、僕に悲しさより先に空しさを運び茫然とさせる。
涙も胸の痛みも無い。
多分あとで悲しみに襲われて泣くだろうけど、それより今は目の前の父上に夢中になってしまう。

黄昏の光が窓から入り込んで来て、黄金に染まる中に佇む父上の姿。
それがぼやけて、酷く曖昧で消え去ってしまいそうな物に思えて来た。


「父上は、僕を置いてどこかに行かないで下さい」

「努力するよ。だが命はいつか消え去る物だからね」

「分かっています。それまでの時間を長くして欲しいんです。せめて父上の傍に居させて下さい」


真っ直ぐに見つめて、父上へそう告げる。
太陽は沈み行き、ぼんやりと曖昧で消え去りそうだった父上も元に戻った。
愛しい人を置いて行くのも置いて行かれるのも、どちらもまっぴらだ。
父上も同じ気持ちか、視線を窓の外へ移し、輝き始めた星空を見上げる。


「……ずっと傍に居るよ」


いつか消え去る命を、少しでも長く大事に守って。
理不尽な避けようの無い別れに何度も涙して。
それでも人は、在りもしない永遠を誓って生きていく。




‐END‐
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