たいした事じゃない
魔道書を捲った瞬間、セネリオの右手の指に妙な感覚が走った。
見てみれば捲った時にページの端が触れていたらしく、第一関節の上、人差し指から薬指にかけてが横に切れている。
じわじわと来る痛み、滲んで流れる血に顔を顰めてハンカチを傷に当てた。
そのまま魔道書を捲ろうとすると痛みが広がり、溜め息をついて暫く押さえている事にするが。
「セネリオ、ちょっといいか」
突然、ノックもせずにアイクが部屋の扉を開けた。
これまた何の遠慮も無くずかずかと部屋に入って来るのだが、セネリオは気を悪くするどころか笑顔で彼を迎え入れる。
「アイク、どうなさったんですか?」
「ちょっとな……ってお前、どうかしたのか」
「指を紙で切っただけです。大丈夫ですから」
痛みはあるし出血もするが、本当に大した事は無いので笑うセネリオ。
だがそうやって目を向けたアイクが、厳しい表情をしているのが目に入る。
「ア、アイク……?」
「手、切ったのか」
その表情と重苦しい声音に怒られた気分になり、セネリオは萎縮しながらも小さく頷いた。
指の痛みを忘れそうな程心臓が高鳴る。
「何をしていて切ったんだ……その魔道書か?」
「はい。さっきページを捲ろうとした時に」
自身が座るデスクの上にある魔道書を指され、どうして怒られているんだろうと疑問になりながら答えるセネリオ。
怖くなって俯いた瞬間、アイクが一歩近寄った。
ハッとして顔を上げると彼の逞しい腕が延びて来て、セネリオの肩を掴む。
……と思ったら、アッサリと素通りして行った。
その手はそのまま、魔道書を乱暴に掴み……。
「セネリオに怪我を負わせる奴は、何者であろうとこの俺が許さん!!」
「待って下さい!!」
買ったばかりの魔道書を思い切り破られそうになって慌てて止める。
多少引っ張られながらも書を掴んだセネリオは、アイクの力が緩んだ隙に奪い返した。
驚いた顔で硬直するアイクを気にしながら、書の無事を確認する。
「何故だセネリオ、俺よりも自分に怪我を負わせた奴の方がいいのか!? ひょっとしてお前には、そんな趣味が……。どうして早く言ってくれなかった、してやったのに!」
「ありません! それにあなた以上の存在など僕には有り得ませんから!」
言い争いながらも微妙にノロケつつ、取り敢えず落ち着こうと息を整える。
そもそも魔道書と生物であるアイクを比べる気にもならないのだが、あれだ、仕事と私とどっちが大事なのって……。
いや、それは違うか。
「なるほど、セネリオは痛いのが好きと」
「どうしてそんな結論に辿り着くんですかっ! 本当に違うんです!」
本当はそれが言いたかったのではないかと思える程、話を逸らすアイク。
食ってかかるセネリオを難なくかわし、不思議そうな顔で疑問符を浮かべる。
「……しかしそれじゃあ、どうやってお前に痛い思いをさせずにセッ……」
「そーれーとーこーれーとーは! 話が別です!」
「そうか、そうだな。それは痛いだけじゃなくて気持ちいいからな」
どうしても話をそちらへ持って行きたいのか……。
やはり本当はそんな事が言いたかっただけなのかもしれない。
溜め息を吐きつつ、でも実は結構嬉しかったりするセネリオは、右手を自分の口に当てようとして切り傷を思い出す。
それにアイクも気付き、ようやく本題に戻った。
「セネリオ、右手の傷、大丈夫か?」
「……はい、この程度の傷、大した事ではありません」
……本当に、大した事じゃない傷だった。
*END*
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