Gradeup Darling!


べたべたべたべたと鬱陶しい。
何がって、アイクがである。

普段の彼はストイックなイメージしかなく、戦いに身を置く硬派な男前という評価を付けられる。
が、マルスと付き合い始めてからどうもおかしい。
そもそも恋愛に微塵も興味が無さそうな彼に告白されたこと自体、マルスにとっては信じ難いものだった。
幸いマルスの方も彼を憎からず思っていたため、晴れて付き合う事になった訳だが。

隙さえあらば、べたべたべたべた。
四六時中問わずにひっ付いて来るので非常に鬱陶しい。
さすがに乱闘中や食事中などは自重するものの、それ以外で一人の時間など皆無に等しかった。


「……アイク、頼むから離れてくれないか」

「どうしてだ」

「鬱陶しいんだ」

「だが俺はもっとマルスと一緒に居たい」

「いやもう充分だろ! これ以上どう一緒に居るっていうんだ!」

「あとはトイレか……」

「さすがに引く」

「さすがに冗談だ」


果たして本当に冗談だったのか判断はつかないが、自分の心の健康の為にも冗談だと思っておく事にする。

マルスは親密の最高パターンが(想い合った上での)体の関係だと思っていて、それは既に実行しているので、もう打ち止めのつもりでいた。
ここからは関係をこの水準のまま保ち続けられればいいなと……。
そんなささやかな願いだけを持っていたのだが。

それで物足りなかったらしいアイクが信じられない。
たとえ恋人が出来たって、自分の時間は大事にするべきではないのか。


「ゆっくり本を読ませてくれ、たまには一人の時間をくれ」

「本なら俺にくっ付かれてても読めるだろ。黙ってるから一人と変わらんし」

「苦しい、暑苦しい、鬱陶しい!」

「俺の事が嫌いなのか……?」

「極端なんだよ君は!」


少々力の抜けたアイクを振り払い、引き留められないうちに自室へ駆け戻るマルス。
捕まれば力の差で抜け出すのはほぼ不可能だが、何かの拍子にこうして抜け出せれば、足の速いマルスに分がある。

戻る途中、ピットに出くわした。
慌てて走って来たマルスに驚いていたものの、すぐ事情に思い当たる。


「またアイクさんですか」

「正解……。一体どうしてああなっちゃったんだ。前までの彼はあんなんじゃなかったよね?」

「じゃ、なかったですねー……。やっぱり鬱陶しいですか?」

「鬱陶しいったらない。どうにか彼を落ち着かせられないかな」

「……それなら、これは噂話なんですけど……」


ピットが内緒話をするように声を潜めてマルスを手招く。
それに応えて近寄り耳を傾けたマルスに、とある情報を教えた。


+++++++


「珍しいな、お前の方から二人で出かけようと言い出すなんて。しかも俺の服も見繕ってくれるとは良い嫁だ」

「誰が嫁だよ」


とある天気の良い昼間、マルスはアイクを誘って二人で出かけた。
行き先は彼らファイターが暮らすピーチ城からそう遠くない、小高い山の一つ。
……歩いている最中も構わずくっ付こうとして来るため非常に鬱陶しかった。
手を繋ぐだけなら構わないのに、限度を知らないのだろうか。

ちなみに、あまり服装に気を遣わず普段の戦闘服で出掛けようとするアイクを、無理矢理ラフな服に着替えさせたのだが……理由がある。
この山にある、とある場所の事をピットに聞いたからだ。


『いいですか、あの山の中腹辺りに洞窟があります。そこを抜けると花畑があって、中央に綺麗な泉があるそうなんです。その泉にアイクさんを突き落としてみて下さい』

『……は?』

『噂ではその泉に物を落とすと、女神様が現れ取って来てくれるらしいんです。そこで落とした物を正直に答えると、より良い物をくれるんだとか』


アイクは物じゃないとか、それってよく聞くおとぎ話じゃないのかとか、色々と言いたい事はあったがもうどうでもいい。
アイクの行動に困っているのは事実なのに解決策が見当たらないので、この際 藁にでもおとぎ話にでも縋っておきたい。
アイクは泳げるし重い装備の無いラフな服装なので、たとえ噂話が嘘でも溺れる危険は無いだろう。

連なる山々の一つ、特に何の変哲も無い山。
言われた通りに登ると確かに中腹に洞窟があった。
そこを抜けると……。


「うわ、綺麗な場所……!」

「こんな泉があったのか。特徴も無い山だから分からなかったな」


咲き乱れる色とりどりの花に、木漏れ日が天使の階段のように降り注ぐ。
それこそおとぎ話のような風景は、あれだけアイクを何とかしたがっていたマルスが、当初の目的を忘れて本当にアイクとのデートに変更しようかと思ったほど。

が、ここでやめては事態がなあなあになると思い、マルスは意を決して当初の目的に取り掛かる。


「アイク、ちょっとこっちに来てくれないか」

「ん?」


泉の縁へ行き、手招きしてアイクを呼び寄せる。
何の疑いも無く近寄ったアイクを自分が居た場所に立たせると……。


「隙ありぃぃぃぃっ!!」

「うおお!?」


渾身の力を込めて突き飛ばした。
突然の事に対処が遅れ、そのまま泉へ落ちるアイク。
勢い余ってマルスまで落ちそうになったものの、何とか踏みとどまる。


「さあ、出て来てくれ女神様!」


こうなったらヤケだ。
失敗してアイクにお仕置きタイムへ持ち込まれても後悔はしない!

するとそんなマルスの叫びに呼応するかのように、泉が泡立った。
すぐさま泉から誰かが出て来て、気を失ったアイクが二人、それぞれ両側に浮いている。
しかし、その“誰か”は。


「……え、パルテナ様?」

「あなたが落としたのは、こちらのスーパーダーリンなアイクですか? それともこちらの、何でも言う事を聞いてくれる奴隷M攻めなアイクですか?」

「あの、パルテナ様ですよね」

「あなたが落としたのは、こちらのスーパーダーリンなアイクですか? それともこちらの、何でも言う事を聞いてくれる奴隷M攻めなアイクですか?」

「何なさってるんですか、アルバイトですか?」

「あなたが落としたのは、こちらのスーパーダーリンなアイクですか? それともこちらの、何でも言う事を聞いてくれる奴隷M攻めなアイクですか?」

「え、いえ、その、ですから……」

「あなたが落としたのは、こちらのスーパーダーリンなアイクですか? それともこちらの、何でも言う事を聞いてくれる奴隷M攻めなアイクですか?」

「…………」


駄目だ。こちらの話は聞いてくれなさそうだ。
ピットから話を聞いた事とパルテナが出て来た事からして、グルの彼らに騙されていると判断できるが、実際にアイクが二人居るしセオリー通りの事が起きている。
ここまでしたのだ、嘘でも冗談でもノっておきたい。


「いいえ、僕が落としたのは強くて格好いいけど普段とのギャップが凄まじくて自分勝手なウザ鬱陶しいアイクです!」

「正直でよろしい。あなたにはお望み通り、硬派なアイクを授けましょう」


パルテナの両側で浮かんでいるアイクとは別に、泉の中からザバーっとど派手に3人目のアイクが浮上した。
それをどうやってかマルスの方へ放り投げると、パルテナ……いや、泉の女神は水中へ沈んで行った。

息は出来るのだろうか。寒くないのだろうか。
まあ神様だから大丈夫だと放っておく事にして、マルスは気を失っているアイクを揺り起こす。


「アイク、アイク」

「う……?」

「大丈夫かい? 君、泉に落ちてしまったんだよ」

「そうか……すまんな」


いけしゃあしゃあと言って、アイクの背中をさするマルス。
前後の記憶が無いのかアイクは疑いもせず、マルスに礼を言っている。


「迷惑を掛けて悪かったな。いつか埋め合わせするから今日は帰ろう」

「そうだね」


マルスに猛アタックする時とは違う、ぶっきらぼうな印象の顔と声。
少しゾクゾクしてしまう程のそれにマルスは成功を確信する。
間違いない、ピット達がグルでも何でも騙された訳ではなさそうだ。
城へ戻る道すがらも、アイクはマルスへ必要以上に密着しない。
往路とは大違い。これは完璧に外的イメージ通りのアイクだ……!

城へ戻りピットとパルテナに礼を言って(パルテナはしらばっくれていたが)、夕食後にファイターの仲間達とサロンで寛ぐ一時。
だが周りのファイター達は、明らかに今朝までと違うマルス達の様子に唖然としている。


「お、お前ら喧嘩でもしたのか……?」

「いいや?」


訊いてみたものの、喧嘩をしている訳ではないだろうと仲間達も分かっている。
いつもと違いアイクがべたべたマルスにひっ付いていないものの、ソファーに並んで座っているし、マルスはにこにこと機嫌が良い。
これで喧嘩中ならとんだバカップルだ。

やがて大浴場の準備が整い入浴時間になっても、明らかに前日までとは違うやり取りを繰り広げる二人。


「はー……早く風呂に入りたい」

「今日はそこそこ歩いたからね。っていうかアイク、帰った後ちゃんと拭いた? 風邪ひくよ」

「拭いたし着替えてるだろ。やむを得ない状況でもあるまいし、ずぶ濡れで飯食う訳にもいかん」


至って普通の会話に至って普通の距離感。
いつもならばアイクがマルスと二人きりで風呂に入りたがり、他の仲間達が全員上がってしまうまで、さっさと入浴したいマルスを引き止めている筈なのだが。
当然、着替えているマルスをアイクが凝視する事も無ければ、入浴中に追い縋って密着しようとする事も無い。

その後、寝るまでの時間をまったりと自室で過ごすのだが、マルスが本を読んでいてもアイクは全く邪魔をする事なく、念入りに剣の手入れをしている。


「(こ、これだ……これこそ僕の望んでいたものだ! ちゃんと距離感のある落ち着いたカップル……!)」


感動に胸が打ち震えるマルス……だが。
あれからアイクは全く触れて来ようとしないし、素っ気なさが過剰のように思えて、何だか……。

少し、寂しい……?


「(いやいやいや、これは僕が望んだ事だからね。大丈夫大丈夫。それに僕とアイクが付き合ってるっていう事実までは消えてないし)」


ここで自分が心を揺らがせては仕方ないと、マルスは首を横に振る。
するとその様子が目に入ったのか、アイクが心配そうに声を掛けて来た。


「マルス? どうした、何かあったのか」

「いや、何でもない」

「……具合が悪いとか、そういう事は無いんだな?」

「無い無い。心配させたんなら悪かったね。元気だから大丈夫」


あああ、格好良い。そうそう、この硬派な感じ硬派な感じ!
と、満ち足りた顔で満悦するマルス。
アイクはそんな彼の様子に、本当に問題は無いと判断した。

……判断し、行動に移った。

マルスはベッドの縁に座って本を読んでいたのだが、アイクはそれを実に自然な動作で押し倒す。


「へっ?」

「もう夜も更けたし良い頃合いだ。やるぞ、マルス」

「……な、何を?」

「カマトトぶるな。分かってるだろうが」


この場所、体勢。
いくら今のアイクが硬派だからといって、まさかこの状況から乱闘に持ち込む訳ではないだろう。
しかし折角パルテナにアイクを硬派にしてもらったのに(?)、結局こうなってしまうのでは意味が無いのでは……。
と、そこでふとマルスは、ある事に思い至る。

本当に“硬派”ならそもそも、恋愛関係を持って付き合う……という事をしないのでは。

アイクは表面上は落ち着いてべたべたしなくなり、広義での“硬派”にはなっていた。
しかしマルスとの恋愛関係が無かった事になった訳でもなく。
そして更にマルスは、“硬派”が持つもう一つの意味を思い出す。


硬派(思想)とは、自分たちの思想や主義、意見などを強く主張して、時に過激な行動も辞さない態度を見せる一派を指す。
※うぃき先生のお言葉


「マルス、俺はな、一部の仲間(主に女)に説教されたんだ。いくら何でもマルスの意思を無視し過ぎだと」

「あー……えー……」

「言われて思い返すと確かに反省点が多々見受けられた。あまりにもお前の気持ちを無視し過ぎたと。悪かったな」

「は、はあ……」

「変わる切っ掛けを探していたんだが、タイミングがどうにも掴めなくて。そんな時にパルテナに提案された。名実共に生まれ変われと」


つまりグルなのはピットとパルテナだけでなく、アイクもだったと。
マルスがどんなタイプのアイクを求めているかを彼らから聞き、今まで好き勝手し過ぎた分、それを叶えてやろうと思ったそうだ。
そうしたらマルスの反応も良かったし、別に自分も無理している訳でもないし、案外 良い感じなのでこのままの関係で行こうかと思った……らしいが。


「だがやっぱり、俺はお前に密着したい。四六時中いつでも一緒に居たい。無理はしていないが物足りなさは感じているんだ」

「……」

「だから、夜くらいは俺の好きにさせろ。いいな」


懇願でも同意を求めている訳でもなく、完全に“確認”。
もう既に決めている事、拒否権は無いとばかりに強い瞳で見つめられる。

そんなアイクを見上げるマルスはというと。


「(あ……今までのベタベタした感じとは違う、野生動物的な強引さのアイク……。い、良いかも……)」


新たなアイクの魅力に、すっかり蕩け顔。

結局今までとは比べものにならないほど熱い夜を過ごしたらしい二人は、翌日から何故かマルスの方から密着するようになった。
過去のアイク程あからさまなベタ付きではないにしても、何かと理由をつけて一緒に居たがったりスキンシップしたがっている。
これからは今までのようにくっ付けないと思っていたアイクは、思わぬ収穫にすっかりご満悦だ。
ちなみに反省と宣言の通り、アイクの方からはそこまで密着しようとしなくなっている(夜除く)。

それまではマルスが鬱陶しがっていた為にバカップルの謗りは免れていたが、こうなっては周囲がうんざりするのも致し方ない。
いっそ諦める者も増え、二人のバカップル振りを生暖かく見守る目が増えた頃、面白くなさそうな顔をしたピットがぽつりと呟く。


「あーあー……。寂しくなったマルスさんに取り入って、そのまま略奪しようと思ってたのに、もう無理だなー……」

「それは残念でしたね」


側には誰も居なかったため独り言のつもりだったのに、返答があって心底驚いたピット。
振り返るとそこには、にこにことご機嫌顔のパルテナが。


「パ、パルテナ様……」

「あなたも泉に落ちてみますか?」

「はは……遠慮しときます」


結局 愛し合う恋人達は絆を深くし、めでたしめでたし、という訳だ。
これは余計な事したなあと苦笑しつつ、ピットは同じ空間に居ながら異空間に居るような二人を見ているのだった。




*END*
1/1ページ