いじわる


物心がついた時からずっと一緒に居た人だから。
だから、ずっとこのまま一緒に居るつもりだった。
その気持ちは今でも全く変わる事なく、むしろ以前より大きく育って、だから彼の言い分が分からなかったのかもしれない。


「ウォルトっ」

「あ、……ロイさま」


弓の手入れをしていたウォルトを捕まえて、ロイはその隣に座った。
どことなくウォルトの言葉に躊躇いのような物が見られたのは、きっと気のせいではない筈だ。


「もしかして、この前の事怒ってたりする?」

「い、いいえ! 怒るだなんてそんな……」


“ところでロイさま、もしよかったら、ぼくのほうからもそれとなく注意しておきますが”

“いや、もういいんだ”

“そ、そうですか? 気になりますね……”

“意外と近くにいるよ”

“え! ど どこです!? ……もしかして、ぼくですか?”

“うん”

“あっ、あんまりです、ひどいですよロイさま!”


乳兄弟として育った2人が直面した、主君と臣下の関係への変化。
ウォルトは「けじめ」をつけたがり、ロイはウォルトの変化を嫌がった。
様付けも敬語も、ウォルトからされるのは違和感が全く抜けない。


「ロイさま、ぼくは臣下としてロイさまのお側に居ます。ぼくは相応の身分を持っていませんから、臣下でもない限り易々とお側に寄れません」

「うん。だから様付けと敬語はやめられないんだね」

「分かって頂けましたか」

「頭ではね」

「……えーっと」


この間からロイは、頭では分かっているが感情が付いて行かないと、そればかり言って来る。
こんなワガママを押し通そうとするのも、ウォルトを相手にした時のみだ。
これって信頼されてるんだよなぁ……?
と自信なさそうに頭を掻くウォルトに、ロイはにこにこと微笑んでみせている。


「あの……ロイさま。ぼくはロイさまのお側に居たいんです。臣下の立場を捨ててしまったら、本当にロイさまのお側には居られません。ぼくは普段でも戦場でも、ロイさまをお守りしていたいんです!」

「意地っ張りだね」

「お、お互い様かと……」


再び困ったように頭を掻くウォルトを、ロイは面白そうに見ている。
ひょっとして遊ばれているのだろうかと、ふとした疑念がウォルトに浮かんだ。

様付けをして敬語を使い、臣下の立場を取るようになったウォルトへロイは以前、遠い人になってしまったようだと愚痴じみた言葉を零した事もある。
ロイはウォルトに友人として側に居て欲しかった為、臣下の態度をやめて欲しいと思っていた。
逆にウォルトは臣下をやめればロイの側には居られないので、側に居る為に臣下の態度を取り続ける。


「そんなご心配なさらなくとも、ぼくは生涯あなたにお仕えします。ずっとロイさまの味方です!」

「うん。ウォルトの言葉に嘘なんてない。おまえはそんな嘘は吐かない。小さい頃から一緒に居るんだから、分かるよ。頭ではね」

「ま、またそれですか~……」


力いっぱいロイの味方だと主張したウォルトは、相変わらずなロイの言動にへなへなと脱力する。
それを見つつ、相変わらずにこにこと微笑んでいるロイは、そのまま機嫌が良さそうに口を開く。


「うん、やっぱりウォルトは面白いよね」

「……えっ」

「今度からウォルトをからかう時は、この話題にしてみよう」

「えぇーっ!!」


思わず大声で叫んでしまい、とっさに口を押さえて辺りを見回すが、特に誰も気にしていない。
まさか、本当にからかわれていたとは……。

先程よりも更に脱力し、がっくりと膝をついて溜め息を吐くウォルト。
ロイがこんな事をして来るのも、気を許してくれているからこそだとは思うが、主君からこんな事を言われては心臓に悪い。


「ロイさま、お戯れも程々にしてください……」

「でも本心だよ、前から言ってる事も含めてね」


ウォルトに臣下の態度を取られるのは、理解できるが感情がついて行かない。
お互いの言い分がぶつかってお互いに理解も許容も出来なくなっていた。
だがロイは、以前ウォルトの真摯な言葉を聞いて考えを改めていた。


「たとえ地上の全てが敵となっても、ぼくはロイさまの味方です……だっけ」

「はいっ、その通りです!口調や呼び方が変わろうとも、その意志だけは昔から変わりありません」

「それが凄く嬉しかった。だからぼくも我が儘はやめて、ウォルトの気持ちを尊重したいと思うんだ」

「ロイさま……!」

「……でも本心では残念な気持ちだから、ちょっとくらい意地悪したくなるんだよ、分かる?」

「……そ、そうですねー……」


ロイの笑みに引きつったような笑いを返しながら、ちょっと簡単に肯定し過ぎたかと微妙な後悔が浮かんで来るウォルト。
だがそこは、ロイの味方だと主張した手前、腹を括ろうと思う。
これからも宜しくね、なんて言って差し出されるロイの手を、放す気のない心の中の手と共に握り返し、こちらこそ! と明るく微笑むウォルトだった。




*END*
1/1ページ