記憶の水底から
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カイリは小さな頃からずっと、東に広がる大海原と水平線を見て育って来た。視界を埋め尽くす青が綺麗で大好きで、いつか必ずあの世界に飛び込むのだと意気込んで。
まだポケモンを持っていない頃 本当に飛び込んで沖まで流され、レスキュー隊に救助される羽目になり、親からしこたま怒られたのはもう忘れたいが。
いや、そんなのはとっくに忘れた、事にしている。成長しトレーナーとなったカイリはもう、思う存分あの美しい世界に飛び込めるのだから。
「よし、行こうかホエルコ!」
相棒のたまくじらポケモンの背に乗って、大海原へ漕ぎ出すカイリ。
ホウエン本土も、海上にあるトクサネシティやルネシティも見えない場所まで来ると、ホエルコの背中に寝転がる。周囲は360度すべて水平線。上も下も青に包まれ、風と波の音しか響かない静謐の地はカイリの楽園。
「んーー、最っっ高! やっぱり海が一番よね、私もしかして前世は海生の水ポケモンだったのかな!」
テンションに任せて勢いで喋っているものの、本当にそうだったら良いのにと思う。それ程までにカイリは海を愛していた。
そして彼女が愛しているのは、美しい青に包まれた海上だけではなく。
「そろそろ潜ろうか。ホエルコ、“ダイビング”!」
指示を出すとホエルコの体が泡に包まれ、カイリを乗せたまま海中へと沈んで行く。ポケモンの技はバトルに使うばかりではない。
「この技の存在を知った時は神様に感謝したなぁ、居るかも分かんないけど。神様ありがとー」
気の無い感謝を適当に口にするカイリを乗せ、ホエルコは海底へ辿り着く。
この辺りはそれなりに深いが、海上の光が入り込んで来る位置ではある。外の世界に比べると恐ろしさや陰鬱さも付き纏う海中すら、カイリは心から愛し楽しんでいた。
「ホエルコ、好きにその辺ぶらぶらしちゃっていいよー」
相棒も楽しんでくれている海底散歩。お許しが出た事に目を輝かせたホエルコが思うままに進み始め、カイリはその背に再び寝転がる。
「(はー、本当に居心地いいなあ、揺り籠にでも揺られてるみたい。命は海から来たって主張もあるし、ただいまって感じなのかも)」
微妙な揺れに身を任せていると、なんとも気持ちの良い睡魔が襲って来る。うとうとし出したカイリはやがて、静かに舟を漕ぎ始め……。
寝たのか寝なかったのか分からない程の時間の後、突然ホエルコが焦ったような鳴き声を上げた。驚いて飛び起きたカイリがホエルコの様子を確認する前に目に入る、自分達を包む泡の上外部からこちらを見下ろす大きな影。
「は……」
ところどころ赤いラインの入った青い体、大きなヒレ、無機質な瞳。それらの特徴よりも真っ先に感じる規格外の威圧感。
バトルにはあまり縁の無いカイリですら、一瞬で分かる程の強大な実力格差。
「(ヤ、バ……)」
こんなポケモン、初めて見る。
いや、そもそもポケモンなのだろうか……海で時折 出会う凶暴なサメハダーやギャラドスにすら、ここまでの脅威を感じた事は無い。
ふと。こちらを見下ろして来る無機質な瞳をじっと見返していた(そもそも逸らせない)カイリの脳裏に過る、一つの単語。
この存在は、まさか。
「……か……み……さま……?」
瞬間、ホエルコが“とびはねる”技の勢いを利用し、凄まじい勢いで海面へ向かって急上昇した。我に返ったカイリが急激に遠ざかって行く海底を見下ろした時、聞いた事の無い声が届く。
『……見つけた』
「え……」
それが誰の声だったのか分かる筈も無く、気が付けば海の上。慌ててフライゴンを出すと移ってからホエルコをボールに戻し、急ぎミナモシティを目指して飛び去った。
街に戻ってからも、あの存在が気になってしょうがない。“見つけた”と聞こえたが、あの存在が放った言葉だろうか?という事は、あの存在はカイリを探している……?
「い、いやいやいや。さすがにあんな知り合いは居ないし、そもそもポケモンが喋る訳ないしね!」
そう自己完結しようとしても、気にせず忘れるなんて事は出来そうにない。こうなったらトコトン考えてみようと開き直ったカイリは、まずあの存在に会った事が無いか記憶を手繰ってみた。
「ここ数年は月に数回くらい海に出てたけど、“ダイビング”で潜り始めたのはここ半年くらいだっけ。何かあったかな……?」
そもそもあんな強大な存在に出会って忘れる訳が無いと思う。うっかり記憶喪失にでもなっていたら話は別だが、そのような事も無い。
「あれ、考えてたらあの『見つけた』って言葉が私宛じゃない気がしてきたぞ。ちょっとホエルコ出て来て! ……あのヒト知り合い?」
ボールから出して訊ねてみるが、彼はふるふる首(というか首など無いので丸い体全体)を横に振る。
他にポケモンは出していなかったし、あの存在はカイリを見下ろしていたので他の可能性は無いだろう。あとは、向こうが一方的にカイリを知っていて探していたという場合か。
「って何ソレ、ストーカーってやつ? 神様なのかストーカーなのかはっきりして欲しい。……いや、ストーカーな神様? やばい逃げられそうにない」
そもそもあれが神様かどうかも分からない。海は大好きなのに、このままでは行けなくなるかもしれないなんて、カイリは耐えられそうにない。
これ以上はどう考えてもヒントにすら辿り着きそうにないと思ったカイリは、今日の所は諦めて帰宅した。
「ただいまー……」
「あらお帰り。……まさか海で何かあった?」
母にそう言われ、カイリはぎょっとして口ごもった。イエスと答えているも同然な動作に、母が溜め息を吐く。
「ポケモン達も一緒だし、もう昔と違うのは分かってるつもりよ。だけど心配させるような事だけはしないで」
「うん……」
いちいち口うるさい……のも、昔にカイリが海難事故に遭ったからこそであり、親としては当然の心配だろう。カイリとしても、幼い頃 勝手に海に入り勝手に沖まで流された前科があるので、反論もし辛い。寧ろ今のように、海に出たり潜ったりする事を許してくれているのを、感謝するべきと言うか。
「何があったの?」
「うーん……あのさお母さん、私、海に知り合いなんて居ないよねー」
「え?」
「あはは、何でもない。忘れて」
冗談話として軽く流すよう笑ったカイリ。しかしふと目を向けた母の顔が、真剣な眼差しをしていて疑問符を浮かべる。
「お母さん?」
「……それ、お母さんが訊きたいわ」
「え」
「カイリあなた、海に流された時の事、本当に何も覚えてないの?」
「覚えてないって? レスキュー隊に救助された時の事ならちゃんと覚えて……」
「あなたね、行方不明になってから救助されるまで5日もあったのよ。お母さん、あの時はあなたが死んでしまったと思って、毎日泣いてたんだから」
「い、つか?」
人間が、それも小さな子供が何にも乗らず生身で5日も海を漂って、生きていられる訳がない。
「ちょっと待ってお母さん! 私すぐ救助されたんじゃ……!」
「やっぱり行方不明の間の記憶、失くしてたのね。思い出さない方が良いかもしれないわ」
普通は母の言う事が正しいのだろう。人は辛い記憶を封じ込める事によって、心を保とうとする事が ままある。忘れているのなら、よっぽど怖い思いをしたと考えるのが妥当だ。
しかし今のカイリは。自分が流されていた海で、自分を知るような存在に出会った今となっては。……今すぐ確かめたいが、今日はダメだ。もう日も暮れるし、この様子では母に止められてしまう。
明日。明日もう一度あの海域に潜ろうと、カイリは心密かに決意した。
++++++
翌日、カイリは再びホエルコに乗って前日の海域へと向かった。胸がどきどきする。恐怖や緊張だけでなく、何かよく分からない別の感情がカイリを支配していた。
“ダイビング”で海面から沈み、太陽光が減少する薄暗い海底に辿り着くと、すぐさまあの存在が現れる。まるでカイリを待ち構えていたようなその存在は、今度はすぐさま言葉を発した。
これは……テレパシーのようなものか。
『また来てくれたのか』
「また来たよ。ところであなた、名前は? 私はカイリ」
『知っている。私はカイオーガ』
カイリの名を知っているという事は、全てを知るような存在なのか。
……そうでなければ。
「ねえカイオーガ、一つ教えて。昔、私と会った?」
『ああ』
「……私を助けてくれたりした?」
『助けられたのは私の方だ』
「え?」
『私の心を、お前は救ってくれた』
話を聞けば、やはり幼い頃、海を漂っていたカイリを助けてくれたのはカイオーガらしい。
しかし長いこと孤独だった彼は、助けたカイリを帰さず住処である海底洞窟へ連れ帰ってしまった。初めは怯えていたカイリも、カイオーガの孤独を知って彼に寄り添う。
それから5日一緒に過ごしていた二人だったが、さすがにカイリが家を恋しく思い始めたようで。
『お前のお陰で私の孤独は癒された。これからも共に在りたかった。……だがお前が大切な存在になるほど、私と同じように孤独の中に置いておくのは、気が引けるようになったのだ』
カイリには、帰るべき家も帰りを待つ家族もある。幸い、たった5日間でもカイオーガには今までに無い温かな記憶が作られた。これさえあれば、これからの孤独も耐えられる……そう思いカイリを帰す決心をしたカイオーガ。
誘拐犯にさえ寄り添ってくれた心優しいカイリが気に病まないよう、記憶を封じたという。
「でも昨日、私の事を『見つけた』って」
『……お前との思い出があれば耐えられると、そう思ったのだがな』
どうしても、どうしても再びカイリに会いたくなった。しかし自分は強大な力を持つため迂闊に海上、まして人の住む地になど行けない。悩ましい日々を過ごしていた時、偶然にも海底でカイリの姿を見つけたという。
「それで、どうしようか迷って最初は声を掛けなかったけど、やっぱり寂しくなって探してたのね」
『……』
気まずいのか照れ臭いのか、カイオーガの動かない表情では分からない。
けれどカイリにも分かる事がある。カイオーガはカイリとの再会を心から喜び、頼りにしてくれているという事。
「ねえ、また会いに来てもいい?」
『……来てくれるのか?』
「うん。昔の事は覚えてないけどさ、なんか心が、こう、あったかくて。また会いたいなって思っちゃった」
『お前がそう望んでくれるのであれば、これ以上 嬉しい事は無い』
少しだけカイオーガの声が喜びに上擦ったように聞こえ、カイリは自然と笑みを零した。それからカイオーガとお互いの事についてお喋りし、また明日来るね、と別れたカイリ。
その日の夜、彼女は妙に現実味を覚える夢を見た。どこかの洞窟のような場所、地底湖を思わせる場所に居るカイオーガと、岸に座り彼を見ている幼い自分。
『さみしいの?』
『……』
『じゃあ、わたしがいっしょにいてあげる!』
『……本当か?』
『さみしいの、いやだもんね』
『それであれば、して欲しい事がある。人間は将来を約束する時、伴侶の契りを結ぶらしいな。カイリ、私の伴侶になってくれないか』
『ハンリョ……の? チギリ? それすれば、ハンリョになればいっしょにいられるの? するする! やくそくだよ!』
思わず飛び起きるカイリ。
悲鳴でも上げていなかったかと焦って周囲を見回すが、ポケモン達が出て来たり家族が来たりといった異変は無い。深く息を吐き出して再びベッドに潜り込み、夢の中の言葉を反芻する。
「(覚えてないから確証は無いけど……あれただの夢じゃないでしょ絶対! カイオーガってば物も分かってない子供に何を約束させてるの!?)」
これは次に会った時 絶対に問い質さねば、と心に誓うカイリ。
しかし同時に悪く思わない自分も居て、上手く二度寝が出来ずに悶々とした時間を過ごすのだった……。
*END*
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