そして世界は
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「ミコト、ほら見て! お父さんが頑張って捕まえて来てくれたのよ!」
7歳の誕生日の朝、起きてリビングへ行くなり興奮気味に声を掛けて来た母。
その足下には一匹の子犬ポケモンの姿。
もふもふしたオレンジ色の体に特徴的なトラ模様。
「わ、わあ! ガーディだ!」
寝ぼけ眼だったミコトも一発で覚醒。
いつかテレビで見掛けて、ずっとずっと欲しかったポケモン。
既に朝食の席に着いている父親の許へ駆け寄り、はしゃぎながら飛び付く。
「お父さんありがとう! わたしガーディずっとほしかったの!」
「喜んでくれて良かったよ。さ、挨拶してごらん」
「うん!」
ミコトは母の足下に居るガーディに近寄ると、満面の笑みで手を差し出し招いた。
「わたしミコトだよ! おいでガーディ、いっしょに遊ぼう!」
……が、来ない。
警戒するようにこちらを見て唸るだけ。
少したじろいでしまったミコトが負けじと繰り返しても、ただただこちらを睨んで唸るだけ。
困惑するミコトに、父が優しく言い聞かせる。
「まだ駄目だったか。ガーディは警戒心が強いポケモンなんだ。だけど慣れれば、誰よりも仲の良い友達になってくれるよ」
「……なれるかな?」
「ミコトが諦めずに仲良くなろうとすれば、いつかきっとなれるさ」
優しい父の言葉を貰っても、ガーディを見るミコトの目は不安だらけ。
こんなに唸って警戒しているのに本当に仲良くなれるのだろうか?
親しくなる将来など見えず、誕生日だというのに気分が重くなった。
そんなミコトに母もフォローを入れる。
「ねえミコト、今とっても不安よね?」
「……うん」
「ガーディも同じなの。不安だからこんなに唸ってるのよ」
「不安だから……」
「初めてのお家に初めての人たち。緊張するのも不安になるのも当たり前でしょ? だからミコトは優しい気持ちでこの子を迎えてあげて。そうすればきっとお父さんの言う通り、一番の親友になってくれるわ」
諭すように言われたミコトは、改めてガーディを見る。
こちらを威嚇して唸るその瞳が、声が、急に哀れっぽく見えた。
今、この子はとても怖い思いをしているのだろうか。
知らない場所で知らない人に囲まれて、怯えているのだろうか。
そう思ったミコトは、しゃがんでガーディと視線を合わせる。
そして優しい口調で、ゆっくりと言い聞かせるように。
「ガーディ。わたしね、あなたと仲良くなりたいの」
「……」
「イジワルなんてしないよ。いっしょに遊んだり、ご飯を食べたり……。そういう事がしたいだけ。ずっと仲良くしたいだけだよ」
その優しい眼差しと声に毒気を抜かれたのか、ガーディは唸るのをやめてじっとミコトを見つめ始める。
そしてゆっくり歩み寄ると、ミコトの足下に座った。
その光景にミコトは再び笑顔を浮かべる。
「お父さん、お母さん、こっち来てくれた……!」
「よかったわね。きっとすぐ仲良くなれるわ」
「しっかりお世話するんだぞ」
「うん!」
優しい両親と暖かい家庭、新しい友達。
絵に描いたような幸せな世界。
それがいつまでも続くものではないと知ったのは、いつだったか。
++++++++
人のものにしては大きな息づかい。
それと同時に何かが頭に優しく触れて、ミコトは目を覚ました。
森の中、日はすっかり昇っている。
「……寝過ごしたかな? まあいいか。お早うウインディ」
ミコトが寝ていたのは、ガーディが進化したウインディの体。
寝そべった彼の胴体を枕に薄い毛布一枚だけを被って寝転んでいた。
どうやらウインディがミコトの頭に鼻先を寄せて、それで目が覚めたらしい。
「懐かしい夢を見たよ。もう10年も前の……あなたが家に来た日の夢」
言いながら上体を起こし、寄せられるウインディの鼻先を撫でる。
ミコトはウインディとふたりで旅をしている。
住んでいた故郷は遙か彼方、ここがどこかすら分からない。
ただただ、追い掛けて来る“終わり”から逃げていた。
それは今から3年前の事。
いつも通りに朝を迎え、優しい両親と最愛の友人に挨拶をしたミコト。
……その瞬間、世界が一変した。
激しい地揺れと耳を劈くような轟音、そして歪む視界。
後々 旅するうち、伝説のポケモンが暴走したとか、天変地異が起きたとか、
謎の組織が世界を滅亡させようとしたとか様々な流言を耳にしたが、ただ一つだけ確かなのは、世界が終わりに向かっているという事。
色鮮やかで景色に溢れた世界が消えて行く。
景色をガラスのように割って砕きながら、黒い空間が世界を飲み込み始めた。
異変が起きたあの日、優しい両親は景色と共にその黒い空間に落ちて行った。
父が最後の力を振り絞って渡してくれた炎の石で進化したウインディに乗り、ミコトは黒い空間から逃げるように旅を続けている。
世界は今どうなっているのだろう。
どれほどの景色が崩れ去り、あの黒い空間に落ちて行ったのだろうか。
どれほどの生命が捕らわれ、あの黒い空間に落ちて逝ったのだろうか。
少なくとも、もうミコトに帰る場所は無い。
生まれ育った家も、優しい両親も、見知った人々も、生まれ育った土地も。
全てが黒い空間に飲み込まれ消えてしまったのだから。
「……遠くへ行こう、ウインディ。ずっとずっと遠くへ」
長大な距離も難なく走り抜けるウインディの背に乗って、ミコトはひたすら、終わりから目を逸らして逃げ続けていた。
ガーディと順調に友情を築いて行ったミコトだが、稀に喧嘩する事もあった。
どちらも原因になった事があるし、どちらも先に謝った事がある。
そんな時、ふたりが仲直りするのは決まって町外れの丘だ。
それなりの高さがあり、町はおろかずっと遠くまで見渡せる。
初めて喧嘩した日、ミコトの方が悪かった為に母に叱られ、拗ねて家を飛び出した末に辿り着いた場所。
日が傾いても愚図って座り込んでいたミコトの許にガーディがやって来た。
怒って吠えていた彼が心配そうに見上げて喉を鳴らす様子に、子供ながら自分が酷く恥ずかしく思えたものだ。
こうして喧嘩しても、ガーディは飛び出した自分を心配してくれている。
「……ごめんねガーディ。ごめん。本当にごめん……」
自分が悪いのに泣くのは卑怯だと思ったが、そう思っても止め処なく流れる涙を、ガーディは優しく舐め取ってくれた。
こうして初めての喧嘩は原因を作ったミコトの謝罪で収まり、それ以来、仲直りしたい時はそこを訪れるのが定番となる。
そのうち仲直り以外の時にもその丘を訪れるようになり、遙か遠くまで見渡せる地平線の山脈、その更に向こうをミコトとガーディは夢見ていた。
「ガーディ、いつか一緒に旅に出よう。そしてあの山脈を越えて、その先に広がる世界を一緒に見ようね。絶対だよ!」
言うとガーディも満面の笑みを湛えて一つ吠える。
そんな彼と一緒に居れば、夢はいつか必ず叶うと確信できた。
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