新緑に抱かれて
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ゆったりとした微睡みの最中、争いの騒音に起こされてしまうドリアード。うるさいなぁ、としぶしぶ意識を覚醒させると、一人の青年が多数の魔物を相手にしている所だった。
その青年の姿にドリアードは驚く。かつて、彼と瓜二つの容姿をした青年に出会った事があるものだから。
普通なら本人だと思うだろうが、それは有り得ないとドリアードは知っている。
青年の剣技はなかなか素晴らしいが、如何せん魔物が多い上に少し怪我を負っているようで押されている。このままでは危ないと思ったドリアードは、青年の手助けをする事に。
精神を集中すると、己の宿る媒体に力が巡って行く。次の瞬間、騒ぎの中心に太い木の根が飛び出して何匹もの魔物を打ち据えた。突然の事に怯んだ魔物達の隙を逃さず、青年が攻勢に転じる。
ドリアードはもう一度精神を集中させ、青年を覆える程の光の球を発した。その光に包まれた青年の怪我が癒え、体調が万全になった青年が追撃に入り魔物達を圧倒。
やがて魔物達は一匹残らず消滅し、後には青年だけが残される。
「危なかった……。でも何だったんだ? 木の根が出て来たり傷が癒えたり」
『やれやれ、助けても認識されないって虚しいなあ。すぐそこに居るのに』
「すぐそこってどこだ? 助けて貰ったお礼を言いたいし、出て来て欲しいんだけど……」
『……あれ?』
聞こえないと思い喋ったのに青年が返事をしてしまった。
まさかの展開に焦るドリアードだが、人に声が届くのは実に数百年振りの事。懐かしさに嬉しくなって応答する。
『ここここ、君の後ろ』
「後ろ? 大きな木しかないけど、まさか上?」
『違う、木そのものだよ』
青年が面食らったような顔をした。目の前に立つ巨木をまじまじと見つめ、近寄って立派な幹に手を触れる。
そうすると、先程まで何となく籠ったような、響くような声だったのが、はっきり聞こえるように。
「あ、信じてくれた」
「……木の幹の中に入ってたりする?」
「違います。確かに人の数人ぐらい簡単に入れる大きさだけど、私は木そのものだから」
「この木の精霊?」
「うーん、まあ似たようなものかな。私はドリアード、君の名前は?」
「俺はリンク。改めて、さっきは助けてくれて有難う」
リンク。
ドリアードの知る人物と瓜二つなだけでなく、名前まで同じだとは。この国の王女は代々同じ名を付けられると聞くが、それと似たようなものだろうか。
リンクはこのハイラル王国に仕える騎士の家の者で、王女ゼルダから魔物が増える原因の調査を命じられているらしい。勇者扱いじゃないのかな、と、ドリアードは自分の知る情報を手繰り寄せる。
「リンク、君は勇者じゃないのかい?」
「勇者? それって何百年も昔に、退魔の剣を駆使して魔王を封じた人だよな」
「うん。知り合いなんだけど、君が彼にそっくりで気になってしまってね」
「……ドリアードは、ずっとここから動けないのか?」
「そりゃあ当然。私は木だよ、動ける訳ないさ」
今、リンクは地上に一部だけ露出した巨大な根の上に座り、太い幹に背中を預けている。部位は問わず、触れてさえいればドリアードの声が普通に聞こえるようだ。
何となく会話が弾み、お互いの事を話し合う。
「へぇ、じゃあドリアードは千年以上ここに居るんだ。退屈じゃないか? 見晴らしは良いけど……」
ドリアードが居る……生えているのは高い丘の上で、周りは遮る物が無く見晴らしが良い。広大な平原、その中を縫うように流れる川、街道には時折 豆粒のように小さく徒歩の旅人や馬、馬車が行くのが見え、森や村、遠くには高い山も。
それでも、千年以上も同じ場所に居続けるのはとんでもなく退屈ではないのかと、リンクはドリアードの心情を慮って胸を痛めた。こうして会話できる者が殆ど居ないのであれば、尚更寂しいだろう。
そう考えているとドリアードがクスリと笑い、同時に枝がさわさわと揺れた。木の主が笑うと風も無いのに枝が揺れるのかと、リンクはぼんやり初めての知識を記憶する。
「リンク今、私の事を思って悲しんでくれたね。優しい人なんだ」
「えっ? 俺なんか言ったっけ?」
「私はこの通り、動けないから。出来ない事が多い代わりに、他の生物に出来ない事が出来たりする」
「心が読めるんだ!」
「喜んでるとか悲しんでるとか大まかな感情と、それが向けられている相手だけしか分からないけどね」
こうして動けないドリアードの気持ちを考え、胸を痛めてくれたのは二人目。一人目は数百年前、この国を救った勇者リンク。今、同じ名をした瓜二つの青年が、同じように感情を慮ってくれた。
ドリアードの脳裏に甦る、とても懐かしい思い出。時間を見付けては訪れ、様々な土地の話や冒険談を聞かせてくれた優しい青年の笑顔が忘れられない。
彼と一緒に居たくて、ドリアードはある日、通り掛かった風の精霊に教えて貰った。精神を具現化させ、人として過ごす方法を。その方法さえあれば人と同じ形を手に入れ、歩いたり会話したり触れ合ったりする事が出来るらしい。
しかし、ドリアードの願いは叶わなかった。
木が精神を具現化し人の形を手に入れるには、千年単位の長きを生きる必要があるという。必要年数は個体によって差があるものの、短い人の寿命になど追い付けよう筈も無く、勇者はとうの昔にその命を終えている。
「君みたいな優しい人が居るから、声が聞こえる人と会うのが待ち遠しいよ。動物や精霊とは話せるんだけど、彼らもいつでも傍に居る訳じゃないから。基本は独りさ」
「俺の他に誰か居ないかな、ドリアードと会話できる人」
「難しいだろうね。私は力が強いらしくて こうして人のように話せるけれど、元々は普通の木なんだ。精霊クラスの木なら誰とでも会話できたりするらしい」
「鳥が噂を運んで来てくれるって本当?」
「ああ、本当だよ。よく知っているね」
「デクの樹様っていう、俺が偶然 訪れた森に居た木の姿の精霊がそう言ってた」
デクの樹なら聞いた事はあるが、あれは神からの使命を帯びた精霊。元々はただの木である自分とは比べるのもおこがましい存在だと、ドリアードはこっそり苦笑した。
それからドリアードはリンクと二人で他愛ない話をしていたが、日が傾きかけた頃にリンクが立ち上がる。
「もうこんな時間か。じゃあ俺、帰るよ」
『そうだね、ここは割と僻地だから、早めに帰らないと日が落ちてしまう。久し振りに楽しかったよ。有難う、リンク』
触れていないため、リンクに聞こえるドリアードの声が、またくぐもる。
本当は、また来て欲しいと言いたかった。
数百年前、憧れを抱き人の形が欲しいと願う切っ掛けになった あの勇者と、よく似た心優しい青年。きっとドリアードが願えばまた来てくれるだろうけれど、言い出せない。色々と忙しそうな上、時には命を懸けた戦いもしなければならない彼の負担になりたくなかった。
リンクは振り返り、目の前の巨木に笑顔を向ける。先程の会話からだが、誰かに見られたら頭の無事を疑われてしまいそうだ。
「ドリアード、また来るよ」
『嬉しいけど無理はしないでおくれよ。死んだら元も子も無い、どうか命を大事にね』
「分かってる。でも絶対来るから、待っててくれな」
笑顔で手を振るリンクに、ドリアードは手を振る代わりに複数の枝を揺らし、さわさわと心地良い葉擦れの音を挨拶がわりにする。
見晴らしの良い丘は暫くリンクの背中を見せてくれていたが、やがて遠ざかり小さくなる。
ドリアードは溜め息をつき、視線を空に移した。どうやって見ているかは分からないが、木そのものを人の目として周りを眺める事ができる。360度見渡せるのは良いが、動ける事に比べたら大した恩恵とは思えない。
しばらくそうしていると、上空から重い羽音。すぐに人間の大人くらいありそうな怪鳥が、ドリアードの一番立派な枝に止まる。怪鳥はフクロウに類似した見た目で、大きさ以外には目立った違いは無い。
「ケポラ・ゲボラじゃない、今日はどんなお話を持って来てくれたの?」
「いやなに、お主が運命の子と話しておったから気になっただけじゃよ。数百年前にも同じ光景があったのう、懐かしい」
「そりゃ あれだけそっくりなら懐かしくもなるさ。……と言うか待って、運命の子?」
数百年前の勇者と瓜二つで同じ名、更には運命の子と呼ばれるなんて。再び因果が巡って来たのだろうか。
彼が勇者になるのだとすれば、過酷な戦いが待ち受けているかもしれない。こうなってはリンクの手助けをする為、益々ここから動けるようになりたい、が。
「間に合わないよ、自分の中に巡る力の様子なんて分かるんだ。精神を人の形にするまで まだ数百年は掛かる……!」
「それも定めじゃ。可哀想だが、精霊でもないただの木として生まれたお主が、このように人と変わらぬ意識と精神を持てた事自体が奇跡と言えよう。あの子なら大丈夫と信じるのじゃ」
「…………」
確かに、ドリアードにはそれしか出来ない。彼はまた来ると言ってくれた、ならばそれを信じて待つしか無いのだから。
また数百年前のように、もどかしく想い続けるしかないと悟ったドリアードの心が、じくじく傷んだ。
++++++
数日後やって来たリンクは、ドリアードが見覚えのある剣を携えていた。
退魔の剣、マスターソード……間違いない。
『リンク、その剣は』
「はは……おかしいだろ。俺が勇者なんて。そりゃ騎士として訓練してたけどさ」
まさかなぁ、と力の無い乾いた笑いを出すリンク。
なんだか元気が無さそうなのが気になり、勇者になるのは嫌だった……? と訊ねても、そんな訳じゃないよと濁されてしまった。魔物と戦わなければならないからかと思ったが、それは以前からやっていたし理由にならない筈。
気になったが折角リンクが来てくれたのに悲しませる可能性があるため、子細は訊ねなかった。
リンクはまた背中を大樹の幹に預けて座り込む。本当はこちらを向いて欲しかったドリアードだが、上方の枝の位置から表情が見えるので言わない。
「この数日で色々あったみたいだね。リンク、お疲れ様。怪我をしてるなら治してあげるよ」
「いや、大丈夫。また来るって約束したし、ドリアードの傍って落ち着くから来たくなっただけなんだ」
リンクの言葉に、人のような心臓や脈など無い筈のドリアードがドキリとする。もう心は人と同じになってしまったのかもしれないが、体は相変わらず大樹のまま。
人であればリンクを撫でたり温もりを与えたりして慰められるのに、悔しくて堪らない。落ち着くというのも、人は緑に触れると心が安らぐというし、大抵の植物なら出来る事だろうと落ち込んだ。
「……早く人になりたいなあ」
「え、なれるのか?」
「私みたいに人と似たような心や意識を持った木は、長く生きたら精神を人の形に出来るんだ」
「精神を、って事は触れたり出来ないんだ」
「いや、普通の人と何ら変わらない行動が出来る筈だよ。木そのものが人の形になる訳じゃないから、本体はここから動けないけど」
「だけど精神を動かせるなら、ちゃんと見たり聞いたり出来るんだろ。今すぐなれたりしないか?」
「無理だね、千年単位で生きる必要があって、個体差はあるけど……今の私じゃ、あと数百年は掛かるよ」
「そうか……」
悲しそうな顔をしたリンクに、やはり彼は優しい人だと心が暖まるドリアード。
人と似た心や意識を持ってしまったが為に、動けない事を退屈に思ってしまう。なのに人となるには長きを生き、その間は堪え忍びつつ過ごさなければならない。
以前に話を聞いたデクの樹のような精霊であれば、また違う生を送れたかもしれないのに。
「こうなっては役立たずだね、私は。人のような心を持ってしまったが為に樹木としての役割を果たす気になれず、かと言って人としての役割も果たせない」
「そんな……簡単に役立たずなんて言うなよ!」
「ごめん。だけど考えてしまうんだ、こんな中途半端な私に何が出来るのかと」
「俺は助けられたし、こうして癒されてる。何も出来ない奴なんか居ないんだから気に病むなよ」
怒ったような口調と表情に、またドリアードは優しさを感じて嬉しくなる。本気で自分の事を考えてくれているのだと思うと、心が軽くなった。
今回のリンクの訪問が終わった辺りから不穏な空気が流れ始め、滅多に見なかった魔物が多数現れるようになる。
だが日数が経つにつれ次第に不穏な空気が和らぎ、魔物の数も減って行く。リンクが事件を解決しているのだろうと分かったドリアードは、ただ祈った。
リンクはあれから数日に一度は訪ねてくれ、他愛ない話をして楽しい時間を過ごす事が出来た。
時折 近くへ現れる魔物を倒していると、ドリアードの特殊性に気付いた魔物が攻撃して来る事もあったが、伊達に千年の長きを過ごしていないとばかりに軽々と撃退してしまう。
人の形を持てたら、この力を使ってリンクの手助けが出来るのに残念でならない。本体である樹木から離れればある程度 力は抑えられ、使えなくなってしまう能力もあるだろうが、それでも役には立つ筈だ。
そんな夢想をしながらリンクを待っていると、向こうから彼の人の姿。
『リンク、よく来たね! 調子はどうだい?』
「ああ、何とか無事だよ。じゃあまた座るな」
いつも通り、一部だけ露出した巨大な根の上に座り、大樹の幹に背中を預けるリンク。
ちらりと見やると怪我をしているようだったので、いつも通り光で包み込み癒してあげた。
「お、有難う。大した怪我じゃなかったんだけど」
「リンクは命を懸けて戦ってるんだから、場合によっては少しの怪我も命取りになりかねないよ。この程度なら大した消費もしないから気にしないでおくれ」
「そうか、じゃあお言葉に甘えようかな」
「うん。怪我を治す為だけに来ても良いんだから」
「……あのさ、ドリアード。ひとつ訊いていいか?」
「どうぞ」
「ドリアードって、女の子?」
突然の質問に思わず面食らってしまうドリアード。そんな動物のような性別は自分に関係ない事の筈だが、人に似た心や精神が出来た以上、気になる。
手掛かりになるのは自分の声だろうか。男であるリンクやケポラ・ゲボラに比べると随分 音が高く、以前にそういう者は女である可能性が高いのだと聞いた事がある。
それに女だったら、リンクと番になれるかもしれない。
「動物になった事が無いから分からないけど、女だったら良いなあと思ってる」
「そうか……いや、声がどう聞いても若い女の子だからさ、こんなプレゼント持って来たんだけど」
リンクが立ち上がり、荷物入れから紙袋を取り出す。中に入っていたのはかなり長く切られた明るいオレンジ色のリボンだった。
登っていいかと訊かれたので、了承してリンクが器用に幹を登るのを眺める。そして中ほどの位置にある枝に座ると、リボンを厳重に結んでピンで止めた。
「どうかな。最初は花とか考えたんだけど、同じ植物の木に贈るのもどうかと思ってさ。これなら枯れたりもしないし、長く一緒に居られるんじゃないか?」
正直、こんな布きれは植物には無用の物だ。その筈なのに、今ドリアードの心を満たしているのは大きなときめきと嬉しさ。
リンクが自分に贈り物をしてくれた、こんな幸せがあって良いのだろうかと。本当に心は人になってしまっている。どういう理屈か、どきどきして苦しくなった。
「あ、有難うリンク。凄く嬉しい……!」
「気に入ってくれた? 女の子に贈り物なんかした事ないから緊張してさ、今まで心が修羅場だったよ」
女の子に贈り物をした事が無い、つまり異性を意識して贈り物をしたのは、ドリアードが初めてという事。
その事実に、またドリアードの心が喜びで沸き立つ。今までリンクの心が修羅場だったらしいが、今はドリアードの心が似た状態。
「ドリアードにはいつもお世話になってるしな」
「? 私なにかした?」
「……勇者に選ばれた癖に情けないけどさ、俺、結構 疲れてたんだよな。毎日が魔物との戦いで、国を背負って。今まで自信が無かったのに、急に勇者だなんて言われて参ったし」
「自信が無かった?」
聞けばリンク、長くハイラル王家に仕える騎士の家系に育ち、騎士団長である優秀な父にある種の劣等感を抱いて育ったらしい。何か成功すれば団長の息子だから当然と言われ、失敗すれば団長の息子なのにと笑われる。
そんな周りの者をゼルダ姫は諫め、父や家族も気にするなと言ってくれた。次第に血筋に関する事は何も言われなくなり、リンク自身も、もう気にしていない姿勢を貫いていた。
しかし、幼い頃から刻み込まれた感覚はなかなか消えてくれない。振り払うように訓練を重ねてかなりの実力を付けても変わらず、団長の子という地位を除けば自分は役立たずなのではないかと、思い悩んでいたそうだ。
「前に私が自分を役立たずだと言った時、君が怒ったのは自分の心と重ねてしまったからなのか」
「ああ。それを聞いた時、誰かが自分自身を役立たずだと蔑んでるのを聞くのって、こんなに悲しいんだって衝撃だった。図星を突かれたみたいに怒っちゃったけど、あれから本格的に考えるようになってさ」
勇者の宿命を背負う前、増えて来た魔物の調査を命じられたのは、実力はあるのに自信を持てないリンクに自信を付けさせる目的もあったらしい。
ドリアードが自身を役立たずだと嘆く言葉を聞いてから少しずつ考えを改め、平和の為に戦って自信を付けたそうだ。
「正直、背負ってるものが大き過ぎて何度も挫けそうになったよ。その度にドリアードに会いに来て、話したり癒されたりして鋭気を養った。ここまで戦って来られたのはドリアードのお陰だ」
「そんな、リンクが頑張ったからだよ。でも少しでも手伝えたんなら嬉しい」
「助かってたよ、ずっと。リボンはほんのお礼なんだ」
「うん、大切にする。魔物だって寄せ付けないんだから、リボンの一本くらい守ってみせるよ」
「頼もしいな」
笑い合い、それからはまた他愛ない話で時を過ごした。リンクと親しくなるにつれ、ドリアードは人になれない苦しさが増して行く。
数百年前もこうだった。勇者リンクと交流し、親しみを抱き、人になる事を願い、そして叶わぬまま死別した。あれからまたドリアードは、その轍を踏んでいる。
「(辛いなあ……)」
リンクには伝えないが、それが包み隠す事の無いドリアードの正直な気持ちだった。
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