鷲は蝿を捕まえない。
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
珍客、と言えばいいのか。
スマブラファイター達が暮らすピーチ城の医務室、Dr.マリオの助手として働いているセルシュの目の前には、実例を鑑みると居る筈の無い人物が。
魔王ガノンドロフ。
リンクやゼルダの故郷を支配せんと幾度も暗黒に陥れている張本人だが、何の因果か神の悪戯か、スマブラファイターとしてこの世界に召喚されていた。
仮想空間である乱闘ステージでの怪我は現実には反映されないし、ひょっとすると乱闘以外で怪我を負ったのだろうか。しかし今まで彼程の力の持ち主が乱闘以外で怪我を負うなど殆ど無かったし、例えあったとしても絶対に医務室へは来なかった。
「……ど、どうも」
反応無し。気まずい。はてさて彼は怪我で来たのか、具合でも悪いのか、それとも別の用事か。
……どれも考えられない。怪我や病気だとして彼が他人に頼る様子が想像できないし、医務室やドクター、セルシュ個人に何か用事があるとも思えず。勇気を出して引き取って貰おうかとも思ったが、いやいや、こんな事では駄目だと思い直した。
戦えない自分に出来るのはファイター達を癒す事、何かあれば話を聞く事。ガノンドロフはファイターとしてピーチ城に居るし、協調性は薄いが然したる問題も起こしていない。そんな人を追い返しては他の仲間達にも合わせる顔が無くなってしまう。
「お怪我ですか、それとも具合が悪いんですか? あ、立ちっぱなしも何ですのでこちらへお掛け下さい」
手遅れかもしれないが、何でもない風を装って椅子に座るよう促す。入り口辺りに突っ立っていたガノンドロフが歩み寄って来てようやく話を聞いてくれたかと思ったら、いきなり一枚のハンドタオルを差し出して来た。
瞬きをして一体何かと思考を巡らせ、すぐにそれが自分の物だと思い出す。別に落とした訳ではない、これはガノンドロフに渡したもの。
3日ほど前、庭を歩いている時にセルシュはガノンドロフに出くわした。しかもファイターの子供達が遊んでいた泥塗れのボールが跳ね、歩いていたガノンドロフの横っ面を叩いたという場面に。
顔面蒼白になる子供達を確認するや否や、セルシュはガノンドロフの元へ走り寄り、すぐさまハンドタオルを差し出したのだった。薄青かつ無地のシンプルなもので、こんな時に可愛らしい色や柄の物を持ち歩いてなくて良かったと、心の中で息を吐きつつ。
「大丈夫ですかガノンドロフさん、お怪我は。このハンドタオル良かったら使って下さい、不要になったら捨てて構いませんから」
押し付けるようにハンドタオルを渡すとすぐさま子供達の方へ向き直り、人に物をぶつけたら謝らなきゃ駄目だよ、と諭す。
おどおどしていた子供達が近寄って謝ると、ガノンドロフは無言で立ち去った。子供相手に怒るのも馬鹿馬鹿しいと思ったのかは分からないが、何事も無くて良かったとセルシュも子供達も安堵したものだ。
不要になったら捨てて良いと言った物を、わざわざ返しに来たという事か。しかもハンドタオルは綺麗になっており、きちんと洗濯されていて……まあ洗濯物は城仕えのキノピオ達に任せているので、やったのは彼らだろうけれど。
セルシュは少々唖然としていたが、いつまでも手を差し出させる訳には行かないと思い彼からハンドタオルを受け取った。
「返しに来て下さったんですね、わざわざ済みません。有難うございます」
貸した物を返されて礼を言うのはおかしいかもしれないけれど、まさかガノンドロフが返しに来るとは思っていなかったので思わずと言った体で口走る。ガノンドロフは相変わらず無言のまま、踵を返して医務室から出て行った。彼を見送ってからセルシュは、渡されたハンドタオルを眺める。
返して貰った時は笑顔さえ浮かべてしまい、かつて一つの世界を滅ぼしかけた魔王を相手にしていたとはとても思えない時間だった。捨てて良いと言った物をわざわざ洗濯に出し、手ずから持って来るなんて。
「案外悪い人じゃないのかな、ガノンドロフさん」
リンクやゼルダに聞かれたら全力で否定されそうな事を口走るセルシュ。
先程までの重い気持ちが嘘のように晴れ、軽くなって浮かれた気分に変わる。暫くこのハンドタオルは使わないようにしようかな、と、良く使うデスクの引き出しに仕舞い込んだ。
そんな事があってから数日、セルシュは自分がとある行動を取っている事に気が付いてしまった。
ふと気付くと、視界にいつもガノンドロフが居るような気がしてしまう。庭を歩いて、ふと視線を巡らせると彼方にガノンドロフの姿がある。サロンへ行くと、ガヤガヤ騒ぐ多数のファイター達の中からガノンドロフの姿が浮かび上がる。
初めは何故ガノンドロフがいつも居るのかと疑問だったが、よく考えたら彼は普通に出歩いていた。協調性が薄いとは言え部屋に引き籠っている訳では無いし、庭に出たりサロンの隅に居たりは日常の一部。
それなのに急にガノンドロフが視界へ入って来たのは、セルシュが彼を意識し始めたからに過ぎない。今まで特に何の関係も持たなかった者と少しとは言え関わったのだから、これは仕方ないだろう。それに他人など気にしないと思っていたガノンドロフが、気遣いのような行動を見せ……意識するなと言う方が無茶だ。
それからセルシュは、何かとガノンドロフへ近寄るようになって行く。彼の邪魔はしないよう控え目に、言葉少なにを心掛け、決して食い下がらない。彼が反応しなければすぐに諦めるし、応じてくれれば穏やかに相手をする。
そんなこんなで、いつしかガノンドロフと一緒に居る事が多くなったセルシュ。周りのファイター達はやや唖然とした様子で、怖々とそれを見ていた。何かあればセルシュが殺されてしまうのではと心配で、しかし笑顔で接する彼女を見ていると無理に引き離せない。結局、ただ見ている事しか出来ないのだった。
++++++
セルシュとガノンドロフの至って穏やかな交流が始まって二ヶ月ほど。料理の不得意なセルシュはピーチやゼルダと一緒に焼き菓子を作っていた。
「セルシュ、分量はきっちり計らないと駄目よ。ただでさえあなた料理が苦手なんだから」
「そうそう、ちゃんと生地を混ぜて下さいね」
「む、難しいです……」
菓子としては簡単な域に入るものでさえ、悪戦苦闘しながらのセルシュ。その焼き菓子はファイターの皆に振る舞うけれど、彼女の脳内には例の人物が大きく存在している。
……果たして食べて貰えるだろうか、それ以前に受け取って貰えるだろうか。今まで彼のペースを乱さないよう気を付けていたつもりだけれど、この交流をどう思っているかは彼次第なので。取り敢えず今回も、受け取って貰えないならすぐに引き下がるつもりだ。
やがて焼き菓子が出来上がり、ゼルダはファイターの皆と食べるものとは別に、焼き菓子を袋へ詰めているセルシュに気付いた。今までの彼女の行動から考えれば、あれを誰に渡す気なのかはすぐに分かる。
「……セルシュ、その焼き菓子はひょっとして……」
「あ、はは……。やっぱり隠し通すなんて不可能ですね。お察しの通り、ガノンドロフさんに渡します」
「勇気あるわねセルシュ、私ちょっとあの人が恐いわ。近付くだけで震えちゃう」
やや冗談めかして笑うピーチとは裏腹に、真剣な表情を隠さないゼルダ。さすがに自国を滅ぼしかけた魔王が相手となると心中穏やかではないのだろう。彼女がセルシュを大切な友人の一人に数えているから、尚更。
「どうして、そんな風に彼へ近付くのですか? ひょっとして何か脅されているとか……」
「え、まさか! わたしみたいに何の能力も無い小娘一人を傍に置いた所で、彼に何の得もありませんよ。戦いなんて出来ないし、かと言って戦略を立てられるような頭も無いし」
「では、自主的に近付いているのは確かなのですね。一体何故なのです?」
「……えっと、何ででしょうね、分かりません」
全く滑稽な話だが、セルシュも本当に分からないのだから仕方ない。ただ唯一言えるのは、どうしてだかセルシュ自身、ガノンドロフが気になってしまうという事。
少しでも心配を和らげようとセルシュは、ハンドタオルの件やここ二ヶ月ほどの交流の事を話してみた。普段の彼からは考え難い行動に、ゼルダもピーチもただ瞬きを繰り返すばかり。
「すごーい……。彼そんな事する人だったの? ちょっと信じられない」
「セルシュがこんな時に嘘を吐いたり冗談を言ったりするとは思えませんし、本当の事でしょうね」
「わたしも何が何だか……どうにも気になるので、邪険にされないうちは今のまま付き合おうと思います」
「分かりました。ではセルシュ、こちらのお菓子は私達で持って行きますから、そちらのお菓子を彼へ持って行ってあげて下さい。きっと彼、わざわざ食べに来ないでしょうから」
「はーい!」
ゼルダの言葉にセルシュは承認を得た気分になって、袋に入れた焼き菓子を手にキッチンを後にした。
「……ねえゼルダ、一ついいかしら」
「何です? ピーチさん」
「どうしてセルシュを行かせてしまったの?」
セルシュがキッチンを後にし、足音が遠ざかったのを確認してからピーチはゼルダに訊ねた。
ピーチもガノンドロフがゼルダの国を滅ぼしかけた魔王である事は知っている。だからこそ、彼女がセルシュをみすみす彼に近付かせる理由が分からない。ゼルダならガノンドロフに近付かないよう止めるかと思っていたのに。
「ピーチさんもご存知ですよね、我が国に伝わるトライフォースの事を」
「知恵と力と勇気を司る神の紋章よね。あなたが知恵でリンクが勇気、そして力が…………あ」
「何はともあれ、ガノンドロフも神の力を宿した者の一人なのです。私やリンクと同じように。そして彼が取ったセルシュへの態度……変化の兆しかもしれないと思いました」
今までのガノンドロフからは考えられない行動に、ゼルダは一筋の光明を見出だしていた。正の心を持たないが故に神の力を制御できなかったガノンドロフ。
もし彼に配下とは違う身近な存在が現れたら。
その存在が彼にとって守るべき対象になったら。
守るべき者や大切に思える者が現れれば、人は劇的に変われるものだ。その“ガノンドロフにとって大切な者”の立ち位置に、セルシュが限り無く近付いているような気がしてならない。
「一度だけでも信じたい。ガノンドロフが神から授かった力を、誰かを守る為に使えるのだという事を」
「……そう、そうね。ガノンドロフもあなたやリンクと同じ、神の力を宿しているのよね……可能性は低くても決して0じゃない」
危険な賭けになる可能性も否定できないが、この世界に来てからのガノンドロフを見ていると極端な問題を起こすような気はしない。そうなるとセルシュが、今までガノンドロフには居なかった、“守るべき大切な者”になる可能性もかなり現実味を帯びて来る。
優しさや慈しみの心をガノンドロフが知ってくれたら願ったり叶ったり。勿論ゼルダは完全には信用していないが、期待する価値はあると思った。セルシュ達の様子を常に気にかけ、危険なようならちゃんと話して彼女をガノンドロフから遠ざける気だ。
「上手く行くと良いわね、このままセルシュが彼の心を開いてくれれば……」
「とは言え、セルシュに頼りきりではいけませんからね。私も彼をよく観察して、周りの皆に危害が加えられないように行動してみますから」
「分かった、手伝える事があったら何でも言ってね、出来る限り協力するわ!」
半ばセルシュを利用する形になってしまうが、これで平和になるのなら汚名など幾らでも被る。そうゼルダは心に決め、セルシュが去った方を静かに見つめていた。
++++++
以前ガノンドロフが医務室へハンドタオルを返しに来た時とはまるで違う気分。足取りが軽い……いまにも飛べてしまいそうなほど。調子に乗らないようにと気を付けてはいるが、やはり浮かれてしまうのは避けられないようだ。
一番の懸案事項だったゼルダから後押しされた事で胸の支えが下りたらしい。リンクの事も気になるがゼルダが説得してくれるはず。セルシュはガノンドロフを探して城を走り回った。
まず部屋へ行き、ノックをしても返事が無いのでサロンへ。既にファイター達が皆で焼き菓子を食べていたが、そこにも姿は無い。誘ってくれたファイター達を断り、図書室や医務室も確認してから外へ出た。
城の庭は広く庭園から滝や泉まであり、隅の方は人目にもつき難いので静かに過ごしたい者達がまま利用していた。セルシュはその中でも更にひっそりとした、木立の一本に目当ての姿を見付ける。
「ガノンドロフさん」
こっそり近寄ったつもりがこちらを向かれたので、隠す事なく声を掛ける。何も言われない。ひとまず今は邪魔ではないらしい。
「焼き菓子を作ったんです。甘いものは平気ですか? あ、甘いものが苦手なファイターも居るので、そんなに甘くないですけど。宜しければどうぞ」
木の幹に寄り掛かり座っているガノンドロフへ近寄ると、屈託の無い笑顔で袋に入った焼き菓子を差し出すセルシュ。しかし彼は焼き菓子に手を出さず、真っ直ぐにセルシュの目を見て口を開いた。
「何故、俺に構う? 貴様に何の利があるんだ」
「えっ……。あ、すみません。お邪魔でしたか」
「質問に答えろ」
「は、はい! ……あの、利は、特に無いです」
「では何故だ。誰かに命令でもされたのか」
「誰にも命令されていません。自分の意思です」
二ヶ月間ガノンドロフと付き合って来て、こんな事を訊ねられたのは初めてだ。
セルシュは菓子を差し出していた腕を引っ込め、やや躊躇いがちに視線を返す。何か気分を害してしまったのか心配だったが、特に思い当たる節は無い。きっと彼ならば、気分を害されれば後回しにせずその場で言うだろう。
ではこれは、純粋な興味?
二ヶ月も付き纏う変な女に、遂に興味を持ってくれた?
「分からんな。利も無く命令された訳でもないのに、付き纏う意味は何だ。まさか他の奴らのように、下らん友情ごっこでもするつもりなのか?」
「友情? それは違いますよ。わたしなんかがガノンドロフさんと、同列に立てる訳ないじゃないですか。どう足掻いても見上げるしかありません」
セルシュは一切躊躇わず、きっぱりとそう答える。友情でないのは確かだ。ガノンドロフの位置が高すぎて横に並ぶなど不可能なのは良く分かっている。
ではこの感情は何かと考えた時に、ふとセルシュの頭に浮かんだのは与えられる事の喜びだった。自分では到底追い付けそうもない高い存在。しかも他者を思い遣り顧みる事など無い存在が、自分だけには近付く事を許し親しめに接しても払われない。そう、そんな存在からただ一人、“自分だけ”が特別に扱われている事が嬉しくてしょうがないのだ。
それに思い至った時、セルシュの中に渇望が生まれる。
もっと近付きたい、自分だけが特別に扱われたい。
その全身を駆け巡る渇望に耐えられなくなり、震える声で全てを話した。話を聞いたガノンドロフはやや目を見開き、予想外の主張に少なからず驚いた様子。そんな様子も他人には見せるまいとセルシュは益々喜びに打ち震える。
「ガノンドロフさん、わたしでは役に立たないのでお側に置いて下さいとは言えません。ただ、時折こうして近寄る事を許して貰えませんか?」
「何だと?」
「もう駄目なんです。わたし、自分だけに与えられる事の幸福に、喜びに気付いてしまいました。これを失いたくありません」
「……見掛けによらず良い度胸をした女だ。この俺を自己満足の為に利用しようと言うのか」
ガノンドロフからは呆れも嘲笑も感じ取れない。それどころか、やや戸惑うような雰囲気すら感じる。恐らく今まで居なかったタイプの存在なのだろう、言っているセルシュ自身も己が何を言っているのか頭が付いて行かない。
この胸の高鳴りは一体何か、恐怖ではなく……ひょっとして、恋慕? はっきりとした事は分からないが、自分の身に今、溢れ零れそうな程の喜びが満ちているのは間違い無い。
ただ幸せで、こんな風に何の取り柄も無い自分が誰かの特別扱いを受けているのが信じられなくて。
「(……あ、これってまさか劣等感なのかな)」
ふと、セルシュの頭を巡るそんな思考。
Dr.マリオの助手として働いているが、つまり結局は補佐レベルの事しかしていない訳で……自分が居なくてもドクターなら何とかしてしまうだろう。
戦えず万一の時に自分の身すら自分で守れない、単なる役立たずの存在。当然ファイター達はそんな事を考えてはいないだろうけれど、自分で自分を貶めるのは避けられない。先程ガノンドロフに、決して対等になれないから友情ではないと言ったが、友情を築いている他のファイター達とも本当は対等な位置になど着けない。
役立たずな自分と、万一の時には命を懸けて戦うファイター達とでは、決して越えられない絆という名の壁が存在している。自分は彼らに本当の意味で交ざる事など出来やしない、親しく交流しつつもそんな寂しさがセルシュの心中でずっと燻っていた。
その寂しさ、胸にぽっかり空いた穴を埋めてくれた意外な人物ガノンドロフ。今こうして彼の傍に在る事はセルシュの心を幸せでいっぱいに満たしてくれる。
「お前が策略も恐怖心も無く近寄るのは、特別扱いされたいという理由か。その為だけに俺と関わりを持とうとするとは呆れた奴だ」
「あの、……すみません。鬱陶しい時は言って下さればお邪魔しませんから」
今更、魔王とまで呼ばれる男に何という事を言ったのだろうと焦りが浮かぶ。ガノンドロフからは相変わらず怒っているような雰囲気を感じ取れないので、大丈夫だとは思うが。
「……好きにしろ」
小さな溜め息と共に吐き出された言葉に、セルシュは顔や態度に出さず心中で喜びに打ち震える。こちらも小さめな声で、しかしはっきり相手の耳へ届くよう礼を言った。
1/2ページ