ヒーローの背中
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スマブラファイター達の暮らすピーチ城からやや離れた山林の中。
Dr.マリオの助手として医務関係の補佐仕事やファイター達の世話を行っている少女セルシュが、地面に露出した大きな木の根に座り込んでいた。
「……どうしよう」
薬草を摘みにやって来たが、十分に摘んでさあ帰ろうという時に転び足をくじいてしまった。ぶちまけた薬草は這いずりながら回収したものの、お陰で足を中心にあちこち擦り傷だらけ、服も体も土埃と草だらけ。落ち着いてみれば急激に自分がみじめになって、くじいた足に体力の消費も相まり動けなくなってしまった。
聞こえるのは風による木々の葉擦れの音に虫の声、時折 届く小動物の草を掻き分ける微かな音だけで、心細さにますます動けない。
日が暮れればきっと心配したファイター達が探しに来てくれるだろうが、それまでずっとこのままなのは……。
と、そこで先程まで時折聞こえていた、小動物が草を掻き分ける音とは明らかに違う足音と草の音。そちらを見たセルシュの視界に映る、大型のイノシシがじっと視線を向けて来る姿。
「ひっ……わ、わ……」
思わず身を縮めて引こうとするが、下手に動いて刺激しては追われるかもしれない。イノシシはじっとセルシュを見たまま荒い息を吐いているだけで、動こうとはしていない。
「(お、お願い、早く向こうに行って、お願い……!)」
泣きっ面を刺しに来たにしては大きすぎる相手。不安と心細さに恐怖が追加されいい加減に泣いてしまいそう。
視線を逸らさないようにするが、これは熊の対処法だったような、イノシシにも効くのかな……と不安が増幅しようとした時、聞き慣れたよく通る声がセルシュに届いた。
「大丈夫かセルシュ!」
「え……マ、マリオさん?」
名を呼ぶが早いか現れた我らがヒーロー・マリオは、すぐさまイノシシへ距離を詰めるとわざと大振りな攻撃を繰り出して威嚇し、近くの地面を攻撃して追い払う。
イノシシが完全に去った事を確認してからセルシュに駆け寄ったマリオは、あちこち汚れて傷だらけのセルシュを心配げに労った。
「可哀想に、こんなに傷だらけで汚れて……早く城へ帰ろう」
「ど、どうしてここに?」
「一旦 乱闘をやめて休憩がてら城内をぶらぶらしてたんだよ。そしたら医務室の入り口に、お前がこの山に薬草摘みに行ってるって張り紙があったから、手伝おうと思って」
時間的に手伝うのは遅かったけどな、と軽く笑ってくれるマリオに、ほっと安心して涙が溢れて来た。俯いてぽろぽろ涙を零し始めたセルシュに、今度は慌てるマリオ。
「お、おい、もしかしておれが来る前に何かあったか!?」
「ち、違うんです、……マリオさんが来てくれて、安心しちゃって……」
泣き笑いのような表情で言うセルシュに、マリオも困ったような笑顔で背中を優しく叩き落ち着かせてくれる。
足をくじいた事を知ると迷わずおぶってくれたマリオに、セルシュは申し訳なくなりつつも嬉しさの方が勝ってしまった。
マリオと言えばスマブラファイター達の中でもリーダー的な存在感を放っていて、何かが起きた時に率先して動いたり指示を出したりしている。
他の仲間に囲まれている事も多く、戦えないセルシュにとっては少し遠く感じる存在だった。他のファイターと比べて特別に交流が少ない訳ではなく寧ろ普通程度なのだが、心情的には画面の向こうのヒーロー、といった感覚。
人気者で頼られる事も多いそんなヒーローの背中を、今は独り占め。
「ごめんなさいマリオさん、わたし重くないですか?」
「気にするなって、こう見えてあちこち冒険してるんだから。セルシュなんか背負ったって軽いもんさ」
「かっこいい」
軽く笑いながら冗談めかして言ったが、本心だと少しは伝わってくれただろうか。
幾度も冒険して自国のみならず他の様々な地の危機を救って来たヒーローの背中は、あまり大きくはない。それでも現れてくれるだけで安心させてくれる、きっと大丈夫だと心まで救ってくれる。
短い制限時間付きの独り占めを少し胸を痛めながら堪能していたセルシュに、ふとマリオが。
「……今はセルシュを独り占めだな」
「え?」
「セルシュは乱闘しないだろ? ファイター達に比べたら交流は少なめだし、いざ城に帰って来てもお前は人気者だから誰かと一緒に居る事も多い。けど今はそんなお前を独り占めできるんだから、手伝いに来て正解だったな」
「……」
まさか。心情的には遠いヒーローだと思っていたマリオが自分に対しても似たような感覚を持っていたなんてと、言ってくれた事への嬉しさと同じような存在だと思われていた事への恐れ多さが混ざって、セルシュは言葉が上手く出ない。
「え、えと、そんな、人気者はマリオさんじゃないですか。それにほら、わたしなんか独り占めしたって、……えっと、意味もあんまり……?」
「意味はあるある。他の連中に自慢できるしな。……正直、手伝いに行こうと思ったのはセルシュと二人でゆっくり過ごしてみたかったからなんだ」
もしかして今、本当は自分はイノシシにやられて気絶し夢でも見てるのではないかと、あまりの展開にセルシュの頭が混乱し始める。
遠い憧れの対象だった存在が、自分と二人きりで過ごしたかったと言ってくれる……そんな事ってある? と、自分の頬をつねろうとするが、動揺を悟られたくなくて余計な動きが出来ない。
他意は無いのかもしれない。乱闘で触れ合わず交流も多い訳ではない仲間としっかり交流しておきたかった、というリーダーらしい理由かもしれないし、言うなればテーマパークのマスコット相手のような、ただ常に誰かに囲まれている相手を独り占めしてみたい、という感覚だけかもしれない。
それでも今の言葉は、期待を持たずにはいられない。
「セルシュはいつも、おれ達を気遣って世話を焼いてくれるから。そんなお前を独り占めしてみたいって憧れてたんだよな」
「あこ、憧れなんて、別にわたし、そんな大層な存在じゃ……」
それならわたしの方こそ、憧れのマリオさんを独り占めしてみたかったんです、なんて。それを口に出せたら何か変わるかもしれないのに。
「(……言えないなあ)」
そんな勇気がセルシュには無かった。マリオが言ってくれたように自分も軽い調子で言えばいいのかもしれないが、いざ口を開こうとすると言葉が喉につっかえて、出て来ない。
その苦しさにただ胸が痛んで、セルシュはマリオにしがみつく腕に少しだけ力を込めた。
セルシュなんか背負ったって軽いもんさ、との言葉に嘘は無いようで、マリオの軽い足取りは衰えず短時間で山林を抜けると どんどん城へ近付いて行く。遠いヒーローの背中を独り占めできる時間が終わってしまう。
どうにかしてこの時間を続けられないか頭を捻っても答えは出ず、ただひたすら切なさがセルシュの胸を満たしていた所へ、マリオが口を開いた。
「なあセルシュ、次から薬草摘みに行く時は おれに声かけろよ」
「え?」
「今日みたいな事があるかもしれないし、そもそも一人で山やら森やらに入るって危ないだろ。誰かと一緒に行った方がいい」
「……いいんですか?」
「もちろん。前日にでも言ってくれれば予定は空けられるから、遠慮せず言ってくれ。おれが居ない時や外せない用事がある時は他の奴でもいいし」
自分に真っ先に声をかけろと。自分が居ない時には他の者に声をかけろと。
それすらもリーダー格として扱われている事への責任感で、他意は全く無いのかもしれないが。
「(さっきからずるいよマリオさん……都合の良い受け取り方しちゃう……)」
年頃の少女にこの言い方は期待をするなと言う方が無理な話。
けれど、まるで自分が勇気の出なかった分をマリオが言ってくれたかのようで、セルシュもここで一歩を踏み出さねばと決意する。相手の発言に乗っかるだけの情けないものではあるが、それでも一歩は一歩。
「じゃあマリオさん、次回からお願いします。出来るだけ早めに言いますね」
「そうしてくれると助かるよ、予定調節して確実に一緒に行けるからな」
またも嬉しい事を言ってくれるマリオに、さっきまでの胸の痛みと切なさはどこへやら、セルシュの心は喜びと幸福で満ちる。
今はただ、もしかしたら伸びるかもしれない優しく頼もしいヒーローの背中を独り占めできる残り時間を、ゆっくり堪能するのだった。
*END*
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