春風そよぐ昼下がり
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特に何でもない穏やかな昼下がり、ファイター達が殆ど出払ったピーチ城はしんと静まり返っていた。開いた窓からそよぐ風と木々の葉擦れの音が聞こえるサロンに、一人の穏やかな少女の声。
「はいメタナイトさん、カフェオレ。ルカリオは紅茶ね」
「ありがとう、セルシュ」
「悪いな」
Dr.マリオの助手として医務関係の補佐仕事をしたり、家事などの雑事やファイター達の身の回りの世話をしているセルシュ。
仮想空間で行われる乱闘へ行かず残っていたメタナイトとルカリオに、折角だからと飲み物を出してあげた所。自分の分の紅茶も淹れて、ささやかにお菓子を広げたり。セルシュから手渡されたカフェオレを一口飲んで、メタナイトは息を吐く。
「しかしファイターの居ない城はこれ程までに静かなのだな」
「ええ、いつもこんな感じよ」
「寂しくはないか?」
「うーん。少し寂しいけど、皆が帰って来るのが楽しみでもあるから」
「ふ……そなたは前向きだな」
「あ、いま笑った」
「感心しているのだ」
言いながらセルシュの用意した菓子に手を伸ばすメタナイト。セルシュも同様にしながら、静かに紅茶を飲んでいたルカリオに個包装されたチョコを渡した。
「ルカリオ、チョコレート好きだったよね」
「ああ、すまない」
「今日は乱闘に行かないの?」
「久々に自主練した。もう少し休憩したらまた始めるさ」
「自主練って大事なんだ」
「そればかりでも駄目だけどな。時折、一人で集中するのも必要だと思ってる」
「へえ~……」
全く戦う事の出来ないセルシュにとって、根っからの格闘家である彼の言動は別世界。まるで物語のようで、詳しくは分からなくとも話を聞くのは楽しい。ファイターの多くが同じようなものではあるが、戦いそのものを生きる目的としている者はまた別格だ。
「みんな凄いなあ」
「セルシュ、まだ自分を役立たずだなどと思っているのか?」
「もう思ってないよメタナイトさん。皆が悲しんじゃうから」
戦えず医務関係の仕事も補佐程度の事しか出来ない自分を、セルシュは以前、役立たずだと思い仲間達に引け目を感じていた。けれどそれを知られて皆に悲しまれ怒られて、考えを改めた。
「わたしはわたしの出来る事を、出来る範囲でやるだけ」
「それでいい。何も気負う必要は無いし、卑屈になる事も無い」
穏やかに言ってくれるメタナイトに、セルシュは微笑みを返す。せっかく強く優しく頼もしい仲間達と居るのだからマイナス思考は勿体ない。こんなに楽しい日々を楽しまないなんて損だ。
とても天気がいい。サロンの窓は殆どを開け放していて、入り込んで来るそよ風が薄いカーテンを揺らす。冬が明けてから久しく、全ての生命が春の息吹を体感していた。セルシュは皆でピクニックにでも行く想像をしてつい微笑んだり。
そんな彼女を見たメタナイトとルカリオもつられて微笑む。
「ご機嫌だなセルシュ」
「だってこんなに天気が良いもの」
「さっき洗濯物を干す時に鼻歌を歌っていたくらいだからな」
「!? み、見てたのルカリオ!」
「干し場の近くで自主練してたんだ。少し動きがスキップじみてなかったか?」
「あわわ、忘れて、お願いだから忘れて!」
ほんのり赤く染まった頬を隠すように俯いたセルシュは、そのまま片手を振ってわたわたと妙な動きを始める。その様子が可愛らしくて、メタナイトとルカリオは更に頬が緩んだ。
何だかんだ言ってセルシュは皆の人気者である。それは友人としては勿論、他にもアイドルのようなものだったり、悪い意味ではないがマスコットのようなものだったり。
それぞれがそれぞれ違った感覚を持っていはするが、共通しているのは、セルシュは平凡でか弱くて守りたくなる存在という事だ。
“平凡でか弱い存在”は、平凡と言うだけあってどこにでも居るだろう。しかしこの城に集うファイター達は内容に差はあれど、全員が歴戦の戦士。であればその周囲に集まるのも自然と戦える者が多くなる。
そう、多くのファイター達にとって“戦えない平凡でか弱い存在”は、全く凡百の存在ではない。彼らの近しい者達の中に、なかなかそういう者が居ないのだ。
平凡で主だった特徴の無い彼女が、いっそファイター達の上に君臨する女王にすら見える事もある。勿論セルシュはそんなタイプの人物ではないのだが、周囲が勝手に特別視している為にそいういうイメージが浮かぶ訳だ。
メタナイトがポットを片手にセルシュにお代わりを勧める。
「セルシュ、紅茶を淹れよう」
「え、メタナイトさんが淹れてくれるの?」
「いつも淹れて貰っているからな。たまにはやらせてくれ」
「わー、なんか珍しい。すっごいレアな体験してるかも」
遠慮なくご厚意に甘えて紅茶のお代わりを淹れて貰う。温かな湯気の立つ香り高い紅茶はピーチ姫とデイジー姫のセレクト。彼女達の選ぶお茶は色に係わらず外れが無い。
「ほらセルシュ、菓子もまだあるぞ」
「ありがとうルカリオ。何か至れり尽くせりで照れそう」
はにかむ笑顔で嬉しそうに言うセルシュに、メタナイトとルカリオも癒やされる。
これが彼女の特長であり仕事の一環でもある。周囲に居る者達を自然と和ませ癒やしてしまう存在。特殊な能力など何も持たないセルシュではあるが、それはまるで魔法のようで。
「お世話して貰えるって嬉しいなあ」
「それを、そなたはいつも皆にやっている訳だ」
「なるほど。もっとやる気出ました!」
「程々にしろよ、お互いの為にも」
あまり世話を焼くと必要以上に意識して勘違いする者が現れそうだ。
その癒やしの雰囲気が過ぎる為か意外にも浮いた話の無いセルシュだが、何かの切っ掛けがあればすぐにでも恋心を持たれてしまいそう。この“平凡でか弱い少女”が、それだけファイター達にとって特別で好意を寄せる存在になっている。
一人が意識して恋心を持てば、それに気付いた者が己の心を顧みて連鎖的に恋心を持つ事にもなるだろう。場合によってはハーレム状態になってしまう可能性もあるが、果たして今のセルシュがそれを望むのかと考えると、無さそうだ。
皆が大事、皆が大好きな彼女にとって、誰かの特別な一人になるのは躊躇う事。もう少しセルシュが大人になれば気持ちも変わるだろうし、誰かの特別な一人になりつつも皆の癒やしで居る、という器用な事が出来るようにもなるだろうが、今のセルシュにそれが出来るかと言うと……。
「……ルカリオ、万一の時は牽制が必要だと思わないか」
「奇遇だなメタナイト。私も同じ事を考えていた」
「どうしたの二人とも」
「こっちの話だ」
今のセルシュにはまだ早い。些か過保護のようにも思えるが、本人の為にもファイター達の為にもこれが最善だと二人は確信している。その純粋さが癒やしの一因にもなってはいるのだが、同時に色々な意味でセルシュはまだ未熟だ。恋とは綺麗なばかりでなく、汚い面も持っているのだから。
そこで気になり、メタナイトが少々躊躇いがちに訊ねた。
「セルシュ。そなた……好いた男は居るのか?」
「えっ?」
「友人としてではなく、特別に恋として……」
「ちょ、ちょっと待って、どうしたの急に!」
メタナイトとルカリオが考えていた恋の話。その内容を知る筈も無いセルシュは突然 話題を振られて焦る。
そんな事を言われても、今まで恋をした事は無い。しかしそれが妙に恥ずかしい事のような気がしてハッキリ言えなかった。
「あー、うーん、恋をした事なら……あるような、無いような?」
「あるのか」
「ほう」
「え、ちょっと、メタナイトさん剣しまって。ルカリオ波動溜めないで。というか二人とも座って落ち着いてどうしたの」
突然 立ち上がって闘志を燃やし始めるメタナイトとルカリオに、困惑するしかないセルシュは何とか二人を宥めて座らせる。
「二人とも少し疲れてるんじゃないの? 休憩は大事だよ。たまには丸一日くらい、乱闘も訓練もしないでノンビリしたら?」
「そうだな……鍛錬無しは無理だが、今日はもうセルシュの言う通り乱闘には行かずにおくか」
ファイター達にとっては当たり前の日常なのだろうが、戦いなど全くしないセルシュにとって、毎日毎日乱闘や鍛錬を繰り返す彼らは見ていて疲れないのかと心配になってしまう。
時々は戦いの事をすっぱり忘れてノンビリして貰いたいが、余計なお世話な上に戦士には失礼かと思い、今までずっと言えずに居た。それを思い切って言ってみた訳だが、普通に受け入れて貰えてホッとする。
「メタナイトさんとルカリオは乱闘や訓練が多いから、あんまりこうして一緒に居られないよね。嬉しいなぁ、同じ場所に居ても妙に隔たりがあるような気がしてたから」
「そうか……そんなに距離を感じさせてしまっていたのか」
「気にしないで、わたしが勝手に感じてただけだよ」
「セルシュも乱闘に出てみるか?」
「いやー、さすがにそれはご遠慮しよっかなあ……」
ファイターの仲間達と同じ位置に居られるのは魅力的ではあるが、今現在 全く戦えない自分が彼らと対等になるには途方もない時間が必要だろう。そうなるまでずっと足手纏いなのは気が引ける。自分は城で仲間達の帰りを待ち、戻った彼らの世話を焼くのが性に合っている。
乱闘ステージは仮想空間にあるので怪我をしたまま帰って来る事は無いが、体調まではそうもいかない。乱闘以外で怪我を負ったり病気に掛かったりする者も居るので、補佐程度でも居る意味はちゃんとあるのだ。
それに医務関係の仕事や身の回りの世話だけでなく、話を聞いたり何気なく一緒に居たりと、一見大した事は無くともファイター達のケアになる事もやっている。セルシュはそんなつもりは無いかもしれないが、確かに彼女の言動はファイター達の支えの一部になっていた。
「わたしは皆のお世話に専念するよ」
「これは……やはり本格的に対策を練らねばならないな」
「メタナイトさん、さっきからどうしたの。何の対策?」
「セルシュが悪い虫に喰われたりしないような対策だな」
「ルカリオまで変なこと言ってる……」
何だかんだ言いつつも、セルシュはこの時間を楽しんでいた。
戦いを生きる為の手段ではなく生きる目的としている、あまり一緒に居る事の無いメタナイトとルカリオ。そんな彼らとこうしてほのぼの会話が出来る時間はとても貴重。
セルシュは再びポットを手に取った。
「メタナイトさん、ルカリオ。お代わり淹れるわ」
「では頼もうかな」
「私も頼む」
ゆっくりしながら、もっと二人と話す為に。
セルシュは微笑んでカップを受け取った。
*END*
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