退路は断たれた
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スマブラファイター達が暮らすピーチ城の医務室、Dr.マリオの助手として働いているセルシュ。戦えない自分では本当の意味でファイター達に交ざる事は出来ないという劣等感による心の穴を抱えていた彼女。それを埋めてくれたガノンドロフと交流していた彼女は、ある事件の後からそれが出来なくなっていた。
謎のスライムに襲われ連れ去られようとしていた所を助けて貰い、熱が出ていた自分の傍に居てくれて、そして救出の際に付けられた頬の傷を……。
「……」
時間が経とうが、思い出すたび恥ずかしくなってまともにガノンドロフの顔を見れない。これまでは一人で居る事の多い彼の元へ行き、決して出しゃばらず、言葉少なくを心掛けて傍に居たが、心地良かった筈の沈黙すら耐え難くなってしまっている。
そうして彼との交流が出来ないまま何日も過ぎて行き、このまま以前のように近付く事すら出来なくなるのかと落ち込み始めたセルシュ。
仲間達に心配を掛けまいと人前では普通に過ごそうと努めていたが、ガノンドロフとの交流が目立っていただけに、それが無くなれば心配される。
中でも二人の交流を認めてしまっていたゼルダは特に心配そうで。
「セルシュ、最近どうです? ガノンドロフとは」
「え、えっと、まあその……」
「全く傍に行かなくなったようですが、まさか……何かされたのですか?」
「いえ別に、何かされた訳じゃ……」
言いかけて思い出す、されてしまった“何か”。あの程度、別に何の意図も無いかもしれないしセルシュが意識し過ぎなだけかもしれない。
しかし男性との接触など治療と親愛以外では全く持った事の無いセルシュにとって、あれは世界が一変する程の衝撃で。
顔を赤くして黙り込んだセルシュに、思ったものとは違う反応が返って来たゼルダは困惑した。酷い事でもされてしまったのかと思ったが、セルシュの顔は全く嫌そうではない。それでも一応 問うてみる。
「私に話したからと言って、遠慮する必要はありませんよ。交流が嫌になったのなら、やめたって誰も……」
「ち、違います、やめたくはないんです!」
思わずといった体で発された、やや叫ぶような言葉。それがセルシュの本心だと如実に示され、ゼルダは余計に困惑した。
交流は続けたい、しかし近づけない、そしてあの反応なら“何か”があったのだろうが、その内容が想像もつかない。
「……言いたくないのでしたら、無理には訊きません。しかし何かあれば遠慮なく相談して下さいね」
「ありがとうございます……」
正直、言えない。あの程度で意識し過ぎだとは思うが、経験値が圧倒的に足りないセルシュにとっては高難度。結局 何も解決しないままゼルダと別れ、塞がった八方がどんどん狭まって来る現状にセルシュは溜息しか出なかった。
しかし。
その塞がりつつあった八方が突然こじ開けられる。
ゼルダと話してから数日。相変わらずガノンドロフに近付けずにいたセルシュが人気の無い城の廊下を歩いていると、分かれ道になっている死角から太い腕が伸びて来た。そのまま抵抗も出来ず一気に引きずり込まれる。
「わ、わっ!」
一瞬で壁に押し付けられ、見上げれば不機嫌そうに顔を歪めたガノンドロフ。片手はセルシュの腕を掴んだまま、もう片手は手の側面を壁に叩き付けるように押し付けられ、体格差で閉じ込められたようになってしまう。
睨み付けるように見下ろして来る視線に血の気が引くが、何も言い出せない。少しの間二人を沈黙が覆うものの、やがてガノンドロフがその不機嫌そうな表情に違わぬ声音で静寂を破る。
「どうした、もうお遊びは終わりか?」
「っ、え」
「この俺を散々自己満足の為に利用した挙句、用が無くなればあっという間に捨て置くとは……お前も随分といい性格をしている。俺の邪悪さに引けを取らんぞ」
「ち、違……」
「何が違う」
「お遊びだなんて……わたしの心の穴を埋めて貰えて、どれだけ救われたか……! それに捨て置いた訳ではありません、だってあなたがあんな事を……!」
言ったら思い出して、一気に頬を赤く染めたセルシュが黙り込んで俯いた。あんな事、とは何の事を言っているのか分からず、不機嫌そうなだけだったガノンドロフの表情が次は疑問で歪む。
「違うと言うなら説明しろ。お前のような脆弱な人間の心持ちなど、俺には分からんからな」
「あ、あぅ、……その、えっと」
相変わらず頬を染めたまま、下げた視線を彷徨わせるセルシュ。先に進みそうにない状況にガノンドロフは再び苛つきを顕わにし始めるが、ふとセルシュが自分の許へ来なくなる前にあった事を思い出す。
スライムに襲われ連れ去られそうになっていたセルシュを助け、医務室の彼女の自室まで運び、それから……。
セルシュの赤く染まった頬、困ったような表情、そしてあの出来事。合点がいったガノンドロフから不機嫌さが消え、表情も声音も揶揄うようなものに変わった。そして逃げ場が無くなり後は貪られるだけの草食動物となったセルシュを弄び始める。
「成程、これは悪い事をした」
「え?」
「最後までして欲しかったのか。気付いてやれんとは男として失格だったな、お前が避け始めるのも当然だ」
「最後……?」
「俺の部屋に来い、望みを叶えてやる」
「あの、わたしの望みって? 最後までって、何の事か分からないんですけど……」
「それはどこで覚えた? なかなか高度な誘い方をする」
「???」
ガノンドロフが何を言っているのか分からずきょとんとするセルシュだが、少しだけ考え、その“最後”に思い当れば顔を焦燥に染め始める。そんなセルシュに構わず掴んでいた腕を放したガノンドロフは、彼女の顎に指を掛けると更に上向かせた。
「えっ、え、ちが、そうじゃなくて、わたし、そういうつもりじゃなかったんです」
「見掛けによらず男を誑かして遊ぶ性質か、本当にお前という女は……」
「だから本当に違うんです! ただあんなの初めてで、恥ずかしくてしょうがなかっただけなんですっ!」
あまりの羞恥と危機感と、勝手を言われる事に対してのほんの少しの苛立ちと。感情がごちゃ混ぜになったセルシュが半泣き状態で自棄を起こしたように声を荒げる。それを見下ろしたままのガノンドロフがくつくつ笑い出した。
「随分と揶揄い甲斐があるなお前は。そうか、余りに俺を意識し過ぎた結果か」
「……えっと」
揶揄われていた。
それに気付いたセルシュの頬が、羞恥ではなく怒りで染まった。身を捩ってガノンドロフの手から逃れると、軽く睨み付けるようにして声を絞り出す。
「ひ、酷いです、そんな風に揶揄うなんて……!」
「その酷い男に依存していた癖に、よく言う」
「う……」
そう、ガノンドロフがどういう男かは一応セルシュも分かっていた。出会って間もない頃にゼルダから紹介がてら忠告を受けていたし、そうと分かって近付いたのは自分だ。寧ろ揶揄われる程度で済んでいる事を良かったと思うべき相手。
……揶揄う?
果たしてこの男が、誰かを揶揄って遊ぶ事などあるのだろうかとセルシュは考える。ゼルダに話したら、ハンドタオルの件の時のように驚かれるのではないかと思えた。
セルシュがガノンドロフに近付いた理由。他者を思い遣り顧みる事など無い存在が、自分だけには近付く事を許し親しめに接しても払われない。ただ一人、“自分だけ”が特別に扱われている事が嬉しくてしょうがない。
戦えない自分と、いざという時には命を懸けて戦えるファイター達という、確かに存在するれっきとした壁。本当の意味で彼らファイター達には混ざれないのだという寂しさ。その胸にぽっかり空いた穴を埋めてくれた、ガノンドロフからの“特別扱い”。
……今の状況もまた、特別扱いなのではないだろうか。そもそもガノンドロフは何故あんなにも苛ついた様子で、セルシュが避けていた事を咎めるように言って来たのだろうか。
「(……ど、どうしよう。考えれば考えるだけ調子に乗っちゃいそう……)」
そんな事がある訳がない、何の役にも立たない自分がガノンドロフに必要とされる事など絶対に無い。
そう思っても浮かんでしまう、セルシュが来なくなった事が嫌だったのではないか、という考え。
ガノンドロフは十分に遊んで満足したのか、黙り込んだままの彼女に容赦せず結論を促した。
「それで。お前にとって俺はもう用無しという事になる訳か」
「! いいえ、そんなの絶対に有り得ません! わたしこれからも、あなたの……」
そこで一旦黙るセルシュ。これを言ってしまったら、もう後戻りは出来ない気がする。
どこかでゼルダの止める声が聞こえた気がするが、周囲に誰も居ない静かな廊下、それは間違いなく幻聴で。
止める者など誰も居ない。セルシュは一つ深呼吸すると、改めて取り返しのつかない道へ足を踏み入れた。
「あなたの、傍に居たいです。また近くへ行っても構いませんか?」
「……好きにしろ」
いつかガノンドロフに自分の心情を吐露して傍に寄る許しを乞うた時も、同じ返事が返って来た。
しかしあの時の、呆れと困惑が混じったような声音と表情ではない。少し上がった口角、どことなく穏やかに聞こえる声、言ってしまえば“嬉しそう”と表現しても差し支えが無い。
怒りに変わった筈の感情が再び羞恥と、そして期待に変貌する。
「あ、有難うございます! じゃあわたし、医務室へ戻るので……」
「待て」
嬉しさに歪みそうになる顔を隠す為に立ち去ろうとしたのに、腕を掴まれ引き止められる。え、と思ったのも束の間、軽く引き寄せられ肩を抱き寄せられた。
「!?」
「勝手に寄って来て自己満足に利用し、かと思えば勝手に離れ、そしてまた勝手に寄って来る。いつまでも俺が振り回されたままで居ると思ったか?」
「う……」
「俺は俺でお前を暇潰しにでも利用するとしよう。振り回されて貰うぞ」
もう十分に振り回されている。
それを言った所でやめてくれる訳も無いと悟ったセルシュは、力無く俯いて。
「お、お手柔らかにお願いします」
「俺がそれを聞く義理は無いな」
「……仰る通りで……」
これから何が起きるのか、何をされるのか。
自身の心に浮かぶ不安と緊張の中に、確かに湧いて来る期待がある事に気付き、セルシュはどう足掻いても逃げられない事を悟った。
*END*
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