年貢の一つも納めないとか図々しいにも程がある
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「あのさセルシュ、最近ロイの様子がおかしいんだけど何か知らない?」
マルスにそう訊ねられたのは、ロイがファイターに復帰してから一週間後の朝。
一緒にDX時代から、しかも同じ傾向の世界から参加していた身として、彼は誰よりもロイの復活を喜んでいた。
だからこそロイの変化にいち早く気付き、数日の逡巡の後にロイと親密なセルシュに訊ねたというわけ。
セルシュも何となく、ここ数日ロイの様子がおかしい事に気付いている。
どこか疲れたような顔をしているし、その割に以前にも増して乱闘を重ねようとするのだから心配だ。
だがセルシュが心配して声をかけても、大丈夫大丈夫と笑って言うだけ。
「セルシュでも分からないんじゃあ、お手上げじゃないか。無理して倒れないといいけど」
「そうねえ……でもロイってそんな無理するタイプじゃないわよね。疲れたら休むし。戦時中とかだったら無理するかもしれないけど、今は平和なんだから」
「……そのロイが、こんな平和な時に無理しているように見えるから心配なんだよ」
「……まあ、そうなんだけど」
何にしても、ロイが話してくれなければ原因は推測するしかない。
ああやって無理しているように見えるまで乱闘に乱闘を重ねる理由は……。
誰かから小馬鹿にでもされたのだろうか? だから戦って強さを証明しようとしている。
一旦ファイターから除名され、再びの参戦なので揶揄する者も居るのかもしれない。
セルシュなら話してくれるかもしれないからとマルスに頼まれ、改めてセルシュはロイに最近の様子を訊ねてみる事にした。
Dr.マリオに断って医務室を後にし、ロイの姿を求めてピーチ城の中を歩き回る。
……と、2階から降りて来るロイを発見した。欠伸をしていて眠そうだ。
いつも早めに起きる彼がこんな時間に起きて来るなんて珍しい。
おはよう、と笑顔で挨拶しながら近寄ったセルシュだが、彼の目の下に濃いめの隈が出来ているのを発見してからは、慌てて駆け寄る。
「ロ、ロイどうしたのその隈! 眠れなかったの!?」
「んー……まあ、ちょっと。いろいろあって。ちょっと朝食たべて乱闘行って来る」
「だめよ、何日も前から疲れてるみたいだったのに、そんな寝不足で乱闘なんて……! 今日はゆっくり休んで、また明日からにしなきゃ」
「駄目なんだよ、もっともっと強くならないと……とても勝てない」
やはり、誰かに参戦を揶揄されたのかもしれない。
しかしロイがそんなに勝てない相手が居たかとセルシュは首を傾げる。
負ける事もあるが勝つ事もある。少なくとも特定の相手に負け続けのような事は無かった筈だ。
「ロイ、あなた一体だれに勝ちたいの?」
「……言えない」
「言えない相手……? でも試合を見ていても、特定のファイターに負けたりしてなかったじゃない」
「違うんだよ、ファイターじゃないんだ」
「え、じゃあどこの誰?」
「……強いて言うなら、お代官様、かな」
「………。はい?」
お代官様?
少し答えてくれたロイだが、ますます疑問が深まってしまった。
お代官様とは、一体だれの事なのだろうか。
そんなあだ名で呼ばれるファイターなど知らないし、ロイが個人的に呼んでいるのも聞いた事すらない。
つまりファイターじゃないというロイの言葉は本当のようだが……。
だからと言って、ロイがファイター以外の誰かと戦っている所など見ない。
故郷の世界の誰かかもしれないが、復帰してから数日は普通だったし、以前にファイターだった頃もそんな事が無かったので、可能性は薄いだろう。
「ロイ、本当に大丈夫? あなたは大丈夫って笑うけど、すごく疲れてるじゃない。心配で仕方ないの。わたし……ロイのこと、好きだから」
「セルシュ……心配かけて悪い。だけどこれだけは譲れないんだ」
真面目な顔で言い、ロイは立ち去ってしまった。
親密な二人だがその理由はこれである。
ロイがファイターに復帰してから数日後、彼から告白され付き合い始めた。
ファイター達も周知で、堂々と幸せな毎日を送っていたのだが。
……そう言えばロイの様子がおかしくなったのは、自分達が付き合い始めてからのような気がする。
その事に気付いた時セルシュが思ったのは、自分がロイに無理をさせているのではという事。
しかし思い当たる節が全く無い。
告白はロイからなのだから、無理して付き合っているなんて事は無いだろう。
まさか、付き合ってみたら想像と全く違って後悔しているとか。
「(な、ないない。ロイならきっとハッキリ言うわよ。……多分、無いと、思う)」
やはり鍵を握るのは“お代官様”。
得た情報を手土産にマルスを空き部屋に呼び、のんきに紅茶を淹れながら話してみる。
が、やはり反応はセルシュがロイに見せたものとあまり変わらず。
「お、お代官様?」
「うん、そう言ってた。時代劇でも見たのかな」
「で、一体誰なんだい、そのお代官様っていうのは」
「分からないからマルスに訊きたいの。ファイターじゃないみたいなんだけど、心当たり無い?」
言われても、マルスにも心当たりなど微塵も無い。
彼もロイがファイター以外と何度も戦っているなんて聞いた事が無いし、そもそも“お代官様”なんて、場違いどころか世界違いな名詞をロイが口にするとは。
ひょっとしてロイの“勝ちたい相手”が、自らそう名乗ったのだろうか。
だとしたらとんでもないお調子者か見栄っ張りか馬鹿である。どれにしろ馬鹿である。
ふぅ、と疲れたような溜め息を吐くセルシュとマルスだが、戯れに紅茶のカップを手に取ったら、全く同じタイミングだったのでお互いに笑みが零れた。
それで疲れかけていた心がいくらか癒やされ、もっとロイに追求してみようという気分に。
取り敢えず目下、確かめなければならないのは“お代官様”の正体。
ロイと特に仲の良い友人であるマルスが知らないのだから、他のファイター達に訊ねても無駄かもしれない。
こういう時に訊ねるべきなのは、我らがマスターハンドだろう。
「マルス、わたしマスターに“お代官様”を知らないか訊いて来るね」
「お願いするよ。僕の方もファイター達にそれとなく訊ねてみるから」
善は急げとばかりに、セルシュは紅茶を飲み干すとすぐ席を立った。
各乱闘ステージへの転送装置がある部屋へ行き、モニターを操作して状況を確認。
どうやら今は、特にマスター関係のモードで戦っているファイターは居ないようだ。
転送装置前のパネルを操作して終点へ行くと、マスターを呼ぶセルシュ。
すぐに巨大な右手が高笑いを上げつつ宇宙空間から舞い降りて来る。
「フハハハハハ! よくぞここまで辿り着いたな挑戦者よ!」
「マスター、わたしわたし。あといつもそんなセリフ言ってないでしょ」
「なんだーセルシュか。いや、たまにはラスボスっぽさを出してみようかとね」
「マスターにそんなの求めてる人は居ないと思うけど……まあいいや。ちょっと困った事が起きちゃって、ひとつ訊きたい事があるの」
セルシュは、ここ数日ロイの様子がおかしい事を告げ、そして“お代官様”の事を訊ねてみた。
しかしどうやらマスターも“お代官様”の事は知らないようで。
クレイジーは知らないかな、とマスターに言ってみるが、僕が知らないならクレイジーも知らないよ、と一蹴されてしまった。
マスターまで事情を知らないとなると、本格的にファイターとは無関係な案件の可能性が高い。
マスターも真剣な雰囲気になって(顔が無い代わりか雰囲気が伝わり易い)、可能性を探し始める。
また亜空軍のような軍勢に攻めて来られては事だ。
「ロイは亜空軍を直接見てないからね、ひょっとしたらひょっとする」
「ま、またあいつらが攻めて来るの!?」
「可能性は無いとは言い切れない。亜空軍じゃなくても、新たな別の脅威とかね」
「大変じゃないの! 皆に教えなきゃ!」
「待って。僕の方でもう少し調べてみるから、セルシュはロイの様子をいつも以上に気にかけてて。ファイターの皆にはいつもこの世界を守って貰ってるんだから、こういう時くらい僕が頑張らないと」
この世界はファイター達だけでなく、元々の住人達も普通に暮らしている。
ファイター達には時折、この世界の住人達から仕事の依頼が舞い込んで来て、それを解決するという仕事も持っているのだ。
普段マスター達はそちらの仕事には殆ど関わっていない。
こういう時くらい世界の為に働きたいからね、と笑うマスターに、普段どれだけ仕事をさぼっているのかと考えてしまうセルシュ。
当然マスターにセルシュの考えは伝わらない。
終点から帰ったセルシュはマスターに言われた通り、いつも以上にロイを気にかける。
やはり元気が無く、時々寝坊しては目の下に大きな隈を作って起きて来た。
心配が募るがロイは何も言ってくれず、マルスも困惑するばかり。
他のファイター達も“お代官様”については知らないようで、結局セルシュは心配してロイに声を掛ける事しか出来ない。
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