幸福の宝石
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誰かが泣いている。
怪談的な話ではなく、確かにすすり泣くような声が風に乗って来ていた。
森の中を歩いていたマルスは不思議に思って声のする方へ歩み寄る。
そして見つけたのは、体中を傷だらけにして地面に倒れている小柄な少女。
彼女の背中には翼が付いており人でない事は明白だった。
驚くが敵意のような物は感じないし、少し近寄ってみる。
ほとんど気を失いかけているのか、彼女はマルスが近寄っても気付かない。
放っておく事が出来ずにマルスは思い切って声を掛けてみた。
「君、大丈夫かい?」
「!!」
「足か翼でも怪我したのかな……動けないなら背負うけど、掴まれる?」
マルスが声を掛けた瞬間にビクリと体を震わせた少女。
急に声を掛けたから驚いたのかと思ったが。
彼女の震えは止まらず、何も言ってくれない事もあり困ってしまう。
しかしやがて彼女が恐怖する理由が判明した。
「この剣が恐いんだね?」
「……」
「大丈夫、僕は君を斬ったりしないよ。そんな事をする為に声を掛けたんじゃないんだ。斬るつもりなら、見つけた時にそうしてるだろうし」
マルスは一振りの剣を携えていた。
かなり名のある名剣なのだが、それが彼女を怯えさせているようだ。
マルスは優しく微笑んで手を差し伸べるが、ようやく口を利いた少女が話す内容に凍り付く。
「いや……いやっ! 人間はみんな、最初はそんな風に優しいけど……後から乱暴ばかりするもの。私、宝石の在処なんて訊かれても知らないのに」
「……宝石?」
「お願い、殺さないで! 本当に、本当に知らないの……。宝石……なんて……」
マルスに気付いてから泣き止んでいた彼女だが、また小さく泣き出してしまい、マルスはどうするべきか悩んでしまう。
宝石とは、少し噂に聞いた事がある。
幸福の宝石……それを所持する者は絶対の幸福を得る事が出来ると言われ、竜族の一部にその所在を知る者が居るらしい。
恐らく欲に目が眩んだ人間が、竜というだけで彼女を傷付けたのだろう。
それならば近付かない方がいいのかもしれないが、傷だらけの少女を放ってはおけなかった。
こんな所に放置しては、ならず者に襲われてしまうかもしれない。
マルスは少し考えると剣を少女の傍に置いた。
「……?」
「剣を取ってくれ、僕は君を助けたいだけなんだ。嘘だった時は、それで僕を斬ってもいいから」
マルスの言葉に竜の少女は驚いた顔をする。
だがやがて剣を取ると、ゆっくり立ち上がり怖ず怖ずとマルスを見た。
傷だらけの小柄な少女が鞘に収めた剣を抱き、震えている姿は痛々しい。
見かねたマルスが自身の羽織るマントを外して掛けてあげると、少女は小さな声でおずおずと口を開く。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「……。……チャーミー」
「えっ?」
「私の、名前」
少しは気を許してくれた証拠と言えるだろう。
名乗った少女に嬉しくなって笑顔を向けるマルス。
自分も名を名乗り、取り敢えず薬の持ち合わせも無かったので、近くの町へ行く事にした。
預けた剣を手にチャーミーは後ろから付いて来る。
狙われているなら医者に診せる訳にもいくまい。
人間が恐いかと尋ねてみると返って来たのは肯定。
じゃあ街まで行くから翼を見られないようにするんだよと、優しく言い付ける。
チャーミーが小さく頷いたのを確認し、マルスは彼女を連れて最寄りの町へ向かった。
やがて町へと辿り着いた2人。
チャーミーは怯えてマルスの背後に回り、彼の服を強く掴んでいる。
なんだか可哀想になってしまい手早く道具屋へと移動した。
マルスは傷薬を買いに行きチャーミーは目立たぬよう店の隅に居たのだが、ふと、壁に掛けてある絵に目を向けてみた。
描かれていたのは、緑色の宝玉を持ち美しく微笑んでいる女性。
それを見た瞬間、チャーミーの脳裏に何かが甦ろうとする。
頭痛が走り、そっと頭を押さえるチャーミー。
傷薬を買ったマルスがそれに気付き駆け寄ろうとしたのだが、瞬間。
買い物客の子供が興味津々でチャーミーに近寄り、彼女が羽織るマントを強く引っ張った。
しまったと思っても遅い。
道具屋には他の買い物客も居る。
もしチャーミーの翼を見られて、彼女が竜だとバレてしまったら……。
しかしパサリと落ちたマントの下、確かにあった竜の翼が無くなっている。
驚くマルスだが、チャーミーが謝りに来た子供の母親に怯えたのを見て、慌てて近寄って彼女の代わりに挨拶をし2人で道具屋を後にした。
「驚いたよチャーミー、まさか翼を見えなくする事が出来るのか?」
「うん。ちょっときついから、あんまりやらないけど……。でも、前は翼を見られてバレたから」
「あぁ、用心するに越した事は無いよ。さ、外だと目立つから宿に行こう」
マルスはチャーミーの手を握り、宿へと向かう。
その行為にチャーミーはビクリと体を震わせたが、マルスから悪意が感じられない事に気付き、大人しく彼の手を握り返した。
宿を取り、チャーミーに傷薬をつけてあげるマルス。
沈黙が訪れるが、先程から気になる事がある彼はチャーミーに訊ねてみる。
「ねぇチャーミー、思うんだけど。竜の力は人間を遥かに凌ぐよね。でも君が傷だらけなのは……もしかして、人に襲われても竜の力を使わなかったからじゃないか?」
「……!」
図星なのだろう、ドキリとしたように体を震わせ硬直してしまった。
どうして……と訊ねてみると、暫く黙り込んだ後、ぽつぽつ語り出す。
自分が竜の力を使うと相手をひどく傷つけてしまう。
ひょっとしたら戦闘経験が無いのか、手加減が分からないらしい。
つまりあんなに傷つけられても相手を傷付ける事を躊躇っているという事。
マルスはチャーミーの主張に呆れた……が、感心してもいた。
傷付けられ、酷い目に遭わされても相手を傷付ける事をしなかったのだ。
「優しいね、チャーミー。今まで辛かっただろう」
「う……」
過去の辛い出来事を思い出し、マルスの優しい言葉が沁みたのだろう。
泣き始めたチャーミー、マルスはそんな彼女を抱きしめる。
「痛い思いをするのは嫌……でも他の人に痛い思いをさせるのも嫌……。私、一体どうすればいいの……?」
「チャーミー……」
何だかいじらしさを感じたマルス。
ここで男らしく、僕が守るよと言えればいいのだが。
会ったばかりの彼女に無責任な事が言えずにただ頭を撫でるしかない。
暫く彼女の好きにさせていたが、やがて落ち着いた頃合いに放す。
「じゃあチャーミー、僕ちょっと買い物に行って来るから。ここで大人しく待ってるんだよ」
「うん……」
さっきはチャーミーの怪我を処置する事を優先させた為に、旅に必要な買い物をしていなかった。
僕以外の人が来ても絶対に扉を開けちゃだめだよと言いつけ、マルスは宿を後にした。
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