君と僕の心臓が鳴る
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「マルスッ!!」
怒号か悲鳴か分からないアイクの声がして、マルスがハッとした瞬間には頭部に激痛が走った。そのまま視界と共に意識がブラックアウトし、気付いた時には医務室のベッド。
どうやら乱闘の最中に考え事で気を抜いてしまい、攻撃をまともに食らってしまったようだ。仮想空間である乱闘ステージでの怪我は現実には反映されないが、意識の喪失はそのまま反映されてしまうらしい。
ベッドの横には心配そうな顔のアイクが居て、マルスが意識を取り戻したのを確認するとホッとし、軽く頭を小突かれる。
「ちょ、アイク僕 頭を打ったんだから……」
「乱闘ステージでの怪我は現実には反映されんだろ。全く何の考え事をしてたんだ、戦場なら即死だったぞ」
「す、すまない」
「悩みがあるなら聞くが」
アイクの申し出に心がぐらりと揺れたマルスだったが、すぐ思い直す。相談自体ではなく相談したい内容が、かなり甘えた内容だと思ったからだ。
首を横に振ったマルスに、何か思う所はあるようだと感じ取るアイクだが特に何も訊かなかった。まあ俺は気の利いた事なんて言えないからなと軽く笑ったアイクは、まだ休んでおけとマルスに言うと医務室を出て行く。去り際にDr.マリオの声がしたので彼は居るらしい。
室内は明るいようだが、カーテンで遮られた医務室のベッドはほんのりと薄暗く、静かな空間と相まって急激に眠気を運んで来る。アイクのお言葉に甘えるまでもなく、舟を漕ぎ始めたマルスが再び意識を沈めるまでにそう時間は掛からなかった。
「初めまして」
「…………」
気が付けば不思議な空間。気が付けば自分の他に、同い年くらいの少女が一人。恐らく夢だろう。いや、確実に。医務室のベッドで寝た筈の自分が、こんな不思議空間で突っ立っている訳など無いのだから。
マルスは頭を半分混乱させながら、もう半分は実に冷静に状況を見ている。目の前の少女は何となく初めて会った気がせず、他人とも思えなかった。しかし初対面なのは確かなので、マルスは一先ず。
「……初めまして」
「よく出来ました。反応が無いから言葉が分からないんじゃないかと思ったわ」
「君、は、……誰?」
「私は、そうね……ラティとでも名乗ろうかな」
ラティ……目の前の顔と合わせてみて、やはり覚えの無い人物だ。しかしマルスは確実にこの少女を知っている。取り敢えず思考が止まらないので、どこで会ったか思い出せないだけだろうと自己完結しておいた。
マルスが考えているうちに少女……ラティが何も言わず近寄って来る。まるで跳ねるような軽やかさは、一瞬 彼女が人でないものに見えてしまった程。
「な、なにか?」
「あなた焦ってる。それに迷ってる。そして自分に自信が無い。そうでしょマルス」
「…………」
知っているが知りもしない少女にいきなり悩みを当てられ、マルスは面食らう。そう、先程の乱闘でマルスを上の空にした悩みの正体、それは自信の喪失。
歴史も文明も戦い方も考え方もまるっきり違うファイター達と触れ合ううち、人知れず自信を失っていた。自分の技、戦い方、考え方、今まで培って来た物は易々と否定したくないが、交流するにあたって相手を尊重するマルスが真面目に異文化を勉強した結果、そうなってしまったようだ。
「驚いた、まさか人の心が読めるのかい?」
「うーん、厳密には違うんだけど、あなたにとってはそれに近い感じかな」
心が読める、その言葉にマルスは僅か警戒を滲ませた。戦いにおいて心を読まれる事は相当な不利だ。何も考えずに攻撃なんて、まず出来るものじゃない。
ラティはそんなマルスの警戒を分かったのか、クスクス笑って言葉を紡ぐ。そんなに警戒しないで……と言われ、心が読めるという能力が真実味を帯びた。
「何なんだ君は、一体何が目的だ? それにこの不思議な空間は一体……」
「あ、そろそろ目が覚めるよ。お早うございます」
「えっ、ちょっと!」
ラティが笑顔を浮かべて手を振り、そのまま薄くなって消えてしまった。彼女が薄くなる度に不思議な空間が明るさを増し、彼女が消える瞬間には目映いばかりの光が辺りを覆う。
思わず目を瞑ったマルスが目を覚ますとそこは見慣れた医務室のベッドで、ドクターが彼を呼んでいた。
「おーいマルス、夕飯の時間らしいが動けるか? 何だったらダイニングから持って来てやるぞ」
「あ、いえ、もう大丈夫なので僕も行きます」
身なりを整えながら、つい今しがた見ていた奇妙な夢を思い出してみるマルス。
まるで今も傍に居るかのように、ラティの姿も声も表情もはっきり思い出せた。
++++++
「や、お疲れ様」
「お疲れ様……」
あの日から毎夜、ラティはマルスの夢の中に現れては雑談したり からかったりして交流している。幸いにも目覚めた時に疲れているという事は無く、むしろいつもより寝覚めが良いので、マルスは元々僅かしかなかった警戒心を更に薄くさせ対応した。
顔も名前も覚えが無いが、どこかで会った気がする彼女はマルスの事をよく知っているようだ。普通なら警戒を強めなければならない所だが、なぜかマルスはラティが自分の情報を知っている事についてそれが当たり前のような気がしている。
「もうマルス、あなたまた乱闘中に考え事してたでしょ、危ないじゃない」
「分かってるけどさ、どうしても気になってしまうんだ。特に対戦相手の事なら尚更ね」
「どんどん自信が無くなってるじゃないの……」
ラティは毎夜マルスの夢に現れては彼を激励しているつもりだったが、どうやらマルスにはあまり届いていなかったようで頭を悩ませる。
マルスには、もっと。もっともっと自信を持って欲しい、己が培って来たものを揺るがずに持っていて欲しい。そうして貰うには……。
「私を愛してよ」
「……は?」
「私を愛して愛して、熱で蕩けそうな程に愛してよ。そうすれば上手く行くわ」
「なっ、いきなり何を言い出すんだ君は! 第一僕達、まだ会って一週間くらいだろ!」
「ふふ、顔が真っ赤。大丈夫よ、あなたは私を愛せる。絶対にね」
「……言っちゃ悪いけど自意識過剰なんじゃないのかい。まだ大した交流も持ってない子を愛するなんて無理だよ……」
「愛に時間なんて関係ない。それに私は、あらゆる世界の誰よりもあなたと一緒に居たわ、マルス」
ラティが自信たっぷりの言葉を吐ける理由がマルスには分からない。
彼女に魅力が無い訳ではないが、素性も知れない少女をいきなり愛するなど無理だ。それに一週間ばかり前に初対面を果たしたのに、誰より一緒に居たとはどういう事なのか……さっぱり。
そこで思い出す、ラティに対する既視感。未だ全く思い出せないが、やはりラティとはどこかで会っているのだろう。だからこそ彼女は自信満々になっているとしか思えない。
「ラティ、教えてくれないか。僕達はどこかで会ってる気がするんだけど、思い出せなくて。僕は以前に、君とどこかで会ったかな?」
「まあ、酷い。私の事が分からないなんて」
言葉の割に口調は楽しげで、クスクス笑いながらの言葉にマルスは、申し訳なさと苛つきが半々状態。
ラティはそれ以上言葉を紡がず、少なくとも今は教える気など無いようで。
「……やっぱり愛せない気がするんだけど」
「その思い込みがいけないのよマルス。既視感を信じて、気持ちを偽らないで、私を愛して。あなたは絶対に私を愛したがっている」
何て自信過剰だ、分けて欲しいくらいだよ……とマルスが口に出す前に、ラティは両手でマルスの両手を優しく包み込み、彼の目を見て微笑んだ。
……瞬間、マルスは自身の体温がグッと上昇するような感覚に陥った。
胸の鼓動が速まり、まるで……そう、恋に落ちたような、そんな甘い痺れに全身を支配されてしまう。
「ラティ、今、何を……!」
「ほら、もう大丈夫。何も心配は要らない。あなたは私を愛せたじゃないの、きっと無用な不安や心配も無くなってしまうわ」
先程まで、不思議な魅力はあってお喋りは楽しいけれど少々鬱陶しい、それだけの感情しか無かったラティが、とても近い。
体の距離だけではない、心だ。二人の心が信じられない程に近付いていた。
……二人の、心?
「ぶっぶー、はずれ」
やはりマルスの心が読めるらしいラティは、マルスが思い浮かべた言葉に可愛らしくダメ出し。
そう、違う。自分達の心は2つではなく、元々はきっちりと1つだった。それを思い出した瞬間、マルスは目の前で微笑む――今は愛しい相手となった――ラティが一体何者なのか、ようやく理解する。
「ラティ、君は……!」
「そろそろ朝よマルス、起きて。今日も一日が始まるの、昨日までとは違う自信に満ちた、素晴らしい朝が」
今までと同じようにラティが薄くなって行き、それに比例して辺りが明るくなる。
礼を言おうとしたマルスだったが、それが叶う前に彼女は消えてしまった。
++++++
「マルス」
乱闘試合が1つ終わった後、アイクに声を掛けられる。先週マルスが倒れた時とは違う穏やかな声と顔だ。
「吹っ切れたみたいだな、随分と動きが良くなった。表情もな」
「うん、もう大丈夫。心配かけたね」
「何か良い事でもあったのか?」
「……まあ」
ラティの事を話そうかとも思ったが、少しだけ考えてやめておいた。信じて貰える貰えないではなく、あれは自分だけの心に留めておければ良い。
ラティは自分だけのものだ。ほんの一欠片でさえ誰にも渡したくない。例えそれが彼女自身の要素が一切無い、マルスの言葉に変換されてもだ。
詳しくは話さないマルスに、アイクは追及しない。いつも通りに接していつも通りに日々を過ごす、それで構わないのだから。
「……今夜は会えるかな」
夜の自室、就寝の準備をしながらマルスは、また夢でラティに会えるのを望んでいた。結局 礼を言えていない。こうして自信を取り戻す手伝いをしてくれたのだから、必ず言いたい。
多少緊張していた為か少し眠るのに手こずってしまったが、やがてゆっくりと眠りに入るマルス。気付けばいつもの不思議空間、傍にはラティ。
「ラティ!」
「マルス、もう大丈夫ね。あなたは自信を取り戻した、これで自分が培って来たものを否定せずに済むわ」
「本当に有難う、君のお陰だよ。さすがは……、……僕、だね」
マルスの言葉に、にっこりと微笑んでみせるラティ。
ラティは、マルスである。いわばマルスの心、深層心理、そういった精神の深淵に潜む存在が彼女。道理で覚えがある筈だ。顔や声が似ている訳ではないが、ラティはマルスなのだから、マルスに彼女の覚えがあって当たり前。
彼女を愛する、それはマルスがマルス自身を愛し、自分に自信をつける為の行い。彼女を愛すれば愛する程マルスは自信をつけ、自分が培って来たもの、過ごして来た日々……紡いだ歴史を受け入れ揺るぎ無く自分のものに出来る。
ラティにマルスの心が読めるのは当たり前だ。彼女はマルスなのだから。マルスの心なのだから。
マルスが自信を喪失して自分自身のマイナス思考や周囲に飲まれ、自分が培って来たものを否定しようとしていた時、危機感を覚えた心が防衛機能を作動させた。
何だか機械のような言い種になってしまったが、要は不思議な体の機能が働いた、それだけの事である。ファイターなど選ばれた者限定、しかもこの世界だけの機能かもしれない。こんな話など他では聞いた事が無いのだから。
「でもどうして僕そのものだっていうのに、ラティの容姿は女の子なんだ? 当然、顔や声だって全然似ていないし」
「こうして発現して愛させるに当たり、異性で自分に似てない方が上手く行きやすいからじゃないの」
「……あぁ、なるほど」
確かに自分に瓜二つな者に愛せだの言われたり、具体的に愛するなんて御免だ。想像して苦笑するマルスの考えが伝わり、ラティも楽しそうに笑った。
その日の夢も二人で寄り添い楽しく過ごした彼らだが、やがて夜明けが訪れる。日も昇り、マルスが目覚める時間も近付いた。
「そろそろお別れかな……ラティ、また会える? さすがにこれでサヨナラなんて、寂しいからさ」
「不思議な事を言うのねマルス、私はあなたよ。いつでも誰よりもあなたの傍に居るの、永遠に離れたりなんかしないわ」
「……そうか、それもそうだ」
「いつでも一緒だって事を忘れないで。それに、またこの姿でも会いましょ。私はあなたの永遠の恋人、どの世界の誰よりもあなたを愛して、あなたに愛される存在だから、ね!」
ラティの自信満々な当然の言葉に、マルスは笑みを返してから目を覚ました。
借りているピーチ城の自室は普段通りで、優しい朝日に包まれたマルスの私物が彼の使い易いようにコーディネートされている。
マルスは少しだけ寝ぼける頭を覚醒させ、デスクの引き出しから誕生日の贈り物で貰った日記帳を出した。ハードカバーの立派な装丁のそれを開き、忘れないうちにペンを滑らせる。
ラティの事を思い出しながら書いていると、まるで恋をしているかのように心臓が高鳴る。
きっとマルス自身であるラティも、同じように高鳴らせているのだろう。
-END-
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