18章 迫る影
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ルネス兵、武術大会出場者、賞金目当ての人々。
ルミザを狙った様々な者達が崖に作られたエスタースの町を走り回る。
ロイ・エフラム・ヘクトルの三人は、あまり目立たないよう建物の陰や人混みに紛れて行動していた。
兵と大会出場者以外の人々は大半が面倒ごとには関わるまいとしていて、ルミザ捜索に加担しているのは大した人数ではないようだ。
賞金目当ての者達もあわよくばといった風で、エリウッドが一緒なら大した脅威にはならないだろう。
そうなるとヘクトルとしては別の心配がある。
「領主様は国王陛下と一緒に連れて行かれたが、アンジェリカ嬢は無事なんだろうな……。屋敷まで兵の手が回ってなきゃいいが」
「ここからじゃ見えねえし、ルミザ様が行ってるかどうかも分かんないな」
「取り敢えず、一旦宿へ行こう。ひょっとしたらルミザ王女が戻っているかもしれない」
エフラムの提案にロイとヘクトルも頷き、ツイハークの経営する宿へ走る。
急ぎ、しかしルネス兵と鉢合わせないよう慎重に進んでいると、突然海上の艦隊から巨大な炎の塊が数発飛んで来た。
町の建物の無い部分、そして砂浜のあるこちら側と港があるらしい土地を隔てている崖に命中し、低い爆音を立てて辺りを揺るがす。
恐らく威嚇であるとは思われるが、怪我人は出ている筈だ。
「くそ、これも叔父上の指示なのか……!?」
「これが遠距離魔法ってやつなのか。ルミザ様、無事だといいけど」
心配する事でルミザが無事になる訳ではないが、口に出す事で少しでも感情を溜め込まないよう努める。
遠距離魔法の直撃に悲鳴が響き渡る中、良い具合に混乱したため身を隠し易くなり、足を早めた。
崖の中腹にある宿までが、遠くてもどかしい。
やがて宿へ辿り着くと、意外な人物と鉢合わせる。
「あ、あなた達は……!」
「巫女殿、それにサザ!」
ミカヤとサザが、建物の間から飛び出して来る。
どうやら二人だけで脱出して来たらしいが、一見落ち着いているようなミカヤが、よく見ると焦燥している。
一体何があったのか訊ねると、彼女は少しだけ青ざめた顔をひきつらせた。
「詳しくは分からないんですが……ルミザ様に危機が迫っているようです」
「危機!? どんな!」
「ごめんなさい。わたしの力は具体的に何が起きるかまでは分からなくて」
ミカヤは目を閉じ、必死で探ろうとしているようだ。
とにかく早いうちにルミザを見付けねばと宿へ入ると……。
一瞬ロイ達の、特にエフラムの息が詰まった。
ルネス兵だ。3人のルネス兵、奥にはツイハークが居て、何やら話していたようだが。
振り返ったルネス兵達も息を飲み、数歩後退る。
沈黙が訪れるがそれも数秒で、ツイハークがカウンターから出てこちらへ来た。
「君達か。これはどういう事なんだ? あのルミザという子はどうしてルネス兵に追われている?」
「それは、話すと長くなるんだけど……」
「内容如何によっては、敵対せざるを得なくなる」
ロイの言葉を遮ったツイハークは真剣な眼差し。
見れば手には剣、それを確認したロイ達も武器を構え、一触即発状態だ。
話せばルミザに落ち度は無いと分かって貰えるだろうが、ツイハークの人柄がまだ分からないので迂闊な行動には出られない。
そして、結果的にツイハークの背後に居るルネス兵の事も気掛かりだ。
今は大人しくしているが武器に手を掛けており、こちらがツイハークに説明を始めれば、途端に攻撃して来るだろう。
ツイハークとの間合いは微妙な位置、彼が背後から攻撃されても助けられそうにない。
いつ動くべきか逡巡していたロイ達だったが、意を決したらしいミカヤが一歩を踏み出そうとした瞬間、突然ツイハークが剣を振りながら流れるように後ろを向き、軽やかに間合いを詰めるとルネス兵達を斬り伏せてしまった。
居合い斬りで大事なのは速さではなく、相手に自分との距離感を狂わせる事らしいが、今のがまさにそれ。
振り向きざま一気に間合いを詰めたツイハークだが、傍目には緩やかに動いているようにしか見えなかった。
恐らくルネス兵達の目にもそう見えていたのだろう、奴らは三人とも呆然としたまま動かなかった。
何事も無かったかのように剣に付いた血を拭っているツイハークは、何か言いたげなロイ達に向かって。
「どんな事情にせよ、エスタースの大祭を武力で中断させるような奴らに協力する気は無い。で、君達の事情を聞かせて貰えるか?」
「……何者だコイツ」
「この人は二年前の武術大会優勝者なんだ。大陸中を旅して帰って来た矢先に出場して、そのまま」
エフラムの疑問に、サザが疲れたような顔で答える。
そんな実力者が宿屋の主人とは驚くが、何年も好き勝手に旅をさせて貰っていたので、孝行のつもりで父の跡を継いだらしい。
ミカヤがテティスから預かった手紙を渡し、ロイとエフラムはこれまでの事情をかいつまんで話した。
ツイハークは手紙を読みながら話を聞き、少し考え込んだがすぐに答えを出す。
「分かった、俺も君達に協力しよう」
「助かるよ。ところでルミザ様、宿屋に戻って来なかったか?」
「ああ、戻って来た。預かっていた馬を連れて、領主様の屋敷へ向かったらしい」
ロイの質問に答えたツイハークは、ふと、彼らが来る前に先程のルネス兵達が言っていた事を思い出す。
急に押し掛け宿にルミザが居ない事を勝手に調べた奴らは、一旦領主の屋敷へ戻るかと言っていた。
あの時はルネス兵が客に手を出す可能性があったため黙っていたが、どう考えても領主の屋敷を拠点としているような会話だった。
それを話し、もう領主の屋敷はルネス兵の手に落ちた可能性があると言うツイハークにヘクトルが息を飲む。
ルネス兵がルミザを探していたなら彼女はまだ無事なのだろうが、領主の娘アンジェリカは屋敷に残っている可能性があった。
屋敷がルネス兵の手に落ちたなら、彼女は……。
「ロイ、エフラム。俺は領主様の屋敷に行く。お前らはミカヤ達を手伝ってルミザ殿下を探してくれ」
「待てよヘクトル、一人でなんて無茶だって!」
「無茶だろうが何だろうが、少なくとも祭が終わるまで俺はエスタース領主様の従者なんだ。主を放っておける訳ねぇだろうが」
厳しい顔、しかし意外にも静かに吐き出された言葉にロイが黙り、同じく従者として主であるルミザが心配な事を思い返す。
だが折角こうして再会できたのだから、むざむざ死地に送りたくなどない。
ルミザもヘクトルと親友関係にあるエリウッドも、嘆き悲しむ筈だ。
どうやって引き止めようか、迷ってエフラム達の方を見ると、すぐ視線の先に居たエフラムが顔を伏せて。
「我が国が働いた暴挙は王子として謝罪する。だが、どうか早まらないでくれ。お前に何かあったらルミザ王女が悲しむ。これ以上、俺の祖国が原因で彼女を傷付けたくないんだ」
「……」
「今更なのは分かってる、しかし起きた事は変えられない。だからこそ、これから避けられるものは出来るだけ回避したい」
ヘクトルはルミザ達に親近感を覚えるし、失った記憶の鍵になるかもしれない彼女達に付いて行きたいと本気で思っている。
しかし、記憶を失い行き倒れていた自分を拾ってくれた領主の家族も助けたい。
そうやって迷っていたヘクトルに、ロイが告げる。
「ヘクトル、お前一人が敵の中に飛び込んでも出来る事は限られてるだろ。みすみす死にかねないし、いきなり突っ込むんじゃなくて、まずは様子を窺った方がいいんじゃないか?」
「だから今から……」
「領主の娘だったら、ルネス軍と話してたけど……何か仲間っぽかったぞ?」
突然割り込んだ声に宿の出入り口を見ると、ヘクトルの対戦相手になる筈だった少年ギィが立っていた。
話を聞くと彼もルミザに害を為す気は無く、良い機会だから闘技場を脱出しただけらしいが、何となく気になってルミザを探していたという。
控え室に軟禁されていた時にヘクトル達の会話が一部聞こえたらしく、領主が雇っている護衛と知り合いなら領主の屋敷へ避難しているかもしれないと思い、向かったそうだ。
そして、そこで見たもの。領主の娘アンジェリカがルネス軍と話している場面。
しかもその内容は、何としてでもルミザ王女を捕らえないといけない、など、アンジェリカの方から言っていたらしい。
まさかの話に、ヘクトルが多少焦りながら激昂する。
「な、お前……! 適当な嘘吐いてるんだったらタダじゃおかねぇぞ!!」
「おれ達サカの一族は、そんな誰かを陥れるような嘘は絶対に吐かないっ! 見聞きしたままを話してるんだ、信じるかどうかはお前らが勝手にしろよ!」
「サカ……大陸の東に浮かぶ島に住む遊牧民族だな。一族の存在と掟には絶対の誇りがあるらしいぞ、信じて良いんじゃないか?」
「あんた、話が分かるな」
ツイハークのフォローにギィが嬉しそうな顔をする。
一族が褒められたような状況で見せたその笑顔に屈託が感じられず、ひとまず彼の言葉を信じる事に。
ヘクトルには悪いが、ギィが嘘を吐いていないならばロイ達にとっては朗報だ。
まだルミザは捕まっていないという事、急げば間に合うかもしれない。
領主の関係者ではないツイハークが領主の屋敷へ偵察に行ってくれる事になり、ギィもそれに同行する。
ヘクトルはロイ達と共にルミザを捜す事に。
ミカヤが意識を集中し、何か見えないか探る。
「……これは、何かしら。緑色の……。綺麗で鮮やかな森だわ、だけどどこか禍々しさを感じます。ルミザ様が飲み込まれそう……」
「森? 綺麗だけど禍々しいって、……まさか!」
「ロイ、心当たりがあるのか?」
「きっとウィリデだ! 逃がしたと思ったらこんな所まで来やがったのか!」
ロイは詳しく知らない仲間達に、緑の巫女と双子である少女の事を話す。
ルミザに強い恨みを持つ彼女が絡んでいるなら、エリウッドが一緒だからと安心してもいられない。
もちろん安心し切っていた訳ではないが、心のどこかで、エリウッドと一緒なら大丈夫だろうと根拠の無い自信を持っていたのは確か。
領主の屋敷をツイハークとギィに任せ、ロイ達は戻りつつあるというミカヤの不思議な力に頼りルミザを再び探し始めた。
「暖かい光を感じる。きっとルミザ様ね、どうやら港の方に居るみたい」
「港ならこっちだ、少し遠回りになるけど一旦崖を上がって、上から港のある海岸を目指そう。下の港への道は一本しか無いからルネス軍の手が回るとまずい」
サザに従い、地の利に長けている彼に案内を頼んでエスタースの港を目指す。
美しい崖の町と海原も、今の彼らにとっては単なる記号でしかなかった。
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