日暮れの前に
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※本編を構想中の段階での前日譚小説になります。
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誰かが泣いている。
夢を見た。
地に倒れた私を見下ろす誰かが泣いている。
視界がぼやけて誰だか分からない。
少しして、視界がぼやけているのは私も涙を目に溜めているからだと分かった。
だけどそれだけじゃない……全身を引き裂くような痛み、それのせいでもある。
……更に少ししてから、ような、じゃなく、私の体は実際に裂かれていると気付いた。
「(あ、私、これから死ぬんだ)」
そう思ったけど、その時、私の胸を満たしていたのは、
悲しみと恐怖と……安堵。
倒れた私の傍に跪いて手を握る誰かは、泣きながら何かを言っている気がするけど、私には何も聞こえて来ない。
泣かないで、どうか、泣かないで。
私の事は忘れて、どうか幸せになってね。
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見慣れた少年が泣いている。
ハイラル王国南部の片隅、深い森と谷に守られたトアル村。
この村で生まれ育ったリュティアは14歳を迎えた頃、両親に連れられ王都……いや、王都のハイラル城へ移り住む事となった。
リュティアの祖母はハイラルの元王女。
当時のハイラル騎士団分隊長に恋をした彼女は降嫁し、後を兄弟に任せ、夫の故郷であるトアル村へ移り住んだという。
昔から祖母はどこか他の村人達とは違う雰囲気がすると思っていたが、まさか王女だったとは。
誰もが普通に接していた事から、リュティアや他の若者達が気付く事は無かった。
そして今。
ハイラル王の妃が逝去し、国王や臣民達は元より、息女であるゼルダ姫が殊の外 心痛の様子だという。
そこで白羽の矢が立ったのが、王家の血に連なり、歳も同じリュティアだった。
要はゼルダ姫の悲しみを少しでも癒せるよう、側仕えとなって相手をして欲しいと。
リュティアの両親は、いくら王家の血が流れているとは言っても生まれ育ちは田舎村、恐れ多いと辞退するつもりだった。
しかしリュティアはゼルダ姫の悲しみを思ってか、どうしても行きたいという様子。
「姫様が辛い思いをされているなら、私、力になって差し上げたいです」
子供らしい高めの声で、しかし真っ直ぐはっきりと告げるリュティア。
その意思が揺るがない事から一家は王城へ向かう事に。
既に鬼籍に入っていた祖父母の墓を参った後、見送りに来てくれた村人達に別れを告げるが、一人だけ現れない者が居た。
それはリュティアにとって“はとこ”であるリンク。
リュティアの祖父とリンクの祖父が兄弟で、お互いの父親がいとこ同士。
まだ11歳である彼はもっと幼い頃からリュティアを慕い、いつも傍に付いて回っていた。
それだけにリュティアの引っ越しが決まってからは泣きわめき、辛さと悲しみで見送りにも来なかった。
リュティアも弟のように可愛がっているリンクが来てくれなくて寂しかったが、出立の時間は待ってくれない。
王城から兵が迎えに来てくれているから尚更である。
護衛の兵士達に連れられ、馬に乗ってトアル村を後にするリュティア達。
時刻はすっかり夕暮れ時。どこか途中で宿を取らなければならないだろう。
日が暮れ切ってしまう前に少しでも進もうと馬を速歩で進ませる一行。
しかし村と外界を隔てた深い谷に掛かる吊り橋の所に誰かが立っていた。
それは紛れも無くリンク。
泣き腫らした目で、今も少ししゃくり上げながら目線を落としている。
「リンク!」
少しだけ時間が欲しいと兵士に頼み込み、馬を下りて駆け寄るリュティア。
傍に寄ってもう一度名を呼ぶとようやく顔を上げてくれた。
「……やっぱり、どうしても行くんだ」
「……ごめんなさい。私、姫様の力になって差し上げたいの」
「どうして。会った事もない人だよ」
「それでも、です。やっぱり血が繋がっているから、何か感じるものがあるのかも」
そう言われては、王家とは全く血の繋がりの無いリンクは何も言えない。
再び溢れて来た涙を拭おうともしないリンクを、少し寂し気な優しい笑顔で見つめるリュティア。
おっとりと元気が同居した性格のリュティアが浮かべる、慈母のような微笑み。
「また会いましょう」
「……会える?」
「会いに来ます。きっと。だからそれまでに、リンクは立派な男性になっていてくださいね」
その言葉を聞いたリンクは下を向き、流れ落ちる涙を乱暴に拭う。
そのまま一つ大きく深呼吸すると、再びリュティアを見上げて。
「じゃあその時は、オレのお嫁さんになってよ!」
「えっ?」
「大きくなってもずっと一緒にいたかったらケッコンしなきゃいけないって、前にティア姉のじいちゃんが言ってた!」
幼いリンクの、幼い故に真剣な約束。
どう答えるべきかリュティアは迷う。
こんな小さな彼に本気で約束してしまうのは違う気がするし、かと言って彼を茶化すような事も出来ず。
どうせ成長すれば心変わりしてしまうだろうから、適当に肯定の返事をして場を流せば良いかもしれないが、次はいつ会えるのかも分からない別れ際に、それは躊躇われた。
少し考えてから、リュティアは。
「じゃあ、リンクが大きくなってもその気持ちが変わらなかったら……その時は真剣に考えますね」
「ほんと!? 絶対だよ、約束だからね!」
本気であって、それで茶化してもいて、更に二つの意味で適当でもある返事。
これが今リュティアの出来る精いっぱいの答え。
いよいよ時間も無くなって、リュティアは馬に乗るとリンクに別れを告げる。
悲しみを吹き飛ばすように敢えて明るい声で。
「リンク、元気でいてくださいね! また必ず会いに来ます!」
「うん! それまでにオレ、強くなって、背だって伸ばして、ティア姉を追い越してやるから!」
可愛らしいリンクの言葉に微笑み、リュティアは馬を進める。
金と濃いオレンジが混ざったような黄昏色に輝く髪と、夕日のように赤い瞳。
不思議な容姿をしたリュティアの後ろ姿は、このまま世界一面を染める黄昏の中に消えて行きそうで。
「ぜったい、ぜったいまた会おうねーーーーっ!!」
リンクはもう一度だけ大きな声を上げ、リュティアを見送った。
++++++
「姫様ーっ、ゼルダ姫様ぁっ!」
荘厳なハイラル城に響く、高く明るい女性の声。
それに周囲の兵士や使用人達が微笑んで彼女……リュティアの方を振り向く。
ややあって王女ゼルダが姿を現し、リュティアはぱっと明るい笑みを浮かべ駆け寄った。
「いらっしゃいましたね! 姫様、弓矢のお稽古のお時間ですよ」
「ごめんなさい。少し侍女達に引き止められて」
「また一国の姫が弓矢のお稽古なんて、などと言われていたのですか?」
「ええ、特に婆やから」
「もう……」
リュティアがハイラル城に召し抱えられて5年。
王女ゼルダとリュティアは初対面の時から不思議なほどすぐに打ち解けた。
まるで幼馴染みでもあったかのように親しくなり、母を亡くし意気消沈していたゼルダは明るい笑顔を取り戻す。
リュティアはトアル村で狩りの手伝いをしており、弓矢が得意だった。
経験と努力は勿論だが、何より天賦の才と言える正確無比の弓術。
特に駆ける馬上から標的を射貫く技術は大人も舌を巻くほど。
一度その技を披露したらゼルダが目を輝かせ、教えて欲しいと言い出した。
馬上から弓矢を扱うのは当然ながら地上で行うより格段に危険が伴う。
周囲は思い直すよう口々に進言するが、何故か国王の一言で訓練を行う事になった。
一番阻止して来そうな国王からすんなり許可が下りたのは意外だが、護身の為に軽く剣の稽古もやっているのでその延長のつもりかもしれない。
まずは地上で弓を射る稽古から始め、リュティアの指導もあって腕を上げたゼルダは、今やすっかり馬上からも上手く弓を射られるように。
訓練場へ歩いて行きながら、リュティアは一つ小さく溜め息を漏らす。
考えていた事によりほぼ無意識に出てしまったそれをゼルダに気付かれた。
「どうなさいました?」
「え? ……その、暫くお目にかかれないの、寂しいなと思ったんです」
この5年、リュティアはずっとゼルダの側に仕え、一度もトアル村に帰郷していない。
それを気にしたゼルダに提案され、近々 初めての長期休暇を貰い帰郷する事になっていた。
久々の故郷と村人達に会えるその事自体はとても嬉しいのだが、当然その間、ゼルダには会えない。
「この5年、毎日姫様にお会いしていたんですよ。なのに一月も会えないなんて!」
「わたくしもティアに会えない時間は寂しいと思います。けれど故郷も大事にしてあげて下さい」
「はい、それはもちろん。トアル村も村の人達も大事です。それでも姫様は特別に特別ですから」
何故か得意げな顔で言うリュティアが楽しくて、ゼルダは笑みを零す。
しかし彼女に関してゼルダは、その感情を他にも向けて欲しいと思っていた。
「ティアの特別で居られるのはとても幸せです。独占していたいけれど、他にも目を向けて欲しい。きっといずれあなたの力が誰かを救います」
「その“誰か”を……姫様以外にも特別に特別な人を作れという事ですか?」
「端的に言えば、そういう事です。わたくし以外にも救われる者が居て欲しい」
「それは以前に姫様が、私に魔力があるとおっしゃっていた事と関係あります?」
「大いに関係しています」
ゼルダが言うには、リュティアは魔力があり特別な力が秘められているとの事。
曲がりなりにも王家の血を引いているので何かしらを持っている可能性はあるが、実感は薄い。
時折、体を駆け巡る妙な感覚があるので、それが実感の一つかもしれない、という程度だった。
「(うーん、姫様のお言葉を疑う訳じゃないですけど……少し大袈裟なような……)」
考えながら歩いていると、小鳥が飛んで来てリュティアの傍に留まった。
リュティアが微笑んで手を差し出すと、特に躊躇いも見せず手の甲に乗って来る。
「相変わらず動物に懐かれますね、ティア」
「えへへ……どうしてでしょうね?」
「あなたの傍に居ると、とても落ち着いて心が安らぎます。そのせいかも」
「そうなんでしょうか。何にせよ、可愛い子達にこうして簡単に触れられるのは嬉しいです」
ひょっとするとそれは、彼女の内に眠っている魔力の影響ではないか。
ゼルダはそう思っていたが、敢えて口には出さなかった。
++++++
そして数日後。
リュティアは一人馬に乗り、ハイラル城を後にする。
両親は以前に何度か帰郷した事があり、今回は仕事を取って帰郷は見送る事に。
「じゃあねリュティア、気を付けて帰るのよ」
「5年振りの故郷だ、ゆっくりして来るといい」
「はーい! 行って来ます、姫様をよろしくね!」
ゼルダの側仕えはリュティアだけであり、両親は別の仕事をしているのだが、一応言っておく。
少し進んで城門の方へ向かうと、大手門の手前にある外庭の中央、高いオブジェの側にゼルダが立っていた。
リュティアは慌てて駆け寄り馬から降りる。
「姫様、このような所に! 見送りに来て下さったのですか?」
「ええ。暫く会えないのですから」
嬉しそうな表情を浮かべるリュティアだが、すぐ寂し気な笑顔に変わる。
「姫様、ご自愛くださいませね」
「ええ、ティアも」
「息災でいらしてくださいね、あまり危険な事なさらないでくださいね、ご飯しっかり召し上がってくださいね、婆やの言う事気になさらないでくださいね、夜は温かくして、睡眠もしっかりとって……」
「ふふ……まるで母上のようですね」
互いに手を握り合い、暫し別れを惜しむ。
しかし今回は一人旅となる。明るいうちに出来るだけ進めるよう早く出発しなければ。
リュティアは馬に乗り上げると、軽く進めながらゼルダに挨拶する。
「姫様、行って参ります!」
「行ってらっしゃい。気を付けて、ゆっくり休んで来て下さい」
「はーいっ!」
暫くは後ろを向いて手を振り続け、守備兵にぶつかりそうになり慌てて前を向く。
そんな慌ただしい様子のリュティアにゼルダはクスリと笑って、姿が大手門の向こうへ消えるまで見送っていた。
そんな彼女達が次に再会するのは、
世界が激変し、運命の流れに飲み込まれてからとなる事を、二人はまだ知らない。
-続く-
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