冬の最中に交わる熱
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冬の合間に訪れた小春日和、マキアートは弟のアイクと久々に二人きりで出掛けられた嬉しさで浮かれていた。少し遠出して町で過ごして、今は帰路についている最中……だったのだが。
山道を進んでいた時、突然 冷たい風が吹き始めた。街道になっている為たいした高山ではないし、広めの道で坂もなだらかなのだが、それでも山のお約束で天気が変わり易いのだろう。
少し早足になったのも束の間、ぽつぽつ降り始める氷雨。
「わ、わ、あんな良い天気だったのに……!」
「急ごう姉貴、どこかで雨宿りしないと……」
雨は少しずつ強さを増し、走り始めた二人の体を濡らして行く。
アイクはマキアートを傍に寄せ片腕で自らのマントを屋根のようにして雨から守るが、走っていると完璧に庇うのは難しい。
「アイク、私はいいから自分を守りなよ」
「馬鹿言え、俺は頑丈だからちょっとやそっとじゃ風邪なんぞ引かん。どう考えても姉貴を庇った方が良いだろ」
「私だってこれでも丈夫だよ、弟くんは大人しく自分を優先してくださーい」
「とっくの昔に身長 追い越してるんだがな……」
「背丈は関係ないでしょ! 年齢! 年下は優先されるものです!」
雨を凌ぐのに背丈は関係無くとも走る歩幅には大いに関係ある。
そこはアイクがマキアートに合わせてくれて、並んで走れているが。
「(……アイクほんっと、大きくなったなあ……)」
自分を庇うマント、合わせて緩めてくれている歩幅。
改めて弟の成長が身に沁みて ちらりと傍らを見上げると、彼もマキアートを見下ろしておりばっちり目が合ってしまった。
「あ……」
「? どうした姉貴」
「いや……」
急激に恥ずかしくなって目を逸らし、誤魔化すように前方へ視線を戻す。それ以上 何も言わなかったのでアイクも何も訊かず、雨の音と強まる風の音だけが辺りに響いた。
寒い。先程まで暖かさすら感じる陽気だったのに、今は身を切るような冷たさが肌を刺すよう。
「……っくしゅ」
「だいぶ冷えて来たな……」
この風雨ではマキアートを雨から守れない。いっそマントを外して完全に覆うように被せるか……と考えていたアイクの視界に飛び込む小さな建物。
木こりか狩人か、どうやら誰かの小屋のようで、見た感じ朽ちた様子は無い。
「姉貴、あそこに小屋が見える。雨宿りさせて貰おう」
「あーっ、救世主……!」
目的地が間近に見えれば気力も湧く。速度を上げて一気に走り切った二人が小屋の扉に手を掛けると、運良く施錠されておらず すんなり開いた。
中はそこそこの広さはあるが、居住する為というより倉庫としての役割が大きいようだ。入口から中央付近にかけて土間になっており、床板が張ってあるのは奥の一部だけ。幸いにも荷物は端に纏められており中央付近は十分な足の踏み場があった。持ち主の性格に感謝だ。
「土間になってるの助かる、ここでちょっと火を起こそう」
「炎魔法か」
「そうそう。私は闇魔法が一番だけどさ、汎用性の高さって言ったらやっぱり炎魔法よねー」
魔法の炎は普通の炎より幅広く使用でき、暖を取る程度の小さな炎であれば尚更 出来る事は多い。
マキアートが土間の中央辺りに発生させた松明一本分も無い程の炎の塊は、燃料も無いのにその場に留まり柔らかく燃え続けている。
「さすがに火事になったら申し訳ないし、これ以上 大きくは出来ないなあ……」
「あるだけ良い。あまり使うと姉貴も消耗するだろ。取り敢えず濡れた服だけでも乾かすか」
言うや否や服を脱ぎ始めるアイクにマキアートは慌てて目を逸らす。平然と出来ればよかったが、一瞬でも意識してしまえば心が持って行かれる。
小屋内の荷物から拝借したロープと近くの柱で簡易的な物干しを作ったアイクは、未だ濡れた服のまま視線を逸らして固まっているマキアートに声を掛けた。
「姉貴も脱げ、そのままだと風邪引くぞ」
「……」
「今更 照れるなよ」
「……“今更”だから照れるの」
少し拗ねたように言って、それでも体の冷えには勝てず思い切って脱ぎ始めるマキアート。早めに小屋を見つけられた事が幸いして中までは濡れ切っておらず、下着姿で済んだ。
持ち主の仮眠用か やや薄手の大きな毛布を見つけたアイクは、それを背中から被り炎の傍に座ってマキアートを招く。
「来い、姉貴。寒いだろ」
「あ、あー……うーん……」
暫くは照れや羞恥心と戦っていたマキアートも、寒さには負けて おずおず近寄る。
傍まで来てどこに収まろうかと迷っていたら、アイクは胡坐をかいた自分の足をぺしぺし叩いた。
「俺の上に乗れ」
「え、え……」
「俺なら下に毛布の端を敷いてるから大丈夫だ」
「……」
おろおろしながら少しだけ迷って、やがてアイクに背を向けた状態で彼の胡坐の上にゆっくり座るマキアート。
途端に背中から抱き締められ毛布で包まれると、お互い下着姿の状態な為に多く触れ合う肌から確かな熱が伝わって来た。照れも羞恥も忘れたマキアートは夢中でアイクの肌と密着する。
「あ、アイクあったかーい……! 体温高いね、さすが鍛えてるだけはある……ん、待って。熱とか無いよね?」
「それは無い。どこも具合は悪くないからな」
「なら良いんだけど、無理はしないでちゃんと言ってよ。大丈夫ならあったまらせてもらいまーす!」
背中から回されるアイクの逞しい腕はマキアートの体をしっかり包んでいる。一番密着するのは背中なので寄り掛かるようにくっ付けると、アイクの口から小さな笑い声が漏れた。
楽しそうだな、それともくすぐったいのかな……と考えるが、この弟相手にこんな事で遠慮がいらないのはマキアートが一番よく知っている。
暫く温かな体温を味わっていたマキアートだが、ふとアイクが何でもない調子で口を開いた。
「姉貴、これは下心でも何でもないんだが」
「それ言う場合って大体 下心ない?」
「無い。……今は」
「“今は”って」
今度はマキアートの口から笑いが漏れる番。
しかし次の瞬間、突然アイクがマキアートの胸の谷間に自分の片手を突っ込んで来た。指先は冷えていたようで、氷を入れられたかのような冷感にマキアートは素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。
「ひょわぁっ!」
「ここだけ熱いくらいあるぞ姉貴」
「ちょ、ちょっ……いきなりはやめていきなりは、先に言って」
「言えば良いのか?」
「良いよ。正直 私もたまに自分で暖取る事あるし」
「あるのか」
「アイクの言う通り、指先 冷えてたら熱く感じるくらいあったかいからさ。それにしてもこんな冷えてたんだね……あ、あれか、マント掴んでたからか」
先程、少しでも冷たい風雨から庇おうと自分のマントを掴み、マキアートの上へ屋根のように掲げていたアイク。
当然 彼の手は風と雨に晒されており、そこだけ冷えてしまうのも無理はない。
「完全に私のせいじゃん……弟くんも存分に私で暖を取りたまえ」
「じゃあ遠慮なく」
「ひょわぅ!」
本当に遠慮の欠片も無くもう片方の手もマキアートの胸の谷間に突っ込むアイク。更なる冷たさに間抜けな悲鳴が再び出るが、今度は抗議しない。
互いに下着姿で密着し一つの毛布に包まり、しかもアイクがマキアートの胸に両手の先を突っ込んでいる傍目には異様な光景。しかしこの姉弟はさも当然の景色と言わんばかり。羞恥も寒さの前には完全敗北してしまうらしい。
雨はまだ止みそうになく会話も途切れてしまったが、二人にとってこの沈黙は まったりと互いを感じる事の出来る睦まじい時間となっていた。
何も言葉を交わさなくとも、ただ二人で寄り添い体温を感じ合えればそれでいい。時折 起きる小さな身じろぎや放たれる吐息さえも、まるで房中に居るかのような感覚を呼び起こす。
……いや、そんな気分になるのはどう考えても。
「ねえアイク」
「ん?」
「そっち向いて座っていい?」
「……どういう格好になるか分るよな?」
「うん」
「……いいぞ」
マキアートは一度アイクの上から降りると、向かい合う方向で再び彼の上に座った。
先程は胡坐の上に腰を収めるようにして座っていたが、向き合うと当然マキアートの足のやり場は無く……足を開いてアイクの胴体を挟むように横に置くしかない。
向き合ってアイクの上に座り、余す所なく密着するようにぎゅっと抱きしめると彼も少し力を込めて抱きしめ返してくれる。
「おい、さっきは俺に下心がどうこう言ったのに、姉貴の方が妙な気分になってないか?」
「……そりゃこんな格好で密着してたらそうなるでしょ」
「言っておくがしないぞ、俺はともかく姉貴が体調崩すだろ」
「さすがに人の小屋では致さないよ……」
「どうだか」
かつてアイクは一時期、自分ばかりがマキアートを想っているのではないかと考えた事がある。姉の気持ちを疑っている訳ではなく、好意の度合いの話だ。
自分ばかりが好意を表し彼女を求めているような気がしていたが、口にはせずにいた。応答が悪いのは寂しいが、愛する事が楽しくて幸せなのは確かだったから。
しかし今ではマキアートもご覧の通り。恐らく照れと戸惑いが勝って受け身ばかりになっていたのだろう。それが解消されればさすがは似た所のある姉弟、好意を表すのも相手を求めるのも積極性が出て来る。アイクに比べれば控えめではあるが、それでもこの変化は彼にとって嬉しい事だった。
しっかりと鍛えられた弟の体に包まれて、マキアートの胸は高鳴る一方。
温かい。先程までの身を切るような冷たさはどこへやら、今では溶けそうなくらいの熱が体を覆っている気がした。自分が発熱したのかと思ったがそういう体調の悪さは無い。
「……好きだなあ……」
「ん?」
「私どうしてこんなにアイクのこと好きなんだろ」
「どうして、と来たか」
小さく笑ったアイクの肩が揺れる事すら愛おしくて、マキアートは更にぎゅっと密着し、彼の胸に頭を押し付けて感情を誤魔化す。
やれやれと苦笑混じりに吐かれたアイクの吐息にすら胸が高鳴る気がした。
「姉貴ばかりだと思うなよ」
「え……」
「俺だって理由を訊かれても分からん。ただどうしようもなく惹かれる、誰にも渡したくない、ずっと傍に居たい。それだけだ」
「……」
それだけ。
それ“だけ”がどれだけ姉を喜ばせるか分かっているのかいないのか、さも当然だと言わんばかりに放たれた言葉はマキアートの限界を突破させた。
縋るようにアイクの首に腕を回したマキアートは、彼の唇に自分の唇をそっと触れさせた。一瞬だけ目を見開いたアイクもすぐ反応し、自分からも唇を押し付ける。
角度を変え長さを変え、お互いの体温を確かめるように繰り返される口付け。合間に漏れる吐息に触発されない二人ではないが、主に場所に対する理性はさすがに溶けず、それ以上には進まなかった。
それからまた無言になった二人は暫くの間 温め合い密着していたが、雨音が次第に弱まって行く事に気付いたアイクはマキアートを優しく降ろすと毛布を被せ、立ち上がって外を確認しに行く。少し戸を開いて外を見るとほとんど止みかけており、山の向こうには青空が見えていた。
「もう少しで止みそうだ、支度するか」
「うん」
干していた服は多少の湿りは感じるものの、着るのに不快という程でもないくらいには乾いていた。着て火に当たっていればもう少々マシになるだろう。
全て着用してから火に当たるが、先程のように密着せず隣に居る状況はマキアートの切なさを募らせるばかり。
やがて雨音が消え、明り取りの小窓から光が入って来たのを合図に立ち上がったアイクに促され、マキアートは炎を消し去ると彼の後に続いた。借りていた薄手の毛布やロープを元に戻し小屋を立ち去る。
外はすっかり青空が広がり、冷たいのは小屋の軒先から垂れる雨水の残りのみ。
マキアートは隣に並んでくれるアイクの手を握り、やや俯き気味に表情を隠しながら小さな声で。
「……早く、帰ろ?」
「……」
耳まで赤く染めている姉が愛おしくて、アイクはマキアートの手を握り返すとそのまま引いて歩き出す。
相変わらず俯き気味のマキアートは更に消え入りそうな声になりながらも、はっきり告げた。
「今夜……部屋の鍵、開けとくね」
「ああ」
冷たい風は消え去り、暖かな陽光が再び小春日和を作り出す山の街道。
それでも二人が欲しいのはやはり、太陽の温もりではなく互いの温もりなのだった。
-END-
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