Family ring
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「姉貴、指」
「え?」
ある日、アイクから急に言われたマキアート。指? と碌に反応を返せずに居ると、それ以降何も言おうとしないアイクが強引にマキアートの左手を取る。そしてマキアートの薬指をぐにぐに触り始めた。
「ちょ、ちょちょ、何よどうしたアイク青年。お腹空いた?」
「もしかして人を食うと思われてるのか俺は」
「一部で話題に」
「困る」
冗談か本気か分からない会話をしながらも、アイクの動きは止まらない。指の確認……いやまさか……と思いつつもされるがままのマキアート。
やがてアイクが動きを止めて溜め息を吐いた。
「姉貴、指のサイズ教えてくれ」
「は? ……え、なに。もしかしてって思ってたけど、今のって指のサイズ測ってたの……?」
「こっそり測ろうと思ったんだが」
「いや下手くそか!」
こっそりも何もハッキリ“指”なんて言って堂々と触れば当たり前にバレる。しかし急に指のサイズとは。
「まさか指輪でも買ってくれるの?」
「そのつもりだ」
「えー、うそ! アイクがそんな事してくれるなんてビックリ……」
と、そこまで言ってマキアートは今アイクが触っている自分の指を見る。ぐにぐにと触るのはやめているが、アイクの右手で掴まれている左手、彼の左指が掴んでいるのは間違いなく。
「……左手の、薬指?」
「婚約指輪だか結婚指輪だか、そこにするんだろ?」
「え……」
予想外すぎる言葉が降って来て唖然としてしまった。
そもそも、マキアートとアイクは同じ両親から生まれた実の姉弟である。当然こうして結ばれているのは本来なら許されない事で、想いが通じ合っているだけで奇跡の領域。ましてや結婚など言語道断の筈。
「……なに、言ってるの?」
「姉貴はしたくないか?」
「したいしたくない以前に許されないでしょ、実の姉弟で結婚なんて!」
「その話は俺と姉貴が関係を持つ時に散々したと思うが」
「う……」
確かに姉弟で関係を持っている以上、許されないだの何だのは今更すぎるだろう。特に二人は既に一線を越えてしまっている。
しかし結婚となると話が変わって来るのではとマキアートは考える。マキアートはアイクに掴まれている左手を優しく振り解くと、一歩引いて少し距離を取った。
「そ、そもそもアイクは結婚なんて別にいいんじゃないの? これからも私達の関係は変わらないよ、約束する。証が無いと不安だって訳でもないでしょ」
「それは証なんて無くても別にいいが」
「じゃあこの話はおしまい! 指輪をプレゼントしてくれるのは嬉しいけど、左手の薬指は無し!」
「証は無くてもいいが、あって悪いもんでもないだろう。折角この世界に来れたんだ」
元の世界では必死で隠し通していたが、この世界では驚かれつつも受け入れられている二人の関係。同世界の出身者は他におらず、言い方は悪いが、他の面々にとって二人の関係は“他人事”だ。ある意味で無責任に祝福できる立場にある彼らから嫌悪や罵倒は一切無い。
この世界でならきっと、仲間達に祝福されながら堂々と結ばれる。
「……それに。いくら姉貴の気持ちが変わらないとは言え、不安事項はあるんだ」
「私が他のファイター達に靡く事があるかもって?」
「姉貴が靡かなくてもちょっかいを出される可能性はある。そこで姉貴は俺のものだっていう証が功を奏する訳だ」
「うーん、まあ……左手の薬指に指輪をはめる事に、憧れが無いといえば嘘になるけど」
「じゃあそう言えば良いだろ。強がって拒否する必要は無い」
「……うーん……」
ここまで言われてもマキアートはまだ渋っていた。
一生アイクと共に居るつもりだし、結婚指輪や結婚そのものに憧れだって多少はある。しかし現実にこう、アイクから突き付けられると迷いが生まれてしまう。
「私達って、姉弟でしょ」
「まだその話を……」
「待って聞いて。何となくなんだけど、私達って姉弟だから結ばれたような気がするんだ」
もしも赤の他人としてアイクと出会っていたのなら。そうしたら自分とアイクが結ばれる事は無かったのではないかと、マキアートには強い確信があった。
二人にはまだ下に妹が存在しているが、彼女は守るべき対象であるという印象がずっと抜けないからか、家族としての感情だけがある。しかしマキアートは姉として弟と守り守られ、更に妹とはまた違った、物理的にも精神的にも近しい距離でアイクに接して来た。
「アイクさ、私が赤の他人だったら、絶対ここまで興味持たなかったでしょ」
「……正直、そんな気はする」
「あんた友人や仲間はともかく、“女”の相手するの心底面倒そうだしね……」
“女”とは性別の話ではなく、恋愛感情を持って“そのつもり”で近付く存在の事だ。
男なら好意を持たれれば程度の大小はあれど嬉しいものだろう。しかしアイクはどんな美女や美少女から好意を向けられても、自分が好意を持っていなければ鬱陶しがる。その延長で、例え恋愛感情が無くとも、(身心問わず)妙に近付いて来る女性は苦手のようだった。
しかしマキアートは家族故に、アイクの懐に潜り込めた。心も体も傍に在れた。家族ならではの近しい距離感と関係性を大前提に、色んなものが混ざった結果の恋だろうとマキアートは言う。
「だから私は許されないとしても、アイクと姉弟であるって関係は変えたくないのかもしれない」
「それで結婚は嫌だっていうのか、夫婦になるから。恋人で居るのは良いのに?」
「……夫婦って恋人より強い結びつきでしょ。そうなったら姉弟よりも夫婦って関係の方が先に来そう」
「そうか? 俺にはさっぱり分からん。俺と姉貴がどうなったって、同じ両親から生まれた実の姉弟だって事実は覆らんだろう」
「覆らないけどさー……」
「話を総合すると、姉貴は俺に特別な相手だと思われなくなるのが怖いんだな?」
「……そうなんだろうね」
どんな美女から好意を寄せられても喜びは無く、鬱陶しがるだけのアイク。そんなアイクに恋愛感情を抱いてしまった以上、赤の他人になってしまえば家族としての特別性が失われ、近付けなくなる。マキアートは姉弟だからこそアイクの懐に入り、ずっと傍に居ても鬱陶しがられず、結果愛し合う事が出来た。
実際に血が繋がっているのだから赤の他人になる事は有り得ないが、感情面の話として、夫婦という関係性が姉弟の関係性を上回ってしまったら。いつかアイクに鬱陶しがられる日が来るかもしれない……。
マキアートの目に涙が浮かび、両手で顔を覆った。
「ごめ……私、駄目だ。これじゃアイクの気持ちを疑ってるも同然だ……」
「姉貴……」
「不安なんだ。好きだから、怖い。アイクの特別じゃなくなるの、嫌だぁ……」
基本的に恋愛に興味の無いアイクだから、好かれたこと自体が奇跡とも言える。実際に関係を持ってみれば、彼が結構な欲を持っている事も分かったが、それは“好意を持たれたから”だ。姉弟だからこそ懐に入り込めて好意を持って貰えた、ではそれが無くなってしまえば……。
ついに泣き始めたマキアートをアイクは強く抱きしめる。
「すまん、泣かせるつもりじゃなかった」
「ううん、アイクのせいじゃない。アイクを信じ切れない私が悪い」
「信じてたって不安にはなるだろ。大切だから悪い想像をする事もあるって……誰かが言ってたぞ」
大切な人や物がある場合、万一 失った時の心的外傷を抑える為に、心の準備としてそれらを失った場合の想像をしてしまう事があるらしい。マキアートはきっとそれに陥っているとアイクは考えた。
この不安を和らげてやる為に、アイクに出来る事は何か。
「なあ姉貴、やっぱり指輪、左手の薬指に着けよう」
「え……」
「俺だって、指輪なんて言い出すからには少しは調べたんだ。左手の薬指に着ける指輪には愛情以外にも、絆を深めたり願い事が叶うって意味もあるらしい」
「……」
「恋人として愛情を深めて、姉弟として絆を深めて、これが続くように願おう。願掛けに頼らなくても姉貴を離す気は無いが、目に見える物がある方が落ち着く事もあるだろ」
「アイク……」
「そして俺はいつまでも、姉貴を姉貴と呼び続ける。いつか俺達の事を誰も知らない土地へ行くとしても」
自分達の事を知る者が居ない土地へ行けば、堂々と恋人や夫婦として愛し合える。しかしアイクは、例えそんな土地へ行ってもマキアートを姉扱いし続けると。その上で最愛の人として愛し続けると、そう言う。
姉弟の関係が弱まる事が怖いなら、その関係も愛情と一緒に育てて維持して行けばいい。
そこまで言ってくれるアイクに、マキアートは覚悟を決めた。
「……指輪、欲しいな。二人でお揃いの結婚指輪」
「ああ。ただ選ぶなら姉貴も一緒だ。俺はどうもそういうのに疎いからな、姉貴に任せる」
「ちょっと、それなのにこっそり指のサイズ測ってサプライズしようとしてたの?」
「大丈夫だ。多分、店に行く前にサプライズ自体を考え直して、姉貴に相談してた」
「ふふっ、だろうね」
もうマキアートの涙は止まり、笑顔が零れている。
その様子にホッとしたアイク。一時は失敗したかと思ったが、指輪の事を切り出して良かったと、改めて愛しい“姉”を想うのだった。
-END-
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