二人だけの秘密
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紺碧色の空がその色を薄くし、白を通り抜けてから少しずつ緋色を濃くしていく。夏の強い太陽が東から顔を出して人々に朝の訪れを知らせた。
もぞもぞと動く気配で目が覚めた秀一は飛び込んできたバディを危なげなく受け止めた。尻尾をブンブン振って己が目覚めたことへの喜びを忠実に再現するこの生き物を、一体誰が無下に出来ようか。
わしゃわしゃと頭を撫でればその黒い目が爛々と輝いた。何を考えているのか、言葉を交わさずともわかる。
「散歩だな? 少し待っていろ。」
秀一は己の隣で眠る恋人に目を向けた。
秀一の方を向いて横向きで眠っているラウラは穏やかな寝息を立てている。まだ起きないことを良いことに愛おしくて仕方がない恋人を思う存分観察することにする。
カーテンの隙間から伸びる朝日に照らされたラウラは息を呑むほど美しかった。
柔らかい金髪はさらにその輝きを増し、陽光と影のコントラストが白い肌がより艶かしく映す。
秀一は顔の前で緩く重ねてある手に指を這わせた。秀一にしてみれば小さく、力を入れれば折れてしまいそうな手が様々なものを生み出すことを、秀一は知っている。己のゴツゴツと骨張り、一体何人の血に染まったかとうの昔に忘れてしまったそれとは似ても似つかない。
「……ん、」
どれくらいそうしていただろうか。長い睫毛が震えたと思えば、ゆっくりと上がっていく。現れた瞳はアメリカでは珍しくもない碧眼。にも関わらず「綺麗だ」と自然と思ってしまうのは、秀一がラウラに心底惚れているからだろう。
そして秀一の姿を認めると、花が咲くように笑うのだ。ふっ、と世界が停止する。すぐに動き出すが、秀一の脳裏にはラウラの穏やかな笑顔が焼きついたまま離れない。
「……おはよ」
「………あぁ、おはよう」
そう言って触れるだけの軽いキスをして、睫毛が触れ合う距離で見つめ合う。どちらかともなく微笑んでまたキスをしようとした時、痺れをきらしたバディが間に飛び込んだ。二人の口をペロペロ舐めて必死に訴えている。
「ん〜〜!! ごめんごめん、お散歩行こうね」
フンッと鼻を鳴らしたバディに急かされて二人とも起き上がる。秀一は顔を洗ってから沖矢のマスクを被り、ラウラはキッチンでスムージーの用意とバディに軽くご飯を食べさせる。諸々の準備を終えて外に出れば、朝とは思えない強い日差しが二人を襲った。
「……暑いな」
「最高気温36度だって。茹であがっちゃうよ」
バディの背中には暑さ対策のための保冷剤入りベストが着せられ、足には肉球を保護するための靴下を履いている。一見おかしな格好だが、バディの身を守るためには必要なのだ。
途中何度か休憩を取りながら一時間程散歩すればラウラも秀一も汗だくだ。バディも舌を出して体の熱を下げようとしている。バディのご飯をあげてから交代でシャワーを浴び、簡単な朝食の用意をする。基本的にはサラダとスクランブルエッグにパンといったニューヨークライクなものだ。シリアルの日もある。
「今日もいつも通り?」
「あぁ。ラウラもか?」
「うん、この暑さじゃ外で遊ぶ気にもなれないからね〜」
そう言いながらラウラは窓の外に目を向けた。まだ8時前だが、ギラギラとした夏の太陽がコンクリートを焼いている。室内にいても明かりがいらないほど眩しい。
ラウラにつられて同じ方向に目を向けた秀一も暑さを想像したのか少し眉間に皺を寄せた。日本の暑さは気温こそアメリカと大して変わらないが、とにかく湿度が高く不快感がものすごいのだ。あの肌にまとわりつくような暑さは、たとえ鍛えた男だろうと耐え難い。
やはり夏は家にいるに限る。
朝食を食べ終えれば家事をしてから、各自好きなことをする。
ラウラはデザインを描いたり雑誌を見たり、バディと遊んだり。秀一は組織に繋がりそうな情報を探してネットサーフィンしたり、FBIの仕事を片付けたり。もっとも、秀一の生存を知っているのがFBIではジェームズただ一人のため出来ることは限られるが、それでもやることは尽きない。
11時半を回れば秀一は手を洗ってキッチンに立った。カウンターにはラウラが頬杖をついて楽しそうに眺めている。
「何作るの?」
「……台湾風まぜうどんだ」
「美味しそう!」
秀一はうどんを茹でるために鍋に水を入れて火にかけた。沸騰を待つ間に挽肉を炒め、ニラとネギを微塵切りにする。ここまで随分と手慣れたものだ。そして沸騰した湯にうどんを入れて、挽肉に味をつけるために調味料を混ぜていく。
「辛いの平気だろう?」
「うん! 辛すぎなければ平気!」
「よし……これくらいでどうだ?」
ラウラはタレに小指をつけるとそれを口に入れた。焼肉のタレベースだが、それよりも少しピリ辛な味。しかしもう少し辛い方がパンチが効いてラウラは好きだ。秀一も同意見だったようで、頷いてから豆板醤のチューブをグッと押した。その瞬間、むにゅっと想像以上の量が飛び出してタレの中に落ちた。
「あ、」
「……」
秀一とラウラはタレの中に消えていった豆板醤を切なく見つめてから互いに目を合わせた。数秒後ラウラが「にへら」と笑ったのを合図に、秀一がスプーンでタレをかき混ぜた。どんなに願ってもタレの中に落ちた豆板醤は元には戻らない。「まぁなんとかなるっしょ」という謎の無敵感。そしてそういうものは大抵なんとかならない。
「「………、」」
出来上がった台湾風まぜうどんは、たいっっへん辛かった。捨てるなど論外のため、二人は汗をかきながらうどんを啜る。
「絶対最後のアレが多かったよね」
「……意外とチューブが柔らかくてな…」
「あとちょっとっていうの結構危険なんだよね〜。…私もよくやるよ、あとちょっとが多くて味濃くなって後悔するっていう一連の流れ。」
「こんな失敗もたまにはいいかもしれない」なんて思ってしまうのは、二人で同じことを共有できる喜びがあるからだろう。
昼食が終わり一息つけば、もう夕食のことを考えなければならない。夕食の買い出しに出掛けた二人はスーパーの肉売り場で足を止めた。
「晩ごはんどうする? 何食べたい?」
「そうですね……」
「あれ、ラウラさんと昴さん?」
声をかけられた二人は同時に振り返る。そこには制服姿の蘭がいた。
「あら蘭ちゃん! 学校お疲れさま」
「ありがとうございます。ラウラさんたちも夕飯の買い出しですか?」
「そうなの。今日どうしようか迷ってて、、、蘭ちゃんは何にするの?」
「お父さんからリクエストがあったので餃子にするんです!」
「いいね、餃子!!」
「……餃子、ですか。」
「そういえばまだ餃子は作ったことないよね?」
「えぇ」
もうこれは決まりだ。昴は餃子の皮をカゴに放り込んだ。
「よし、まずは材料を全部微塵切りに!!」
「わかった」
秀一がニラやネギを微塵切りにする傍らでラウラはキムチを微塵切りにしている。全部同じ味では飽きるため、違う風味の餃子も作ろうとしているのだ。
挽肉と材料を混ぜ合わせ、粘りが出るまでよく捏ねる。さあ、ここからが本番だ。
まずはラウラが手本を見せる。
皮の中央に具を丸くのせ、皮を半分に折るように端を合わせる。そして片方を基準にして、もう片方でひだを作りながら貼り付けていく。あっという間に完成だ。
「……??」
秀一の頭上にクエスションマークが浮かぶ。何をやったのかその目を以ってしてもよくわからなかった。もう一度頼むというように人差し指を天に向けてラウラを見るものだから、ラウラは笑いながらもう一度手本を見せた。今度は出来るだけゆっくりと。
「………OK、」
全くOKではなさそうだが、とりあえずやってもらうことにした。
具を皮の真ん中に薄くのせる。皮の端をくっつけるように合わせて、ひだを作る。これが難しい。
「……む。」
「こっちも一緒にじゃなくて、片方はそのままなの」
「なるほど」
餃子初心者あるある。重なった二枚の皮両方をひだにしようとする。秀一もまさにそれだ。
秀一は一度やって間違いに気付いたのか、素直に頷くと新しい皮を手に取った。具材をのせ、皮を合わせる。そして今度はしっかりと片方の皮にもう片方の皮を合わせていった。出来上がったのはThe 餃子なフォルムのそれ。
「……!!」
自分で作っておいて感動したのか、秀一は手のひらにのせると様々な角度から眺めて達成感に浸っている。
ラウラはそんな彼を隣で温かく見守った。餃子が上手に包めて嬉しくなっちゃうFBIきっての凄腕エージェント。ものすごく可愛い。
可愛い自分の彼氏を堪能したラウラはキムチの入った具をスライスチーズと皮で包んでいく。その速さは目を見張るものがあるが、秀一は別のことに気を取られた。
「……酒だな」
「そうなんだよ、合うんだよこれが。」
それから二人で手を動かしながら、この餃子たちにはどの酒が合うかをダラダラ喋る。なんせキッチンの戸棚一つが酒棚になっていることもあり、多種多様な酒が常備されているのだ。
やがてひとつの銘柄に決めたとき、全ての具が包み終わった。並ぶのは美しい餃子の形をしたものとまだ少し不揃いなそれ。「味が違うのがわかりやすくていいね」なんて笑いながら焼いていく。
「かんぱーい!!」
「乾杯」
強炭酸のハイボールを口に含んでから餃子をがぶり。底はパリッと、上はもちっとした皮から肉汁とともに具が溢れてくる。はふはふ言いながら飲み込んで、またハイボールを一口。辛口のウイスキーで作ったため口の中が洗い流されるようだ。
「無限だな」
「ね、美味しい!!」
「あぁ、美味い」
二人で楽しくキッチンに並び、作った料理に舌鼓を打つ。他愛のない話をして笑い合い、希望溢れる明日に思いを馳せて眠りにつく。時折事件に巻き込まれることもあるが、頼りになりすぎる相棒がいるのだ。怖くないと言えば嘘になるが、「大丈夫」と思えるのも事実だった。
ラウラと秀一はそんな生活を送っていた。
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