二人だけの秘密
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スウェットにトレーナーというラフな格好でバディの手綱を持ったラウラは、リビングで本を読む秀一に話しかけた。
「じゃあ私、バディのお散歩行ってくるね」
「あぁ、気をつけて行ってこい。」
陽が沈んでからの散歩は秀一が良い顔をしないため、陽が短い間は夕方に散歩をしている。理由は単純、米花町が危険だからだ。
米花町は犯罪率全国一位。ニューヨークとどちらの方が治安が悪いか少し悩んでしまうほど、この町は物騒だ。
日本の厳しい銃規制もこの町にはないも同然。もちろん秀一もその恩恵を受ける一人だが、FBIや公安といった正規ルートで拳銃を手に入れることの出来る人物だけでなく、一般人ですら拳銃を所持していることもある。
つまり、だ。
秀一はラウラを心配しているのだ。それをラウラも感じているからこそ、秀一の心配をしっかりと受け止めている。
きっと一時間ほどで戻ってくるだろう。壁にかかった時計を見ながらそう思い、秀一は再び本の世界に入り込んだ。
着信音で集中力が途切れた。その着信音を設定している人物は一人しかいないため、秀一は妙な胸騒ぎを覚えながらスマホを手に取った。
「俺だ。どうした?」
「卵ってあと何個ある?」だとか、「油のストックってあったっけ?」だとか、そんな平和な内容であることを願いながら電話に出ると、ひどく申し訳なさそうな声が聞こえた。
『……昴、お酒飲んでる?』
「飲んでいないが……迎えに行くか?」
『うん、お願いしても良いかな。』
「あぁ、もちろんだ。今どこにいる。」
散歩中に具合でも悪くなったのだろうか。秀一はそう思いながら本に栞を挟んで立ち上がると、洗面所で軽く変装のチェックを行った。そして財布と車のキーを持って靴を履く。
『芝生の公園って言ったらわかる? 森が近くにあるところ。そこにいるの。』
「あぁ、あそこだな。了解した。……それなら5分もあれば着くでしょう。」
外に出たため口調を昴のものにした秀一は、我ながらなかなか演技力だと苦笑いした。適応能力と言った方がいいかもしれない。
「それで、どうしたんですか?」
『………うんとね…なんて言ったらいいんだろ、』
ラウラにしては珍しく言い淀む。
『車に、轢かれた…?』
「は?」
昴は持っていたスマホを落としそうになった。
「怪我は!?」
『出血とかはないから安心して。命に別条はないよ。でも足をやられちゃって動けなくて……』
「轢いた奴はどこにいる。」
『逃げられちゃった』
「Damn it!!」
汚いスラングが昴の口から出てしまったのは仕方がないことだ。
( 俺が殊更大事にしているラウラを轢いた奴など、直々にその脳天をぶち抜いてやろう…… )
秀一は憤りを感じながら、常に車のダッシュボードに入れている拳銃を取り出して中身を確認した。そして15発装填されていることを確認してから、ダッシュボードには戻さずに懐に入れた。
昴が荒い運転で公園に向かえば、階段横の傾斜のある芝生でバディと座り込むラウラの姿があった。そのどこにも出血は見当たらず、本人から聞いてはいたが改めて胸を撫で下ろした。
「ラウラ!! 大丈夫ですか!!」
「ごめんね、来てくれてありがとう。……大丈夫って言えば大丈夫なんだけど、ちょっと大丈夫じゃないかも。」
要は生死に関わるような怪我ではないが、自分で動けるような状態でもないということだ。
「足ですか? 見せてください。」
そう言いながら視線を落とせば、明らかにおかしい場所が目に入った。
左足首。ラウラのきめ細かく真っ白な肌が、驚くほど青紫色になっていた。昴は思わず顔を顰めた。見るだけで痛々しい。
そこにそっと手を伸ばし、怪我の状態を確かめる。
「折れては…、いなさそうですね。ヒビくらいは入っているかもしれませんが。」
「だよねぇ……捻挫で済めばラッキーかな。」
「他に違和感を感じるところはありますか?」
「全体的に背中が痛いくらい。背中にぶつかられたからね。」
「それは車の中で確かめましょうか。とりあえず一度家に帰ってから病院に行きましょうか。」
昴はラウラの様子を見ながら背中と膝裏に手を入れて抱き上げた。骨に異常があるならわずかな振動でも痛みが走るが、ラウラを見る限り大丈夫そうだ。
そのまま助手席のドアを開け、ラウラを座らせる。
「背中を見たいのでちょっと捲りますよ」
「はーい」
華奢な背中には何ヶ所もアザが出来ていた。車に轢かれたというのに、足の捻挫とアザだけで済んだことを喜ぶべきか。
「何ヶ所かアザが出来ていますが、放っておけば治るでしょう。足は病院でちゃんと処置してもらいましょうね。」
「うん、ごめんね、折角くつろいでたのに……」
「いえいえ、ラウラのためなら構いませんよ」
バディを後部座席に乗せて昴も運転席に乗り込む。そして変声器のスイッチを切った。
「轢いた奴のナンバーは覚えているか?」
「もっちろん。でもただの轢き逃げじゃないっぽくて…」
「ただの轢き逃げじゃない?」
ラウラは言いづらそうに目を逸らしながら口を開いた。
「運送会社の荷台の中で二人組が怪しい会話してて…。凍らせてから捨てようって言ってたから虫かな? とも思ったんだけど、気になってトラックの記憶を視たの…」
「そしたら人殺しだったと?」
「そう、」
気付かれないように警察に通報しようとその場を離れていたら、気付かれて背後から轢かれたのだ。
事情を聞いた昴は肺の奥から息を吐き出した。
「はぁ……大方、挙動不審だったんだろう?」
「うぅぅ、よくお分かりで……」
ラウラは一般人だ。人並みに嘘をつくのが下手で、訓練を受けていないため並外れた身体能力もない。足は速いが、それだけだ。
女優の血が流れているからか、最初から演技しようと思えば大抵の人間はやり過ごせる。しかし、今回のような突発的な出来事にはめっぽう弱いのだ。
昴はそこまで考えて、轢かれた後にトドメを刺されずによかったと思った。万が一そうなってもバディがいるが、男二人には流石に太刀打ちできないだろう。
組織の奴らなら必ずトドメを刺すが、一般人ならではの詰めの甘さで命拾いした。
「お前に大きな怪我がなくてよかった……」
ハンドルに頭を預けながら言った言葉は、笑えるくらい震えていた。
車に轢かれたと聞いた時、心臓に冷水をかけられた心地だったのだ。大きな怪我がないことへの安堵と、犯人への怒り。その両方が昴の中で混ざり合うが、前者の方が圧倒的に大きかった。
「心配してくれてありがとう」
そう言って照れくさそうに微笑むラウラを昴は腕の中に入れた。出来れば手の届くところで、いや、腕の中で大人しくしていて欲しい恋人は、昴の気持ちなんて知らずに、嬉しそうに笑っていた。
落ち着いてから帰路に着けば、なぜか家の周りに人だかりが出来ていた。
見覚えのある日本の警察に、少年探偵団。そして安室透。安室がいるからか、灰原の姿は見当たらなかった。
「何かあったのかな?」
「あ!!! 昴さん!! 今までどこ行ってたの!?」
車を降りる前にコナンに詰め寄られた。昴が運転席のウィンドウを開ければ、そこにやってくる小さな少年。怒っているのか、なぜか難しい顔をしている。
「色々ありまして少々出掛けていました。で、これは一体……」
「あ!! あの二人組!」
ガムテープで縛られている運送会社のツナギを着た二人組を指差してラウラが叫んだ。間違いない、あの二人組がラウラを轢いた犯人である。
( あいつらか…… )
昴は薄くしている目を開けて二人組を見つめた。左手が勝手に懐にある鉄の塊を撫でた。既に逮捕されているため、報復することが出来ないのがこの上なく悔しい。せめてラウラが味わった恐怖と痛みをその身に与えてやりたかった。
「えっと……、すばる、さん?」
昴の化けの皮が剥がれかけていたのだろう。コナンが戸惑いながら名前を呼んだ。
「……あぁ、すみません。ちょっとあの二人には個人的な恨みがありましてね……」
「個人的な恨み?」
「えぇ。どうやら、ラウラがあの二人に轢き殺されそうになったんです。」
想定外の言葉だったのだろう。コナンは大きく目を見開くと叫んだ。
「なんだって?! 怪我は?!」
「見ての通り、命に別条はないです。ですが足を捻ったようでして、これから病院に行く予定です。」
「ちょっと待ってて!!」
コナンは慌てて高木の元へ走って行った。被害者が他にもいたことを聞いた高木がすっ飛んでくる。
「警察です。あの二人組に轢かれたという話をコナンくんから聞いたのですが……」
「えぇ、彼女が。」
「お怪我はありますか?」
「わかっているのは背中にアザが複数と、足を捻ったくらいです。…でも数分間気絶していたので、CTを撮ってもらおうと思っています」
「待て、気を失っていたのか?」
「あ、うん、数分だけね」
「なぜそれを先に言わない。」
「ご、ごめん、」
昴は秀一の口調でラウラを叱りつけた。
頭の怪我を馬鹿にしてはいけない。例え見た目は問題がなくても、脳内で腫れや出血が起きていれば命に関わるのだ。受傷直後は元気であっても容体が急変することもある。
特にラウラの場合は数分とはいえ気絶していたのだ。頭に相応のダメージが加わったと見て間違いない。
「予定変更だ。救急車を呼ぶ。」
「え!?」
「うん、ボクもそうした方がいいと思うよ」
「でも私、元気だよ?」
「普通に車で向かうより、救急車で病院に行った方が早く診てもらえるだろうから。」
「そ、そっか……」
まさかそんな
特に異常は見られず安心したのも束の間。ラウラは帰りのタクシーで昴から「頭の怪我の恐ろしさ」をこんこんと教え込まれたのだった。
