彼女の秘密
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朝の眩しい日差しが差し込むリビングで食後のコーヒーを淹れる。途端にコーヒーの香りが鼻腔いっぱいに広がってラウラは顔を緩めた。
「昴さんもどうぞ」
「ありがとうございます」
既に変装を終えて沖矢になりきっている赤井は沖矢らしい口調でそれを受け取った。
盗聴機の確認はしているため本来の口調でも良いのだが、沖矢の顔で赤井の口調にするとラウラが困ったように眉を下げるのだ。確かに赤井自身は常に自分の顔を鏡で見て話しているわけではないため気にならないが、赤井と沖矢、どちらも知っているラウラからすると戸惑うだろう。
熱々のブラックコーヒーを一口含んで、その苦味を舌に転がす。ゆっくりと嚥下して胃に落ちた感覚に気を緩めようとしたその時、沖矢は動きを止めた。
今、誰かが敷地内に入ってきた。
気配だけで察知した沖矢は薄くしていた目を開くと窓の方を見やる。そのまま静かにカップを置き、右手を懐に入れた。胸元に入っているのは冷たい鉄の塊。文字通り指一本で命を奪うことのできるそれを、沖矢は工藤邸から一つだけ持ってきていた。
ピリッとした殺気のような空気を感じ、ラウラも顔を強張らせた。気付けばバディも伏せていた顔を上げて窓の方をじっと見ている。耳がピンと立っているため緊張状態にあるようだ。
「昴さん…?」
「静かに。敷地内に誰かがいる。」
「……!!」
短く返された言葉に息を呑んだ。まさか、と言いたかったがそんな雰囲気でもなかった。
すぐにラウラの耳にもザリッと砂利を踏む音が聞こえてきた。沖矢は音もなく立ち上がり窓の横に身を隠すと、懐に入れていた手を抜いた。沖矢の手で隠せてしまう大きさのそれは紛れもない拳銃である。
ラウラはバディとともに廊下へ繋がる扉の前まで移動する。再び強盗が入ってきた時のことを想定して、昨日赤井と話し合っていたのだ。まさか昨日の今日でその場面に直面すると思わなかったが。
一秒ごとに心臓が口から出てきそうだった。
「───?」
「──、───」
こそこそと話し声が聞こえる。沖矢がセーフティを外す。カチリと銃弾が装填される音がした。
カーテンに人影が三つ映ったと思ったら、一人がハンマーのようなものを振り上げた。ガッシャアアンという音とともに窓ガラスが割られた。穏やかな週末の朝に響き渡る衝撃音。近所の人間がやってくるのも時間の問題だろう。そう思えるほど大きな音だった。
それからは、本当に数秒の出来事だった。
沖矢は割れた窓ガラスから侵入してきた一人目の顎を打って卒倒させると、その男の身体をもう一人に向かって投げた。急に70kg程の塊が飛んできたのだ。避けられずに正面からぶつかった二人目も芝生の上に倒れ込む。
割れたガラスから外に出ると、一瞬で二人が倒されたことに驚いて逃げようとする三人目の首に一発手刀を入れる。瞬く間に意識を刈り取られた男は地に伏す。
そして意識のない一人目を退かして起きあがろうとする二人目の男に、セーフティの外れた拳銃を向けた。薄く開いたグリーンアイはまさに裏社会の者のそれだ。恐れをなした男のズボンが濡れていく。
だが忘れてはいけない。
男たちは今でこそ犯罪者の仲間入りしたとはいえ、数分前まで一般人だった。一方沖矢、いや赤井はFBIに入ってから随分経つ。組織に潜入していたため裏社会を知り尽くしている男だ。
そんな男が、ひよっこ犯罪者に本物の拳銃を向ける。もはや事案である。
「ラウラ、警察を。」
「え、あ、はい!!」
ぽかんと口を開けて見ていたラウラは慌てて警察に通報する。そんな彼女を横目に沖矢はガムテープで犯人たちを拘束していく。唯一意識のある男も戦意喪失しているようでされるがままである。
「はい、よろしくお願いします」
初めて110番を押したラウラは通報を終えるとホッと胸を撫で下ろした。正直何が何だかわからない。侵入されてから撃退までがほんの数秒で行われ、展開が早すぎてラウラだけ置いてきぼりだ。
「…っはーーー」
やれやれと大きなため息を吐く。そして庭で拘束されている三人組を見ながら優雅にコーヒーを飲む沖矢を見て吹き出した。
「ぶっっ」
「……ん? どうかしたか?」
「いや、すごいリラックスしてるので…」
「これくらい簡単に制圧出来ないと務まらないんでな。似たような諜報機関のエージェントなら話は別だが、今回は気配の消し方も知らないガキだ。」
気配の消し方どころか、本物の拳銃も、自分にはっきりと敵意を向けられたことすらないのだろう。だから赤井がチラリと見た程度で失禁するのだ。
「……ガキ? 子ども、なの?」
「成人前だろう。粋がったティーンが面白半分で侵入したんだろうが、不法侵入に器物損壊、そして強盗未遂。立派な前科がついたな。」
ラウラが飛び散ったガラスを避けながら庭を覗けば、三人ともまだ幼さが残る顔立ちだった。若気の至りといえば聞こえは良いが、そんなもので済まされるような事態ではない。
「お、お願いします!! 親には言わないでください!! 謝るから!! 学校にも言わないで!!!」
「……はぁ?」
呆れて物も言えない。
侵入してから窓ガラスを割るまで早かったことから、迷いはなかったのだろう。女の一人暮らしの家から金目のものを持ち出し、あわよくば乱暴するつもりだったのだろう。にも関わらず、捕まれば真っ先に自分の保身に走る。
今回は赤井がいたから窓ガラスが割られただけで済んだのだ。もし自分一人しかいなかったらどうなっていただろうか。いくらティーンとはいえ男三人相手に太刀打ちできないだろう。
そこまで考えたラウラの目に涙が浮かぶ。今になって事態がのみこめてきた。途端に恐怖と安堵の波が次から次へと押し寄せて感情を揺らしてくる。
沖矢は頼りなく肩を震わせるラウラを胸に抱き込んだ。静かに涙を流すラウラの頭を何度も撫でる。
「大丈夫だ。………お前には指一本触れさせやしない。」
しばらくそのままでいれば恐怖は消え、凪いだ湖のような安心感だけが残った。
* * *
「また強盗に入られそうになったぁ??!!」
ラウラの言葉をそのまま繰り返したコナンは驚きのあまりカップを落としそうになるのをすんでのところで耐えた。少し溢れたのか「ちょっと、コナンくん」と言いながらラウラが布巾で拭く。
「え、えぇ??!!」
「昴さんが一瞬でやっつけてくれたから窓ガラス割られただけで済んだけどね〜」
「そりゃよかったけどよ〜」
「例のサイトのこともあるし、ボディガードには丁度いいんじゃない? ……あの人、暇そうだし。」
灰原が紅茶を飲みながらしれっと毒を吐く。元々灰原はラウラの家に沖矢が住むことに反対していたのだ。確かに強盗は心配だが、沖矢がラウラに何かしたらどうするのだ。むしろ来るかもわからない強盗より沖矢の方が危険だ、と。
しかしそんな主張も今となっては取り下げるしかなく、灰原はすました顔で「沖矢に守ってもらえばいい」と言うのだ。
それでも灰原は一貫してラウラの安全を第一に考えている。嬉しくなったラウラは低い位置にある彼女の頭を何度か撫でた。
「ありがとね、哀ちゃん」
「別に。……でもこれで終わりと思わない方がいいかもね。」
「そうなんだよね〜。哀ちゃんと阿笠さんも気をつけてくださいね??」
「博士が変な撃退グッズ作ってたから大丈夫よ」
「変な、とはなんじゃ、変な、とは……」
小さくなった阿笠だったが、何か閃いたのか数秒後には「そうじゃ!」と言って研究室に入っていった。きっと明日には新しい発明品が出来上がっていることだろう。
「でもまさか、あの人が住み始めた次の日にくるなんてね。」
「びっくりよね〜。窓ガラス割られちゃったからまた修理するんだけど、今度は絶対に割られないように防弾ガラスにするの」
「……あっはは、」
にっこり笑顔で言ったラウラにコナンは苦笑いを返した。一般家庭に防弾ガラスなんて過剰だが、犯罪都市米花町にはそれくらいがちょうど良いのかもしれない。
