二人だけの秘密
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太陽の出ている時間が一段と短くなってきた。17時には完全に陽が沈み、気温も下がってくる。コートにマフラー、場合によっては手袋も必要になってくる季節だ。
となればバディの散歩に行くのが少し辛くなってくるが、散歩に行かないという選択肢は存在しない。毎日2回の散歩を楽しみにしているバディのことを思えば、多少無理してでも散歩に行くのだ。これを愛と呼ぶ。
普通に働いている人とは違い、ラウラは自由な時間が多い。昼間に散歩することも出来れば、季節によって散歩の時間をずらすことだって出来る。故に最近は16時頃に散歩に行くようにしていた。
それがいけなかったのだろうか。
ラウラは今日も尻尾をぷりぷりと振りながら楽しそうに歩くバディの後ろ姿を見ながら顔を綻ばせた。散歩でこんなにも喜んでくれるのなら行く甲斐があるというものだ。
散歩コースは基本的にバディにお任せのため、いくつかあるコースの中からバディが行きたい方に進む。今日はお気に入りである芝生の公園を巡るコースのようだった。
住宅街を歩き、突き当たりに公園の入り口が見えてきた時だった。
道路には街でよく見かける運送会社のトラックが止まっており、貨物室の中で荷物の整理をしている。その横をただ通り過ぎるだけのはずだったが、ラウラは聞こえてきた会話に思わず足を止めてしまった。
「こいつどうするんだよ」
「もう死んでるんだ。このまま凍らせるぞ。もう少ししたらどこかに捨ててこい」
( 虫でも出たの…? )
咄嗟にそう思ってしまったラウラはまだ米花町に染まってない。生粋の米花町育ちなら、まず殺人を疑う。
仮にここで通り過ぎたとする。しかし実は殺人で、後でニュースになっていたら後味が悪すぎる。
( 一応。念のため、ね )
そう自分に言い聞かせながらトラックにそっと触れた。
「お前なんてことしてんだよ!!」
「仕方ねぇだろ! こいつがあんなこと言うからカッとなってついやっちまったんだ!」
激しい口論を繰り広げている運送会社の作業服を着た二人。その足元には頭から血を流し、ピクリとも動かない男性がいる。瞼は閉じられ、もう二度と開くことはない。
側には凶器と思われる血のついたバットが落ちていた。
( ………虫じゃない。殺人だ。……人が、死んでる )
殺人の記憶を視たのは一度や二度の話ではない。どれもラウラの心の傷となり、普段は見えない位置にあっても条件が重なると顔を出す。そしてじわりと少しずつ、それでいて確実に精神を蝕んでいくのだ。
本当は今すぐにでも走って逃げたかった。しかしそれはあまりにも分かりやすすぎるだろう。
ラウラは震えそうになる身体に鞭を打って歩き出した。
膝が笑っている。それでも前を向いて一歩一歩距離を離していく。
決して振り向いてはいけない。目は前を見ているが意識は後ろにあった。会話を聞いていたことを知られていないか、追いかけてくる足音がしないか。
そうこうしている間に公園が近くなってきた。あそこに辿り着けば秀一に電話しよう。こんな精神状態では、とてもではないが警察に通報して事情を説明なんて出来やしない。
この状況から脱することを考えていたからかもしれない。ゴールが目前に見えて気が緩んでしまったのだろう。
だから振り返ってはいけないのに、振り返ってしまったのだ。
「!!!」
それはもう、見事に。バチッという音がしてもおかしくないほど、二人組のうちの片方と目があってしまった。予想外の事態に不自然な逸らし方をしてしまった。これでは何か知っていますと言っているようなものだ。
ラウラはそれでも歩き続けた。先程よりも早く足を動かし、一秒でも早く秀一に連絡したい。そんな彼女の耳に低いエンジン音が聞こえてきた。
ハッとして振り返れば、先程目が合った男が運転席に座っていた。その目に映る狂気に背筋が凍る。
今まで何度も視たことがあった。人を殺す瞬間、人間はどす黒い赤に染まった目をしている。ラウラが視た記憶の人々は皆そうだった。
「ワンッ!!」
「!!!」
足がアスファルトに貼り付いたように動かなかったが、危険を察知したバディが走り出したことでリードを持つ手ごと身体を引っ張られ、自然とラウラの足も動き出した。
目指すは障害物の多い公園。誰かいるかもしれないだとか、巻き込んでしまうかもしれないなんて考えはラウラにはなかった。そんな余裕もないと言った方が正しい。ただ自分とバディの命を守ることが精一杯で、それ以外のことは何も考えられなかった。
あっ、と思った時だった。
ラウラが公園の入り口に設置されている車止めの中に入るのと、トラックが彼女の背中にぶつかるタイミングはほぼ同時だった。重たい衝撃が全身に走り、ラウラの身体が紙のように飛ばされる。
階段ではなく傍の芝生に飛ばされたのは不幸中の幸いだったといえるが、何度か芝生の上を転がった後、ラウラは動かなくなった。一緒に転んだが本能的に衝撃を上手く逃したバディが、ラウラの頬を舐めて必死に起こそうとしている。出血こそしていないものの、完全に意識が飛んでいるようだ。
轢いた男は運転席から動かなくなったラウラを確認するとハンドルをきった。この後も通常通り配達業務に勤しむのだろう。そして先程殺めた男性の死亡推定時刻をずらして罪から逃れようとするのだ。
───ワンッ!! ワンワンッ!!!
意識の遠くでバディが吠える声がする。そんなに吠えている理由が知りたい一心でラウラは意識を浮上させた。
「……ん、バディ?」
バディがきゅんきゅんと鼻を鳴らしながらラウラの頬を必死に舐めている。その頭を撫でようと身体を起こそうとした時、全身に骨が軋むような痛みが走ってラウラはそのまま動きを止めた。
「……ッ、いったぁ…」
他と比べればそこまで痛くない腕を使って起き上がり、周囲の状況を確認する。
トラックもあの二人組もおらず、辺りは随分暗くなっていた。そろそろ帰らなければ秀一が心配するだろう。しかし車に轢かれたことを言わないでおくことは流石に出来なさそうだ。それに殺人のこともある。
「バディ、どこか怪我してない? 大丈夫??」
バディは息を荒くして興奮状態にあるものの、どこにも怪我はなかった。そのことにラウラは胸を撫で下ろした。
( さて、次は私なんだけども…… )
ラウラは目が覚めた時から脈を打つように痛むその場所から目を背けた。
確かに背中も痛いが、我慢できない痛みではない。普段通り生活しているときの何気ない動作で痛んで「う"っ」となりそうだが、それだけだ。日常生活をおくれないわけではない。
ラウラは意を決してスウェットを捲り上げ、靴下を下げた。案の定、人間の肌とは思えない色が広がっていた。骨まで逝っていないことを祈るしかない。
こんな状態では家に帰るどころか、歩くことすらままならない。ラウラは最強のダーリンを召喚することにした。
