二人だけの秘密
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その日、ラウラと昴は回らない寿司屋に来ていた。
自炊することが多い二人だが、たまには外食もする。今日は夕食を作る気分になれなかった。ただそれだけのことだ。
店内には何人か先客がいたが、皆マナーを弁えて静かに談笑している。日本酒片手に寿司を堪能している者もおり、ラウラもそうしようと決意した。
「いろは寿しも美味しいけど、ここもいいね。私はここの方が落ち着いてて好きかな。いろは寿しは知り合いがいそうなんだもん」
「ポアロの隣だから、俺もあまり近付きたくない。刺身も新鮮でシャリも美味い。」
そう言って大トロを口に放り込む昴を見ていると自分も食べたくなるのは何故だろうか。
「大将、大トロワサビ抜きひとつ。あとサーモンのワサビ抜きとネギトロをふたつずつ」
「タコと大トロもふたつ。ワサビありで。」
「はいよ!!」
シャリが丁寧に握られ、その上に絶妙な厚みで切られた刺身がのせられる。あっという間に出来上がる職人技に、何度見てもどうなっているのかよくわからない。魅入られる。
木製の小さなまな板のような皿にのせられたそれを箸で掴み、醤油を少しだけつける。ラウラは大きく口を開けて頬張った。半分だけ食べるなんてことはしない。寿司は一口で食べる物なのだ。
「おいしっ」
「そりゃよかった。……にしても嬢ちゃん、日本語上手だねぇ。箸の使い方も綺麗だし。」
「日本の血も4分の1だけ流れているんです。あとは両親が大の日本好きで、小さい頃から教えられていて」
「へー! そりゃすごい!! 日本語は難しいっていうが、やっぱり難しいのかい?」
「そりゃあもう。だって覚える文字の桁が違うじゃないですか!」
「ハッハッハッ! 言われてみればそうだな!」
そんな穏やかな時間を過ごしていたとき、ラウラは昴がある客を見ていることに気が付いた。
「どうしたの?」
「いや……後で話す。」
そう言ってまた寿司を食べ始めた昴を不思議に思いながら、ラウラは彼が見ていた客に視線を向けた。
回らない寿司ということもあり、割と良い値段のするこの店でジャージ姿の強者。無精髭を生やし丸メガネをかけて、髪もボサボサ。 "今起きて鏡も見ずに寝巻きのままここに来ました" という風貌の男性だった。
正直に言って、モデルでもあるラウラからするとありえない。
そんな彼の一体どこが気になったのだろうか。そう思い昴を見上げても、ここで言う気はないようで「あとでな」とお預けをくらった。
「ほら、これも食べるんだろう?」
そう言って皿にのせられたタマゴに一瞬流されそうになる。だがタマゴに罪はなく、食べたかったのも事実のため、ここは昴の顔を立てるつもりで素直にタマゴを頬張った。
「っは〜、お腹いっぱい!」
「良い店だったな。また来るか。」
「うん! 雰囲気もよかったし、大将もいい人だったね」
満たされた腹と心に満足し、二人は手を繋いで帰路に着く。その後ろを尾ける人影。
そのあまりの拙さに、素人のラウラですら尾けられていることに気付いた。とすれば当然隣の彼も気付いているわけで。
「いいの?」
「……あぁ、このまま家まで招待しようか。」
「え、大丈夫なの?!」
「問題ない。あいつの正体は俺が保証する。」
目を開き秀一を滲ませた昴がそこまでいう人間は珍しい。ラウラも少し安心したように息を吐いた。
危険でないのなら、どんな人物なのか気になってしまうのは自然な流れだった。
ラウラが昴に話しかける振りをしてチラリと後ろを向けば、先程寿司屋で昴が気にしていただらしない格好の男が慌てて電柱の影に隠れようとしているところだった。いきなり振り返ったため焦ったのだろう。
にしても、だ。
「隠れる気あるのかな……」
「フッ」
ラウラの呟きに昴が堪えきれない笑いを漏らした。
なぜなら、下手すぎるのだ。
物陰に隠れながら尾行しているのではなく、普通に歩いている。彼女が振り向いた時にそのまま帰る方向が同じ通行人を装えばいいのに、わざわざ隠れようとしたのだ。怪しいにも程がある。
家について門を開けたとき、急に走ってくる音が聞こえてラウラは咄嗟に昴の後ろに隠れた。
男は短い距離を走っただけで疲れたのか、肩で息をしながら昴をじっと見ている。その目に思慮深い光が宿っており、ラウラは目を見開いた。ただのだらしない格好の男というわけではなさそうだ。
「……少し、お話ししたいことがあるのですが。」
「……えぇ、構いませんよ。私もあなたに話をしなければならないと思っていたところですから。……どうぞ、中へ。」
「へ?」
一番びっくりしたのはラウラである。
「中に入れるの?!」
「大丈夫だ。……身内だ。」
彼女にしか聞こえないように耳元で囁かれた言葉に思考が停止した。
( 身内? 誰の? 昴の? そんな設定あったっけ?? )
沖矢昴はただの大学院生のはず。兄弟がいるなんて設定、ラウラは聞いてないし、もしそんな設定があるなら共有してくれないと困る。
まさか秀一の方の身内だなんて夢にも思っていなかった彼女は、首を傾げながら渋々来客用のスリッパを出した。
「それで。話とはなんでしょうか。」
テーブルに向かい合って座る二人にお茶を出してから、ラウラも昴の隣に座った。丸メガネの彼は何やらラウラをチラチラ見ながら言葉を発するのを悩んでいるように見える。
「私、席外した方がいい?」
「いや、ラウラも関係あることだからいていい。」
「?? そう?」
訪問者の男の匂いを念入りに嗅いでいるバディを呼んで、膝の上でおすわりさせる。そのかわいい頭に軽く自分の顎をのせて、ラウラは男を見た。
「……生きていたんだね、兄さん。」
「!!!」
「兄さん? 私は兄弟などいませんが……」
そこでラウラはようやく、昴の言葉の意味がわかった。彼は沖矢昴の身内ではなく、赤井秀一の身内なのだ。名を羽田秀吉という。プロの棋士だ。
昴が自分の兄だと認めないことは承知した上だったようで、「まぁそうだよね」と頷きながら、なぜ昴が自身の兄であると思ったのか、その推理を語りだした。
「人には知らない間に癖になっていることがある。歩き方や仕草は特にそうだ。……貴方は身長が高いのに歩幅がやや小さい。猫背気味なのも加味すると、ポケットに両手、もしくは片手を入れた状態で歩くことが多かった。……また、左手の親指の付け根の皮膚が固くなっている。これは毎日何かがあたっていた証拠。そして左手で物を持つと左肩が3mm上がり、頭が左に7度傾くのを見るに、貴方は射撃をやっている。ライフルといってもいい。……そして極め付けは、耳だ。」
「耳、ですか?」
「えぇ。個人を判別する方法はいくつかあります。有名なのは指紋や歯型ですが、耳も同じ人はいないと言われるほど千差万別なんですよ。大きさ、形、位置、全て私の兄と一致します。」
「「……」」
正直に言って、引いた。
一体なんなのだ、この男は。
秀吉はラウラのように物の記憶を視ることができるわけでもなく、純粋な推理と記憶力で沖矢昴が赤井秀一であると結論付けて追ってきたのだ。あの寿司屋で、離れた席にいる昴を死んだはずの兄であると確信して。
「あとは、手相でも個人を判別することが出来る。生命線と運命線が特に長く、頭脳線も長め。そして感情線が人よりも短い。兄の手相と全て一致します。」
昴は自分の左手を見ては刻まれた線をなぞり、「なるほど、確かに」と頷いている。全て当たっているようだ。
「なぜこんなところで別人になりすましているのか、大体の理由は想像できますが、まだ確信がないので言いません。」
ここまでくればもう隠す意味もない。昴は背もたれに寄りかかって大きく息を吐くと、タートルネックに隠された変声機に触れた。ピッという解除音が静かなリビングに木霊する。
ビリビリッとマスクを破って素顔を晒した秀一は、嬉しそうにその名を呼んだ。
「完敗だ。……さすがだな、秀吉。」
「兄さん!! 母さんから死んだって聞いた時から違和感あったけど、やっぱり生きていたんだね!!」
「あぁ、色々あってな。一度死んだことにしている。」
「へ〜、そうなんだ」
「一度死んだことにしている」という矛盾した意味のわからない言葉に対しての返事が「へ〜、そうなんだ」である。いくらなんでも軽すぎる。
「そういえば、この女性は? 見たところ兄さんのことを知ってるみたいだけど……」
「あぁ、俺の恋人だ。」
「えぇ?! 恋人?!」
昴にではなく、秀一に恋人と紹介されるのは初めてだ。ラウラの胸に暖かなものが広がり、頬が勝手に緩んだ。
「秀一さんとお付き合いさせていただいてます、篠宮 ラウラです。よろしくお願いします」
「あ、どうも。弟の羽田秀吉です。」
互いに自己紹介をすると秀一はラウラの肩を抱き寄せた。次のセリフが容易に予想できて幸せで笑ってしまう。
「ラウラと結婚するから、よろしく頼む。」
「ふふっ」
「え!!! そうなの!? おめでとう!!」
「その前にまず俺が生き返らないとだがな。」
「あぁ、そうだったね。僕に手伝えることがあれば遠慮なく言ってね。」
「あぁ、それは心強いな。お前は俺たち兄妹の中で一番頭がきれるからな。」
「え、そうなの?」
秀吉はFBIきっての切れ者と称される秀一よりも、女子高生探偵を名乗る真純よりも頭がきれる。そこまでくるともはや怖い。
そして一体どんな遺伝子が原因で兄妹三人そんな頭が良いのか是非とも教えて欲しいものだ。
「俺は、秀吉を世界一のブレーンだと思っている。」
「えーー!」
「まぁ、記憶力は日本一、いや世界一かもね」
秀吉自身、キメ顔で言う程だ。相当自信があるのだろう。
秀吉は瞬間記憶能力、所謂カメラアイを持っているわけではない。にも関わらず一度見たものは思い出せるのだから、脳の処理能力が優れているのだろう。
「何かあった時のために、俺の連絡先を教えておく。一度殺されたときにスマホもお釈迦になってしまったからな。」
「え、じゃあ今までのデータも?」
「いや、新しいスマホに移し替えたからそのままだ。流石にな。お前たちとの写真もあるし。」
最後の言葉で秀吉が嬉しそうに笑った。
秀一は2種類のスマホを出すとそれぞれ連絡先を交換した。その場の流れでラウラも秀吉と連絡先を交換する。
「沖矢昴を見かけても声はかけるな。お前と沖矢昴に接点があれば不自然だ。」
「そうだよね。昴は大学院生の設定なのに、Shougi Playerと知り合いだったらなんで?! ってなるもん。」
「設定を作るのすら面倒だ。下手に芝居うってボロが出るより、初めから知らないふりをしていた方がいい。」
「わかったよ、兄さん。」
「いつか奴らを潰すとき、お前の力を借りるかもしれん、秀吉。」
「奴らって、父さんの?」
「……あぁ。」
「それはもちろん。僕も無関係じゃないからね。メアリー母さんのこともあるし。」
「本当に縮んでいるのか?」
「そうだよ。僕も聞いた時信じられなかったけど、会ったら本当に縮んでた。中学生くらいに見えるかな。」
「ふむ、俄には信じがたいな…」
今やり合えば自分が勝つという自信があるか、FBIに入ることを報告しに行ったあの日、初めて親子で手が出る喧嘩をした。秀一も目の辺りを殴られ、手刀でやり返したが全体的にメアリーの方が優勢だった。互いに一発ずつ喰らって対外的には引き分けだったが、実際秀一は負けていた。
( まぁ、それも今やり合えば俺が勝つがな…… )
秀一にもプライドがある。あの時はまだ若かったが、FBIに入って世界の闇を凝縮したような組織に潜入し、様々なことを経験してきた。基本的に卒なく熟すため血が滲むような努力はしていないが、それなりに苦労し、人ひとり守れない己の無力に打ちひしがれてきた。
だが、そんな過去が今の秀一を秀一たらしめているのもまた事実。
「…………フッ」
秀一は秀吉と楽しそうに会話するラウラの横顔を見つめて笑った。今何よりも守りたいものはラウラのことで、そんな彼女が大切な家族と楽しそうに会話しているのを見て、嬉しくないはずがないのだ。
「ね、秀一もそう思うでしょ!?」
秀一の同意を期待して輝く瞳に抑えられなくなった秀一は、ラウラの後頭部に手を回して唇を奪った。
「………ちょ、兄さん!」
身内のキスシーンを見せられて戸惑う秀吉の声を聞いて、秀一は口を開けて笑った。こんな日がこれからも続けばいいと思いながら。
