二人だけの秘密
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「えぇ!? 毛利探偵事務所に送ったじゃと!? 先週のキャンプの動画をか!?」
「えぇ、助けてもらったあの女の人にお礼がしたかったので……名探偵ならどこの誰かを調べられると思って……」
そう言う光彦に悪気は全くない。ただ彼は本当にお礼を言いたかっただけなのだ。───たとえそれが、助けた本人の息の根を止めようとしていたとしても。
「私もそのムービーなら見ましたよ! 顔と声だけじゃわからないけど、ネットに流せば見つかるかもしれないって……」
「あのオヤジ、もう流してたりして」
軽々しくネットに流すなんて言える彼女たちは、やはりまだ若い。デジタルタトゥーという言葉の本当の意味を知らない。
画像でも動画でも、ただの文字すらも。
すぐに消したとしても誰か一人が保存をしていれば瞬く間に拡散され、絶対に消えないということを。
それが不名誉なことであれば、就職や結婚にまで影響を及ぼす。
今回は、灰原の命に繋がる。
( まぁ、そうならないようにするために私たちがいるんだけどね )
ネットの恐ろしさを知らない若者たちにはあとでじっくり教え込むとして、問題はこちらだ。
この列車に組織の者が乗車していて、己を始末しようとしていることを灰原が気付いてしまった。そして今、灰原のスマホに届いたメールが決定的なものとなった。
「ちょっと私、トイレに行ってくるわ。」
「私も行くよ」
「ううん、平気。薬飲んでくるから長いと思うし。」
バタンッと大きな音を立てて閉められた扉が灰原の拒絶を表しているようだった。だがラウラには上手く灰原を誘導するという仕事が残っているため、席を立って部屋を出た。
「哀ちゃーん? どこー?」
廊下の窓に触れながら口では見失って探しているのを装う。読み取った記憶から、予定通り昴の方に向かったことを確認した。
「流石は姉妹だな……行動が手に取るようにわかる」
またあんな風に脅して。仕方のない人。
視えた記憶にラウラがクスクス笑えば、急にぐわんと視界が揺れた。思い出したかのように激しい頭痛に襲われる。
( え、なに……、 )
バランス感覚を失い、立っていられなくなったラウラは窓に身体を預けるようにズルズルと座り込んだ。目を閉じても誰かに頭を揺らされているような感覚が消えない。自分が今どんな姿勢で座っているのか、はたまた寝ているのか。それすらもわからない。
「その覗いていた不審人物の正体ならわかりますよ……車掌さん、あんただよ!」
「おっかしいなぁ……推理クイズはあと一時間後のはずだよ?」
「なんで、秀兄は死んだって……!!」
「酷いことするじゃない。お気に入りだったのよ? そのトランクに入っていたワンピ」
数秒前の出来事から数十分前の出来事まで様々な記憶がぐちゃぐちゃになってラウラの脳に襲いかかった。情報の海に溺死しそうになっていたとき、誰かに肩を揺すられた。
「大丈夫ですか!?」
ただでさえ脳みそが揺すられているように感じるのだ。それに追い打ちをかけるように物理的に揺らされれば、むくむくと気持ち悪さが迫り上がってきた。
「お手洗い、どこ、ですか…」
「え、お手洗いですか? それならすぐそこにありますけど…」
ラウラは渾身の力で立ち上がった。グラグラと揺れる視界を補うために壁に手をついて歩く。後ろで車掌の戸惑った声が聞こえるが、いま声を出せば別のものが出てくるのがわかったため無言を貫く。
「お" え" っ……」
便器と向き合って堪えていたものを全て出す。流石に恋人には嘔吐している声なんて聞かせたくないため、襟元の盗聴器を服ごと強く握りしめた。それでも鋭い恋人はラウラがどんな状況にあるのか、すぐにわかってしまうのだろう。
だからラウラは、胃液で焼けた喉から声を絞り出して言った。
「大丈夫だから…、目の前の、ことに、集中して。……でも終わったら、よろしく。」
昴は手が離せない状況だろう。ただ具合の悪い自分よりも、命がかかっている灰原を優先して欲しい。ラウラはそれだけ言うと、昴の気を散らさないために襟元の盗聴機を取ってバッグに入れた。
昴は気絶してベルモットの部屋で寝かされていた世良を、元々の彼女の部屋まで運んだ。
バーボンが部屋にいる可能性もあったが、彼は今推理ショーに参加していることをコナンから聞いている。それ故の大胆な行動だった。
己の死を不審に思い、わざわざアメリカから日本の高校に転校してきた妹を邪険に出来るわけもなく、昴は殊更丁寧な手付きで座席に寝かせた。
「しゅ…秀兄……」
寝言でも言ってしまうほど、己のことを考えてくれている。面と向かって会ったのは数えられるほどしかないのに、自分のことを兄と慕ってくれる妹は可愛い。弟とは違った可愛さを感じるのは、性別の差と歳が離れているからだろう。
そんな妹に昴は口角をあげると、名残惜しそうに部屋を出た。
( 随分と大きくなったものだ…… )
10年という月日は小さな少女を女性に変えつつあった。
昴が次の目的地に向かっている最中、ずっとつけたままの盗聴機から妙な声が聞こえてきた。
『大丈夫ですか?!』
一瞬自分に対して言われた言葉だと思った昴はその歩みを止めて振り返った。しかし廊下にいるのは己のみ。となれば、この声はラウラに向けてかけられたものだろう。
しばらくそのまま聴いていれば、お手洗いの場所を聞いてからドサドサッという動作音が聴こえた。そして微かに聞こえるえずく音。
( 嘔吐しているのか…? )
昴がスマホでラウラの発信機の位置を確認すれば、6号車のトイレだった。盗聴機で聴いていた限り、先程発生した事件に巻き込まれたことはわかっている。そこで何を見たのかまではわからないが、遺体でも見て気分が悪くなったのだろうか。
いずれにせよ、このまま放っておくという選択肢は昴には存在しない。
だから6号車に向けて歩き出そうとした時、明らかに昴宛のメッセージが聴こえてきた。
『大丈夫だから…、目の前の、ことに、集中して。……でも終わったら、よろしく。』
嘘つけ、とか、いいから言うことを聞け、と反論しようとしたが、もちろん盗聴機は一方的で、聴く側の昴に言葉を伝える手段はない。
だから昴はスマホでラウラに電話すると、コール音がしばらく続いてからラウラが出た。
「私です。何があった?」
「ゲホッ……視すぎたみたい……まさか、こんな反動がくるなんて…、知らなかった……」
組織の者に何かされたわけではないと知って昴は胸を撫で下ろした。
「全て終わるまでそこにいろ。いいな?」
「ん、わかった」
「よし。いい子だ。」
息も絶え絶えで声だけで相当辛いことがわかった。
しかし、昴にはまだやることがある。下手にウロウロされるより、一箇所に止まってもらった方が都合がいい。そこを巻き込まないよう立ち回ればいいのだから。そうやって理由を挙げていき、今すぐ駆けつけたい気持ちを奥に追いやる。でないと足が勝手にそちらを向きそうだった。
「緊急連絡です!! 只今、当列車の8号車で火災が発生しました! 念の為7号車と6号車のお客様も前の車両に避難していただくようお願いします!!」
車内放送が聞こえたとき、シェリーならどうするか。前の車両に行けば他の人間を巻き込むことになる。それを危惧した灰原は他の者たちの目論見通り、8号車にいた。
「ゲッホゲホッ!」
すぐ近くに立つ人間の姿すら曖昧になるほど立ちこめる煙。人工発煙のため毒性はないが視界は不鮮明で、肺は必死に煙を吐き出そうとする。
「流石はヘル・エンジェルの娘さんだ…、よく似ていらっしゃる。………バーボン、それが僕のコードネームです。」
拳銃を構えて、丁寧に自己紹介する色黒の男。ポアロのアルバイト店員かつ毛利小五郎の弟子である安室透である。
貨物車と8号車の連結部分を爆破して、この列車をヘリで追跡している本当の仲間にシェリーを保護してもらう算段だった。しかし段取りに手違いがあり、貨物車の中が大量の爆弾であると知って焦ったのは安室だけではなかった。
( 大量の爆弾?! そりゃやべぇって!! )
( ふむ…、少々援護に行くか…… )
昴は煙に包まれて誰もいなくなった8号車でマスクを剥ぎ取ると、世良から勝手に拝借した帽子を深くかぶった。そしてバーボンと怪盗キッドが対峙している貨物車に繋がる扉を静かに開けた。
「ベルモットか…、悪いが彼女は僕が連れて……」
安室の言葉を遮るように、無造作に放り投げられた手榴弾。威力が最も弱いそれでも連結部分を吹っ飛ばすには充分。
「!!! ……くっそ!!」
咄嗟に物陰に隠れた安室は無事だったが、この爆発をバーボンによる合図の爆発だと勘違いしたベルモットは、意気揚々とボタンを押した。
ドォォォォン
切り離された貨物車が大きな音を立てて爆発した。中にいるシェリーの遺体を確認することは出来ないが、生きてはいない。そう確信出来るほど大きな爆発だった。
やむなく本当の姿に戻った秀一は、ベルモットの足止めを成し遂げた有希子と合流し、急いで変装を済ませた。
「えぇ?! ラウラちゃんが具合悪くて6号車のトイレで倒れてる?!」
「えぇ。先程から電話しているんですが、全く出ません。なので早く迎えに行きたいのですが……」
「わかったわ!! 3分で終わらせるわ!!」
有希子は宣言通り3分で秀一を昴に変えると、すぐに部屋を出て6号車に向かう昴の背を見送った。
躊躇いなくトイレの鍵をピッキングして開けた昴は、壁に寄りかかるようにして意識を失っているラウラに駆け寄った。
「ラウラ……大丈夫か、ラウラ」
「……っん、すばる? …おわったの?」
何度か呼びかければ、瞼がゆっくり上がった。視線が何度か昴の胸元から顔を行き来し、また力なく閉じられた。
「えぇ。終わりましたよ。全部。」
「そっか。……ごめんね、来てもらっちゃって」
自嘲の笑みを浮かべて謝るラウラの顔に貼りついた髪を耳にかける。そのままテキパキと顔に浮かんだ脂汗を拭き、額を合わせて熱を測る。
「気にするな。具合はどうだ?」
「目眩がひどくて…。自分で歩けそうにないの。」
薄く開いた目はやはり昴と交わらない。いつも通り目を開けることも出来ないほど酷い目眩だった。
「とりあえず、ここを出て客室に行くぞ。爆発があった影響で近くの駅に止まるようだ。」
「爆発? ……あぁ、さっき揺れたの、爆発だったんだ……」
「降りたら病院に行くか?」
「ううん、寝れば治ると思う…」
「どこかで一泊するか。バディは有希子さんに任せよう。」
「ん、」
昴はラウラをゆっくりと抱き上げると、トイレから出て自分の客室に向かった。
妹が乗車していたり、ラウラの具合が悪くなったりと想定外もあったが、概ね満足できる結果になった。秀一は昴の顔でニヒリと笑ってから、ラウラを抱き上げる手に力を入れた。
