二人だけの秘密
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蒸気機関車と聞いて大抵の人が想像する、黒塗りの車体に丸いフォルムの先頭。金色で印字された車体番号やもくもくと伸びる灰色の煙も想像通りである。
「わーー!! すっげーー!!」
「かっこいいですね!!」
ラウラは歓声を上げる子どもたちを微笑ましく思いながら、さりげなく辺りを警戒した。ベルモットが誰に化けているのかわからない。客に化けて乗車するのか、それとも既に従業員に扮して中にいるのか、それすらもわからない。
ただ一つわかっているのは、何事もなく列車が終着駅に到着することはないということだけだ。
「ケホケホッ」
「哀ちゃん、まだカゼなおってないの?」
「誰かさんの病原菌がしつこくてね。でも薬飲んでるし、大丈夫よ。」
「歩美ちゃん、今日は哀ちゃんに私も付いてるから大丈夫よ」
「ラウラおねえさんがいるなら安心だね!」
今日のことを灰原は何も知らない。彼女のことだ。知ってしまえば子どもたちを巻き込まないために、自ら組織の前に飛び出して死を選ぶ可能性があるからだ。もちろんそれを許すコナンではないし、それを指を咥えて見てる秀一やラウラではない。
ラウラたちの最大の目的は、ここでシェリーが死んだと思わせることだ。そのために綿密な計画を練って今日を迎えた。
命がかかった危ない綱渡りだが、その分成功した時のリターンは大きい。
ベルモットは宮野志保が灰原哀であることを知っているが、なぜか組織には報告していない。有希子曰く、ベルモットが新一のことを気に入っているようだがそれだけではないだろう。
秀一は何か訳知り顔で「あいつも同じだろう」と言ったきり何も言わない。秀一は気付いているのだ。シャロン・ヴィンヤードとクリス・ヴィンヤードが同一人物で、クリスはシャロンが例の薬を飲んで若返った姿であると。つまり有希子やラウラの母と親しかったシャロンはベルモットということになり、友人に手をかけたくないためベルモットは有希子に直接危害を加えることはしない。それは可愛がっていたラウラにも同じことが言える。
もっとも、ベルモットはラウラが銀の弾丸である赤井秀一と恋仲であることを知らないため、危害を加えないのかもしれない。赤井秀一の恋人であると知れば、いくらベルモットでもなりふり構っていられないだろう。それほどまでに赤井秀一は組織から恐れられている。
「キャーー! キッド様ぁ〜♡ ラブレターでも仕込んでおこうかしらぁ♡」
キッドが予告を出したため、大ファンである園子が身体をくねらせながら悲鳴をあげた。
「ボクはキッドよりも、車内で出題される推理クイズの方が気になるけどね」
「「えぇ!? 世良さん!? なんでここに!?」」
「あら真純ちゃん」
「やっほーラウラさん。今日も綺麗だね」
「ふふっ、ありがとう」
息をするように褒めてくるのは流石だ。メッセージのやりとりをするようになってから世良はラウラのことを姉のように思っているらしい。世良自身がそう言っているし、ラウラも妹がいればこんな感じかなと想像しては嬉しく思っている。
一等車である8号車に行こうと誘う蘭と園子を丁重に断り、ラウラは子どもたちと共に6号車のD室にいた。
「うわーー!! すっげーーー!!」
「本当に駅に止まらないんですね!!」
窓に貼り付いて外を見ては興奮する元太と光彦は年相応の表情をしている。様々な思惑が絡み合っているこの場所で、何も知らない子どもというのは心のオアシスなのだ。
「終点までほぼノンストップじゃからな! まぁ、終点がどこかも謎じゃが!」
「名古屋だよ……ネットで運行状況を見れば、この列車のスジは見えるからな。」
( なんて夢のないことを…… )
「あー!! コナンくんなんで言っちゃうのー!! 楽しみにしてたのに!!!」
流石の歩美も許せなかったようで声を上げた。コナンは頭を掻きながら「わりぃわりぃ」と心にも思っていないことを言う。
推理オタクからすれば謎のままというのが心底嫌なのだろう。秀一も同じように終着駅を割り出していたことを思い出したラウラは苦笑いした。
「それより気になるのが、走行中に出される推理クイズの方だ。」
「あぁ、乗客の中からランダムに犯人役と被害者役が選ばれて事件が起きて、それを他の乗客みんなで解決するって趣向みたいだね。」
楽しみにしているところ申し訳ないが、コナンに参加する時間と余裕があるかはまた別の問題だ。
そんな時、扉をノックする音が聞こえた。扉のすぐ横にいたラウラは鍵を開ける一瞬で扉の記憶を視る。脳裏に飛び込んできた記憶は制服を着た男が何かを床に置く姿だった。組織とは無関係だろう。
「はーい。……って、あれ?」
扉を開けても誰もいない。身を乗り出して廊下を確認するがやはり人影はない。
「……手紙?」
「ラウラさん何落ちてたの?」
「開けてみよっか」
ベルツリー急行のマークであるもみの木と2つのベルの蜜蝋でしっかりと封をされた手紙を開ければ、カードにメッセージが書いてあった。それを見るに、事件が発生するから探偵役として謎を解き明かせとのこと。
発車して間もないのに、ひと息つかせてもくれない設定に眩暈がした。
子どもたち5人の引率として事件が発生するという7号車のB室に向かう。
ノックしてから扉を開けると、サイレンサー付きの銃で小太りの男を撃つ犯人の姿があった。まさに犯行の瞬間を目撃してしまう。そのまま逃走する犯人に呆気に取られたのも一瞬だった。
「追うぞ!」
「おう!!」
「これって推理ってより…、」
「ただの鬼ごっこだな。ハハハ」
列車内で走るというマナー違反極まりない行動に非常に居た堪れなく感じながらも、子どもたちだけで歩かせるわけにはいかない。特にこの列車には組織の人間が何人か乗車しているのだ。もし何かあったらと想像するだけで肝が冷える。
「くっそー、見失っちまったぜ」
「全部個室だから中に入られるとわかりませんね」
「ほら、犯人見失っちゃったしもう戻ろう?」
ラウラが残念がる子どもたちを宥めて戻ろうとしたとき、車内を探検していると思ったのか車掌に声をかけてきた。
「君たち、この列車は初めてかい?」
「うん!」
「それなら部屋にいた方がいいよ。部屋のスピーカーからクイズが発表されるから。」
ヒュッと息を吸う音が聞こえた気がした。
「え? まだ事件起きてないの?」
「うん、あと1時間後だったかな。」
「え、じゃあさっきのは?」
「本当の事件だった、ってことかしら」
「…………ぇ、」
冷静な灰原の言葉にラウラの背中を冷や汗がつたう。
生粋の米花町育ちとは違い、ラウラの事件耐性はかなり低い。記憶を視てしまったり、強盗に何度も入られたりしたが、すぐに耐性がつくほど強靭な精神を持っていないのだ。
コナンが踵を返して走り出す。強張る身体に鞭を打って追いかけようとした時だった。
( ……? )
袖を引っ張られた気がして振り返れば、ある方向を見て震える灰原がいた。深く被ったフードの下では瞳孔が開き、見てわかるほどガクガクと震えている。自分より怖がっている灰原を見ると、ラウラの恐怖心が薄れた。ラウラは灰原の小さな身体を腕の中に入れるとそのまま頭を撫でた。誰の目にも触れないよう大事にしまい込む。
まるで幽霊を見てしまったかのような反応に灰原の闇の深さを知る。それだけ組織のことがトラウマになっているのだろう。
では、一体何をそんなに怖がっているのか。秀一に知られれば怒られそうだが、ラウラは灰原が見ていた方向をその目で見た。
ゆっくりと個室から出て扉を閉める男性。ラウラはその横顔に見覚えがありすぎて思わず凝視してしまった。なぜなら今朝も見た顔だったからだ。
深くかぶったキャップから覗く、少しウェーブのかかった長い前髪。
右の額から頬にかけて残ったケロイド状の火傷痕。
周りの人より頭ひとつ飛び抜ける身長に、鍛えられてがっしりとした肩幅。
ラウラですら秀一だと思った。何も知らなければ「どうしたの、その怪我」と声をかけてしまいそうだ。それほどまでによく似ていた。これが赤の他人の変装だというのだから恐ろしい話である。
ラウラを、いや正確には灰原を上から睨みつけながら通り過ぎる男。それを見ていたラウラはやはりあれは秀一ではないと断定した。
( 秀一はあんな憎悪に濡れた眼なんてしないし、何よりもっとかっこいいもん )
ただの惚気である。
「哀ちゃーん! ラウラおねえさーん! 行くよー?」
歩美に急かされてラウラと灰原はようやく足を動かした。
「うん、行こっか。」
ラウラの手にはしっかりと灰原の手が握られていた。
