彼女の秘密
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いつも通りバディの少し硬い肉球と濡れた鼻で起きたラウラは、まだ寝ているであろう赤井を起こさないようにそっと寝室を出た。
ラウラがどんなに気配を消そうと努力しても、FBIの凄腕エージェントの前では意味をなさないことはわかっている。要は気遣う気持ちが大切なのだ。
空きっ腹にバナナを入れ、バディにも軽くご飯を食べさせる。準備を整えてリビングを出たところで赤井が階段を降りてきた。
「散歩か?」
「あ、起こしちゃいましたか? すいません。1時間くらいで戻ります。」
「…少し待っていてもらえるか。」
ラウラの返事を聞かずにまた二階に消えた赤井を待つこと5分程。
「すいません、お待たせしました。」
沖矢が降りてきた。
あまりの変装の早さに赤井か本気で疑ったラウラは小さな声で「本当に赤井さんですか?」と問いかける。沖矢は赤井の笑い方で喉を鳴らすと、チョーカーに触れた。
「あぁ、俺だ。そんなに怖がらないでくれ。」
「だって、変装時間が短すぎて……」
「慣れたんでな。メイクと一緒だ」
「な、なるほど…」
確かにメイクも慣れれば早くなるが、赤井の変装はマスクを被ってから細かい調整をしているのだ。慣れたとしても5分で終わるものには思えなかったが、ラウラは「FBIだもんね」と無理矢理自分を納得させた。
夏の後半に差し掛かっているとはいえ、毎日暑い日が続いていた。最低気温が高いため、朝の5時半でも既に暑いのだ。それでも日中の殺人的暑さに比べれば涼しい方だ。
「ラウラさんは元々料理がお好きだったんですか?」
「うーん、普通でした。前から母の手伝いはしていましたけど、両親が亡くなってしばらくしてから自分の身体のためにちゃんと作り始めて、気付いたら毎食ちゃんと作ってる、という感じです」
「なるほど……」
「でも昴さんは覚えるのも早いですし、手先も器用だから上達早いですよね」
「そうですか? 自分ではまだまだだな、と。」
一度言ったことは忘れず、応用も出来る。教えているラウラとしては、自分の講師の腕が良いのかと勘違いしてしまうほどだった。
「当たり前といえば当たり前ですが、自炊するようになってから身体の調子がいいです。」
「あっはは、あんな食生活していたらそりゃあ良くなりますよ!」
沖矢も朝はコーヒー、昼はインスタント食品、夜は晩酌ついでにつまみだけなんて食生活にはもう戻れる気がしなかった。身体の軽さも頭の回転の速さも、何もかもが違いすぎる。気付けば毎日1箱は吸っていた煙草も、朝晩の1本ずつで満足するようになっている。ラウラとの生活がストレスとはほど遠い位置にあることも一因だが、健康的な生活をするようになったのもあるだろう。
( 俺を元の生活に戻れない身体にした責任は取ってもらうぞ… )
そのためには、早く秘密を暴かなければならない。沖矢は隣で走るラウラの横顔を見てからふっと笑った。
もう少しで秘密に手が届きそうなのだ。なんとなく自分の中で答えは出ている。しかしあまりにも非現実的すぎて自分の中で踏み切れないのだ。
( 何か、決定的なことがあればいいんだがな……この目で確かめれば疑う余地などない )
たとえそれが、どんなに非現実的なものであったとしても。
事件が起きたのは家へ帰る途中のことだった。
朝の閑散とした住宅街に響いた重たい衝撃音と、アスファルトとタイヤが擦れる音。その直後に聞こえたエンジン音。音だけでも荒い運転だと判断できるそれは、すぐに遠ざかっていった。まるで、何かから逃げるように。
一瞬動きを止めた沖矢だったが、次の瞬間弾かれたように走り出した。
大通りに出れば横断歩道で倒れる男性の姿。白線が赤く染まっていくのが見えた。周りには人はおろか、轢いたであろう車の姿すらない。
「ラウラさん、救急車を!!!」
「ッッ!!! わかりました!」
男性に駆け寄った沖矢はざっと状態を確かめると、止血するために首にかけていたタオルで男性の頭を押さえた。
「聞こえますか!! 聞こえるなら返事をしてください!!」
「……う、」
男性は小さなうめき声をあげただけで、気を失っている。
「救急車はあと5分程で到着するそうです!!」
「ありがとうございます。警察もお願いできますか?」
「わかりました」
二つ返事で了承したものの、ラウラの指は1を2回押して止まってしまった。最後の0に指を持ってくるが、押すのを躊躇ってしまった。
沖矢もラウラも、男性を轢いた車を見ていない。二人が大通りに出たとき既に車は走り去っており、辺りには誰もいなかった。店があるわけでもないただの大通りのため、監視カメラの類いも期待できないだろう。轢き逃げ犯に繋がる手がかりはアスファルトに薄っすらと残されたブレーキ痕と、現場周辺の監視カメラのみ。特定には時間がかかるだろう。
しかしラウラには、犯人を特定する手段がある。
「……、」
ラウラは沖矢を見た。
止血しているタオルは血に染まり、沖矢のランニングウェアも汚れてしまっている。それでも彼は犯人の手掛かりを探そうとしているのか、目に見える範囲で現場を検分していた。
「…? どうかしましたか?」
いつまで経っても通報しないラウラを不思議に思ったのか、沖矢は首を傾げている。
「………いえ、なんでもないです」
ラウラは沖矢と目を合わせながら、左手でそっとアスファルトに触れた。途端に流れ込む数分前の記憶。
車が通っていないにも関わらず、律儀に信号待ちをする男性。歩道の信号が青になって横断歩道を渡り始めたときにやってきた、一台の車。
スピードを緩めることなく交差点に侵入し、男性を撥ねた。
運転手は明らかにまずいという顔をしたものの、すぐに走り去って行く。
車種、運転手の顔、轢かれた当時の現場の状況、車のナンバーまで全てがラウラの脳内に映像として流れる。
「……?」
ラウラが何をしているのかを理解していない沖矢は訝しげな顔をしていた。ラウラは沖矢から視線を外すと、そっと0を押した。
『警察です。事故ですか? 事件ですか?』
「轢き逃げです。轢いたのは黒のワンボックスカー。ナンバーはさの1941。運転手は60代くらいの男性です。」
「……ッッ?!」
沖矢は変装していることも忘れて目を見開いた。
ありえなかった。家を出てからラウラはずっと沖矢とともに行動していた。轢き逃げの瞬間も逃げた車も、何も見ていないはずだった。
( ……やはり、彼女は…、 )
疑惑が確信に変わった瞬間だった。未だ信じられない気持ちもあるが、他でもない沖矢自身がラウラのアリバイを証明してしまっている。
( 触れた物の記憶、か… )
可能性を全て潰していった結果出た答えがどんなに非現実的であっても、それが真実である。ホームズの言葉だ。沖矢はその言葉に従い、ラウラを信じることにした。
思えば、ウイスキー祭りの帰り道に見つけた迷子のときも、ラウラは直前に彼の服に触れていた。沖矢の正体を見破ったのも、工藤邸の壁にでも触れたのだろう。7年前のあの日も、何かに触れて計画を知ってしまったに違いない。
沖矢は笑ってしまいそうだった。
点と点が繋がって一本の線になる感覚は何度経験しても堪らない。一度謎が解ければこんなにも簡単なことで、ラウラの行動の辻褄が合う。
ラウラにはコナンのような推理力も、赤井のような洞察眼もない。あるのは触れた物の記憶が視えるという特殊能力だけだ。それでも、彼女の前ではどんな完全犯罪を日の元に晒され、どんな秘密も暴かれる。
翌日になってから赤井は、雑誌を捲るラウラにこう言った。
「答え合わせを、してもいいか。」
