彼女の秘密
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黒い煉瓦の大きな建物。競技用のバスケットコートが4面は張れるであろう広さの会場には、たくさんの出店とそれを求める人で賑わっていた。
「昴さん、どこから行きます!?」
「ラウラさん落ち着いて。ウイスキーは逃げませんよ」
沖矢はあちらこちらに目移りするラウラを宥めるように言った。が、ラウラは少しも落ち着くことが出来ないし、それは沖矢とて同じだった。
「だって! ずっと行きたかったんです!! 一緒に行ってくれる人がいなくて、誰かを付き合わせるのも悪いし、でも一人で行く勇気もないし……。昴さんがウイスキー好きで本当によかった!!」
二人は東都黒煉瓦公園で開催されているウイスキー祭りに来ていた。
週末二日間に渡って開催されるこの祭りは世界中のウイスキーを一度に楽しめる、ウイスキー好きからすれば垂涎のイベントなのだ。毎年開催されているが、ラウラは一緒に行く友人がおらず、毎年泣く泣く見送っていたのだ。
そんな祭りに、今回初めて来ることができたのだ。これを喜ばずにいられるわけがない。
「昴さん、全制覇目指しますか?」
「……バーボンは全部試飲するつもりですよ」
ラウラは知っている。───赤井は昨日晩酌しなかったのだ。
それをここに来るまでの道すがら聞いて、ラウラは腹を抱えて笑った。本人は「気分じゃなかったんでな……」と供述して否認しているが、今日様々なウイスキーを飲むために禁酒したことくらい、名探偵でもないラウラにだってわかる。
「えー、じゃあバーボンは昴さんに任せて、私はラムにしようかな……あー、でもやっぱりウイスキーの代表格であるバーボンも捨てがたい!」
「……潰れるなよ」
沖矢の声、赤井の口調で釘を刺されたラウラは、「大丈夫です、私、潰れないんで。でももし酔ったらよろしく!」という意味を込めてにっこり笑顔でオッケーマークを作った。それに対して沖矢は心底深いため息を吐く。彼女が酔い潰れたところでタクシーを拾って帰れば良いだけだが、酔っ払いの介抱ほど損な役回りはない。
早速ブースを端から見ていく。新しい銘柄に出会うことを目的の一つとしているため、二人とも飲んだことあるものはパスするつもりだった。
試飲サイズの小さな瓶もあるが、ほとんどのウイスキーは大瓶サイズ。つまり、初めての銘柄に挑戦しにくいのだ。口に合わなければ残ったものは捨てるしかなくなる。
故に気になってはいたが、万が一の時を考えて購入出来なかった。そんな悩みとは今日でオサラバである。
幸運なことに、一軒目から初めての銘柄に出会った。沖矢はバーボンのみ、ラウラはバーボンとラムを少しずつもらう。
「あ、おいしい。私結構好きかも。昴さんどう? 好きな味?」
「……悪くないな。」
口に含んでから舌で転がし、ゆっくりと飲み込んだ沖矢は、各ブースにあるウイスキーの銘柄が描かれた小さなカードを手に取った。気に入ったらしい。
そんな沖矢を横目にラウラはラムを舌にのせた。途端に芳醇なラムの香りが鼻腔を支配したあと、鼻の奥に抜けていく。
「ラムの方はちょっとクセが強いかな〜」
ラウラは少し眉間に皺を寄せると、二本の指で持てるほど小さなプラカップに残ったラムを飲み干した。口に合わなかったが、このまま捨てるほどでもない。
「あ、これ飲んだことある! 昴さんは?」
「私もあります。パスしましょう。」
「こっちはフレーバードバーボンですって!」
「あまり飲んだことありませんね。飲んでみましょうか」
「私のもお願いします〜」
時折つまみも食べながら一周回り終わる頃には、酒に強いラウラも流石に気分が良くなっていた。気分が浮つき、何でも楽しく感じられる。
一方沖矢の顔色は来た時と変わらない。沖矢の顔はマスクなのだから変わるわけがないが。
( マスクの下で秀一さんが顔赤くしてたら面白い……ふふっ )
想像するだけで面白い。そもそも赤井が顔を赤くすることがあるのだろうか。彼はポーカーフェイスが得意で文字通り顔色が変わらない。だが流石に酔いが回っている今なら、顔が赤くなっているかもしれない。
そんな彼女の邪な思考は彼に筒抜けだった。
「……何を考えている」
「酔ってないのかなぁーって。」
「これだけ飲めば流石に回ってきたさ。君も随分酔いが回っているな。」
「えっへへー、いつも一杯か二杯でやめるんですけど、今日は特別です! ……あ、あのマリネ美味しそう!」
話していてもすぐどこかに目を奪われるラウラを心配したのか、沖矢は彼女の細い腰に手を回した。一人で歩いているが少しフラついており、目を離した隙にどこかに消えそうなのだ。
歩いてくる人に当たらないように誘導しているあたり、この男は酔っていてもできる。
「いい出会いがありましたね!!」
「えぇ、来た甲斐がありました」
気に入って購入したウィスキー瓶がぶつかり合ってカランと音を立てた。その音をBGMに気分良く駅への道を歩いていると、二人の目に公園のベンチでぽつんと座る男の子を見つけた。
「あれ、あの子……」
見るからに外国人のその子は、頻りに辺りを見回している。
「迷子だな」
「うん、ですよね。」
赤井は一見悪人面だが正真正銘FBIだ。そのせいか、彼は意外と困っている人を放っておけないタイプだ。
ラウラは自分の身が一番可愛い女だが、流石に子どもが一人でいるところを見て見ぬふりして帰ることは出来ない。
二人はすぐに公園に向かい、男の子の元までやって来た。怖がらせないように男の子の前で膝をつき、目線を合わせる。
『パパかママはどこにいる?』
沖矢が英語で話しかけても答える素振りがない。一番可能性の高い英語が潰された。
『パパとママはどうしたの?』
続いてラウラがドイツ語で質問すれば、男の子の顔がパァッと輝いた。誰かに聞こうにも言葉が通じず困っていたのだろう。英語ならまだしも、日本でドイツ語を話せる人間は少ない。
男の子は少し辿々しいドイツ語で喋りだした。
『ママはケイティつれていっちゃった。パパはおさけのみにいくって』
『そっか。ママとはどこでバイバイしちゃったの?』
『あかいおうちのところ! ぼく、バルーンをおいかけて……』
赤い家。
見たところ4歳くらいだろう。4歳児の言う赤いお家は言葉通りではない可能性が高い。
「彼はなんと?」
「赤いお家の近くで逸れたみたいで……。昴さん、近くの赤い建物わかります?」
「いえ、私もこの近辺はあまり来たことがないですから。」
「そうですよね。もうちょっと聞いてみます」
一番良いのは宿泊先を聞きだし、そこに連絡して保護者に子どもを保護している旨を伝えることだが、4歳児が宿泊しているホテルの名を覚えているわけがない。
『他に何か覚えてることある?』
『えーっと、えっと……あ! とおくにタワーがみえた!』
おそらくそのタワーはベルツリータワーのことだ。この近辺ならどこからでも見える。
その後も手掛かりがないか聞いてみたが、どれも決定打にはならなかった。
( 仕方ないね。一番確実な方法をとるか… )
ラウラはスマホで赤い建物を探している沖矢を見上げた。
「ん? どうかしましたか?」
「いいえ、何でも。」
すぐ隣に沖矢がいる状況で能力を使えば、すぐに解き明かされてしまいそうだ。だが、それを望んでいるラウラがいた。
( 早く気付いて欲しいから、今日は大ヒントをあげちゃいます )
ラウラは男の子に断りを入れてから、彼の服にそっと触れた。
「昴さん、この近辺で二軒隣にワクドナルドがあるホテル調べてもらえますか?」
沖矢は何の前触れもなくラウラの口から出てきた具体的な内容に目を見張った。
それまでベルツリーが見える赤い建物の近くで逸れたことしかわからなかったのだ。その後のやりとりでここまで進展したのだろうか。それにしては会話が短かった気がする。沖矢は己がドイツ語を勉強していなかったことに内心舌を打った。
言われた条件に合うホテルを探せば、案の定一つに絞り込めた。
「東都スカイホテルのようです。ここから徒歩10分程ですね。」
「あ、ここです! 行きましょうか!」
ラウラの言葉が沖矢の何かに引っかかった。
なぜ話を聞いただけなのに、男の子の泊まっているホテルがここだと断言できるのか。沖矢が見せた写真はホテル正面のもので、そこにワクドナルドは写っていない。
ラウラは男の子に何か話しかけると、「よいしょ」と言いながら彼を持ち上げた。4歳児の平均体重は16kg。成人女性が抱き上げて歩くのはかなり辛いはずだ。
しかし男の子は疲れているようで、もうこれ以上歩けなかったのだろう。沖矢は代わろうと思ったが、言葉の通じない男に抱えられるより、言葉の通じる彼女に抱えられる方が彼の精神的に良いだろう。そう判断して伸ばしかけた手を戻した。
「このまままっすぐ行って、あそこの信号を右に曲がれば見えてくるはずです」
「すいません昴さん。ありがとうございます」
「いえいえ。私に出来るのはこれくらいですので。」
ラウラのペースに合わせてゆっくり歩く。
男の子の手には先程自販機で購入したジュース。彼は何も持っていなかったため、ラウラが彼と相談して購入したものだ。
相変わらずドイツ語で話す二人の会話の内容は沖矢にはさっぱりわからない。が、母国語で楽しそうに話すラウラを見ているのは悪い気分ではなかった。
「あの人が母親ではないでしょうか」
「あ、本当ですね。」
『ママ!!』
男の子を無事に母親の元まで送り届けた二人は、彼らに見送られながら駅に足を向けた。
「無事送り届けられてよかったですね」
「そうですね。……なぜあのホテルだとわかったんですか?」
沖矢は一瞬の表情の変化も逃さないためにラウラを注意深く見た。するとラウラは沖矢を見上げて挑発的にニヤリと口角を上げたのだ。
沖矢は確信した。あれはやはりヒントだったのだ。
「それを暴くのが、貴方の仕事でしょ?」
その挑発的な態度がこの謎解きをさらに面白くする。沖矢によって秘密が暴かれたとき、彼女は一体どんな顔をするだろうか。
早くその秘密を暴きたくて仕方がない。
沖矢の秘密は既に暴かれているのだ。早くラウラの秘密を暴かなければフェアじゃない。
激しい感情ではなく、緩やかに。しかし確実に堕ちていくことを実感しながら、沖矢はラウラの腰に手を回した。
