彼女の秘密
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「先に入ってくるといい。ゆっくり浸かってこい。」
「……」
モデルのラウラから見ても嫉妬するほど長い脚を組んで、ロックグラス片手に本を読む赤井秀一。
もう一度言おう。───赤井秀一だ。
何を思ったのか急に沖矢昴のマスクを脱ぎ捨てて素顔を晒した彼は、ニヒルな顔で自己紹介をしてきたのだ。
「こうして話すのは7年ぶりだな。……赤井秀一だ。今は訳あって休職中だが、FBIだ。君とは長い付き合いになりそうだ。……よろしく頼む。」
今の状況を説明しよう。
今日の昼頃、ラウラの家に強盗が押し入った。幸いにも隙をついて逃げ出し、必死に沖矢に助けを求めた結果、犯人は警察に捕まった。
だが犯人が一階のリビングの窓を思いっきり割ってくれたおかげで、リビングにはガラスが散乱して足の踏み場もない。しかも彼女がお湯をぶち撒けたため水浸しである。とりあえず今日は片付ける気にもなれない。
たとえ家の被害がなかったとしても、襲われたその日に一人で家にいるのは流石に怖い。故にラウラは阿笠の家に泊まらせてもらおうと思っていたのだが。
「阿笠さんは腰を悪くしていますし、同居人に至っては小学生女児。もし何かあっても抵抗出来ないでしょう。」
「……そ、うですね」
「なので、私の家に泊まるのはどうでしょう。」
「えーっと、、、」
「私は截拳道を嗜んでいますし、そこら辺の暴漢に負けない自信があります。ラウラさんも安心出来るでしょう?」
という正論で逃げ道を塞がれて、ラウラは首を縦に振るしかなかった。
そりゃあ、52歳の阿笠と6歳の身体の灰原に比べたら、現役FBIの方がどう考えても安心である。自明だ。
( でも貴方、正体隠してるんじゃなかったの?? )
そう思ったラウラだったが、それに関しては心当たりがあった。
( 多分優作さんから、私が正体に気付いていることを聞かされたんだ…… )
でないとラウラが何か沖矢の正体を知っているかのような素振りを見せた時、彼はきっと無理矢理にでもどうやって知ったのかを聞き出そうとする。赤井が生きていることを奴らに知られれば殺されてしまう人間がいるのだから、当然と言えば当然である。
そんな沖矢、もとい赤井に風呂を勧められたラウラは釈然としない気持ちのまま脱衣所に向かった。
ラウラは足の裏を怪我しているため体重をかけると痛みが走る。いつもよりゆっくりとした動作からそれを察したのか、夕飯は沖矢が作った。メニューはラウラが一番最初に教えた肉じゃがである。感動して「こんなに立派になって…」という親のような想いが彼女の胸を支配したのは言うまでもない。
「ふぅーーー」
全身を洗い上げ、少し熱めの湯に浸かる。風呂場の天井を見上げながら考えるのはもちろん今日のこと。
( なんで私の家が狙われたんだろう…… )
ラウラとて米花町に住んでいるため、犯罪に巻き込まれる可能性を考えたことがないと言えば嘘になる。逆に7年も住んでいてほとんど巻き込まれたことがない方が珍しいのだ。
考えても答えは見つからない。
窓ガラスを割って侵入して来たときの、心臓に冷水をかけられたような感覚が忘れられない。思い出してはゾクリと悪寒が走り、安心させるように自分を抱き締める。
そんな悪寒も、沖矢の顔を思い出せばすぐに消えてしまった。
絶体絶命のときに登場した沖矢。彼を見た瞬間、本当に、心の底から安心したのだ。彼がいれば大丈夫、と。
沖矢のことが好きになりそうなことに気付き、沖矢が赤井であることを知ってしまった今も、不思議とその想いは消えていない。むしろ優作に背中を押されたため、赤井のことを少し信じてみてもいいかな、なんて思っている自分がいる。
ラウラも気付けば27歳。本国の友人の中には結婚した者も出てきた。
結婚を全く意識していないと言えば、嘘になる。
秘密を一人で抱え続けることに限界を感じていないと言えば、嘘になる。
この全身にのし掛かる重荷を分け合って支えてくれる誰かが欲しい。助けて欲しい。「よく頑張った」と言って、抱き締めて欲しい。
そんな「誰か」を想像するたびに脳裏をチラつくのは、やっぱり彼の顔だった。
「ありがとうございました」
「あぁ、気にしなくていい。」
頬を蒸気させたラウラがリビングに戻った時、赤井はテレビも付けずに晩酌をしていた。テーブルにはつまみであろうナッツ類とスモークチーズが置かれている。定番なつまみだが、質素といえば質素だ。
「……いつもこれで飲んでるんですか?」
「ん? ……あぁ、つまみか。まぁな。俺の料理の腕は君が一番よく知っているだろう。」
えぇ、存じ上げていますとも。
ラウラは少しだけ悩んだ後、手を洗ってから包丁とじゃがいもを取り出した。慣れたように皮をスルスルと剥いていると、気になったのか赤井がやってきて後ろからラウラの手元を覗く。
「何を作るんだ?」
「赤井さんでも作れそうなおつまみ。」
「秀一でいい。」
「……じゃあ、秀一さん」
じゃがいもの皮を剥いて一口サイズにカットする。柔らかくなるまでレンジで加熱し、フォークでざっくり潰す。アーモンド、くるみ、カシューナッツをフライパンで軽く煎り、手伝いたそうにしていた赤井にスモークチーズを微塵切りにしてもらう。
あとは全て混ぜて粗挽き胡椒で味を整えれば出来上がりだ。
「これなら出来そうでしょ?」
「あぁ、そうだな。」
ラウラは混ぜていたスプーンに出来上がったばかりのじゃがいもとナッツのスモークチーズ和えをのせて、赤井の口の前に差し出した。
赤井は驚いたようにラウラをチラリと見てから口を開けた。今まで赤井に「あーん」をする者などいなかった。これが初めてである。
その舌で味を感じた瞬間、彼の目がカッと開かれた。得意のポーカーフェイスが崩れつつある。
「ふふっ、美味しい?」
「……美味いな。材料は本当にそれだけか?」
「えぇ。工程見ていたでしょ? これなら秀一さんも自分で作れると思って。」
「……君が作ってはくれないのか。」
「……ん?」
「ラウラが作ってはくれないのか?」
改めて言われて、その意図に気付いて年甲斐にもなくラウラは顔を赤くした。
「えっと、まぁ、たまにはいいですけど。」
「……フッ」
「わぁ!!」
赤井は口角をゆるく上げて大人の色気を出しながら笑うと、大きな手でラウラの頭をぐしゃっと撫でた。意外と乱暴な手つきに彼女の頭が揺さぶられる。
ラウラが乱れた髪を手櫛で整えている時には、赤井は出来上がったつまみを持ってダイニングに戻るところだった。
「……私も飲もーっと」
今日は非常に濃い一日だった。こんな日は飲まなければやっていられない。
ラウラは戸棚からグラスを取ると、彼の後を追いかけた。
ラウラがバーボンロックを何口か飲んでも顔色が全く変わらないのを見て、赤井は感心したようだった。
「前にも思ったが、意外と飲むな」
「えぇ、まぁ。ドイツの血が入っているのでお酒は好きなんです。秀一さんのように毎晩晩酌、とまではいかないですけどね」
毎晩晩酌なんてしたらあっという間に太る。しかも身体に悪すぎる。週に一度か二度で適量飲むのが美味しい飲み方なのだ。時々自分へのご褒美に飲むのが身体的にも気分的にも良い。
「これからは互いに晩酌相手に困らなそうだな。君も一人で飲んでいるんだろう?」
「えぇ。外で飲んだら色々うるさいから。」
「……あぁ、よくわかる」
こんな色男が一人で飲んでいたら、そりゃあ大抵の女は放っておけないだろう。それはラウラにも言えることだった。日本のバーなら一見日本語が話せなさそうな彼女を誘う者は少ないが、アメリカなら話は別だ。5分しないうちに声をかけられるだろう。
「沖矢昴の正体を知ったのも、7年前と同じ方法か?」
「───ッ!!」
しばらく当たり障りのない話をしてグラスを傾けていた時、流れるように核心に迫られて一瞬息が止まった。
それまでのように口から言葉が出そうになるのを、すんでのところで止めた。油断も隙もない。
「……君は一体何を隠している?」
「そう聞かれて、正直に答えると思いますか?」
「いいや。思わないな。」
「今まで、誰かに明かそうなんて考えたこともなかったですが……」
「今まで?」
そう、今まで。一度も。
両親が亡くなってから、ラウラは自分一人だけでこの秘密を抱えていくのだと思っていた。誰にも告げず、相談もできず、墓場まで持っていく秘密。それほどまでに彼女の能力は便利で、危うい。使い方次第で善にも悪にもなりうる。
「えぇ。……でも優作さんが、貴方は信頼できる人だって言うので、ちょっと信じてみようと思います。でも今はあくまでも見極め期間。そう簡単に教えませんよ」
「ではその時を楽しみにしておこう。」
赤井はそう言ってソファを背もたれに身体を預けた。完全に受け身である。それがなんだか面白くなかったラウラは、あえて赤井を煽りにかかった。
「秀一さんって、ミステリーがお好きですよね。」
「あぁ。シャーロキアンだ。それがどうかしたか?」
「じゃあ解き明かしたくないんですか? 私の秘密。」
「……」
赤井は無言でラウラを見る。
彼女は沈黙を肯定とみなして話を続けた。
「私から信頼を勝ち取るまで受け身で待機なんて、シャーロキアンの名が泣きますよ。」
「ホォー……そこまで言うなら、何かヒントがないとな。何もない状態で真実に辿り着くことなど出来ない。」
「それもそうですね………じゃあ、」
ラウラは努めて大きく息を吐いた。
一世一代の告白。どんなにふざけていても、こんなこと言ったことない。
「私、実は超能力者なんです。」
「……真面目に聞いているのだが。」
冷たい声でピシャリと言われた。とりつく島もない。
(…そうだよね、これが普通の反応……)
鋭利な刃物で切り付けられたように胸が痛い。勇気を出して告げた真実を、検討する余地なくバッサリと切り捨てられた。
ラウラは胸の痛みを笑顔で覆い隠した。「なんちゃって、」と誤魔化すことも出来たが、彼女はあえてそれをしなかった。その言葉に嘘はないから。
バッサリと切り捨てた後のラウラの表情を見て何か思うところがあったのか、赤井は訝しげにラウラを見ていた。
そんな探るような視線に耐えきれず、ラウラはグラスに残っていたバーボンを流し込んだ。喉と胃がアルコールのせいで焼けるように熱くなる。だが胸の痛みは誤魔化すことが出来なかった。
「じゃあ私、今日は疲れたのでもう寝ますね。…おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ。」
ラウラは赤井がジッと見ていることに気付かないまま、バディとともに階段を上がって客間のベッドに潜り込んだ。
